Volume 17, No.3 Pages 247 - 249
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第3回世界加速器会議(IPAC’12)報告
Report of IPAC’12 (The 3rd International Particle Accelerator Conference)
第3回世界加速器会議(IPAC’12)が、2012年5月21日から25日までアメリカ合衆国ニューオリンズで開催された。この会議は、2009年までアジア、ヨーロッパ、北米で独立に開催されていた(アジアは3年毎、ヨーロッパと北米は隔年で交互)加速器の国際会議を統合したもので、第1回が京都[1][1]水野明彦、大熊春夫、稲垣隆宏:SPring-8利用者情報15 (2010) 179.、第2回がスペインのサンセバスチャン[2][2]満田史織、大熊春夫、松原伸一、田中均:SPring-8利用者情報16 (2011) 272.で開催され、第3回の今回で3つのリージョンを一回りしたことになる。この会議には、その名の通り世界中から加速器の研究者が集まり、最近の加速器に関する情報を交換し、動向を知る上で非常に好都合なものである。今回の参加者(参加登録者1321人)の地域的内訳を見ると、アメリカ44%、ヨーロッパ37%、アジア19%であった。主な放射光施設からも多数参加しており、光源加速器の運転状況、性能向上などの情報を得るには有益なものである。
ニューオリンズといえばジャズ。会議のポスターにもトランペットの図柄があしらわれており、夕食のため繁華街のフレンチ・クォーターに出掛けると路上や店内で盛んに生演奏が行われていた(図1)。会議のバンケットでもジャズバンドの演奏があり、本場のジャズに触れることができた。また、ニューオリンズでの開催と言うことで、2005年のハリケーン・カトリーナの被害が懸念されたが、さすがに復興は進んでおり、市街の様子からは当時の報道に見られた様なハリケーン被害の甚大さを窺う術はなかった。
・Circular and Linear Colliders
・Synchrotron Light Sources and FELs
・Particle Sources and Alternative Acceleration Techniques
・Hadron Accelerators
・Beam Dynamics and Electromagnetic Fields
・Instrumentation, Controls, Feedback and Operational Aspects
・Accelerator Technology and Main Systems
・Applications of Accelerators, Technology Transfer, and Industrial Relations
の高エネルギー加速器から加速器応用までの加速器に係わる分野を網羅するカテゴリーで構成されているが、ここでは放射光光源関係に絞って報告することにする。
まずは、招待口頭講演のうち、蓄積リング、ERL、FELからそれぞれの講演を紹介する。蓄積リングの発表として、APSのM. Borland氏から「Progress Towards Ultimate Storage Ring Light Sources」のタイトルで、究極の光源リングについてのレビューがあった。高輝度化の終着点である回折限界に迫る光源リングの検討状況について詳しい報告がなされたが、先ず“Ultimate Storage Ring”とは何ぞやということでその定義が披露された。それによると単にエミッタンスが回折限界に迫るほど小さいだけでなく、単一電子から発生した放射光の拡がりと電子ビームの拡がりのマッチングを取るようベータトロン関数を最適化することや挿入光源を設置するための長い直線部があることなどが必須条件ということであった。引き続き、低エミッタンス化に伴う問題点について言及して、強収束による強いクロマティシティを小さなディスパージョン関数を利用して補正する六極電磁石が不可避的に強くなること、およびその非線形力学の帰結として必然的にダイナミックアパーチャーが狭くなることが解説された。少しでも広いダイナミックアパーチャーを持つラティスを設計することが重要であることは言うまでも無いが、小さなダイナミックアパーチャーでも入射できるスキームを検討する必要があろうということであった。以上を踏まえて、世界で検討、設計中の蓄積リング型放射光施設(NSLS-II, MAX-IV, PEP-X, SPring-8 IIなど)についてレビューがあり、“Ultimate Storage Ring”の定義に照らし合わせて、的確な批評が与えられていた。SPring-8 IIについても一定の評価をしながらも、ダイナミックアパーチャーが狭いので入射が検討事項として重要であり、それについても検討が行われていることが紹介された。
ERLの招待口頭講演では、KEKの中村典雄氏から「Review of ERL Projects at KEK and Around the World」というレビューがあった。KEKで建設中のERL試験機であるcERL(compact ERL)計画についての現状報告と稼働中から計画段階まで各施設のERL計画が紹介された。cERL計画では、今年度末から電子銃からのビーム取り出し、来年度にはERLビーム試験の予定とのことで、これに向けて電子銃、レーザーシステムや超伝導加速空洞システムの開発を精力的に行っているとのことであった。初期目標35 MeV,10 mAでの運転であるが、ERLのビーム性能について興味が持たれるところである。
FELの招待口頭講演では田中均氏より、昨年度末から供用が始まったSACLAの現状報告「The SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser(SACLA)」が行われた。エミッタンスモニターの調整、バンチ圧縮システムの最適化、アンジュレーター中の電子ビーム軌道調整の精密化などにより、如何にビーム運転を安定化させたかについて紹介された。ユーザー運転では、現状ではSASE FELではあるが、非常に安定なX線レーザーを供給しているとのことである。将来計画として、self-seedingによる更なる安定化やビームラインの高速切り替えなどを予定しているとのことであった。
そのself-seedingについて、開発元のSLACからEmma氏による「Hard X-ray Self-Seeding at the LCLS FEL」なる招待口頭講演があった。これは、初段のアンジュレーターからのSASE放射をダイヤモンド結晶に通し、ブラッグ反射を利用して狭いバンド幅を得るもので、波長を選択的にFEL発振することに成功している。ただし、FEL出力の変動は50%以上有り、これを安定化させることが今後の課題であるとのことであった。
Synchrotron Light Sources and FELセッションの一般口頭講演の一つに、PALのShin氏から「Commissioning of PLS-II」の発表があった。PLS-IIのアップグレード計画は、既存の蓄積リングトンネルを再利用して、電子エネルギーを2.5 GeVから3 GeVに、自然エミッタンスを30 nm.radから5.8 nm.radにアップグレードするものである。昨年5月からコミッショニングを開始し、入射キッカー電磁石の電源が燃えるトラブルなどがあったが、比較的順調にコミッショニングが進み、2012年3月21日よりユーザー運転を始めているとのことであった。PLS-IIのコミッショニングでは、SPring-8を含む世界中の主な放射光施設からの協力があった。特にSPring-8は、PLS-IIが供用開始を目前に控えた2012年2月に、線形加速器のクライストロンがトラブルにより予備が無くなってしまった際には、その手配に尽力した経緯がある。今回の会議の折に、加速器の責任者の人から感謝の言葉をもらった。
ポスター発表では、1300件弱の発表申し込みがあり、月曜から木曜まで四日間のポスターセッションで一日あたり300件を超す発表があったことになるが、会議場がアメリカで6番目に広いコンベンションセンターであったので、ポスター会場も写真の通り十分スペースが確保されており、余裕でポスターを見て回り議論することができた。その中で、2014年上四半期のコミッショニング開始を目指して現在建設中のTPS(Taiwan Photon Source)関係の発表が50件近くあった。TPSは、電子エネルギー3 GeV、周長500 m、自然エミッタンス1.6 nm.radの中型放射光施設であるが、精力的に開発を進めている様子が窺われた。また、運転開始から6年が経過したSOLEILでも低エミッタンス化を検討しているそうで、マルチベンド化に加えlongitudinally varying dipole fields(ビーム進行軸方向に磁場強度を変化させた偏向電磁石)の導入などによりエミッタンスを1/5にできるというものであった。SLSからは、高輝度光源にとって重要である垂直エミッタンスの低減について発表があり、再アライメントを実施した上で最適化を行うことによって世界最小カップリング比11 蓄積リングでは通常、垂直エミッタンスはカップリング比(水平エミッタンスとの比)で計られる。と言っていい0.02%(SPring-8は0.2%〜0.3%)を達成しているそうである。SPring-8も負けないよう、カップリング改善に取り組んでいかなければならないと気持ちを新たにした次第である。
会議に付随して、ルイジアナ州リビングストンにあるLaser Interferometer Gravitational-Wave Observatory(LIGO)の見学ツアーが企画されていた。LIGOは、差し渡し4 kmに及ぶレーザー干渉計を用いて重力波による極微小な空間の歪みを観測しようというものである。必要とされる装置の安定化は、光源加速器の安定化にも相通じるものがある。また、大型装置の運営などにも学ぶところが多いと考え、見学ツアーに参加した。制御室には干渉計ミラー上のレーザー光イメージをディスプレイに表示していたが、一方は静止画かと思うほどぴたりと止まっており、もう一方は調整中とのことで盛んに揺れていたが、その対比が印象的であった。また、施設にはSPring-8の広報センターのように、見学者が実際に動かしたりすることが出来る科学教育機器が数多く展示されており、若い人達への科学教育、啓蒙活動にも熱心に取り組んでいるようであった。
次回のIPAC’13は、2013年5月に上海放射光施設がホストとなり、上海で開催される事が決まっている。
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1 蓄積リングでは通常、垂直エミッタンスはカップリング比(水平エミッタンスとの比)で計られる。
参考文献
[1]水野明彦、大熊春夫、稲垣隆宏:SPring-8利用者情報15 (2010) 179.
[2]満田史織、大熊春夫、松原伸一、田中均:SPring-8利用者情報16 (2011) 272.
(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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