Volume 17, No.2 Pages 122 - 125
3. SACLA通信/SACLA COMMUNICATIONS
SACLA ビームラインの現状
Current Status of the SACLA Beamline
(独)理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ XFEL Research and Development Division, RIKEN SPring-8 Center
1.はじめに
XFELは、放射光と比べて9桁以上高い瞬時輝度、完全な空間コヒーレンス、10フェムト秒オーダーの超短パルスというかつてない特性を有するX線光源である。SACLAは、国内では初めて、世界でもLCLSに続く2番目のXFEL施設である。単粒子イメージング、ダイナミクス研究、非線形光学等、広範な分野への革新的な応用が期待されている。
SACLAの建設は、2006年度から5年間にわたり国家基幹技術として行われた。実験研究棟は、2009年3月に工事が開始され、2010年5月に完成した。実験ハッチの建設、ビームライン機器の設置に続き、SACLAのビームコミッショニングが2011年2月より開始され、3月にはアンジュレータ自発放射が光学ハッチに導かれた。4月からアンジュレータ部の超精密アライメントを開始し、2011年6月7日には初のレーザー増幅を確認した。さらに、国内の意欲的な研究グループの協力のもと、10月からテスト実験が開始された。同月より、2012A期の利用研究課題の公募が行われ、2012年3月7日から供用運転が開始された。
2.全体構成
SACLAビームライン[1, 2][1]M. Yabashi and T. Ishikawa (eds.): XFEL/SPring-8 Beamline Technical Design Report ver. 2.0 (RIKEN/JASRI, Hyogo, Japan, 2010).
[2]矢橋牧名ら:「放射光」25 (2012) 70.の鳥瞰図を図1に示す。最初の共用ビームラインとして、主に4 keV以上の硬X線FELを利用するBL3、および広帯域自発放射を利用するBL1が整備された。全ての実験に共通で用いられるビームライン光学系・診断系は、光学ハッチ内に集約して設置されている。ビームライン光学系は、不要なガンマ線・ハロー・高次光等を除去するととともに、必要に応じて分光を行い、下流にXFEL光を輸送する。ビームライン診断系は、極めて強いパルス性を有するXFEL光を安定に供給し、かつ利用実験を高い精度で行うために非常に重要である。
3.光性能
BL3においては、約4〜20 keVがXFELの基本波で利用可能である。波長の調整は、大きく変更する場合は電子ビームのエネルギーを変える必要があるが、30%程度の範囲であれば、アンジュレータのギャップを実験ステーションから制御することにより変更可能である。光強度(パルスエネルギー)は、10 keVにおいて0.1〜0.2 mJ/パルスを達成しており、パルス当たりの光子数に換算すると1011台である。パルス幅は数fsから20 fs程度と見積もられている。発散角は垂直・水平ともに約2 μrad、実験ステーションにおけるビームサイズ径は約200 μmである。
4.ビームライン基幹部
光学ハッチ内には、ビームライン光学系・診断系が収納されている。配置を図2に示す。光学系としては、ダブルミラーシステムおよび二結晶分光器が設置されており、実験ステーションに設置された端末上のGUIにより、簡便に切り替えが可能である。いずれを選択した場合にも、実験ハッチ内のサンプル位置でのビーム高さは一定に保たれるため(床面より1420 mm)、実験中にも容易に切り替えることが可能である。ダブルミラーシステムとしては、垂直偏向の平面ミラーを2枚用いることにより、高エネルギー成分を除去しながら、反射光を入射光と平行に振り戻す。入射角は4 mradと2 mradが選択可能であり、カーボンコーティングを用いたときのカットオフエネルギーはそれぞれ7.5 keV、15 keVである。二結晶分光器(DCM: Double-Crystal Monochromator)としては、分光素子として無歪み鏡面研磨加工されたシリコン(111)結晶を用いている。DCMを選択した場合、使用波長を固定することが可能であるが、XFELのスペクトル幅(ΔE/E〜5×10-3)と比較して分光後の幅は数十分の一に制限されるため(ΔE/E=1×10-4)、強度が低下し強度変動も増大する。図3にDCMで分光したXFEL光のビームプロファイルを示す。ビームサイズと光源からの距離から、典型的な角度発散は1〜2 μrad程度と見積もられている。これらの光学系は、初期の硬X線レーザー増幅のための超精密調整に有効に利用され、定期的な軌道補正にも用いられている。また、ビーム強度を減衰させるために、シリコン単結晶の固体アッテネータ(0.1 mmから3 mmまで可変)とガスアッテネータが用意されており、これらのパラメータも実験ステーション端末から制御することができる。さらに、任意のXFELパルスを選択して利用するためのパルスセレクター[3][3]T. Kudo, T. Hirono, M. Nagasono and M. Yabashi: Rev. Sci. Instrum. 80 (2009) 093301.が用意されている。
また、XFELは加速器のエネルギーの変化により、波長が変動しうるが、中心波長を簡便にモニタするために、薄膜の回折を利用したスペクトロメータが開発された。BMにも利用されたナノダイヤモンドは、均一なデバイ・シェラー回折環を形成する。このプロファイルを回折計の2θアームに取り付けたMPCCDで読み取ることにより、スペクトルの重心を求める。ショット毎に画像処理を行い、中心波長がデータベースに記録されユーザーから参照可能となっている。
5.実験ステーション
EH2においては、フェムト秒光学レーザーをXFELと組み合わせたポンプ・プローブ実験が可能になっている。光学レーザー本体は、実験ステーション近傍のレーザーブース内に設置され、ここから実験ハッチ内にレーザーが輸送されて実験が行われる。また、EH3への輸送も準備されている。
レーザーシステムは、チタンサファイヤ(Ti: Sapphire)ベースのモード同期オシレータ、チャープパルス増幅器(CPA: chirped pulse amplifier)と光パラメトリック増幅器(OPA: optical parametric amplifier)から構成されている。CPAは、波長800 nm、パルスエネルギー2.5 mJ、パルス幅30 fs(FWHM)のビームを供給する。OPAは、赤外〜紫外領域において、パルス幅約100 fsのビームを生成する。これらの出力を表1にまとめる。レーザーシステムの繰り返しレートは1 kHzであるが、回転シャッターを用いてXFELの繰り返しレート(最大60 Hz)に分周することが可能となっている。XFELに対する同期レーザーの遅延時間は、光学遅延ステージを用いて1 fs単位での調整が可能である。
波長 | パルスエネルギー(μJ) | パルス幅(fs) | |
CPA | 800 nm | 2500 | 30 |
OPA | Idler: 2.5〜1.5 μm | 90〜390 | 100 |
Signal: 1.6〜1.2 μm | 160〜510 | ||
SHI: 1.16〜0.79 μm | 1〜128 | ||
SFI: 600〜530 nm | 21〜270 | ||
SFS: 530〜480 nm | 240〜260 | ||
FHI: 480〜395 nm | 1.6〜56 | ||
SH-SFI: 295〜265 nm | 3.0〜55 | ||
SH-SFS: 265〜240 nm | 34〜53 |
本レーザーは、加速器をドライブするRF信号によって同期駆動が行われている。RF信号は温度安定化された光ファイバーを用いて高精度で実験ホールまで輸送されている。フェムト秒領域の計測を行うためには、XFEL光とレーザーの到達時間ジッターの評価が非常に重要であり、EH2においてレーザーポンプ・XFELプローブの調整実験が進められている。
EH3には、コヒーレント集光装置が常設されている。これは、文部科学省X線自由電子レーザー利用推進課題において阪大・山内和人教授のグループによって開発が行われ[6][6]H. Mimura et al.: Rev. Sci. Instrum. 79 (2008) 083104.、2011年度に立ち上げが完了している。EEM加工された超高精度かつ長尺(40 cm)の集光ミラーを光学素子として用いており、XFEL光をほぼ取りこぼすことなく1ミクロン程度の領域に集光する。微小サンプルのコヒーレント回折・散乱実験や、非線形光学実験に適用されている。
6.展望
SACLAの利用実験装置は、2006〜2010年度、文部科学省「X線自由電子レーザー利用推進研究課題」によって整備が行われ、2011年度は、理研の 「XFEL利用装置提案課題」により、当該装置のテストと共用化、ならびに新規装置の開発が行われた。2011年度末には、文部科学省の「X線自由電子レーザー重点戦略研究課題」の公募が行われ、先導的・革新的な成果の早期創出を目指して2012年度から実施される。
最後に、施設の高度化の展望についてまとめる。SACLAとSPring-8を同時に使用可能な「相互利用実験施設」は、2012年度からのテスト実験を予定している。XFELと放射光源に加えて、光学レーザーや軟X線FELなど、様々なビームの複合利用の検討が行われている。また、XFELのシード化は、シングルモード化と輝度の数桁の向上を可能にするものであるが、近い将来の利用運転を目指して検討が進められている。さらに、広帯域自発放射ビームラインBL1は、現在は光学ハッチ内のみの利用となっているが、ビームライン・実験ステーションの高度化を進めており、光源側においても軟X線領域のレーザー生成に向けた検討を行っている。但し、この波長領域のレーザーとしては、FLASHやLCLS軟X線ステーションという他のFEL施設、さらには高次高調波に代表される実験室光源との競合もあるため、戦略的な観点が求められている。
XFELはまだ利用が始まったばかりの若い光源であり、これまで期待されてきた利用分野に加えて、これまで予想もつかなかった方向に発展する可能性も十分高い。利用者の皆様からの斬新なご提案をお願いしたい。
参考文献
[1]M. Yabashi and T. Ishikawa (eds.): XFEL/SPring-8 Beamline Technical Design Report ver. 2.0 (RIKEN/JASRI, Hyogo, Japan, 2010).
[2]矢橋牧名ら:「放射光」25 (2012) 70.
[3]T. Kudo, T. Hirono, M. Nagasono and M. Yabashi: Rev. Sci. Instrum. 80 (2009) 093301.
[4]K. Tono, T. Kudo, M. Yabashi, T. Tachibana, Y. Feng, D. Fritz, J. B. Hastings and T. Ishikawa: Rev. Sci. Instrum. 82 (2011) 023108.
[5]T. Kudo et al.: Rev. Sci. Instrum. 83 (2012) 043108.
[6]H. Mimura et al.: Rev. Sci. Instrum. 79 (2008) 083104.
矢橋 牧名 YABASHI Makina
(独)理化学研究所 XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0803(ex. 3811)
e-mail:yabashi@spring8.or.jp