Volume 18, No.1 Pages 21 - 24
3. SACLA通信/SACLA COMMUNICATIONS
Multiport CCD検出器の開発
Development of Multiport Charge-Coupled Device Detector
[1](独)理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN SPring-8 Center、[2](公財)高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室 XFEL Division, JASRI
- Abstract
- X線自由電子レーザー施設SACLAでは、大強度のフェムト秒X線レーザーが生成される。SACLAの利用実験では試料をパルス毎に取り換えながら実験を行うこと・X線レーザーのSASEに由来するパルス特性の揺らぎを考慮した実験データ解析を行うことを目的とし、パルスと同期して実験データを取得できるX線2次元検出器システムを開発した。このシステムは現在SACLAの利用実験で供用中であり、最大で4 Mpixelのイメージ領域を持つ検出器が利用可能である。
1.はじめに
SPring-8敷地内に建設されたX線自由電子レーザー施設SACLAでは、空間コヒーレンスを持つ高強度のフェムト秒X線レーザー(以降XFEL)が生成される。SACLAの利用実験では、試料に照射すると試料が破壊されることが多いため、パルス毎に試料を交換しながら実験を行う。このような実験で、光源の持つ特徴を最大限に引き出すためにはパルス毎に実験データを取得・整理しながら結果を解釈していく、という実験手法が主流となる。また、SASEによるレーザー発振ではパルス毎にスペクトルや強度が揺らぐことが避けられないが、パルスと同期してデータを取得することでXFELパルスの光特性の揺らぎと実験データの相関を考慮したデータ解析が可能となる。
スペクトルや散乱計測では、波長や回折角をスキャンして1次元検出器で信号を検出するのではなく、これらを空間的に射影して同イベントで計測することが実験データの精度・品質上有利になるので、検出器としてはX線2次元検出器が最適となる。XFELの利用実験では、フェムト秒スケールの時間内に多数のX線光子が同一ピクセルに飛来するので、電子回路でX線光子数を計数することは不可能となる。従って、X線によってセンサー内に生じた信号電荷の総量を正確に読み取る(1)積分型のXFEL専用の検出器開発が必要である。さらに、(2)1光子レベルの信号を検出するために直接検出型のセンサーかつ、(3)X線照射耐久性の高いセンサーが必要となる。また、(4)SACLAの運転最大定格周波数60 Hzに対応した読み出し速度60 frame/secを低ノイズで実現するための高速読み出しも必要となる。
本稿では、これらの要求を満たすX線2次元検出器、特に供用可能となっているMultiport Charge-Coupled Device(以降MPCCD)検出器の概要を述べる。
2.MPCCD検出器の概要
XFELを使用する多くの利用実験では、1光子から多数の光子までを検出できる低ノイズ高ダイナミクス性と、パルス毎にデータを取得するための高速読み出しを兼ね備えた2次元検出器が必要となる。このような性能を全て満たす検出器は存在しないため、SACLAだけでなくLCLSやEuro XFELなどで検出器開発が活発に行われている。SACLAでは供用開始時に確実に利用可能とする検出器としてMPCCD検出器を、供用開始後の高度化時に利用可能とするSilicon on insulator(以降SOI)センサー技術を利用したSOPHIAS(Silicon-On-Insulator Photon Imaging Array Sensor)検出器 [1] [1] Multi-via概念を利用した高ダイナミクスセンサーで、これまでMulti-via検出器と呼んでいたもの。を2009年に選定し開発を進めてきた。以下では現在供用に付しているMPCCD検出器の概要について述べる。
XFEL利用実験では多様な実験スキームが提案されているが、要求されるX線2次元検出器の基本性能は似通っている。そこでSACLAでは、各実験に最適化した検出器を複数開発するのではなく、多様な検出器形状に柔軟に適用できる検出器プラットフォームを開発することにした。このプラットフォームでは、センサーを含む検出器の各コンポーネントをモジュール化し、実験毎の要求の差異をモジュール構成の違いで吸収する。MPCCD検出器では、ビームラインのビーム診断用分光器やゴニオメーターに搭載するブラック回折計測などにはMPCCDセンサーを1個搭載した小型の検出器を使用し、コヒーレント回折顕微鏡や微小結晶構造解析などの用途には、同一センサーを8個モザイク状に並べた検出器(MPCCD Octal Sensor Detector)を使用する。量産に成功したMPCCD Phase Iセンサーの性能をTable 1に示す。センサー内の8個の読み出しポートから並列に読み出すことで60 frame/secを実現している。
諸元 | 値 | 単位 |
ピクセルサイズ | 50 × 50 | μm |
ピクセル数 | 1024 × 512 | − |
イメージ領域 | 51.2 × 25.6 | mm2 |
有感層 | Epitaxial Silicon | − |
有感層の厚み | 50 | μm |
センサー構造 | 表面入射 | |
センサーフォーマット | フルフレームトランスファー | − |
動作温度1) | 0 〜 −30 | ℃ |
量子効率 |
80 | % @ 6 keV2) |
20 | % @ 12 keV | |
読出ノイズ2) |
200 - 300 | e-rms |
0.18 | photons@ 6 keV | |
ピーク信号量2) |
2500 - 3000 | photons/pixel@ 6 keV |
4.1 - 5.0 | Me-/pixel | |
X線照射耐性 | >1.6 × 1014 | photons/mm2@ 12 keV |
フレームレート3) | 60 | Hz |
読出速度3) | 5.4 | MHz |
読出ポート数 | 8 | − |
リーク電流 | 600 | ke-/pixel/sec@ 20℃ |
2)性能はロット依存性がある。
3)供用での動作条件は、30 frame/sec(読出速度3.3 MHz)である。
X線1光子の検出例を図1に示す。X線はシリコン半導体中で光電効果により吸収されると、実効的イオン化エネルギー3.65 eVで特徴づけられる電子ホールペアを多数生じる。MPCCDの想定利用エネルギーは6〜12 keVである。この範囲で一番1光子検出が難しい6 keVでは、このセンサーは電子を計測するので約1600 e-が1光子から検出される。MPCCDの定格読み出しノイズは300 e-rms以下であるが、これは6 keVのX線光子に対して0.18 光子以下に相当する。このノイズ性能により、1光子レベルの微弱な信号計測が可能となる。
図1 X線光子(5.9 keV)を照射したときの信号強度のヒストグラム。バックグラウンド補正を行ったデータに対して、横軸をDigital Number(DN)単位で表示している。1光子の信号に由来する90 DN近傍のピークが、バックグラウンドのピーク(0 DN近傍)と明瞭に分離されて観測されていることから1光子検出が可能であることが判る。このときの読み出しノイズは110 e-rmsである。
Phase Iのセンサーでは、結晶性試料のブラック反射など強い局所的なX線信号を検出する場合に最大信号強度が不足する場合がある。そこで、phase Iセンサーに蛍光体をFOP (Fiber-Optic Plate) を介して接続したセンサーも開発した。このphase IIセンサーでは6光子程度のノイズがあるが、高強度のX線ピークであっても計測が可能である。
3.MPCCD検出器のモジュール構成
センサーモジュールの外観を図2に示す。センサー本体の下部にインバー部材を接着し、さらにインバーブロックよりもセンサーが外側へ張り出す構造となっている。この構造によって、センサーを長辺方向と短辺方向の両方向に敷き詰めることができる。現在稼働中の8つのセンサーを並べた検出器(MPCCD Octal-Sensor Detector)を図2(c)に示す。この検出器の中央に入射X線極小角散乱を下流に導く開口部を設けており、開口サイズをモーターにより制御することが可能である。これは、センサーからの配線に柔軟性をもつS字型のフレキシブルケーブルを採用することで実現している。
(a)
(b)
(c)
図2 センサーモジュールの並べ方の例。(a)1024×1024 pixel構成(b)512×2048 pixel構成。センサーは4方向に並べることが可能なパッケージとなっている。供用している検出器で最大のセンサー面積を持つ8センサーアレイ(c)。この場合、2048×2048 pixelが利用可能である。小角散乱実験時に入射光がセンサーに照射されないようにするため、中央に開口部を設けており、開口サイズをモーターにより制御することが出来る。
MPCCDは表面入射型の金属酸化膜半導体(MOS)構造を持つセンサーのため、一般にX線照射に対する耐久性は低い。そこで、年間X線照射量 [2] [2] 各フレームに対して1 pixelあたり12 keVのX線が500光子センサー面に到達する条件で、60 フレーム/秒で150日間連続して実験を行ったときに相当するX線照射量。を1.6×1014 photon/mm2と想定し試作センサーについて耐久性評価を行ったところ、XFEL用途の場合はリーク電流の増大と酸化物層の帯電による動作電圧のシフトがセンサーの寿命を制限することを明らかにした。この結果をもとにピクセル構造を最適化した実センサーを製造したところ、1年間の想定X線照射量を浴びても全体性能が劣化しないことが確認出来た。図3にX線照射後のリーク電荷量の温度依存性を示す。センサーを−20℃程度まで冷却することによりリーク電流を大幅に低減でき、ノイズ性能に悪影響を与えないことがわかる。最大信号強度(飽和電荷量)は設計目標が5 Me-であったが、実際に製造したセンサーを測定したところ4.1~5.0 Me-の間に分布していた。十分な歩留まりを実現するため、4.1 Me-を満たすべき仕様性能とし供用に用いている。
図3 X線照射後のリーク電流とその温度依存性。X線は、定格運転時に約1年運転した時のX線照射量1.6×1014 photons/mm2(12 keV)を照射した。リーク電流は照射前の230倍にまで増大するが、−20 ℃まで冷却を行うことで6×105 e-/pixel/sec以下(ノイズ100 e-rms以下に相当)まで抑制できることを示している。
センサーモジュールは読み出し回路に接続しており、ここでセンサーが出力する電圧信号をデジタル信号に変換する。読み出し回路には高ゲインと低ゲインの2系統の信号処理回路を備えており、信号強度に応じてピクセル毎に適切な回路からのデータを出力する。各系統の回路特性は事前に校正を行い、校正パラメーターを各画像データに追加して出力する設計となっている。後段のデータ取得システム中で校正パラメーターを用いて自動的に校正が行われるので、利用者はバックグランド補正などの簡単な補正のみでデータの可視化・保存ができる。読み出し回路もモジュール化されており、単独および複数を連結した場合いずれも動作するように設計されている。
4.まとめ
MPCCD検出器は供用実験に利用され、着実な成果を生みつつある。現在は加速器運転周波数が10 Hzであるのに対応して、30 frame/secでの運用を行っている。運転周波数が定格の60 Hzになる前に60 frame/secへ移行していく。また、校正パラメーターの精密化、SACLAに設置されているPCクラスターに実装されている解析ツールとの連携強化を進める。
現在供用しているMPCCD Phase Iセンサーは、空間分解能とピーク信号を優先させた設計となっている。このため、高エネルギーX線領域での感度に難がある。そこで、有感層を50 μmから300 μmへ厚くすることにより感度特性を改善したphase IIIセンサーを開発しており、2014年度に供用開始の予定である。これにより12 keVでの量子効率はphase Iの20%から70%へ改善される。
CCD技術では単位面積あたりの最大ピーク信号量には技術的限界がある。MPCCDはピクセル構造を最適化することにより、SACLAで一般的に必要とされる性能を実現しているが、より高いピーク信号量、およびより大きなセンサー面積が必要となる実験も多い。これを実現するため、SOPHIAS(Silicon-On-Insulator Photon Imaging Array Sensor)検出器 [1] [1] Multi-via概念を利用した高ダイナミクスセンサーで、これまでMulti-via検出器と呼んでいたもの。も開発しており2014年から順次実用化していく予定である。
謝辞
本研究は、小野峻、桐原陽一、工藤統吾、小林和生、遠茂谷誠彦、尾崎恭介、城地保昌、堀米利夫(分子科学研究所)、山鹿光裕、古川行人、阿部利徳、清道明男、杉本崇、広野等子、大端通、Arnaud Amselem、田中良太郎、矢橋牧名(敬称略)らの方々、エンジニアリングチームの皆様、および多くの関係企業、特にe2v plc.および明星電気株式会社と共に開発を行った成果です。また、石川哲也所長には貴重なアドバイスと励ましをいただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
参考文献
[1] Multi-via概念を利用した高ダイナミクスセンサーで、これまでMulti-via検出器と呼んでいたもの。
[2] 各フレームに対して1 pixelあたり12 keVのX線が500光子センサー面に到達する条件で、60 フレーム/秒で150日間連続して実験を行ったときに相当するX線照射量。
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