Volume 09, No.2 Pages 82 - 84
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
2004A利用研究課題選定委員会を終えて
Report of the Proposal Review Committee on the 13th Public Research Term 2004A
東京工業大学 応用セラミックス研究所 Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology
1.はじめに
SPring-8が大きな魅力を持っていることについては、誰もが認めるところです。しかし、特殊法人改革や予算削減のあおりを受け、順風満帆で船出した施設の雲行きがだんだん怪しくなってきています。一般利用研究課題に対する旅費支援がなくなっただけでは済みそうにもありません。社会から教育研究環境のいっそうの改革を求められるといった厳しい状況に直面しています。このような中で、利用研究全体のアクティビティーを低下させないためには、課題選定の任務がますます重要になってきていると痛感しています。今、課題選定委員会に求められているものは、公平で厳正な選定であることは当然ですが、社会の多様な価値観を持つ人々に対して、実際の課題選定が多様な人々の評価に耐えうる選定基準で実施されている、と充分説明できることです。
昨秋のSPring-8シンポジウムにおいて、ユーザーの方から課題選定基準に大きな変更が生じたときには周知徹底して欲しいとの要望が出されました。利用課題選定の公平性を確保することは特に重要であり、「特定放射光施設の共用の促進に関する基本的な方針」と題する平成6年の総理府告示第29号で、利用研究課題選定委員会の親委員会である諮問委員会の重要な役割であると述べられています。そのため、諮問委員会の運営要領には、課題選定の審査基準が細かく規定されています。したがって、選定基準に重要な変更が生じる場合には、広く皆様の意見をお聞きした上で、諮問委員会で審議されるはずです。今までのところ、選定基準を変えるという審議は諮問委員会で行われていませんが、研究成果や論文発表などのアクティビティーを見ながら課題審査をするのが重要である、と強く示唆されています。
このような意見を受けて、課題選定委員会では成果の扱いに関する議論を始めております。選定基準を変更するような大規模な改革を検討する前に、審査に「成果という因子」を加味する運用を考え、合意が得られたところから順次取り入れたいと思っています。あまりにも極端な事例に対しては、すでに施設側から審査に加味するよう依頼されております。課題選定委員会でどのようなことを議論しているかですが、例えば、(1)採択するかどうかの微妙なボーダーラインに申請課題が集中したときには、成果公表の積極さ(発表論文数など)で判断する。(2)ビームタイム利用時間に比べ、充分以上の論文を公表している申請者については、積極的に優遇する。その優遇策はまだ検討中ですが、「よほどひどい課題申請をしない限り、ずっと実験が継続できる」ようなシステムを作ることも大切だと思っています。(3)逆に、たくさんのシフト数を使っているのに、公表論文がほとんどない申請については、冷遇されそうです。この場合の対応が一番難しく、立ち上げ、経過時間など諸々の要因を定式化して吟味することが必要となります。
課題選定委員会では、課題申請の方法の見直しや改善についても努力しています。一般利用課題の枠内であっても、1年単位で利用研究がおこなえるビームラインを次回の募集から増やします。現在、BL02B1で試行されている1年課題を、少し方式を変えた上で、BL04B1(D2分科)、BL10XU(D2分科)、BL27SU(S分科)にも拡大します。すべてが1年課題となることが適切とは思えませんので、これらのビームラインでは1年課題も受け付ける、という風にお考えください。1年課題の申請受付は、今までの試行と同様、B期開始分のみです。また、1年課題の申請は、当該ビームラインの括弧内の分科に対して申請された場合のみ有効です。また、1年課題として申請されても、課題選定委員会の判断で、通常の半年課題に変更することもあります。今まで試行を行っていたBL02B1(D1分科)でも、以上の新方式を適用した上で、1年課題を受け付けることを継続します。
専門委員制(レフェリー制)導入の貴重な経験を経て、レフェリー評価点の規格化や責任分科の設定などがうまく機能するようになり、課題選定の公平性が更に高まってきたと思います。また新しいところでは、重点産業利用(トライアルユース)、重点ナノテクノロジー支援、重点タンパク500という3分野の重点研究課題が2003B期から立ち上がっています。この重点研究課題と一般研究課題とのシフト配分についても、定式化できるようになってきています。一般共用ビームラインで一般利用研究課題が占める割合は、今回も50%を切らない状態で、課題選定を終えることができました。また、従来どおり、選定課題のシフト充足率を満足すること、平和目的であること、挑戦的な課題に充分な配慮をすることを念頭に、選定作業を進めました。
2.今期の課題募集と審査
今回、13回目の課題選定を行いました。対象期間は、2004年第2サイクルから第5サイクルまでで、平成16年2月から7月までが対応しています。今期の放射光利用時間は264シフト(1シフトは8時間)となり、このうち共同利用には、共用ビームライン1本あたり210シフトの配分となっています。今回の募集で対象となるビームラインは総計で34本です。その内訳は、共用ビームライン25本(R&Dビームライン3本を含む)とその他のビームライン9本(原研ビームライン4本、理研ビームライン4本、及び物質・材料研究機構ビームライン1本)です。今回の課題選定結果については、利用者情報誌の前号(SPring-8利用者情報、Vol.9, No.1(2004)2-19)に詳しい統計が掲載されていますので、そちらを参照ください。
今回の公募では、一般利用研究課題529件と重点研究課題243件の総計772件の課題応募がありました。レフェリー制のもとでの事前評価に引き続き、12月11日、12日の2日間で一般課題分科会による最終審査を行いました。その結果を受けて、12月12日の第32回利用研究課題選定委員会で、387件の一般利用研究課題(採択率73%)と208件の重点研究課題(採択率86%)を合わせた595件(採択率77%)の課題を採択し、合計4,353シフトの配分が行われました。研究分野別では、生命科学247件(重点タンパク500の採択数138件を含む)、散乱・回折169件、分光57件、XAFS 52件、産業利用46件、実験技術24件が採択されています。重点タンパク500関係の課題については、234シフトのシフト枠の確定のみを行い、個別の課題への割り振りはこれから行います。そのため前述の配分シフト数の合計には含まれていません。また、重点ナノテクノロジー支援で選定されなかった22課題については、上の統計では重点研究課題に入っていますが、一般利用研究課題の枠内に再度組み入れられて、一般課題として審査が行われています。同様に、重点トライアルユース課題で選定されなかった13課題も、一般利用研究課題として再審査されています。
ここ数年間の選定課題数の推移を、連続する2回の公募を足し合わせ1年単位で集計したもので見てみます。括弧内は応募課題数です。
平成11年9月~平成12年6月には572件(855件)、
平成12年10月~平成13年6月には789件(1,084件)、
平成13年9月~平成14年7月には977件(1,262件)、
平成14年9月~平成15年7月には1,035件(1,484件)、
平成15年9月~平成16年7月には1,216件(1,710件)
であり、応募課題の増加率は27%、6%、18%、15%です。
採択課題が多かったビームラインは、BL02B2(粉末結晶構造解析)34件、BL40B2(構造生物学Ⅱ)33件、BL01B1(XAFS)28件、BL41XU(構造生物学Ⅰ)26件で、1課題あたりの配分シフト数は4から7シフト程度です。選定された課題での平均シフト数は9.5です。課題選定委員会では、シフト充足率(採択課題の要求シフト数と配分シフト数の比率)をできるだけ高くするよう努めています。理想的な配分シフト数とは、ビームライン担当者が見積もった推奨シフト数であると考えています。今回の平均シフト充足率は87%となり、前回の83%よりやや高くなっています。応募課題数が多くて採択率が低かったビームラインは、BL08W(高エネルギー非弾性散乱、採択率53%)とBL25SU(軟X線固体分光、採択率59%)です。また、応募課題数が多くてシフト充足率が低かったビームラインは、BL40B2(構造生物学Ⅱ、充足率63%)とBL02B2(粉末結晶構造解析、充足率67%)です。
重点ナノテクノロジー支援課題は、応募課題数72件に対し50件が採択されました(採択率69%)。重点トライアルユース課題は、応募課題数33件に対し20件が採択されました(採択率61%)。また、今回採択された234シフトの重点タンパク500課題は、実施1ヶ月前までにシフト配分が確定します。
3.長期利用課題について
長期利用研究制度は、ビームタイムを集中的・計画的に利用することで顕著な成果が期待できる課題に対し、最大3年間の長期利用を可能にするシステムです。一般利用研究課題の枠内にあり、選定されますと、ビームタイム配分枠の20%までを限度に優先的に利用できることになっています。今回の公募で3件の応募があり、外部の専門家を含む長期利用分科会での書類審査、11月12日の面接審査の結果、そのうち1件が採択されました。
今回選定された課題は、「飛翔体搭載用硬X線結像光学系システムの性能評価実験」(2004A0009-LM-np、小賀坂康志、名古屋大学、BL20B2、3年間、144シフト)で、2004A期には24シフトの配分となっています。X線天文学で必要とされる結像光学系の性能評価を、SPring-8の良質な硬X線を用いて行おうとするものです。審査では、全体のプロジェクトの中での光学系性能評価の重要性や10 keV以上のX線による大規模実験でのSPring-8の必要性が評価されました。背後にある宇宙関連の大きなプロジェクトを考慮しますと、長期的には宇宙関連機関との間での研究協力協定の締結が望ましく、施設に対し検討を開始するよう提案しました。
現在有効な長期利用課題は、2001B採択菅課題(BL25SU、42シフト)、2002A採択小泉課題( BL08W、42シフト)、2002B採択守友課題(BL02B2、15シフト;BL40XU、27シフト)、2003A採択巽課題(BL10XU、42シフト)、2003B採択Cramer課題(BL09XU、21シフト)、2003B採択村上課題(BL41XU、15シフト)と今回採択された1課題です。
2000B期に開始した長期利用課題である瀬戸課題( BL09XU )、田村課題( BL04B1、BL28B2、BL04B2、BL35XU )、早川課題( BL39XU、BL37XU)は、2003A期での実験をもって終了しました。11月12日に開催されたSPring-8シンポジウムで、ユーザーに公開された形での成果発表と質疑応答が行われました。それに引き続き、事後評価委員会による評価が別室で行われました。評価結果は、諮問委員会の了承を得た上で公表されます。また、上記3課題で得られた成果については、課題責任者による解説記事が利用者情報誌に掲載されることになっています。
4.おわりに
課題選定という仕事は、健全な価値体系のもとで初めて成り立つものです。今、色々なところで言われている価値体系の崩壊は、なにも若年層に限ったものではありません。むしろ、その若年層を育てている1、2世代前の人がキーになっていると思える場合に遭遇します。成果を課題審査に含める議論でも、価値体系の崩壊と無関係ではいられません。「学術の動向」の最新号で郷さんが、好奇心から知りたいと思う「知」と知識を役立たせる「用」のバランスが、今の日本に欠けていることを憂いてみえます。ヨーロッパと違い、「知」と「用」の学術の交流がほとんどなかった歴史的背景から、この種の融合を日本は不得意としているようです。そのような中ででもSPring-8には、「知」の学問からも「用」の学問からも、容赦ないラブコールがあります。更に、技術開発競争で余裕がなくなった現在の日本では、「用」の価値観のみが強く主張されるようになってきています。その結果として、世に役立つ成果を早く見せるようにという要求がSPring-8にもどんどん押し寄せて来ます。こんな時こそ、課題選定委員会の力量が試されています。
もう1つ、こんな話を新聞で読みました。働きアリの世界にも働かないアリが必ず何%かいるそうです。生命の不思議なところでしょうか、その落ちこぼれが、危機や次の時代への変化に備えているそうです。したがって、その数が小さいときには、社会の崩壊だとか言って、あまり大騒ぎをすることはないのかもしれません。その限界はどこでしょうか。また、成果という視点でこのアリを見ますと、落ちこぼれアリは、1年に何十編もの論文を書く人でしょうか、それとも膨大なビームタイムを使っても1編の論文も書かない人でしょうか。声の大きい前者の場合だってありそうです。いずれにしても、大多数のSPring-8のユーザーは、コツコツと実験をして、コツコツと解析をして、何とか論文にまとめているのが現状です。論文が世に出るまで、どの程度の余裕をもって待てるかが、アリの習性からの脱却ですし、「知」と「用」との交流だと思っています。ただし、思っていることと出来ることとのギャップがどんどん大きくなっていることに、悩んでいる今日この頃です。
佐々木 聡 SASAKI Satoshi
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