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Volume 17, No.4 Pages 314 - 325

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第11回放射光装置技術国際会議(SRI2012)報告
“The 11th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation (SRI2012)” Report

奥村 英夫 OKUMURA Hideo[1]、佐藤 尭洋 SATO Takahiro[2]、登野 健介 TONO Kensuke[3]、山崎 裕史 YAMAZAKI Hiroshi[4]、満田 史織 MITSUDA Chikaori[5]、田村 和宏 TAMURA Kazuhiro[5]、豊川 秀訓 TOYOKAWA Hidenori[6]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](独)理化学研究所 播磨研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN SPring-8 Center、[3](公財)高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室 XFEL Division, JASRI、[4](公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門 Light Source and Optics Division, JASRI、[5](公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI、[6](公財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI

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1.はじめに
 2012年7月9日〜13日の期間、フランス、LyonのCentre de Congresにおいて第11回放射光装置技術国際会議(SRI2012)が開催された。参加者は957名(32カ国)であり、前回オーストラリアで開かれたSRI09の681名(28カ国)からも大幅に増加していた。国別の参加者数としては多い順からフランス162名、ドイツ162名、日本105名であり、これに続きアメリカ102名であった。全体で見てもヨーロッパ諸国からの参加者の割合が多く、ヨーロッパでの開催であることが如実に表れた国際会議となった。


写真1 SRI2012が開催されたthe Centre de Congres, Lyon

 開催されたセッションの分野数は前回SRI09の20から増え21セッションであったが、放射線損傷関連やVUV領域放射光、光学モデリングツール等の領域が増えるなど、その内容には改編が見られた。また、連日Keynote lecture、Plenary talkが開かれ、その後4カ所の会場でパラレルセッションとして下記分野の口頭発表が行われた。また、7月11日、12日にはポスターセッションが行われた。期間中、ESRF Visit、Gala Dinerなどのイベントも行われ、ESRFの放射光技術を実際に見学し、また地元の料理を堪能することができた。

写真2 オープニングセッションの様子

 本会議に前後して、下記に示したような各地の放射光施設を拠点とした数々のサテライトミーティングも開催された。いくつかのものについては別途報告をご覧いただきたい。
  The 4th International Workshop on Metrology for X-ray Optics, Mirror design and
  Fabrication (IWXM) (4-6 July 2012, Barcelona, Spain)
  3rd Workshop on the Simultaneous Combination of Spectroscopies with X-ray Absorption,
  Scattering and Diffraction Techniques (CSX2012) (4-6 July 2012, Zurich, Switzerland)
  X-Ray Detectors (5-7 July 2012, Zurich, Switzerland)
  Science at FELs 2012 (15-18 July 2012, Hamburg, Germany)
  Carbon contamination of optics: causes, characterization and in-situ treatments (16-17 July 2012, Paris, France)
 なお、本原稿の執筆にあたっては、出発直前にSPring-8からの参加者の中から各分野に関係ありそうな方にお願いする形となった。依頼できた人数の関係上、報告する分野に漏れがある点についてはご容赦願いたい。

(奥村 英夫)



2.XFEL関連分野
 前回のSRI09ではLCLSにおけるレーザー増幅達成が報告され、今回はXFELの利用成果の報告に期待が集まっていた。既に稼働しているSACLAとLCLSについては、Plenary セッションにおいて最新の利用実験結果が紹介され、十分期待に応える形となった。コヒーレント回折イメージング(CDI)、タンパク質結晶回折実験、X線非線形光学、時間分解計測といったXFELの実現前から期待されていた応用については、着実に成果が出ている印象であった。次回の会議では、いい意味で予想を裏切るような利用法が紹介されることを期待している。
 利用実験の他にXFEL向けの光学素子の開発状況、ビームライン光学系や実験ステーションの現状などに関しても、SACLAとLCLSにおける例を中心に十数件程度の口頭発表があった。また、今回の開催地がヨーロッパだったこともあり、建設中のEuropean XFELに関する発表も目立っていた。ビームライン、実験ステーション、および光学機器のデザインやシミュレーション結果に関するポスターが数多く出されていた。
 その他にもPlenaryセッションにおいてXFELやERL、Ultimate Storage Ringといった次世代光源に関する話題が積極的に取り上げられており、XFELをはじめとする新しい光源への期待の大きさを伺うことができた。ただ、パラレルセッションについては、XFELをテーマとしたものが無く、様々なセッションの中にXFEL関連の発表が分散させられる形となった。このため、本報告ではXFEL関連のContributed talkを網羅することができず、特に筆者個人の興味を引いたものだけを紹介しておく。次回のSRIではXFEL Scienceのセッションが設けられるよう、XFELの特徴を活かした利用研究成果が多く発信されることを期待したい。



2-1 Plenary Talk
 初日のPlenary Sessionでは、理化学研究所播磨研究所の石川哲也所長によるSACLAに関する発表があった。コミッショニング開始後3か月で最初のSASE増幅を達成するなど運転が順調に進んでいることを報告するとともに、XFELの設計思想を世界の色々な弓に例えて紹介した。欧米のXFELに対して、SACLAはコンパクトで低コストでありながら、低い電子エネルギーで短波長発振が可能であるなど、優れた性能であることが強調された。また、BBA(Beam Based Alignment)などのコミッショニング手法、安定な運転状況、ビームラインとその付帯設備に加えて、供用開始後の利用実験の成果が紹介された。単粒子イメージング、X線非線型現象、タンパク結晶回折などのデータが示され、利用実験も順調に進んでいる様子がうかがえた。


写真3 石川哲也所長(理研播磨研)による講演の様子

 3日目にはArizona州立大学のJ. Spence氏から、LCLSにおけるイメージング実験と結晶回折の紹介があった。既に論文誌で発表されている結果に加えて、解析中の最新の実験結果や、開発中の試料インジェクターも披露された。構造未決定のタンパク結晶の構造解析では、8時間かけて約400万枚のイメージを取得したそうである。結晶にビームが当たったときのデータだけを選び出すと、約35万枚のイメージがあるとのことで、あらためて、データ処理と解析プロセスの重要性を認識させられた。インジェクターについては、時間分解nanocrystallography用のインジェクターの開発が進んでいるようで、光ファイバーを通してNd:YLFレーザーを液体に照射できる仕組みになっている。また、J. Spence氏が“Tooth paste”と表現していた粘性の高い試料液体を導入できるインジェクターや、2種類の液体を発射直前で混合できるように2本の流路が備わったノズルなども紹介された。



2-2 XFEL optics関連
 Advances in Hard X-ray Opticsセッションにおいては、大阪大学の山内和人氏の招待講演があり、超精密加工ミラーによる反射型集光系に関する報告がなされた。X線領域のデフォーマブルミラーを用い、SPring-8にて10 nmを切る集光を達成したこと、SACLAで50 nmの集光を達成したことなどが紹介された。他方では、PSIのC. David氏が回折光学系による集光に関して発表を行った。XFELに関しては、LCLSにおけるFZPを用いた集光の報告があった。金のFZPを用いてLCLSのハイパワーのパルスを集光した際には、10000ショット程度でFZPが焼けただれたような状態になったようである。ダイヤのFZPではダメージ耐性の改善が確認され、320 nmの集光径を達成した。
 集光の他には、DESYのS. Bajt氏から、XFELを想定した多層膜ベースの光学系の紹介があった。XFEL光にはチャープがかかっているとして、X線領域のパルスコンプレッサーや、フェムト秒レーザーなどに用いられる4-f系パルスシェイピングのXFELへの応用など挑戦的な話題であった。また、APSのS. Stoupin氏からはX線用のDiamond opticsに関する発表があり、薄結晶ダイヤモンドを用いたLCLSのセルフシードに関しても紹介があった。共振器型XFEL用の99%以上反射できる品質のダイヤも製作可能になったとのことだが、まだ大きさの問題が残っている。
 LCLSのY. Feng氏(当日の講演はD. Zhu氏がおこなった)から、LCLSにおけるビームシェアリングに関する報告がなされた。LCLSではビームラインが一本なので、ビームスプリッターを用いてビームを2つのハッチでシェアすることが提案されている。Siとダイヤモンドの2種類のビームスプリッターが製作され、回折側のビームパターン評価を実施していた。問題点として、120 Hz、数mJ/pulseのオペレーションでは、熱の問題が大きく、ショットごとの回折像に歪が観測されたそうである。シェアリングのテストのため、テスト用のセルにいれた場合には、パターンは改善されていた。熱問題の改善後、large offset monochromatorの一枚目の結晶をビームスプリッターに交換して、供用することを予定している。



2-3 ビームライン、実験ステーション関連
 DESYのC. Bressler氏が、デンマークのM. Nielsenグループと共同で実施した溶液散乱と発光の同時計測の実験を報告。LCLSを利用して、ピコ秒を切る分解能で時間分解計測を実施した。放射光で数時間にわたって計測しなければならなかった実験が、LCLSではデータ計測がすぐに終わり、しかもより高い時間分解能が得られたとのことである。同じくDESYのA. Mancuso氏は、アンジュレータでのビーム発生から、光学系通過後のビームプロファイル、サンプルによるイメージングまでのstart-to-end(s2e)simulationについて発表を行った。SASEだけでなくシードによる散乱パターンの変化など、数値計算も様々な研究機関と協力して精力的に進められているようである。
 LCLSのH. Lemke氏は、InGaAsナノワイヤの音響モードフォノンの共鳴をポンププローブで観察する実験について報告するとともに、LCLSのXPPステーションの紹介を行った。シングルショット分光器、アライバルタイミングモニターなどが実戦投入され、順調にアップグレードが進んでいるようである。また、DESYのW. Rosekerech氏からは、X線オートコリレーター用のビームスプリッターについて発表があった。放射光およびLCLSにおけるテスト実験について報告。現状の課題は、スループットが1%程度しかないこと、時間原点ゼロの調整とアライメントがなかなか難しいといったところである。他にもW. Schlotter氏によるLCLSのSXRステーションの紹介、M. Sikorski氏からX線相関分光(XCS)ステーションの紹介があった。
 SACLAからは、理研播磨研の佐藤尭洋とJASRIの登野健介が、ポンププローブステーションとビームラインBL3について、現状と開発中の装置の報告を行った。また、JASRIの仙波泰徳氏から、FEL集光光学系のためのモニターの開発について報告があった。集光位置のターゲットからアブレーションによって発生したイオン種を飛行時間型分析器でモニターし、集光光学系の調整に活用するものである。実戦投入されれば、光学系の調整時間が大幅に短縮されるため、大いに期待したい。
 European XFELからも、ビームライン光学系や実験ステーションのデザインが、ポスターを中心に示された。とても挑戦的な計画が多く、数年後の供用開始に向けて何を優先的に整備していくか、明確にしておく必要があるだろう。

(佐藤 尭洋、登野 健介)



3.生物関連分野
 生物分野に関連するする発表は“Instrumentation for Macromolecular Crystallography”、“Radiation Damage Management”および“Biomedical Experiments”の3つのセクションがメインとなって開催され、これに加え、“High Energy Application”セクションにも1件見られた。結晶構造ビームライン関連ではやはり微小結晶を対象としたマイクロフォーカスビームラインの話題が多いように感じた。またX線による試料の損傷に関するセクションも設けられていたが、微小結晶とX線損傷は切っても切れない関係にあり、両セクションで関連の報告考察が見られた。



3-1 Parallel session A: Instrumentation for Macromolecular Crystallography
 APSのR. F. Fischetti氏より23-IDビームラインにおけるマイクロフォーカスビームのアップグレードについての発表が行われた。ビームサイズは1〜5 μmあるいは3〜20 μmが設定でき、ビームより安定化し、その強度は以前の5倍以上となっており、ビームライン上での通常の顕微鏡では観察しにくい溶液中のタンパク質結晶の位置の可視化についてSONICC(SONICC, the Second Order Non-linear Imaging of Chiral Crystals)を利用した例やグリッドサーチの利用例の報告があった。
 SPring-8の平田邦生氏からはマイクロフォーカスビームラインBL32XUについての報告がなされた。微小結晶を用いるが故に深刻になるタンパク結晶におけるX線によるダメージの見積もりについての検証や、結晶への照射位置をずらしてX線による損傷を減らすヘリカルデータコレクション法が紹介された。また、実際にビームラインにおいてユーザーが容易にダメージを見積もり、ヘリカルデータコレクションを設定できるKUMA-systemの開発についても発表された。
 NSLS-IIからはR. M. Sweet氏より2本のMXビームライン(Frontier Macromolecular Crystallography(FMX),Highly Automated and Accessible Macromolecular Crystallography(AMX))および1本のSAXSビームライン(Life Science X-ray Scattering(LiX))の開発状況について報告があった。FMXは5〜23 keVのエネルギー、10×1013phs/s、1 μmサイズのビームスポットを持つ。AMXは5〜18 keVのエネルギー範囲でビームスポットサイズは5×3 μmである。一方Lixは1〜数百μmでビームは調整可能であり、2.1〜20 keVのエネルギー範囲を持ち、anomalous SAXSの測定が可能である。
 Diamond Light SourceからはA. Wager氏より長波長ビームラインI23についての報告がなされた。このビームラインは位相決定のための異常分散データを得るための測定を目的としている。異常分散を得るための処理を施さずに、内包する原子のみから弱い異常分散データを得るために、波長1.5〜4 Åのビームを用い、サンプルとゴニオメータ、検出器は真空中に配置される。大きく湾曲した検出器を用いることにより2θ=±90°の測定範囲を持つ。
 SLSのM. R. Fuchs氏からは3本のタンパク結晶構造ビームラインについて、新しい回折計の報告がなされた。ゴニオメータは再設計され、5 μmの結晶に対応するため偏心はミクロンオーダー以下を達成した。多軸ゴニオメータPRIGoの紹介もされた。また同軸顕微分光計もアップグレードし、UV/Vis吸収、蛍光、ラマン分光測定がいつでも測定可能となった。さらにSwissFELのアンジュレータガーダーの設計を適用することにより、高い安定性を実現することができた。
 PETRAIIIからはT. R. Schneider氏より、立ち上げ中1本のSAXSビームラインならびに2本の結晶構造ビームラインについての報告がなされた。EMBLビームラインは再構築後2011年12月より実験開始となった。P12 SAXSビームラインは完全自動サンプルチェンジャーを備え、PILATUS 2Mとともに“BMS”制御ソフトによって操作される。二つの結晶構造ビームラインには35 keVまでの高エネルギーに対応するP14および4.5 keVまでの低エネルギーに対応するP13が建設されている。大容量、高速結晶サンプルチェンジャーMARVINをP13/P14に今秋実装予定である。
 EMBLのU. Zander氏からはCrsytalDirectと呼ばれるG-Robシステムを利用した、結晶化から、回折計への結晶マウントまでを自動化する画期的なシステムの報告がなされた。結晶化は薄いフィルム上で行われ、成長した結晶は周囲のフィルムごとレーザーによって切り取られ、X線照射位置へマウントされる。またこのプレートごと照射位置まで持って行き、プレートのまま測定することも可能となっている。
 SOLEILからはW. Shepard氏よりTunable Micro-focus Beamlineである PROXIMA 2Aの開発について報告があった。20×20 μmからマイクロビームサイズへのアップグレードを予定しており、凸面ミラー、垂直反射ミラーおよび両面水平反射ミラーを組み合わせて使うことで、5×5 μmと15×5 μmの二つのモードを利用できるようにする予定である。ユーザー利用開始は2013年1月を目指している。



3-2 Parallel session B: Biomedical Experiments
 ESRFのE. Brauer-Krish氏からは、生体医学ビームラインID17の前臨床実験環境の構築について報告がなされた。白色ビームを照射するMicrobeam Radiation Therapy(MRT)では数十μmのピークと数百μmの谷間を持つfractionated beamが用いられる。対象物に対して任意の深さで、高強度で照射するために、対象動物に対して任意の角度、位置でビーム入射できるように試料環境を整備し、インターレースビームを照射することによって、対象物表面でピーク値300 Gy、9.5 cmの深さで均一に80 Gyの強度で照射ができることが実証された。
 Wollongong大学のM. Learch氏からは、MRTにおいて、数百μmピッチで並ぶビームの強度を実時間で測定するためのX-Tream Readout Systemの開発についての報告がなされた。装置は試験的にまずESRFでID17に設置され、50 μm幅、412 μmピッチのビームでの測定に成功した。



3-3 Parallel session T: Radiation Damage Management
 Diamond Light SourceのR. Owen氏からは近年増加しつつあるタンパク質結晶の室温環境での測定に対してのX線損傷に関する報告がなされた。まず、室温環境でイメージ当たりのフラックスを固定する条件で、シャッターを用いた回折実験と、連続照射では、連続照射の方が良好なlifetimeが得られるという結果であった。また連続測定において高dose-rateである程lifetimeが増大することが示唆された。特に〜500 kGyの高dose-rateでさらにlifetimeが増大するということが明らかとなった。
 SOLEILのR. Fourme氏からは高エネルギービームの利用によるX線損傷の軽減とデータクオリティの向上についての発表がなされた。卵白リゾチーム結晶を用いた検証実験とモンテカルロ計算による比較検証により、極端に小さい結晶を除き、30〜43 keVのエネルギー範囲が適切であるという結果を得た。しかしながら高エネルギー領域における検出器の検出効率はまだ低く、検出器を含む高エネルギー利用での測定環境の開発の必要性が説かれた。



3-4 Keynote Lecture、Plenary Talk
 微小粒子で処理した生体試料のイメージングについて、「Localization of nanomaterials in Cells and Tissues」というタイトルでNorthwestern大学のG. Woloschak氏より講演がなされた。ここでいう微小粒子は10〜100 nm程度のものを指し、2 μm程度の大きさを持つ細胞よりも充分小さく、4 nm程度の大きさを持つタンパク質よりも大きく、従来はMRIやCT、TEMそしてXFMなどを用いて可視化されてきた。本発表における蛍光X線顕微鏡による実験では微小粒子としてTiO2をベースとして多機能化した微粒子を用いている。この微小粒子を利用した研究の一例として、DNAのUVやガンマ線による切断部位が、機能性TiO2によって変化する事例が紹介された。またTiO2複合体粒子が生体内で医薬品輸送体となる可能性についても紹介された。ここではある薬剤に抵抗性を持つがん細胞に対し、その薬剤と微粒子の複合体を用いることでがん細胞内に投与できる事例が示されていた。その際、共焦点蛍光顕微鏡で薬剤のみを観察し、X線蛍光顕微鏡で微粒子のみ観察することでその挙動を直接観察できていた。微小カプセルで薬剤を細胞内に届けるナノメディシンに対し、ペプチド修飾などによって積極的にがん細胞を狙っていくナノメディシンの実現に向けて、その働きを可視化するために100 μm以上の分解能を持つX線蛍光顕微鏡での3次元マッピングが必要であり、位相差とXRFマッピングの組み合わせによるトモグラフィーによってこれらを実現するBionanoprobeと呼ばれる装置のAPSビームラインにおける構築が紹介された。これはマッピングの分解能は30 nm以上、分光分解能は50 nmの性能を持つ。そして、この急速凍結の手法と組み合わせることによって、染色することなくそのままの細胞のイメージがTEMに近い分解で得られることが示された。


写真4 G. Woloschak氏(Northwestern大学)による講演の様子

(奥村 英夫)



4.光学系関連分野
4-1 Parallel session E – 1, 2: Advanced in Hard X-ray Optics
 大阪大学の山内和人氏はX線をコヒーレントに集光することによって可能になる計測を提示し、現在SPring-8およびSACLAで実現されているX線集光の例を示した。SPring-8ではKBミラーで縦7 nm、横8 nmの集光が実現している。また、シェアリング干渉法によるワンショットの波面計測をフィードバックして、ミラーの変形による光学補償が成功したことも示した。SACLAではKBミラー2個で2段集光することにより、縦50 nm、横30 nmの集光が報告された。また、1次元集光用のWolterミラー2個で2次元集光を行い、色収差なしの縦42 nm、横46 nmの集光X線を得ている。
 Diamond Light SourceのK. Sawhney氏はEEMで精密研磨した溶融シリコンのバイモルフミラーについて、性能を報告した。150 mm長のミラーにより、0.5 μmまでの1次元集光を行っている。この方法のメリットは、集光系の変更と光学補償が容易なことである。
 北海道大学の木村隆志氏は、deformable(adaptive)なKBミラーを2段に組む集光光学系について報告した。1段目のKBミラーの集光点を2段目のKBミラーの発光点とする。1段目のKBミラーの倍率を変えることで、ビーム強度を維持したまま、任意のサイズに集光できる。1段目のKBミラーの集光点にスリットを入れて余分なX線をカットすることで、2段目の集光X線の集光性能が向上し、X線回折顕微鏡の再構成時のエラーが大幅に低下することを示した。
 ALBAのJ. Nicolas氏は、集光および、一様なデフォーカスビームを作る方法を報告した。そこそこの精度の表面形状をもつミラーをNOM(オートコリメータ+ペンタプリズム)で形状計測し、4つのスプリングアクチュエータで形状補正する。補正後の形状が長時間(60h)経過後でも、1.1 μradの範囲で安定に維持されることを確認している。
 APSのW. Liu氏はnested KBミラーについて報告した。Nestedのメリットは、コンパクトでワーキングディスタンスが大きく取れること、通常のKBミラーに比べて縮小率が小さく、それゆえフィギュアエラーへの要求が低いことが挙げられる。一方、ミラーのエッジを使用するためミラー面にGapができるが、報告によれば5 μm以下のようである。色収差の影響を受けず、15 keVの単色X線に対してもポリクロマティックX線に対しても150 nm×150 nmの集光を実現している。
 J. Ablett氏はSOLEILのGALAXIESビームラインに設置した(+n, -m, -m, +n)配置の高エネルギー分解能4結晶分光器について報告した。シリコン結晶の異なる反射(111, 220, 331, 333)と非対称因子の選択で、中心エネルギー2.3から12 keVの全ての範囲で100 meV以下の分解能が可能である。
 PSIのC. David氏は、ゾーンプレートの分解能や集光効率を上げるための発展形として、line-doubled化、binary化等を報告した。また、FELの高密度入射に対応するために材料を金からダイヤモンドに変え、照射試験で良好な結果を得たことを報告した。
 DESYのS. Bajt氏は多層膜の応用として、Bragg、Laue配置でのX線パルス圧縮の可能性について報告した。またレンズ、マスクとの組み合わせで単一パルスから櫛状の離散パルスを生成する光学系を提案した。
 ESRFのA. Snigirev氏は屈折レンズを使ってX線波長域で10から100 nm集光スポットサイズを実現したことを報告した。例えば、35 keVのX線に対して80 nmである。また、屈折レンズの利用法として、絞りを組み合わせた広帯域分光器(ΔE〜1%)と、レンズアレイによる多光束干渉計について報告した。
 APSのS. Stoupin氏は、将来的にFEL用の反射型共振器に用いたい高温高圧合成IIa型ダイヤモンド結晶について低温での熱膨張率を測定した。100 K以下のデータに気になる部分があると報告された。ダイヤモンド結晶の他の利用例として、FELの自己増幅のシミュレーションを行った。
 Y. Feng氏はLCLSでビームを分割するための薄い結晶(SOI、ダイヤモンド)を製作し、反射波のイメージの取得を行った。また、曲げた板状結晶を使ったスペクトロメータについて報告した。
 DESYのJ. Horbach氏はPETRA III固有の光学系3種を報告した。(1)4.4から90 keVの分光が可能な多層膜分光器、2013年に始動。(2)多層膜と結晶を切り替えて使用する分光器、第2光学素子が移動量2.5 mの並進ステージに乗せられている。(3)間隔の狭いビームラインで隣と干渉しないための、巨大オフセット(1.25 m)高分解能分光器。
 S. Berujon氏はDiamond Light Sourceにおけるミラーの光学補償について報告した。8個のアクチュエータの制御量を9箇所のビームイメージから決定する。波面測定は、メンブレン上の粒子群が作るスペックルを追跡することにより行われる。



4-2 Parallel session S – 1, 2: X-ray Imaging Techniques
 Karlsruhe InstituteのL. Helfen氏は放射光によるラミノグラフィーについて報告した。ラミノグラフィーは非破壊の3次元イメージングであり、薄いフラットなサンプルに適している。例として、絵画の断面構造、トマトの葉などのイメージングが紹介された。
 F. J. Mosselmans氏は、Diamond Light SourceのI18ビームラインの時分割マイクロフォーカスXEOL測定装置について報告した。
 Saskatchewan大学のG. Rhoades氏は、長時間の測定時間がかかるCTの測定でフィードバックをかけるための、プリズムとアナライザー結晶による強度モニターの方法を報告した。
 Aix-Marseille大学のV. Chamard氏は応力のイメージング法を報告した。細長いスリットに通したX線を円形ゾーンプレートで集光し、サンプル上に照射する。サンプルの位置を変えて散乱像を取得し、ptychographyにより位相回復を行う。
 APSのR. Rosenberg氏はX-ray excited luminescence microscopyを報告した。PEEMに替わる可能性も示唆した。
 Cornell大学のH. T. Phillip氏は、測定時に方位がランダムに変化し、かつ透過率が極めて低いサンプルについて、測定された多数のイメージから画像構成する期待値最大化(EM)アルゴリズムを報告した。2次元のシミュレーションとして、回転方向が分らないコインでかつ、2.5 photons/frameの強度しか得られない場合を紹介した。
 M. Stampanoni氏はSLSのTOMCATビームラインにおけるナノトモグラフィックイメージングを紹介した。4つの異なるスケールで位相コントラストイメージングができる。ナノの領域では、コンデンサー、ゾーンプレート、Zernike位相ドット、ディテクター(ピクセルサイズ72 nm)の組み合わせで、分解能200 nmの再構成が可能である。
 PSIのO. Bunk氏はMultimodal imagingと題して、scanning x-ray diffraction microscopy, scanning SAXS, grating interferometry, STXMの2次元マッピングを複合的に実行できる装置の紹介を行った。
 Muenchen工科大学のI. Zanette氏はESRFで行っている2 μmピッチの回折格子による干渉計測を紹介した。回折格子のステッピングで位相を決定しているが、飛び越し走査(interlaced scanning)することで高速化を図っている。2次元回折格子を利用した報告もあり、X線エネルギー15から82 keVで利用可能である。
 ESRFのS. Jacques氏は、触媒の機能を高速にミクロンオーダーで調べることを目的にX線回折像からのCT再構成を行った。スペクトルの一部を切り出して再構成を行うことで、元素分別が可能である。
 Karlsruhe工科大学のF. Xu氏はESRFのID22ビームラインで、位相コントラストラミノグラフィと蛍光検出により、アルミフォイル上のNi、Cu、Feのイメージングが可能であることを報告した。
 BrookhavenのW. Lee氏は流体中のトレーサー粒子の速度計測について報告した。2枚のモノリシックなラウエ板2枚を用いて同一エリアを2方向からX線撮影し、速度を3次元解析する。
 Helmholtz-Zentrum GeesthachtのF. Wilde氏はPETRA IIIのイメージングビームラインの紹介を行った。多層膜分光器を用いたビームラインで5から50 keVのX線を使用できる。分解能1 μmから100 nmでトモグラフィが可能。ミラーとカメラのセットを2台用意し、交互に使うことで測定の高速化を図っている。

(山崎 裕史)



5.加速器関連分野
 SRI2012における加速器および加速器技術に関わる発表は、会議全体を通して、招待講演3件、口頭発表13件、ポスター発表約40件であった。それらに関わるセッションとして、「Storage Ring Performances and Limits on the Beam Stability」、「New Facilities」が設けられていた。またこれ以外にも「Time-Resolved Applications」、「IR and THz Generation and Applications」等のセッションにおいて加速器技術に関する発表が散見された。
 利用者側の発表から光源加速器に対する要望として感じられたのは、ナノスケールの空間分解能とフェムト秒領域の時間分解能を有する光源の実現が待ち望まれている、という点であった。これらは、光源加速器の高度化として、高輝度かつ高ピークパワーの放射光を生み出すことが可能な、回折限界を目指した電子ビームの低エミッタンス化と短パルス化が求められていることを意味する。またこれらの特長を十分に活かすためには、バンチ電流値の増強、ビーム軌道の安定化、エネルギー広がりの抑制などにつながる技術開発も重要になってくる。その具体的な実現への急先鋒がX-ray Free Electron Laser(XFEL)であり、他の方向性としてはUltimate Storage Ring(USR)、Energy Recovery Linac(ERL)がある。XFELに関する発表については他に紙面を譲ることとし、ここでは主に、USRとERLおよびこれらにつながる加速器技術の開発に関わる発表について報告する。



5-1 Storage Ring Performances and Limits on Beam Stability
 近年、電子ビームのエミッタンスがX線領域の光子エミッタンスと同程度(回折限界)となる20〜40 pm・radを目標に、第三世代放射光施設の次世代放射光施設への高度化案が世界中で示され、議論が盛んに行われている。本セッションでは、M. Borland(ANL)により世界各地で建設中、稼働中の最新の放射光施設(PETRA III、NSLS II、MAX-IV等)の紹介と、USRの概要、USRを目指す各施設(SPring-8-II、XPS7、ESRF Phase-II、PEP-X、τUSR等)の仕様および克服すべき技術的な課題に関する報告があった。回折限界を実現することで現状の100〜1000倍の輝度の向上を見込めるとのことであるが、技術的な課題として、強い六極磁場の導入に伴うダイナミックアパチャーの極端な減少により新たなビーム入射方法やビーム寿命の改善策が必要となること、輝度を最大限に高めるためにβ関数を最適化した、十分な長さの直線部の確保が必要となること等が挙げられた。2015年にコミッショニング完了予定のMAX-IVはマルチベンドラティスを採用して低エミッタンスを目指す世界初のリングであり、USR実現に向けた加速器デザインの部分的な実証試験としてもその成果が期待されるとのことであった。
 J. L. Revol氏(ESRF)により、ESRFで進行中のアップグレード計画Phase-Iの状況とUSRを目指す計画Phase-IIの報告があった。ビーム軌道の安定化のために200 Hzの軌道フィードバックシステムが開発され、数μmの軌道安定性の確保とカップリングの改善を行っている。直線部においては、上下流の四極電磁石の一部を撤去または交換することにより現状の5 mから6 mあるいは7 mまで拡張する計画が進められてきた。更にRF系のアップグレードに関して、既存のクライストロンを Solid State RF Amplifier(SSA)に交換する計画と、高次モードを減衰させるHOM Damped Cavityの開発について報告があった。前者はSOLEILと同タイプのLD-MOSFETをベースとした独自開発のアンプを使っており、現在、ブースターへの設置が済んでいる。さらに導波管への直接接続を可能とする次世代型のコンパクトなSSAの開発も平行して進めている。2012年夏以降、ビームを用いた試験が順次実施される。HOM Damped cavityの導入によりビーム不安定性の閾値を上げることができ、300 mAまでの蓄積電流の増強が可能になるとのことである。Phase-II計画として、水平/垂直のエミッタンスをそれぞれ0.15 nm・rad/2 pm・radまで下げる計画を進めており、現状の輝度の25倍の改善を目標としていると報告された。
 ロシアからはERL計画としてのMARS (Multipass Accelerator-Recuperators Source)計画の報告があった。これはERLの拡大版のようなもので、1.2〜5.6 GeVまでの様々なビームエネルギーを2本のLINACにて生成する機器構成となっている。平均ビーム電流10 mA、バンチ長1 ps、エミッタンス10 pm・radを目指しており、エネルギー1 GeVのプロトタイプが提案されている。



5-2 New Facilities
 USRへの道標となるであろうMAX-IVの建設状況について、M. Eriksson氏による報告があった。先にも述べたように、低エミッタンスリングを目指すMAX-IVで採用された新たな試みは、SPring-8などのこれまでの第三世代放射光施設の多くが採用するダブルベンド、トリプルベンドラティスとは異なり、7台の偏向電磁石を1ユニットとするマルチベンドラティスを採用している点である。周長528 m、エネルギー3 GeVのリングで500 mAの蓄積電流値、230〜330 pm・radの自然エミッタンスを目指している。短い周長で多数の強い電磁石を配置する必要があるため、コストダウンおよびスペーシングの観点からボア径20 mmの多数の電磁石を一体として一つのブロックから削り出すという新しい電磁石デザインが試みられている。また、狭小ボア径に対応する真空チェンバーの内面にNEGコーティングを施すことで排気性能の確保に努めている。2015年に3 GeVリングのコミッショニングが開始され、その年内にユーザー運転を開始する予定との報告があった。コストダウンを行いながら目標とする性能を実現するための特徴的なデザインとなっており、次世代放射光施設の先駆けとしてどのような成果が得られるのか、コミッショニングの結果が待ち望まれる。
 河田洋氏(KEK-PF)から、ERL実証機として建設中のCompact-ERL(cERL)の進捗状況と将来計画である3 GeV ERL、さらにアップグレード後のXFEL-Oについて報告があった。ERLは超伝導空洞により電子ビームの加速と減速によるエネルギー回収を行い、回収したエネルギーを利用して再び加速を行うもので、超伝導加速空洞部のLINAC部と周回のためのアーク部を組み合わせた構造になっている。ERLでは、電子銃で生成された低エミッタンスの電子ビームをそのまま加速し、水平・垂直エミッタンスの小さなラウンドビームをアーク部での放射光発生に利用することが可能である。これが実現できれば第三世代放射光光源のおよそ1/40、SASE-XFELと比べて1/4のビームサイズが期待されるとの報告があった。またバンチ長も50〜100 fsとなり、XFELにはおよばないが十分な短パルス光が得られる。3 GeV ERLで得られる輝度としては第三世代放射光に対しておよそ5〜10倍程度となる予定であり、その時点ではXFELにはおよばないが、XFEL-Oの導入・開発においては100,000倍を目標としている。cERLの建設状況であるが、DC電子銃は510 keVの8時間運転に成功し2012年度の冬にインストール予定であり、加速システムとしては、入射器用2-cellの超伝導空洞、インプットカプラー、クライオスタットの製作が済み、1.3 GHzのCW-RFのクライストロンの製作とともにテストベンチでの試験運転の段階となっているとのことであった。電磁石、真空の各コンポーネントの製作も進んでおり、2013年にビーム運転が開始される予定とのことであった。3 GeV ERLの建設計画は予算化されていないが、2017年より建設を開始し、2022年にはコミッショニング、ビーム運転を計画していると報告があった。



5-3 Keynote Lecture、Plenary Talkにおける加速器技術の話題
 XFEL、USR、ERLのそれぞれの発表に対して、それらの加速器性能としての長所・短所を比較検討した招待講演「Electron and X-ray Beam Properties for ERL, XFEL and USR Hard X-ray sources」がG. Hoffstaetter氏(Cornell大学)により行われた。また、硬X線としてのビーム性能を比較検討した招待講演「Complementary Use of SR and FEL Radiation for Science Applications」がM. Altarelli氏(European FEL)により行われた。XFELとUSR/ERLとの差異は、シングルショットビームとパルス当たりの低いフォトンフラックスでの安定した繰り返しビームとの違いであり、USRとERLについては、平均輝度が似た領域にある場合、目指すエミッタンスレベルが同一であるとすると、他に差異があるのかどうかという点が論点であると端的に表現された。XFELはUSR/ERLと比較してピーク電流が非常に大きいため、低エミッタンス化を目指すUSR/ERLと比較して輝度という点では圧倒的なアドバンテージがある。また1〜50 fsの短パルス性はERLの50〜100 fs、USRの10 psに対して高い時間分解能を有している点が大きな長所である。ただ、XFELではショットごとの安定性の確保が難しいのに対して、USR/ERLでは安定した低い輝度の放射光でサンプルダメージを抑えながらGHzの繰り返しでの測定が可能であること、また多数のビームラインの設置が可能であること、フィリングパターンによる時間構造実験への柔軟な対応が可能であること等の点でUSR/ERLにアドバンテージがある。USRに対するERLの長所として、USRのエネルギー広がりは10-3が限界であるのに対してERLでは更に一桁下を実現可能であること、ERLではそれぞれのアンジュレーターセクションで異なるβ関数を取ることにより様々なビームサイズ・角度広がりを実現出来る柔軟性を有している点がある。一方、ERLでは超伝導空洞への熱負荷の問題から蓄積電流値は100 mAが限界であるのに対して、USRでは500 mAまで想定されている点が長所と言える。XFELでは現在SACLA、LCLSでその性能の実証が開始されているが、その潜在能力を完全には出し切っていない状況である。USRに関してはMAX-IVにおいて初めての部分的な実証試験が始まろうとしている。またERLではKEK-PFのcERLが建設中であり、次世代放射光施設の今後の発展が期待できると締めくくられた。



5-4 IR and THz generation and application
 木村真一氏(UVSOR)より、THzコヒーレント光のアプリケーションとしての可能性とともに実際の生成スキーム、その実証機としてのcERLについて発表があった。sub-mm波長を基本波とするTHzコヒーレント光は、現在適当な光源がない1〜10 THz間のギャップを埋めるものとして期待されている光源である。UVSORではTHzコヒーレント光の発生法としてレーザースライシング法を採用している。この方法は、レーザーパルスをアンジュレーター内で電子バンチと重ね合わせ、レーザーパルス間隔に電子バンチ内の電子分布を変調してTHzコヒーレント光を生成させるものである。この方法で得られるTHzコヒーレント光の特徴は、ピークパワーが通常の放射光の10,000倍になり、その波長がレーザーパルス構造の調整で制御可能であることである。UVSOR-IIではレーザースライシング法によるTHzコヒーレント光生成の実証に成功しており、KEK-PFのcERL、J-LABのERLにおいてより高強度のTHzコヒーレント光が得られると考えている。THz科学、fs時間分解能実験、THz光を用いた逆レーザーコンプトン散乱軟X線実験などへの展開が期待されている。

(満田 史織、田村 和宏)



6.検出器関連分野
 1997年に開催された姫路のSRIで22×30ピクセルの小型検出器の結果が発表されたPILATUS検出器は、今日では最も大規模なPILATUS-6Mでは2463×2527ピクセルとほぼ10000倍にまで拡大され、放射光実験では欠かせない検出器へと発展した。今回の会議でも回折・散乱を中心に多くのセッションで応用研究が紹介された。その象徴的なセッションは10日の午後の「Instrumentation for Macromolecular Crystallography」で、APS、ESRF、ALBA、NSLS、Diamond、SLSではPILATUS-6Mがスタンダードで、Diamondでは更に規模を拡大したPILATUS-12Mの計画が発表された。最終日の「Advanced in Materials science」では、APSやTaiwan Photon Sourceの白色ラウエステーションでもPILATUS検出器が導入されているなど、これまでの単色X線実験以外の幅広い分野で用いられるなど、前回のメルボルンから今回までの3年間はPILATUS検出器発展の期間であったと言える。一方で、検出器のセッションに目を向けると、デットタイム補正回路を搭載したPIALTSU3バージョンの発表があったが、インパクトとしてはさほどでもないと考える。むしろ、Medipixや高速CCDなどの目覚ましい進展があり、次回ニューヨークでのSRI2015までの3年間は各種タイプ乱立による激しい競争になることが必至である。
 検出器のセッションは10日午後の「New developments in Area Detectors」、11日午前の「New developments in Spectroscopy Detectors」の2つのオーラルセッションと、それぞれに関するポスターセッションが10日および11日にプログラムされた。発表件数は、オーラルが共に6講演に対し、ポスターはArea Detectorsが32、Spectroscopy Detectorsが23であった。「New developments in Area Detectors」では、冒頭にSLS検出器グループリーダーのB. Schmitt氏が招待講演を行い、7月5日午後から7日にかけてスイスのチューリッヒ市街にあるチューリヒ工科大学にて開催されたサテライトワークショップ「X-Ray Detectors for Synchrotron Applications」のトピックとして、軟X線検出器からはDESY・STFC・Triesteによる共同開発のmonolithic MAPS、フォトンカウンティング型検出器からはMedipixを実用化したDiamondのExcaliburとDESYのMamdaの2つ、DectrisのPILATUS3、SPring-8のCdTeピクセル検出器、PSIのEIGER、XFEL検出器からはDESY・PSI・ハンブルグ大学・ボン大学の共同開発のAgipd、PSI単独のGotthardとJungfrau、SACLAのSophiasの紹介があった。XFELに関しては、SLACのC. Kenney氏とDESYのA. Koch氏からそれぞれの現状報告があり、ここまではサテライトワークショップと重複する発表であった。オランダのN. van Bakel氏からはMedipixをTOTモードで動作させることでエネルギー蓄積型検出器を行うTimePixの紹介があった。TimePixは検出器の専門家には既知の技術だが、放射光ではこれまで殆ど試されていない新しい技術である。その他、ESRFのP. Fajardo氏によるXNAP、KEK-PFの岸本俊二氏のリニアアレイとAPDの他素子集積化に関するそれぞれの開発の現状報告があった。ヨーロッパが検出器開発をリードしているなか、サテライトワークショップを含めて日本の主要な3つの検出器開発プロジェクトをオーラル発表としてアピールできたことは意義深いことである。
 「New developments in Spectroscopy Detectors」の招待講演は、多素子SSDを用いたカナダのD. Hawthorn氏のInverse Partial Fluorescence Yieldに関する研究で、検出器そのものとしては既存の技術であった。CSIROのC. Ryan氏の発表のMaia検出器はSSDを大規模に2次元アレイ化することにより、X線蛍光イメージングを3次元化する新しい技術で、このセッションのなかでは最も大きなインパクトを受けた。初日午前に組まれた3つのPlenary talksの一つとしてNorthwestern大学のG. Woloschak氏が応用研究を紹介した応用研究向けの検出器技術でもあり、検出器としての成熟度も高く、今後利用が世界規模で広がることが予想される。NISTのR. Doriese氏からはTES(超伝導転移端センサー)の放射光への展開についての報告があった。今回発表はなかったがSPring-8でも東大工の高橋研が類似した研究を行っており、放射光でのTESの実用化に向けて着実に進展してきている。企業からの発表としてPNSensorのOrdavo氏から高速CCDの発表があった。カラーイメージングなどへの応用でブレークスルーとなる予感がする。その他、ESRFからは分光アナライザー、フルデジタルロックインアンプに関する開発2件があった。
 ポスターセッションは前半と後半に振り分けられ、検出器は10日の午後と11日が掲示期間で、2日目の14時から16時15分に質疑応答の時間が設けられた。サテライトワークショップのトピックとしてB. Schmitt氏より紹介された検出器の多くは本会議でポスターとして発表され賑わっていた。サテライトワークショップの詳しい内容については別途報告する記事をご参照願いたい。
 最後に、日本ではPILATUSの発音が誤って広まっているというご指摘があり、開発に携わった一人としてこの紙面を借りて説明します。PILATUSはPIxeL apparATUs for the Slsの大文字部を略で、スイスアルプスの山名にちなんで命名されました。現地の発音を忠実に表記すると「ピラートゥス」もしくは「ピラァトゥス」となります。「ラー」、「ラァ」としたのは、この部分に強いアクセントがあるからです。したがいまして、ラを強くアクセントするイメージで「ピラトゥス」と表記するのが適切であると考えます。また、和文の論文・解説文を執筆する際には、日本語表記は用いずに「PILATUS検出器」と記すことをお勧めします。また、SLSで開発された1次元型検出器MYTHENは、Microstrip sYstem for Time rEsolved experimeNtsと、PILATUS以上に強引な略で、しかもHが無いじゃないかと突っ込みたくなりますが、同様にスイスアルプスの山名にちなんで命名されました。発音は「ミューテン」と綴りからはイメージしにくいです。「マイセン」と発音する人がおりますが、こちらは明らかな間違いですのでご注意ください。以後、極力正しい発音にご留意頂けたらと思います。

(豊川 秀訓)



7.おわりに
 5日間にわたって開催されたSRI2012は濃い密度を保ちながらあっという間に終了した印象であった。最終日Closing sessionではESRFの施設長F. Sette氏からは総括と感謝の意が述べられ、また次回のSRI2015について、2015年7月下旬にアメリカ、ニューヨークにてブルックヘブン国立研究所の主催で開催される旨の発表があった。世界で稼働する放射光・FEL施設が増える中、SPring-8としての特徴、新しい技術、成果を持って次回SRI2015に臨みたい。

(奥村 英夫)



奥村 英夫 OKUMURA Hideo
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0833
e-mail:okumurah@spring8.or.jp

佐藤 尭洋 SATO Takahiro
(独)理化学研究所 播磨研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802
e-mail:tsato@spring8.or.jp

登野 健介 TONO Kensuke
(公財)高輝度光科学研究センター XFEL研究推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831
e-mail:tono@spring8.or.jp­

山崎 裕史 YAMAZAKI Hiroshi
(公財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2723
e-mail:yamazaki@spring8.or.jp

満田 史織 MITSUDA Chikaori
(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851
e-mail:mitsuda@spring8.or.jp

田村 和宏 TAMURA Kazuhiro
(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0857
e-mail:tamura@spring8.or.jp

豊川 秀訓 TOYOKAWA Hidenori
(公財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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e-mail:toyokawa@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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