Volume 09, No.2 Pages 80 - 81
所長の目線
Director’s Eye
(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 Director General of Synchrotron Radiation Research Laboratory, Vice President of JASRI
SPring-8の利用に対する課金の議論が起きていることは前にも触れたが、これが意外に早く進展して、平成18年の予算の議論までに何らかの結論を出さなければならない状況になった。この件は3月の諮問委員会の議題にも上がり、諮問委員会は外部有識者を加えた検討小委員会を設置することを決めた。利用者の意見は諮問委員会の結論の中に反映されると考えている。現在、成果非占有利用に対して課金していないのは、航空電子審議会(旧科学技術庁の諮問機関)の第20号答申と呼ばれるものに準拠しているので、まず、国のしかるべき審議会によるこの答申の見直しが必要である。これは、国の科学技術政策の問題なのである。SPring-8で課金が行われると、それはいずれ日本中の施設に波及し、さらには海外にまで影響を及ぼす。そのくらい重要な大きな問題である。JASRIや理研、原研では課金に関していろいろ事務的な検討が行われているが、これは課金が行われる場合に備えて行っているのであるから、その一部を漏れ聞いて早まった判断をしないようお願いしておきたい。
放射光施設に関して言えば、第3世代の大型施設であるAPSとESRFは、成果非占有の利用に対しては課金していない。但し、ESRFには、技術支援を必要とする人々のために、何段階かの有料支援サービス制度がある。米国の場合、政府レベルでこの50年間幾度となく課金の話が出たそうであるが、DOE(Department of Energy)がことごとく跳ね返してきたとのことである。それを踏まえて、DOEの高官は日本も絶対課金すべきではない、との強い意見を表明している。英国では、CCLRCがビーム利用にチケット制度という有料化を行い失敗しているが、これは、課金そのものより、チケット制度という方法の失敗であると言う印象を私は持っている。DOEの場合も、反対の具体的な理由として、集金に伴う諸々の煩雑さを強くあげている。これらの先例は、課金の実行には難しい問題があり、実行の形を考えずに課金だけを決めるとうまく行かないことを示しているように思われる。
原研、理研の独立法人化によってJASRIの資金に大きな影響が出る可能性がある。以前、特殊法人の予算一律削減の折、JASRIの資金にも影響が及んで、その結果、タンパク3000の資金で運転費の一部をまかなうことになった。これなどは、従来の利用者社会の常識では考えられないような事であるが、ビームを止めないために、役所、原研、理研などの好意と努力によって出来たことであった。今回の課金に関しても、水の下では、このような行政的な好意的な動きの要素がないわけではない。しかし今回は、それはそれとして、大局的な視点を見失ってはいけないと思う。しかるべき審議に基づいて国が明確な施策を打ち出したら、私はそれに従う。その方針が課金であれば、私はその推進に必要な事をする。利用者の方々には、賛成、反対を叫ぶ前に、国に対して、きちんとした議論をして明確な方針を打ち出すことを要請して頂きたいと思う。
どのような場所でこの政策に関する議論や審議が行われるかは明確でないが、その場所に利用者の意見を反映させることが重要になってくる。政策の問題になると、行政は施設の意見よりも利用者の意見に耳を傾けるので、これからが放射光コミュニティーの出番である。SPring-8のコミュニティーは当初は加速器が中心であったが、今は利用中心に移行している。行政の認識もそうである。加速器コミュニティーは、大規模予算を必要とする宿命から、組織作りや社会、行政に対する発言もしかるべく行ってきた。これに比べると利用者は、分野が多岐にわたるため、全体としてのまとまりが今一つ不足していて、強い力となっていない。したがって、現状のままでは、加速器ほどの強さがない。これを短い間に束ねて、政策決定に影響を与えるような意見を発信したり、場合によっては委員を送り込むことが必要であろう。
現在、SPring-8では、成果占有の場合だけ、ビーム代を徴収している。しかし、純粋のビーム代以外にも、施設利用には費用がかかっているのである。その分くらいは利用者が負担しても良いのではないか、という議論がある。これならば、国の科学技術政策などと大上段に振りかぶる必要はなさそうである。課金の導入の根拠としては、競争資金が潤沢になった、とか、業績によって利用者は利益を得ている、という理由が挙げられている。しかしもともとは、政治家や政府高官がSPring-8を視察して、いたく感心したついでに、こんな素晴らしいものを全く無料で使わせているのか、というところから出てきたと私は感じている。これが、政治、行政あるいは一般社会の感覚ならば、それに対しては、上に述べた付随的な費用だけでも負担するというような対応も考えられると思う。
課金について、情勢が流動的な今ここに書くのは正直なところ迷いがある。しかし、情報を出来るだけ共有した方が良いと信じて、不備を承知で書いてみた。私自身の考えも十分にまとまっていないところが多く、大事なことについて語っているのに、いつもほど旗色鮮明でないことを恥ずかしく思う。
組織変更により、4月から研究所長という身分はなくなる。したがって、「所長の目線」というのはこれが最後である。もっと堅い巻頭言的なものであるべきだったという気もするが、このスタイルであったから私が何とか書き続けることが出来たというのが正直な感想である。来年度、この欄がどうなるかについては何も知らない。これまでこの欄を読んで下さった方々に感謝して一応の終りとさせて頂く。