Volume 09, No.3 Pages 195 - 199
2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
全地球マントル領域におけるMgCO3マグネサイトの安定性と炭素の地球深部における長期的循環 Stability o MgCO3 Magnesite Throughout the Lower Mantle and Implications for the Long-term Recycling of Carbon in the Earthユs Interior.
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター Geodynamics Research Center, Ehime University
- Abstract
- Carbonates are important constituents of marine sediments and play an important role in the long-term recycling of carbon in the Earth’s deep interior via subduction of oceanic plates. We studied the stability of magnesite, the major carbonate in the mantle, by in situ X-ray diffraction measurements using a combination of laser-heated diamond anvil cell (LHDAC) and synchrotron radiation at BL10XU. We found that magnesite is stable at pressure up to ~115 GPa, at temperatures of ~ 2100 - 2200K, whereas it transforms to a new phase at higher pressures. The diffraction data of the new phase, magnesiteⅡ, are reasonably indexed on the basis of an orthorhombic system, yielding a density of 5.2 g/cm3 at 119 GPa, at room temperature. The present results suggest that magnesite and its high-pressure form are the major hosts for carbon throughout the most parts of the Earth’s lower mantle.
1.はじめに
炭素は太陽大気の組成に基づく元素の宇宙存在度からみて、水素、ヘリウム、酸素に次いで太陽系において4番目に多い元素である。しかしこれらの元素は揮発性が高いため、地球の形成過程でその大部分が散逸したと考えられている。隕石などから推定される地球の中の炭素含有量は0.1%程度であるが、それでも重さにすると地球全体で1018トンという膨大な量に達する。
これに対して、大気中には二酸化炭素(CO2)として1012トン程度、また生物圏にはこの5倍、海洋中には50倍程度の炭素がそれぞれ有機物や炭酸水素イオンとして含まれている。これらの炭素は光合成などの生物活動や大気−海洋間の化学反応により、数十年〜数百年程度の短期的な時間スケールで地球表層付近を循環している。このサイクルは近年の人類の生産活動の急激な増大にともない均衡がくずれつつあり、大気中の二酸化炭素の増大が地球温暖化を招く可能性が危惧されている。
一方、より長期的な地質学的時間スケール(数万年〜数億年)においては、炭素は海洋底に炭酸塩鉱物として堆積し、マントル深く沈み込む海洋プレートの一部として、地球の中にもたらされる。その量、年間5000万トンにのぼると推定されている。その一部は沈み込めずに陸のプレートにくっついたり、また分解して二酸化炭素として火山ガスとして地表に戻るが、そのような収支バランスを考えても、年間2000万トン程度の炭素が炭酸塩鉱物としてマントル深部にもたらされる可能性がある。
堆積物中の様々な炭酸塩鉱物のうち、上部マントル深部でもっとも主要なものはMgCO3(鉱物名マグネサイト)であると考えられている。この鉱物は温度圧力の変化にともない、MgO+CO2に分解して二酸化炭素を発生したり、MgO+C+O2となってダイヤモンドを生成する可能性が指摘されてきた。従ってマグネサイトの安定性を地球内部の条件下で明らかにすることは、炭素の長期的な全地球規模での大循環や、天然ダイヤモンドの生成過程を明らかにする上で大変重要な研究課題である。
これまで、マグネサイトの高温高圧下での安定性の実験的研究は、そのほとんどが上部マントル条件に限られていた。一部には下部マントルのある程度の深さまでの高温高圧実験も報告されているが、その圧力は50万気圧程度までであり、実験手法も急冷凍結後常温常圧で回収した試料の分析に基づく間接的なものであった。また、X線その場観察実験がおこなわれた例もあるが、圧力は80万気圧程度の下部マントルの中ほどの深さまで、また温度も室温条件に限られていた [1] [1]C. Biellmann et al.: Earth Planet. Sci. Lett. 118 (1993) 31.。
我々はSPring-8に設置されたレーザー加熱ダイヤモンドアンビル装置(LHDAC)と、挿入光源からの強力な単色X線を利用して、ほぼマントル全域に対応する圧力温度条件下でのマグネサイトの相変化を、X線その場観察実験により検討した。
2.実験方法と結果
実験はSPring-8の高圧構造物性ビームライン(BL10XU)において、両面加熱LHDACを用いておこなった [2] [2]T. Watanuki et al.: Rev. Sci. Instrum. 72 (2001) 1289.(図1)。試料には天然のほぼ純粋なMgCO3組成のマグネサイトを用い、これに圧力マーカーとして白金の微粉末を混合したものを高温高圧実験の出発物質とした。試料とダイヤモンドアンビル間の断熱材としてAl2O3コランダムを用いた。
図1 BL10XUにおけるLHDACシステムの光学系と回折線の例
所定の圧力まで加圧した後、70-80㎜程度に絞ったNd:YAGレーザーを用いて試料を加熱し、同時にピンホールにより20㎜程度に切り出した単色光(波長0.3571または0.4130Å)を試料に照射し、X線回折その場観察実験をおこなった。圧力は白金の格子体積変化から、適当な状態方程式を用いて決定した。また温度は試料の輻射光のスペクトルから見積もった。
実験は圧力30−120万気圧、温度3000Kまでの条件で合計12回おこなった。各実験において、加熱過程のいくつかの温度条件下でX線回折データをイメージングプレートにより3−10分程度収集し、回折プロファイルから相の同定をおこなった。また急冷後および脱圧過程におけるX線回折データも収集・解析した。回収試料の一部は愛媛大学GRCの集束イオンビーム加工装置(FIB)で薄膜加工をおこない、高分解能透過電子顕微鏡で観察した。
本研究の実験条件と結果を図2に示す。下部マントル中深さ2600kmに対応する115万気圧2000度C程度の温度圧力下までの条件では、マグネサイトは分解あるいは相転移せず非常に安定であることがわかった。この結果は従来の急冷法に基づく50万気圧までの結果と調和的である。しかし、これより少し高い圧力下では全く結晶構造の異なる新しい相(マグネサイトⅡと命名)が出現した。この高圧相は温度を下げても確認されたが、圧力をさげるとその回折線は見えなくなり、常温常圧下にはとりだすことはできなかった。現在のところマグネサイトの結晶構造を決めるには至っていないが、約120万気圧での密度は5.2g/cm3程度と推定されている [3][3]M. Isshiki et al.: Nature 427 (2004) 60.。
図2 MgCO3のX線回折プロファイルの圧力・温度に伴う変化
更に、ディスク状の回収試料に対してFIBを用いて試料中心部の軸方向の薄膜(10×8×0.1㎜)を採取し、分析電顕による観察をおこなった。この結果、アルミナの断熱材の使用にもかかわらず試料内部には軸方向に大きな温度勾配が存在することが明らかになった [4] [4]T. Irifune et al.: Earth Planet. Sci. Lett. (in press)。ダイヤモンドアンビルに近い試料の周辺部はマグネサイトのままであったが、中心の高温部では試料は非晶質化しており、この領域が高温高圧下ではマグネサイトⅡであったと推定される。
3.地球内部の構造・ダイナミクスと炭素の長期的循環
地球は平均的な厚さ約30㎞の地殻と、その下の深さ2900㎞に達するマントル、また中心部の核からなる層状構造をしている(図3)。マントルと核の境界付近における圧力と温度はそれぞれ約130万気圧・3000度C、また地球の中心では360万気圧・5000度Cくらいに達すると考えられている。マントルは更に深さ660㎞付近(圧力約24万気圧)の不連続面を境に、大きく上部マントルと下部マントルに分けられる。また、核も深さ5200㎞付近を境に外核と内核に分けられる。前者は融けた鉄、後者は結晶化した固体の鉄が主要な成分である。
図3 地球内部の構造と炭素の長期的大循環モデル
地球の体積の8割を占めるマントルは、主にかんらん石などの珪酸塩鉱物からできている。マントル中には厚さ100㎞くらいの海洋プレートが日本などの島弧付近で沈み込み、これが地震や火山の原因となる。沈み込んだプレートは660㎞付近で一旦停留し、その多くはさらに下部マントル深くに達すると考えられている。
下部マントルと核の境界付近にはD”(ディーダブルプライム)層と称される、起伏に富んだ不均質な厚さ200kmくらいの層が存在する。ここは沈み込んだプレートの“墓場”であるとともに、核の熔融鉄とマントルの鉱物が反応し、化学的にその上のマントルとは異なると考えられている。また、鉄の核と珪酸塩のマントルの化学組成境界であるこの付近の深さでは、大きな温度勾配を有する熱境界層が形成されるとする考えが一般的である。一方、沈み込む冷たいプレートに対して、D”付近に起源をもつ上昇流(ホットプルーム)の存在が知られている。特に南大平洋やアフリカ直下には、非常に大きな“スーパープルーム”の存在が、最近の地震波トモグラフィーなどの手法により見事にとらえられている [5] [5]D. Zhao : Earth Planet. Sci. Lett. 192 (2001) 251.。
今回の実験結果や熱力学計算に基づくMgCO3の予想される相関係 [6] [6]G. Fiquet et al.: Am. Mineral. 87 (2002) 1261.と、地球内部の温度分布の推定値 [7] [7]J. M. Brown and T. J. Shankland : Geophys. J. R. Astron. Soc. 66 (1981) 579.を図4に示す。沈み込むプレート中の温度はここに示された温度より、更に低い可能性が強い。今回の結果は下部マントルのほぼ全域でMgCO3はマグネサイトあるいはその高圧相であるマグネサイトⅡとして存在し、分解してCO2やCを生じることはないことを示している。特にプレートの沈み込みに伴い下部マントルにもたらされたマグネサイトは、相対的に低い温度のためにD”に至るまでこのような反応は生じそうにない。
図4 MgCO3の相関係と地球内部の温度変化
しかし図4に示されているように、このようなMgCO3が下部マントルの底のD”層に至ったとき、核に接する熱境界層であるこの領域での温度上昇により、CO2を発生する分解反応が起こる可能性が十分考えられる。このようなCO2は周囲の珪酸塩鉱物の融点を低下させ、D”に起源をもつ巨大プルーム発生のトリガーになるかも知れない(図3)。このようなプルーム中はマントルの平均的な温度よりかなり高温である可能性が強いが、そこに取り込まれたCO2は上昇過程で周囲のマグネシオウスタイトと反応し、下部マントルのある深さで再度マグネサイトとなる。更にプルームとともに最上部マントルに至ると、CO2を発生してキンバーライトあるいはカボナタイトと称されるCO2に富んだマグマの発生に寄与する。
一方、D”においてマグネサイトⅡとして存在する炭素の一部は核の鉄に取り込まれたり、還元されてダイヤモンドとなる可能性があるかもしれない。下部マントルに由来すると考えられる超深部起源ダイヤモンドの中には、金属やSiCなどのインクル−ジョンを含むものも報告されており[8][8]S. E. Haggerty : Earth Planet. Sci. Lett. 122 (1994) 57.、それらはこのような過程でD”で形成された可能性もある。これらの可能性を検証するには、D”付近のより高い圧力と温度での実験が必要である。BL10XUにおける最近の実験技術の進歩によりこのような条件での実験も可能になりつつあり、今後の研究の発展が期待される。
参考文献
[1]C. Biellmann et al.: Earth Planet. Sci. Lett. 118 (1993) 31.
[2]T. Watanuki et al.: Rev. Sci. Instrum. 72 (2001) 1289.
[3]M. Isshiki et al.: Nature 427 (2004) 60.
[4]T. Irifune et al.: Earth Planet. Sci. Lett. (in press)
[5]D. Zhao : Earth Planet. Sci. Lett. 192 (2001) 251.
[6]G. Fiquet et al.: Am. Mineral. 87 (2002) 1261.
[7]J. M. Brown and T. J. Shankland : Geophys. J. R. Astron. Soc. 66 (1981) 579.
[8]S. E. Haggerty : Earth Planet. Sci. Lett. 122 (1994) 57.
入舩 徹男 IRIFUNE Tetsuo
愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
〒790-8577 松山市文京町2-5
TEL:089-927-9645 FAX:089-927-8167
e-mail:irifune@dpc.ehime-u.ac.jp
略歴:
1978年 京都大学 理学部卒
1984年 北海道大学大学院 理学研究科博士課程修了
1984年 オーストラリア国立大学 研究員
1987年 北海道大学 理学部助手
1989年 愛媛大学 理学部助教授
1995年 同教授
一色(西堀) 麻衣子 ISSHIKI (NISHIBORI) Maiko
産業技術総合研究所 先進製造プロセス研究部門
〒463-8560 名古屋市守山区大字下志段味字穴ヶ洞2266-98
略歴:
1996年 愛媛大学 理学部卒
1998年 愛媛大学 理工学研究科 博士前期課程修了
1998年 (財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門Ⅰ(〜2002年まで)
2004年 愛媛大学 理工学研究科 博士後期課程修了
2004年 産業技術総合研究所 テクニカルスタッフ