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Volume 18, No.2 Pages 152 - 154

5. SPring-8通信/SPring-8 COMMUNICATIONS

2013A期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2013A

(公財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 2013A期は4件の長期利用課題の応募があり、2件が採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。

- 採択課題1 -

課題名 膜能動輸送体の結晶学的研究
実験責任者名(所属) 豊島 近(東京大学)
採択時の課題番号 2013A0049
ビームライン BL41XU
審査結果 採択する

[審査コメント]
 本課題では、生体膜を通してイオンを輸送する膜輸送体の動作機構の解明を目指し、(ⅰ)Ca2+−ATPase、(ⅱ)Na+、K+−ATPase、(ⅲ)H+−PPaseの3つの膜タンパク質のX線結晶構造解析と、結晶中の脂質二重膜の可視化を目指す(ⅳ)コントラスト変調法を用いた脂質二重膜の可視化の4つのテーマを研究課題として挙げている。これらの研究は、過去2回の長期利用課題として実施されてきたものをさらに発展させることを目指している。
 これまでのすぐれた成果を踏まえた上で、明確な目標とそれを実施するための適切な研究計画が立てられており、今後も大きな成果が期待できるので、本申請課題を長期利用課題として採択するものとする。
 本研究を進展させるためには、SPring-8のさらなる高度化・活性化が必須であり、ビームライン担当者との緊密な連携をとって課題が進められていくことを期待する。

[実験責任者による研究概要]
 本長期利用課題では能動輸送体、特に生体膜を隔てて濃度勾配に逆らってイオンを輸送する「イオンポンプ蛋白質の作動機構の解明」と、「膜蛋白質結晶中の脂質二重膜の可視化」を目指した結晶構造解析を行う。イオンポンプ蛋白質はエネルギー源としてATP(或いはピロリン酸PPi)を利用し、その加水分解に伴って放出される自由エネルギーを使ってイオンを輸送する。細胞の恒常性維持の為に不可欠であるから、その不具合による種々の疾患の治療や、より有効な薬剤の開発という観点からも、極めて重要な構造研究の対象である。科学的には、ATPの持つ化学エネルギーを違う形に変換するという生命現象の本質とも言うべき機構の研究対象として、かつイオンの選択性、基質の選択性といった蛋白質による認識機構の研究対象として、理想的とも言える蛋白質群である。本長期利用課題ではCa2+−ATPase、 Na+、K+−ATPase、H+−PPaseの三つのポンプ蛋白質を主な対象とする。
 イオンポンプ蛋白質の作動機構を理解するためには、反応サイクル全体にわたって、中間体の構造を高分解能で決定する必要がある。我々は既にCa2+−ATPaseの反応サイクル全体をほぼカバーする9つの中間体の立体構造を決定し、能動輸送機構の大略を構造から理解することができた。天然のCa2+−ATPaseでできることはほぼやりつくしたので、ここからさらに前進するためには発現蛋白質を利用する必要がある。Ca2+−ATPaseは大型の膜蛋白質であり、大量発現・生産は非常に困難であったが、我々は今や変異体の構造決定にも成功している。本課題では、これまで手がつけられなかった心筋のカルシウムポンプとその制御機構にも研究を進めたい。
 生物学的・医学的にはより重要ともいえるNa+、K+−ATPaseに関しても、複数の状態での構造決定に成功している。Na+、K+−ATPaseは本質的にナトリウムのポンプであるので、本課題ではNa+結合状態の構造決定に重点を置く。また、Na+、K+−ATPaseは、200年以上前から心不全の薬として処方されてきたジギタリス(強心配糖体)の標的分子であり、高血圧や糖尿病、癌やアルツハイマー病等とも深く関わっているため、創薬の標的としても注目されている。そのため、強心配糖体や他の阻害剤との複合体の構造決定をも目指す。
 第3の対象である H+−PPaseは、ピロリン酸を基質とするプロトンポンプであり、P型、F型、V型ATPaseとはまったく異なるポンプである。複数の基質アナログとの共結晶を作製し構造決定を行った結果、膜内ゲートを同定でき、その開閉がピロリン酸の加水分解と共役するまったく新しいメカニズムを解明しつつある。
 以上の結晶はすべて外部から燐脂質を添加することによって得ており、結晶中で蛋白質は脂質二重膜に埋まっている。しかも反応サイクルで膜貫通へリックスと脂質二重膜との関係は大きく変わり、それが機能の発現に深く関わっていることが分かってきた。その可視化のためにX線コントラスト変調法を開発し、データ収集にも成功した結果、Ca2+−ATPaseの4つの状態で脂質二重膜がどう変化するかを可視化できた。また、極低角までのデータを加えることによって、これまで見えなかった脂質分子も見えるようになり、R因子も下がることを証明できた。この技術を完成させることが目標の一つである。


- 採択課題2 -
課題名 外場によって誘起される原子・分子ダイナミクスの
マルチモード時分割構造計測
実験責任者名(所属) 青柳 忍(名古屋市立大学)
採択時の課題番号 2013A0100
ビームライン BL02B1
審査結果 採択する

[審査コメント]
 本課題は物質の電場応答のダイナミクスを精密結晶構造の立場から明らかにすることが目的であり、この実験技術が確立されれば物理、化学、生物における基礎研究ばかりでなく材料、医療等の応用分野にもインパクトを与えることが期待できる。また、MHz領域の時分割測定技術開発は従来技術を凌ぐ野心的なテーマであり、その実現のための方法を具体的に検討するなどSPring-8の特性を最大限に引き出すことへの意欲が感じられる。
 前回の長期利用課題審査では測定物質の適否の検討が不十分として採択が見送られている。今回の申請では主要な測定対象である内包フラーレン化合物の高周波誘電率測定が実施され測定物質選択についての検討も深まったため、長期利用課題としての選定を推薦する。
 なお、実施にあたっては測定技術開発とともに、当該技術に適した測定対象探索も並行して行っていただきたい。

[実験責任者による研究概要]
 原子・分子の外場応答ダイナミクスをリアルタイムに計測することで、物質の機能理解、機能開発は飛躍的に進むと期待される。SPring-8の短パルス放射光は、物質中の原子・分子のダイナミクスをリアルタイム計測するのに適したプローブである。特にSPring-8の多彩なセベラルバンチ運転モードと高速X線チョッパーを組み合わせることで、kHzからMHz領域までをカバーする様々な周波数(マルチモード)での時分割構造計測が可能となる。本研究では、電場などの外場によって誘起される原子・分子のダイナミクスをリアルタイムに計測可能な時分割単結晶X線構造解析の技術を確立し、実用的な誘電体材料や新規な機能性材料の原子・分子ダイナミクスを解明する。
 外場によって誘起される原子・分子のダイナミクスをX線回折によってリアルタイム計測するためには、これまで時間平均像を対象にして行われてきた精密結晶構造解析を、時間分解能を持った精密結晶構造解析に拡張しなければならない。原子・分子の外場応答ダイナミクスを精密計測するためには、広い逆空間内の膨大な数の回折ピークに対して、外場印加による微小な回折強度変化を精度よく検出しなければならない。本研究では、産業応用上有用な電場を主な外場として利用し、交流電場印加によるX線回折強度の微小な時間的変動をSPring-8の短パルス放射光とBL02B1の大型湾曲IPカメラを用いて精密に測定する技術を開発する。主な測定対象は、LiTaO3などの電場によって自発分極が反転する酸化物強誘電体や、Li@C60などのナノ空間に閉じ込められた原子・分子の電場応答に興味が持たれる内包フラーレンなどである。酸化物強誘電体は現在コンデンサー、圧電素子、メモリ素子などに広く実用されている。その機能の理解、拡張を進めるために、分極反転に伴う原子・分子のダイナミクスの解明が望まれる。金属イオンや極性分子を内包したフラーレンは、球形の炭素ケージ内のイオンや分子が外部電場に応答することにより、ナノサイズの分子デバイスとして機能すると期待される。内包された原子・分子の電場応答ダイナミクスを解明することは、内包フラーレンの分子デバイス応用にとって重要な一里塚となる。これらの他に、特徴的な電場応答を示す実用材料、新奇材料も測定対象とする。
 本研究で開発する計測技術は、誘電体材料、電池材料などの様々な機能性材料の原子・分子ダイナミクス計測に広く利活用できるよう基盤化する。それにより、時間平均構造の観測が主目的であったSPring-8 BL02B1の大型湾曲IPカメラを、機能・ダイナミクスの精密観測が可能な時分割構造計測装置へと高度化する。本研究で明らかにされる原子・分子のダイナミクスは、幅広い応用分野の物質開発に対して飛躍的な知見を与える。それらは、原子・分子のダイナミクス制御に立脚した次世代の物質機能開発の基盤となる。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794