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Volume 09, No.4 Pages 247 - 248

理事長就任挨拶
Greetings from the Director General

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 理事長 Director General, JASRI

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 挨拶が遅くなりましたが、4月1日に理事長を拝命しました。時を同じくして、JASRIは組織変更を行い、財団事務と研究所が別になっていたのを一体化致しました。この一体化により、施設の運営がより円滑になることを期待したものです。これに伴い、研究所長と言う地位は無くなり、その仕事は、理事長が担うことになりました。また、二人の副理事長を廃止して、常任役員の構成を簡素化しました。

 私は研究所長としてこの2年余り、産業利用を軌道に乗せることに最大限の力を注いできました。それは、多数を占める学術的な利用者には不本意な方向であったかもしれませんが、最近はその意味を理解してくれている方が増えたように感じて、嬉しく思っています。まだ、十分とは言えないまでも、産業利用についてのこれまでの批判に対してかなりの部分応え得たと思っています。しかし、産業利用の体制には、これまで指摘されていたように、いろいろな問題があったのは事実ですが、それでも相当に良い産業利用の成果が出ています。それにもかかわらず、行政や世間に、悪いと言う印象だけを強く与えてしまったのは、PRについて反省が必要なことを示唆しています。

 産業利用の問題も含めてSPring-8は使いにくいと言う声が外部にかなりあります。共用ビームラインは使いにくいから理研のビームラインを使わせてもらった、とか支援が充実していて使いやすいからESRFに実験しに行く、と言う話を聞いたことがあります。施設の関係者や利用者の中にも、かなり硬直している現在の利用制度に意見のある人は結構いるようです。このような利用上の問題の殆どは、発足当時の放射光研究コミュニティーに合わせて現在の利用体制が組み立てられていることから発していると思います。これまで共同利用機器は、比較的限定された対象を想定していて、それに関係するコミュニティーが建設し、かつ利用してきました。その場合には、コミュニティーの論理で運営されても重大な支障はきたさなかったのかも知れません。しかし、SPring-8は、装置の建設や実験機器の準備は放射光専門家が行いましたが、利用者は放射光実験の専門家だけではなく、非常に広い分野の研究者、技術者です。従って装置製作のコミュニティーの論理だけで律するのは問題があります。さらに、利用者とは、現在の利用者だけを指すのではないという認識が大切です。全く新しい利用を開発する可能性を担う人は、現在の利用者コミュニティーの外側に居る可能性が高いのです。利用者を現在の利用者だけに狭く限定してしまうと、放射光研究は将来の大きな可能性を失うことになり、発展の可能性を自ら抹殺していることになります。これからは、「確立したものに関しては厳しく、新しい不確定性を孕むものに対しては寛大に臨む」をモットーとして、より開かれた施設を目標にして進みたいと思います。これは、今までの反省が過ぎて逆に振れすぎているかもしれませんが、いずれ新旧の適切なバランスが自ずから定まることと思います。

 広い範囲の利用への対応は、すでに産業利用への対応を通じて行われてきていることですが、まだ沢山するべき事があります。「開かれた」とは言いかえると多様な価値観に対応する、と言うことです。これまでの利用の経験から、ビームタイムの割り当て方なども、分野によって多少当初の原則とは違った運用が行われ始めていますが、そのようなことを含めて、多様な要請にこたえうるよう原則の見直しが必要です。その時の基本は、繰り返して言いますが、「新しい利用者に開かれている」ことです。そのためには、放射光の専門家ではない利用研究分野の指導的研究者の意見を、もっと運営や課題審査に取り入れるのが良いと思います。

 実験装置については、使いやすさと能率の向上が大切な課題です。実験物理学者にとっては、機械を組み立てたり、分解したり、つなぎ直したりするのは実験の主要部分で、それをしなくて良いようではろくな実験は出来ない、と言うことになるのかもしれませんが、化学や生物の実験では、多数の試料を測定することが重要で、装置は出来れば固定しておきたい、と言うことがしばしばあります。SPring-8はこの両方の希望に応える必要があります。出来ることなら、同じ目的に対して、定型測定用とプロトタイプ実験用の2本のビームラインを用意するのが良い解決策だと思っています。これはほんの一例ですが、いろいろな階層における価値観の違いに対応できるように、実験機器や運営を変えてゆくことが必要です。同時に、実験支援体制を強化し、加えて委託分析、測定代行を発展させる必要があります。これについては、前に「所長の目線」に書いた事がありますが、JASRIに課せられた制度的な制約、さらには、人員不足などで現状では非常に困難な要素が多いのですが、出来ることから実行して行きたいと思います。

 ここに述べたことは、この施設の初期の理念に反する部分があるかもしれません。しかし、社会は、特に学術研究や技術開発に関しては、この数年間で大きく変化し、今なおそれが続いています。世界一の性能のSPring-8は、新しい価値観で計っても、非常に役に立つことを社会に理解してもらうことが必要です。そのためには、既存のコミュニティー内だけの議論を超えて、新しい血を入れて新たに考えることが適切であろうと思います。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794