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Volume 09, No.5 Pages 379 - 381

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

RIKEN-DARESBURYシンポジウム報告
Report of the RIKEN-DARESBURY Symposium

松下 知未 MATSUSHITA Tomomi

(独)理化学研究所 播磨研究所 研究推進部 Research Promotion Division, Harima Institute, RIKEN

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 2004年5月12日から14日までの3日間、イギリスDaresbury研究所において構造生物学に関する標記シンポジウムが開催された。Daresbury研究所は、オックスフォードのRutherford Appleton研究所(RAL)、ハンプシャーのChilbolton観測所と共に、研究会議中央研究所会議(CCLRC:The Council for the Central Laboratory of the Research Councils)の傘下で運営されている。ここには、2GeVの電子蓄積リングを持つシンクロトロン放射光施設(SRS:Synchrotron Radiation Source)があり、タンパク質の立体構造決定をはじめ、アルミ缶の内側を被うポリマーの開発、肺ガンの診断方法の開発、コンクリートや繊維などの材料の改良等、様々な研究に用いられている。
 本シンポジウムは、坂内播磨研所長(理事、当時)、井上副所長(当時)らが2000年12月にDaresbury研究所を訪問し、Daresbury研究所と理研の間で放射光施設を用いた構造生物学の分野で協力して研究を行うための覚書、RIKEN-Daresbury MOU(Memorandum of Understanding)が締結されたことにより開始され、定期的に開かれるようになったものである。




シンポジウム2日目。最前列左から Grant教授、Hasnain教授、横山主任研究員、飯塚所長、Stageman氏、宮野主任研究員。中列右から3人目、筆者。



 シンポジウムは主催者のHasnain教授による開催挨拶で始まり、理研とDaresbury研究所の交流が、これまで関わってきた人々の写真と共に紹介された。引き続き、飯塚播磨研所長により理研・播磨研究所の組織、播磨研と原研・JASRIとの関係、播磨研のハイスループットファクトリーと横浜研のゲノム科学センターで行われている構造プロテオミクス研究推進本部:(RIKEN Structural Genomics/Proteomics initiative, RSGI)の役割及びタンパク質の構造解析の展望について発表があった。
 理研からは、宮野主任研究員、横山主任研究員、城主任研究員、神谷室長、木川チームリーダー、菊地研究員、秋山基礎科学特別研究員の発表があった。宮野主任研究員、横山主任研究員からは主にRSGIに関する研究について発表があり、横浜のNMR施設や播磨のハイスループットファクトリーが紹介された。木川チームリーダーはタンパク質を大量かつ簡便に発現することができる無細胞システムについて発表し、多くの質問を受けていた。城主任研究員はチトクロムbc型膜貫通蛋白質である一酸化窒素還元酵素(Nitric Oxide Reductase:NOR)の活性中心の構造について、神谷室長は一酸化窒素(NO)の光脱離によって活性化されるニトリルヒドラーゼ(NHase)の時間分割(動的)構造解析について発表した。
 一方、Daresbury研究所からは、John Helliwell教授が“Unraveling the coloration mechanism in the lobster carapace”(ロブスターを茹でた時に甲羅の色が変化するメカニズムの解明)というユニークなタイトルの話から始まり、引き続き、脳神経の病気やマラリア、髄膜炎などの病気と直接関与するタンパク質の構造解析等、医学及び製薬分野での応用を目的とする研究発表が多くなされた。また、Astex Technology(ハイスループットなX線結晶構造解析による創薬デザインを行っている企業) は、タンパク質結晶の良否判定を行うリガク製のACTORという自動ロボットを使って高速でX線測定を行い、多くの特許も取得しているという発表を行った。世界規模の医薬品企業であるアストラゼネカ(AstraZeneca)においても、ゲノミックスやプロテオミクス、ハイスループットスクリーニングなどを利用したゲノム創薬の研究や技術開発が行われており、バーチャルスクリーニングやNMRの自動化を行っているとの事である。イギリスでも、特に企業ではいかに早く特許を取得し、創薬に応用して利益を上げるかということに重点を置いており、思った以上に高速かつ大量のタンパク質構造解析に力を入れていることが感じられた。
 今回のシンポジウムの期間中には、宿泊していたOld Hall Hotelにてディナーパーティーがあり、駐英日本大使館の木村一等書記官、マンチェスター大学副学長のMichael Grant教授、リバプール・ジョン・ムアーズ大学副学長のMichael Brown教授、North West Science CouncilのメンバーでもあるアストラゼネカのJohn Stagemen博士らが参加された会食に同席した。このパーティーのショートスピーチでは、構造生物学におけるイギリスと日本のコラボレーション、大学・企業との共同研究をより積極的に進めることの重要性を全てのスピーカーが強調していた。また、Daresbury研究所の4GLS(the fourth generation light source)の建設や、オックスフォードのRALにDIAMONDという次世代放射光施設(3GeV)が立ち上がることに期待しているという話も多かったので、ここでDaresbury研究所の技術移転や共同研究、共同開発についてHasnain教授から伺った内容をもとに紹介してみたい。
 SRS(Synchrotron Radiation Source)のユーザーは年間約1000人である。1997年以降、SRSには67社の企業がDARTSサービス経由でアクセスしている。DARTSサービス(Daresbury Analytical Research and Technology Service)とは、研究成果の実用化に関して産業界との連携を推進する機関であり、タンパク質の結晶化、SRSを利用したX線解析サービスを行っている機関である。企業は自分達の実験を行うためにビームラインを利用することもできるし、CCLRCのスタッフが収集、解析したデータを購入することもできるシステムになっている。日本では産業界、大学、公的研究機関の連携を進めているが、イギリスでは産業界にスポンサーを持つ大学の研究者がSRSを利用するという形で3者が相互にやりとりしている。またDaresbury研究所では、こうして決定されたタンパク質の構造に関するデータをリンクし、適切なセキュリティーのもとインターネットを介して施設を有効活用することを目的として、e-HTPX(High Throughput Protein Crystallography)プロジェクトをEuropean Bio-informatics Institute、オックスフォード大学、ヨーク大学と共にコーディネートするといったことも行っている。
 この施設を利用して得られた研究成果は、産業界の研究者によるものは公表の許可が下りるまでは企業秘密になっているが、毎年平均して10前後の成果が公表されている。CCLRCからはこれまでに全部で50の特許が取得され、これらのうち約20がDaresbury研究所由来のものである。
 Daresbury研究所での研究成果は医療にも応用されており、例えば運動ニューロン病(Motor neuron disease:MND)は抗酸化作用を持つsuperoxide dismutase(SOD)の突然変異によるが、その突然変異によって起こるタンパク質の構造変化を検出する方法やパーキンソン病に関わるタンパク質DJ-1の突然変異による立体構造変化を観察する技術に生かされている。イタリアのトリエステにあるELETTRAという放射光施設との共同研究では、DEI技術(Diffraction Enhanced X-ray Imaging technique)という新しい方法で通常のX線撮影よりも鮮明で詳細な肺の組織像を得て、これまでは検出できなかった肺ガンの早期発見と確定診断を目指している。さらに、Daresbury研究所はRoyal Marsden 病院と共同研究し、PETスキャナーの設計と開発を行っている。PETとは陽電子放射断層撮影(Positron Emission Tomography)のことで、器官や組織の代謝機能が分かり、ガンや脳障害、心臓病といった病気の診断に大きく役立つものである。
 Rutherford Appleton研究所にDIAMONDが完成しても、Daresbury研究所は
①Energy Recovery Linac(ERL)という自由電子レーザーの研究のため、4GLSの建設と運営を行う。
②シンクロトロンで利用される検出器及び光学系のシステムの開発、DIAMONDのビームラインの運用、海外の他のシンクロトロンで働いている英国ユーザーのサポートを行う。
③SRSを産業界で縮小した形で続ける。
④North West Development Agency(小さい企業を収容するための研究所付近にある建物)や、その地域の大学と共同研究するにあたり、構造生物学及びナノテクノロジー関係の産業を含めて“DL Campus”として発展させる、
といった様々な計画を進めるそうである。
 シンポジウム後にはケンブリッジに移動し、MRC(Medical Research Council)見学の機会を得たが、こちらにもMRC Technology(MRCT)という研究成果を実用化する専属の機関があり、大学や企業で経験を積んだスタッフが商業化を進めている。MRCTはMRCを代表して特許を管理しており、そのライセンス化や起業のサポートも行い、産業界との共同研究に貢献しているようである。これらのことから、Daresbury研究所でもMRCでも、技術移転のために独立した機関を設けており、イギリスでは研究成果の技術移転には相当の重点が置かれていることが分かった。研究者にとって研究成果の産業利用の可否ばかりが重要視されるのはどうかということもあるが、これが今の世界的な流れなのかもしれない。日本でも知的財産の確保のため、平成16年4月から法科大学院を開講したりしているが、技術移転専門の機関やベンチャー企業の数などはまだまだ少ないようである。今後、研究成果発掘とその産業利用へのシステムの構築が期待される。
 今回のシンポジウムへの参加は、飯塚所長、城主任研究員、菊地研究員に様々な面でサポートいただき、研究者の方々からじっくり時間をかけて、どういう研究にどういうビジョンで取り組んでいるかを生の声で聞き実感することができたため、大変有意義であった。研究者がより集中して研究に取り組むことができるように、事務は研究者やその研究内容について理解を深めなければならない。そのためには単に研究者と交流を持つということだけでなく、毎日研究者が実験をしたりディスカッションをしたりしているのを肌で感じることが必要である。その意味では、今回イギリスの研究者と直に話をし、彼らが本当に理研とのコラボレーションに期待していることを感じることができたことは、事務所にいては普段なかなか経験できなかったことである。このような経験をする機会を与えてくださった方々に深く感謝の意を表したい。


※4GLS:the fourth generation light source
ERL(energy recovery linear accelerator)及びFELs(free electron lasers)という新しい技術を用いてショートパルスの光を作る。2003年4月に政府が1,150万ポンドを認可して立ち上げたプロジェクトによる。また、シミュレーションや4GLSを運転するのに必要なコンピューターコードのホストの開発においても重要な進歩がみられる。DaresburyのチームはCCLRC、大学、Northwest Development Agencyと協力してERLとFELsの能力の開発を目指している。




松下 知未 MATSUSHITA  Tomomi
(独)理化学研究所 播磨研究所 研究推進部
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0063 FAX:0791-58-0800
E-mail:tomomim@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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