Volume 09, No.4 Pages 275 - 284
3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
硬X線マイクロビームを用いる顕微分光法の開発
Development of Spectromicroscopy with a Hard X-ray Microbeam
◎特定利用課題採択名称
[課題名]:硬X線マイクロビームを用いる顕微分光法の開発
[実験責任者]:早川 慎二郎(広島大学)
[採択時の課題番号]:2000B0029-LM-np
[実施BL/総シフト数]:
BL39XU 計117シフト(2000B〜2002A)
BL37XU 計 72シフト(2002B〜2003A)
総計189シフト
1. はじめに
放射光を用いる顕微X線分析は1972年のHorowitzらの先駆的な研究[1][1]P. Horowitz and J. A. Howell : Science 178 (1972) 608.に引き続き、1980年代から世界の放射光施設で取り組まれている。筆者らもPhoton Factory(PF)においてWolterミラーを用いる硬X線のマイクロビーム化[2][2]S. Hayakawa, A. Iida, S. Aoki and Y. Gohshi : Rev. Sci. Instr., 60 (1989) 2452.に取り組むとともに、回転楕円面ミラーとピンホール(10-100μm径)を組み合わせて強力なX線マイクロビームを実現し、局所での蛍光X線微量元素分析やマイクロXAFS測定に取り組んだ[3, 4][3]S. Hayakawa, Y. Gohshi, A. Iida, S. Aoki and M. Ishikawa : Nucl. Instrum. and Meth., B49 (1990) 555.
[4]S. Hayakawa, Y. Gohshi, A. Iida, S. Aoki and K. Sato : Rev. Sci. Instrum., 62 (1991) 2545.。筆者らが集光光学系に全反射ミラーを用いた理由は放射光のエネルギー可変性を重視するからであり、分析装置として電子顕微鏡との差別化を考えた。PFで構築したシステムでは15keV程度までの領域でエネルギー可変なマイクロビームを実現したが、10μm径のビームスポットで得られたフォトンフラックスは1×108個/s以下であり、微量元素についてのXANESスペクトル1つに数時間の積算を要する状況であった。
10keV以上の硬X線をアンジュレーターの1次光として発生させることができるSPring-8はまさに顕微X線分光のための光源であり、共用ビームライン計画(BL39XU)の提案においてはエネルギー可変な強力X線マイクロビームによる顕微X線分光を最重要テーマとして位置付けてきた[5][5]伊藤 正久、早川 慎二郎、中井 泉:SPring-8利用者情報、1 (1996) 40.。最大の問題は全反射ミラーによるマイクロビーム生成においては傾斜誤差で表される理想的な形状からのずれによりビームサイズが支配されていた点であり、エミッタンスが小さな光源を生かしきれない恐れがあった。SPring-8の供用開始後しばらくして加工技術の進歩にある程度の見通しを得る事ができたため、BL39XUの高度化予算をいただきKirkpatrick Baez(KB)ミラーの作成に取り組んだ。
後述する通り、SPring-8の標準型アンジュレーターを光源とする事でμmサイズのビームスポットに1×1011/s近いビーム強度を実現する事ができた。第2世代光源を用いる場合と比べて3桁のゲインが実現したことにより様々な顕微X線分光を組み合わせる事が可能となった。具体的には蛍光X線法による微量元素の定量的イメージング、マイクロXAFS測定、微小部での高分解能蛍光X線分光、X線移相子と組み合わせた偏光顕微鏡の開発などを目標として2000Bから2003Aまでの3年間に特定利用研究課題として研究を推進した。本稿ではその概要を取り上げる。
2.X線分光顕微鏡の開発
2-1.エネルギー可変なX線マイクロビームの生成
硬X線のマイクロビーム化に関しては様々な報告[6][6]早川 慎二郎:放射光、14 (2001) 143.があるが、エネルギー可変なマイクロビームを実現するために楕円筒ミラーを水平、垂直それぞれの方向に用いるKBミラーを採用した[7][7]S. Hayakawa, N. Ikuta, M. Suzuki, M. Wakatsuki and T. Hirokawa : J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 328.。単色化されたX線に対しての利用を前提として母材には溶融石英を用い、18keV程度までのエネルギー域で連続的な反射率を得るために表面にはRhをコートした。図1には作成したKBミラーのパラメータを示す。全反射ミラーでは傾斜誤差によりビームサイズが支配される場合が多く、設計にあたっては許容される傾斜誤差を5μradとし、ミラーから集光点までの距離を100mmよりも短くする事でビーム広がりを1μm以下に抑える事をめざした。光軸方向のミラー長はビームの取り込み角を決める重要なパラメータであるが、傾斜誤差により決まる制約により40mmとした。視射角4mradの条件を採用したことにより実効的なミラー開口は160μm角となり、実験ハッチに導かれる全放射に対する利用率は10%以下となった。作成したミラーについてはrms表面粗さとして0.68nm(M1)、0.77nm(M2)、1mm長あたりの傾斜誤差として3.16μrad(M1)、5.25μrad(M2)という評価結果が得られている。M2の傾斜誤差は設計仕様よりも悪いが、M2から集光点までの距離はM1よりも短い事を考慮して許容した。
図1 KBミラーのパラメーター(単位mm)
これまでにBL39XUおよびBL37XUにおいて2μm〜4μm径程度のビームサイズに3×1010個/s(10keV)以上のビーム強度を実現している。特に2002B期からしばらく採用された低エミッタンスモードでの運転では1×1011個/s程度のビーム強度を得ている。BL39XU、BL37XUではピンポスト冷却のモノクロメーターを採用しているが、液体窒素冷却のモノクロメーターを有するBL47XUにおいても別課題においてミラーの評価実験を実施した。得られたビームプロファイルを図2に示す。入射ビームの空間コヒーレンスが高いために集光点でのビームプロファイルにもミラー形状を反映した構造が現れているが、輸送系に10μm幅(水平方向)のスリットを挿入した条件で水平、垂直両方向について1μm以下のビームサイズを実現したと考えている。
図2 KBミラーにより得られたX線マイクロビーム(BL47XU、2001B)。Auワイヤーのエッジスキャン像とその微分像により評価。
2-2.X線分光顕微鏡の概要
KBミラーで実現したX線マイクロビームと試料走査系を組み合わせる事で微小領域でのX線分析システムを構築した。これらの装置を真空チェンバー内に設置することでMg程度の軽元素までについて蛍光X線測定を実現した。2002A終了までの期間においてはBL39XUに設置された微小領域X線分析装置(現在はBL37XUに移設され汎用蛍光X線分析装置と改名)を用いて基本的な性能評価、改良を進めた。明らかになった問題点などを修正の上、最終的な装置(X線分光顕微鏡)を設計・作成しBL37XUにおいて立ち上げを行った。
図3にはBL37XU実験ハッチ1内部の写真を示す。SPring-8標準型アンジュレーター(λu=32mm)からの放射光を回転傾斜型Si2結晶モノクロメーター(水冷ピンポスト結晶)で単色化を行う。実験ハッチの直前には水平振りの平板ミラー(RhまたはPtのコート面を選択可能)2枚が設置されており、高次光を除去したビームを光軸と平行な方向に取り出す事ができる。実験ハッチ内のX線分光顕微鏡までのパスには真空パイプが設置され、直前に設置されたXYスリットを用いてビームサイズを150μm角または適当な大きさに整形する。図4にはチェンバー内部の写真を示す。試料は多軸自動ステージ上の試料ホルダーに取り付けられている。イメージングのために必要なXYステージに加えて、試料取り出し角を変化させるための回転ステージ(θ軸)、試料表面を回転中心と揃えるための並進ステージ(Z2軸)、回転中心を検出方向と一致させるための並進ステージ(Z1軸)などを有している。
図3 BL37XU実験ハッチ内写真(ハッチ1下流側)
図4 X線分光顕微鏡内部写真
蛍光X線の検出にはSi(Li)やsilicon drift detector(SDD)などの半導体検出器が主に利用されるが、波長分散型分光系を用いて高分解能での蛍光X線分光も可能である。バックグラウンドを低減するためにSi(Li)やSDDにはアルミ製のコリメーターが取り付けられており、ビーム照射部位周辺2mm径程度(コリメーター径に依存)以外からの信号を検出しないように工夫されている。
実際に試料を測定する際には分析したい位置へビームを素早く照射する事が重要であるが、無染色の生体組織などについては装置内に実体顕微鏡を設置した場合でも試料の位置決めが困難な場合が多い。従ってオフラインでの試料観察用の光学顕微鏡(図5)に3軸(xyz)の自動ステージを設置し、X線分光顕微鏡の試料ステージと連動するシステムを構築した。さらに試料ホルダーにはマグネットと3点支持を利用するキネマティカルマウントを採用し、ホルダーの脱着再現性として1μm以下の精度を実現した。これによりオフラインで観察した部位に高精度でビーム照射を行うことが可能となった。試料周辺からのバックグラウンドX線を低減するために試料は40mm角の中空(20mmφ)アクリル板(t=1mmまたは2mm)上に一度固定した上でキネマティカルマウントに取り付ける場合が多い。アクリル板ごと試料を取り外して再度位置決めを行った場合でも50μm以下のビーム照射位置再現性を実現している。
図5 試料位置決め装置
2-3.計測システムと測定・解析ソフト
計測システムとしてはSPring-8の標準的なシステムを用いているが、高い信号計数率に対応するためにSDDを採用した点と最小10ns程度までの信号サンプリングが可能な高速カウンター(NI社製6602)を用いて高速の2次元イメージングを実現した点に特徴がある。
装置制御にはLabView上で開発されたソフトを用いた。BL39XU立ち上げ時に分析SGとして開発したソフト群や鈴木基寛氏により開発されたXAFS測定のソフト群を参考に、広大グループが開発を行った。また、取得したイメージング画像や蛍光X線スペクトルの解析には主にIgorProを利用し、蛍光X線スペクトルによる元素定量分析やイメージング画像の表示、画像からの粒子の座標を抽出するマクロを作成した。
3.X線分光顕微鏡による蛍光X線・XAFS測定
3-1.蛍光X線分析
エネルギー校正、感度係数の算出などに利用する標準試料から得られる蛍光X線スペクトルの例を図6に示す。試料はカプトン膜(10μm厚)上にNi5.3nm(ρt=4.72μg/cm2)、Fe7.0nm(ρt=5.50μg/cm2)、Cr6.9nm(ρt=4.96μg/cm2)の順に金属膜を積層したもので、3元素に対する感度係数を同時に取得できる。それぞれの元素についての蛍光X線強度を入射ビーム強度で規格化した上で面密度(既知)で除算した値を感度係数とし、その後の定量分析に用いた。なお、単色X線による励起効率や空気、窓材等による蛍光X線の吸収はすべて原子番号に対して単調な変化をするため、Cr、Fe、Niについての実測された感度係数に対してフィッティングを行う事でMgからZnまでの感度曲線を求めた(図7)。試料からの信号強度(規格化後)を感度係数で除算することにより対象元素の面密度を求めることができる。ビーム照射領域の試料面密度が既知の場合は濃度を算出することができる。
図6 標準試料(Cr/Fe/Ni/Kapton)についてX線マイクロビーム(10keV)を用いて得られた蛍光X線スペクトルの例
図7 標準試料から求められた感度曲線(10keVマイクロビーム励起)の例
ポリプロピレン膜(6μm厚)上にCuを1.2nm蒸着した試料について得られた蛍光X線スペクトルを図8に示す。バックグラウンドの3σに相当する信号強度で定義される検出限界はビームサイズ内の領域で50agであり、わずかに5×105個のCu原子に相当する。
図8 Cu薄膜(1.2nm)について得られた蛍光X線スペクトル(10keVマイクロビーム、100秒積算)
3-2.マイクロXAFS測定
マイクロXAFS測定においては入射ビーム強度での規格化の正否がスペクトルの質を大きく支配する[4, 6][4]S. Hayakawa, Y. Gohshi, A. Iida, S. Aoki and K. Sato : Rev. Sci. Instrum., 62 (1991) 2545.
[6]早川 慎二郎:放射光、14 (2001) 143.。我々は集光ミラーと試料とのわずかな空間でビーム強度をモニターするために、X線励起によるAl箔からの試料電流を検出するビーム強度モニターの開発を行い、その基本性能を報告している[8][8]S. Hayakawa, K. Kobayashi and Y. Gohshi : Rev. Sci. Instrum., 71 (2000) 20.。
図9にX線マイクロビームを用いてNi箔(8μm厚)について測定されたNiK吸収端でのXAFSスペクトルを示す[9][9]早川 慎二郎、鈴木 基寛、廣川 健:X線分析の進歩、34 (2003) 133.。試料への入射ビーム強度の測定には開発した微小ビーム強度モニターを用い、透過X線強度にはイオンチェンバーを用いた。入射ビーム強度のエネルギー依存性には様々な構造が表れているが、これらはエネルギー走査中における垂直方向におけるビーム位置のわずかな変化や光源の変動など様々な要因が重なっている。透過法により求められた光学密度(μt)においてはこれらのビーム強度変動の影響は除外されており、開発した微小ビーム強度モニターによる規格化が良好に行われている事を示している。しかしながら、本システムでは光源位置を規定する絞りを用いておらず、ミラー直前のスリットでビームを制限しているだけであるため、モノクロメーターのΔθ調整時に試料上でのビーム位置がわずかに移動する事が確認されている。サブミクロンの空間分解能でのマイクロXAFS測定をめざす際には重要な課題となると考えられる。
図9 Ni箔(8μm厚)について透過法により得られたマイクロXAFSスペクトル。a)入射ビーム強度、b)透過X線強度、c)光学密度(μt)
3-3.高分解能蛍光X線分光(波長分散型蛍光X線分光系)
試料上でのビームサイズが小さい事を利用すると、1枚の平板分光結晶を用いて蛍光X線スペクトルを大きく分散させる事ができる[10, 11][10]大橋 一隆、飯田 厚夫、合志 陽一:X線分析の進歩、24 (1993) 45.
[11]S. Hayakawa, A. Yamaguchi, Y. Gohshi, T. Yamamoto, K. Hayashi, J. Kawai and S. Goto : Spectrochim. Acta. B ,54B (1999) 171-178.。大橋、飯田らは50μm径のビームを励起に用い、分散された蛍光X線スペクトルを位置敏感比例計数管(PSPC、position sensitive proportional counter)で検出する1結晶分光器を作成し、高分解能での蛍光X線スペクトルを報告した[10][10]大橋 一隆、飯田 厚夫、合志 陽一:X線分析の進歩、24 (1993) 45.。しかしながら検出効率が低いために白色の放射光が励起には用いられた。SPring-8を光源とするX線分光顕微鏡では単色化されたX線による励起でも高分解能蛍光X線スペクトルを容易に得る事ができるようになった。図10には平板型1結晶分光器を用いてCu箔について得られた高分解能蛍光X線スペクトルを示す。励起には10keVX線を用い、分散されたスペクトルの検出にはX線CCDを用いた。(++)配置の2結晶分光器で得られたスペクトルと比較すると2つのスペクトルはほぼ同一であり、自然幅(約2.6eV)程度の幅を持つローレンツ関数型のスペクトルが得られている。
図10 Cu箔について1結晶分光器(CCD検出器)を用いて得られた高分解能蛍光X線スペクトル。
4.X線分光顕微鏡の応用
ここまで取り上げてきた装置開発と平行して、様々な共同研究者と応用研究を進めた。その数例を以下に取り上げる。
4-1.高圧合成ダイヤモンド中の不純物解析
大型のダイヤモンド単結晶はグラファイトが安定相となる高温高圧の条件(高圧法)で育成される。合成時に利用されるFe、Co、Niなどの金属溶媒がダイヤモンドに固溶される現象について蛍光X線分析、蛍光XAFS法を用いて解析を進めている[12][12]S. Hayakawa, X.-P. Jia, M. Wakatsuki, Y. Gohshi and T. Hirokawa : J. Crystal Growth, 210 (2000) 388.。X線分光顕微鏡を用いることにより数10ppmレベルで固溶したNiについてのマイクロEXAFS測定が初めて実現した。図11にダイヤモンド中に固溶したニッケルについて得られたマイクロXAFSスペクトル(χ(k))とそのフーリエ変換を示す。理論計算(FEFF8)との比較によりダイヤモンド中のNiは主にひずんだ置換型のサイトに存在している事をはじめて明らかにした[13][13]S. Hayakawa, T. Hari, M. Wakatsuki, X.-P. Jia and T. Hirokawa in preparation.。
図11 ダイヤモンド中に固溶したNiについてのXAFSスペクトル(d)と理論計算スペクトル(a)-c))。左)χ(k)、右)フーリエ変換、a)侵入型、b)置換型、c)最近距離がのびた置換型
4-2.個別エアロゾル粒子の微量
元素分析、XAFS測定
エアロゾルの無機成分分析は発生(土壌)起源や輸送過程での変質を知る上で重要である。従来は粒子径毎に捕集された試料について平均的な元素組成を用いて議論が進められてきたが、様々な起原の粒子が混在していると考えられる事から個別粒子についての元素情報に関心が持たれていた。電子顕微鏡やマイクロPIXEを用いて主成分に近い元素については報告があったが、X線分光顕微鏡を用いる事でエアロゾル1粒子にppmレベルで含まれる微量元素が検出可能となった[14, 15][14]S. Hayakawa, S. Tohno, K. Takagawa, A. Hamamoto, Y. Nishida et al. : Anal. Sci., 17s (2001) i115.
[15]S. Hayakawa, S. Tohno, A. Hamamoto, M. Suzuki and T. Hirokawa : J. Phys. IV France 104 (2003) 309.。図12にはNucleporeフィルター上に捕集された黄砂粒子について蛍光X線イメージングを行った結果を示す。走査範囲は200μm角であり、蛍光X線信号の強い黒い領域が1つ1つの粒子に対応している。元素毎の画像が大きく異なっており、個別の粒子の組成が大きく異なっている事がわかる。主成分であるFeの蛍光X線画像から16個の粒子座標を決定し、蛍光X線スペクトル測定と定量分析を行った。図13にはいくつかの粒子についての蛍光X線スペクトルを示す。5μm以上の粗大粒子である1についてNiの含有量は17.2fgであり、ビームサイズよりも小さいと考えられる粒子4、11、12には2〜3fgのNiが含まれている。この測定では16個の粒子について蛍光X線スペクトルを測定したが、多数のエアロゾル粒子についてのデータを取得するために、広領域の高速イメージング、粒子座標抽出、自動XRF測定を行うソフトを開発した。様々な微量元素の情報を多変量解析することにより粒子毎の起原や履歴を明らかにする事に取り組んでいる。また、霧1粒に含まれる微量元素分析などにも取り組み、従来は不可能であった極微量の試料についても微量元素分析を実現している。
図12 黄砂試料について10keVマイクロビームを用いて得られた蛍光X線イメージング像。右下画像中の番号はFe蛍光X線像から決定された16粒子の場所を示す。
図13 個別黄砂粒子について10keVマイクロビームを用いて得られた蛍光X線スペクトル。
4-3.腎組織へ蓄積した有害金属のイメージングと状態分析
生体組織中の有害金属の蓄積は疾病との関係で重要な研究テーマである。従来は分布に関する情報を得るためには染色法が用いられ、定量分析を行うためには別途切り出した組織について原子吸光法などを用いて破壊分析が行われてきた。Hgのように有効な染色手法がない有害元素についてはX線分光顕微鏡を用いる蛍光X線イメージングは有効であり、これまでに腎組織へのCd、Hg、Znなどの蓄積を画像化し、元素による組織中での分布挙動の違いに関する知見を得ている[17][17]K. Takagawa and S. Hayakawa : SPrng-8 Research Frontiers 2000/2001, p71-73.。
図14には150μm径のビームを用いてラットの腎組織全体をイメージングした結果を示す。パラフィン包埋した組織を6μm厚の切片にしたものをポリプロピレン膜上に固定したものを試料とした。水銀は主に皮質と呼ばれる外側の領域に分布しているが、Znは髄質と呼ばれる組織内部にも分布している。皮質には尿細管と呼ばれる部位があり、Hgなど有害金属はここに蓄積されると考えられる。図15はこの尿細管と思われる場所についてマイクロビームでイメージングを行った結果で、図14中で四角で囲った領域を拡大した画像である。このように生体組織の特定部位への有害金属の蓄積が画像として得る事が可能になり、XAFS解析などと組み合わせて状態分析への応用も進めている。
図14 ラット腎組織について得られたHg、Znのマクロ蛍光X線イメージング画像
図15 ラット皮質についてのX線マイクロビームを用いて得られたHg、Znの蛍光X線イメージング画像
5.おわりに
本稿では取り上げなかったが、X線移相子と組み合わせたX線偏光顕微鏡の実現は重要テーマの1つである。X線移相子はBL39XUにおけるMCD測定で幅広く用いられているが、マイクロビームと組み合わせた応用を進めていくためには入射ビーム強度での規格化に対して通常のマイクロXAFSよりも厳しい要求を満足する必要がある。
また最近では回折限界で決まる100nmレベルのマイクロビームも非球面ミラーにより実現されている[18][18]石川哲也、矢橋牧名、玉作賢治、スボロフアレクセイ、山内和人 他:放射光. 15 (2002) 30.。エネルギー走査時のビーム位置安定性や、試料調製なども含めて試料上で100nmレベルの空間分解能を得るための技術開発も必要である。
本稿では様々な方々との共同研究の内容を取り上げたが、余りにも多くの方々が関与しているため筆者が代表して執筆させていただいた。装置の開発については広島大学・廣川健教授、育田夏樹助手、西山文隆助手に筆者を加えたグループが中心的な役割を果たした。実験やソフト開発では広大院生の松尾英晃、張利広、池ケ谷応之介、山根一真、永井康弘、江角拓、各氏の協力を得た。またKBミラーの評価実験(BL47XU)ではJASRI・鈴木芳生博士、竹内晃久博士の協力を得た。紹介した応用研究は若槻雅男先生(産総研)、東野達先生(京都大学)、高川清先生(黒部市民病院)らとの共同研究の成果である。
微小領域でのX線分析に関する取り組みは特定利用研究の前から始まっており、BL39XUの建設や実験ではJASRI・後藤俊治博士、鈴木基寛博士、河村直己博士から多大な協力をいただいた。また、KBミラーおよびその調製機構の開発では石川哲也博士から予算的なご配慮と激励をいただいた。BL37XUでの実験では寺田靖子博士の協力を得た。他にも多くの方々から協力をいただいたが、この場ですべて紹介できない事が残念である。
X線分光顕微鏡はBL37XUで公開されている装置であるが、残念ながら利用を希望するユーザーが簡単に使いこなすことができるかどうかは疑わしい点がある。市販の分析装置は装置の原理に詳しくない人が利用する場合でも誤った結論を導かないように様々な工夫が施されている。放射光施設で公開されている装置についても使いやすさに対する配慮が利用者の裾野を広げると考えられる。本稿がX線分光顕微鏡を利用する方々にとって少しでも役に立つ内容を含んでいれば著者にとっては望外の喜びである。
参考文献
[1]P. Horowitz and J. A. Howell : Science 178 (1972) 608.
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[5]伊藤 正久、早川 慎二郎、中井 泉:SPring-8利用者情報、1 (1996) 40.
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[11]S. Hayakawa, A. Yamaguchi, Y. Gohshi, T. Yamamoto, K. Hayashi, J. Kawai and S. Goto : Spectrochim. Acta. B ,54B (1999) 171-178.
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[13]S. Hayakawa, T. Hari, M. Wakatsuki, X.-P. Jia and T. Hirokawa in preparation.
[14]S. Hayakawa, S. Tohno, K. Takagawa, A. Hamamoto, Y. Nishida et al. : Anal. Sci., 17s (2001) i115.
[15]S. Hayakawa, S. Tohno, A. Hamamoto, M. Suzuki and T. Hirokawa : J. Phys. IV France 104 (2003) 309.
[16]S. Tohno, S. Hayakawa, A. Nakamura, A. Hamamoto, M. Suzuki et al. : J. Aerosol Sci., 32s (2001) S873.
[17]K. Takagawa and S. Hayakawa : SPrng-8 Research Frontiers 2000/2001, p71-73.
[18]石川哲也、矢橋牧名、玉作賢治、スボロフアレクセイ、山内和人 他:放射光. 15 (2002) 30.
早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro
広島大学大学院工学研究科 物質化学システム専攻
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