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Volume 18, No.4 Pages 287 - 289

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告1 放射光単結晶X線構造解析を用いた内包フラーレンの精密構造解析
Long-term Proposal Report 1: Accurate Structure Analysis of Endohedral Metallofullerenes Using Synchrotron X-ray Diffraction

北浦 良 KITAURA Ryo

名古屋大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Nagoya University

Abstract
 放射光を用いたLi@C60塩の単結晶構造解析によって、C60ケージ内にLi原子が内包されていることを明らかにした。また、Li原子がLi+の状態を取っており、ケージ内におけるLiの位置はアニオンが作る静電場に支配されていることも明らかとした。このことは、外部電場印加によるLi位置のコントロールが可能であることを示唆しており、分子反転を伴わない新たな内包フラーレン分子スイッチとなりうることがわかった。
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1. はじめに
 フラーレンやカーボンナノチューブ(CNTs)が有する内部空間に種々の物質を導入することで、新奇なハイブリッドナノカーボン物質を生み出すことができる。金属内包フラーレンおよびナノピーポットがその代表例である(図1)。これら物質群は、そのエキゾチックな構造に興味がもたれるのみならず、分子スイッチ、電界効果トランジスタ、透明導電性薄膜、太陽電池など広範な応用が期待されている。
 これら新奇ハイブリッドナノカーボン物質の機能開発を推進するためには、高精度構造解析に立脚した構造・物性相関の理解が必要不可欠である。本稿では、放射光単結晶X線回折による金属内包フラーレンの精密構造解析に関する最近の研究を紹介したい。



図1 金属内包フラーレンおよびナノピーポットの構造モデル図


2. リチウム内包C60フラーレンの結晶構造解析
 サッカーボール型分子であるC60フラーレンの内部に金属原子を導入することは、フラーレン研究者たちの大きな目標であった。その試みは、C60フラーンが発見された1985年にさかのぼる。C60フラーレンの発見者であるクロトーおよびスモーリーは、その発見後即座にFeを内部に入れたFe@C60を作り出すことを目的とした実験を行ったという。以来、フラーレンの科学は大きく発展したが、金属を内包したC60(M@C60)の実現は、多数の研究者の挑戦を退け続けてきた。
 M@C60の実現を阻む最大の要因は、その反応性の高さにあると考えられている。C60ケージは、高い対称性に由来した縮退した分子軌道を持ち、M@C60ではこの軌道に内包された金属原子から複数の電荷移動が起こる。これは、M@C60が反応性の高いラジカル分子となることを意味し、容易に分子間での反応・重合へとつながることになる。この場合、M@C60は最終的に不溶な固体となり、溶媒抽出による単離・精製が困難となるため、M@C60の生成を確認することもできない。
 ここで登場したのが、中性の塩としてM@C60(M = Li)を単離する方法である。この手法では、合成したLi@C60を1電子酸化し、+1のカチオンとする(このカチオン状態では、C60ケージに不対電子はない)。続いて適当なアニオンと錯形成させることで、最終的に安定な中性の固体として単離することが可能となる。
 我々は、上記手法にて作成したLi@C60固体を対象に、単結晶X線構造解析を行った。一般に、リチウムなどの軽元素はX線回折による観測が困難であり、その実現には、良質の単結晶と高精度な構造解析が要求される。本研究では、SbCl6およびPF6を用いて良質な単結晶を作成するとともに、SPring-8の高輝度X線(BL02B1、課題番号 2009B0027)および最大エントロピー法を用いた電子密度解析を適用することで、Li原子の正確な位置を含めたLi@C60固体の高精度構造解析を行った[1][1] S. Aoyagi, E. Nishibori, H. Sawa, K. Sugimoto, M. Takata, Y. Miyata, R. Kitaura, H. Shinohara, H. Okata, T. Sakai, Y. Ono, K. Kawachi, K. Yokoo, S. Ono, K. Omote, Y. Kasama, S. Ishikawa, T. Komuro, H. Tobita: Nature Chem. 2 (2010) 678-683.。なお、構造解析に用いた回折データは、分解能がそれぞれ0.75 Å(SbCl6塩)、0.4 Å(PF6塩)である。
 図2に最大エントロピー法を用いて決定した電子密度の等高線を示す。図には、Liが内包されていることを証明するC60内部の電子密度ピークが明確に現れている。Ih対称のC60ケージについて、M@C60の組成を持つ金属内包フラーレン分子の存在を初めて証明した瞬間である。また、内包LiはLi+カチオンとして存在していること、内包Liの位置はC60ケージの中心から0.13 nmずれていること、なども明らかとなった。
 結晶構造解析から得られた重要な知見のひとつは、ケージ内でのLiの位置が、アニオンの作る静電場に支配されているという事実である。図3に、Li@C60・SbCl6結晶のパッキング構造を示す。Li@C60・SbCl6結晶では、Li@C60とアニオンは層状構造を形成しており、Li原子の位置は全てアニオン層の方向に偏っていることがわかる。また、構造の異なるLi@C60・PF6結晶では、アニオンの配置に依存して、内包Liのゲージ全体の20箇所に位置していた[2][2] S. Aoyagi, Y. Sado, E. Nishibori, H. Sawa, H. Okada, H. Tobita, Y. Kasama, R. Kitaura, H. Shinohara: Angew. Chem. Int. Ed51 (2012) 3377-3381.。以上のことは、内包Liが、アニオンが作る電場に敏感に応答して、その位置を決めていることを明確に示している。



図2 最大エントロピー法で求めたLi@C60分子の電子密度の等高線図



図3 Li@C60・SbCl6結晶のパッキング構造


3. リチウム内包C60フラーレン分子スイッチ
 筆者の研究グループでは、東京工業大学の真島グループとともに、分子反転による金属内包フラーレン分子スイッチを提案してきた。これは、金属内包フラーレン分子が大きな双極子モーメントを持つことを利用し、外部電場によってその分子の配向を反転させ、分子スイッチとして機能させるというものである。
 この分子配向反転による分子スイッチに対して、Li@C60では分子反転を伴わない新しい分子スイッチを実現できる可能性がある。前節で述べたように、Li@C60では内包Liの位置が、アニオンが作る静電場に敏感に応答することがわかっている。同様のことは、アニオンが作る内部電場だけではなく、外部から印加する電場によっても引き起こされると考えられる。このため、外部電場を印加することで、分子配向を反転させず、Liの位置のみをフリップさせることで、分子スイッチとして機能する可能性がある。今後、この可能性を探っていく予定である。

 本研究は、青柳忍准教授(名古屋市立大学)、西堀英治連携センター長(理化学研究所・放射光科学総合研究センター)、澤博教授(名古屋大学)、飛田博実教授(東北大)との共同研究によって得られたものです。ここに感謝の意を表します。

 

 

 

参考文献
[1] S. Aoyagi, E. Nishibori, H. Sawa, K. Sugimoto, M. Takata, Y. Miyata, R. Kitaura, H. Shinohara, H. Okata, T. Sakai, Y. Ono, K. Kawachi, K. Yokoo, S. Ono, K. Omote, Y. Kasama, S. Ishikawa, T. Komuro, H. Tobita: Nature Chem. 2 (2010) 678-683.
[2] S. Aoyagi, Y. Sado, E. Nishibori, H. Sawa, H. Okada, H. Tobita, Y. Kasama, R. Kitaura, H. Shinohara: Angew. Chem. Int. Ed51 (2012) 3377-3381.

 

 

 

北浦 良 KITAURA Ryo
名古屋大学 大学院理学研究科 物質理学専攻
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
TEL : 052-789-2477
e-mail : r.kitaura@nagoya-u.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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