Volume 17, No.1 Pages 46 - 51
4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SPring-8コンファレンス2011
SPring-8の先端性・多様性と元気な日本の再創造 −エネルギー問題の解決を目指して−
The SPring-8 Conference 2011
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門(SPring-8コンファレンス2011実行委員長) Research and Utilization Division, JASRI
1.はじめに
2011年11月1日、2日の両日、東京ステーションコンファレンスにおいて、“SPring-8の先端性・多様性と元気な日本の再創造−エネルギー問題の解決を目指して−”と題してSPring-8コンファレンス2011を開催した。これまで、SPring-8では、施設の現状報告や学術界の利用成果報告を目的としたSPring-8シンポジウムを1997年から、産業界ユーザーの交流を目指したSPring-8産業利用報告会を2004年から開催してきた。2009年からは、学術と産業分野との交流による相乗効果を期待してこれら二つの会を合同で開催することで利用研究の活性化を図ってきた。今回からは、今日の社会的要請に応えるべく、最先端計測基盤のポテンシャルと成果をより広く社会に発信し、その利活用の幅を広げる機会として、装いを新たにSPring-8コンファレンスとして再出発することとした。
「東日本大震災からの復興」と「持続可能な社会実現のためのエネルギー問題の解決」が緊急の課題となっている我が国では、これらの問題解決に対する最先端の科学技術が担う役割が注目されている。そこで、今回のコンファレンスでは、日本再生に向けて期待の大きい研究の中から、「燃料電池」、「蓄電池」、「太陽電池」開発の3つのプロジェクトに焦点を当て、テーマセッションを設定した。また、世界をリードする研究者、若手研究者によるSPring-8の卓越した成果を紹介するSPring-8利用成果講演セッションを設けた。コンファレンス最後には、パネル討論を設定し、講演会での議論をさらに発展させることを目的とした。そして、エネルギー・環境問題解決のためのプロジェクト遂行のあり方やSPring-8の研究開発の役割と可能性、それらを実現する利活用の仕組み等についての議論の場とした。本稿の最後にコンファレンスのプログラムを掲載するので参照いただきたい。
今年のコンファレンスは、(独)理化学研究所(以下理研)、(財)高輝度光科学研究センター(以下JASRI)、SPring-8利用者懇談会の主催、SPring-8利用推進協議会の共催、SPring-8に専用施設を設置している大阪大学核物理研究センター、大阪大学蛋白質研究所、京都大学産官学連携本部、(財)國家同歩輻射研究中心、産業用専用ビームライン建設利用共同体、蛋白質構造解析コンソーシアム、電気通信大学、東京大学放射光連携研究機構、(株)豊田中央研究所、(独)日本原子力研究開発機構、兵庫県、(独)物質・材料研究機構、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体の協賛という従来の関係機関・団体に加え、コンファレンスの趣旨にご賛同いただいた(独)科学技術振興機構、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下NEDO)、日本放射光学会に協賛に加わっていただき、文部科学省の後援のもとで、コンファレンスを開催した。
2.オープニングセッション
SPring-8コンファレンス2011の主催者を代表して理研の田中正朗理事、JASRIの白川哲久理事長より挨拶があり、コンファレンスが開会した。田中理事は、理研における東日本大震災対策の取り組みに触れ、その中で、SPring-8における被災地域の量子ビーム施設利用者の支援などの対応について紹介した。また、第4期科学技術基本計画におけるSTIR(科学・技術・イノベーション・復興)の方向付けに従って、理研が有するSPring-8、X線自由電子レーザー施設SACLA、次世代スーパーコンピューター京の連携による先鋭的な研究を推し進め、広く社会に還元していく方針が示された。白川理事長は、平成9年10月の供用開始からの延べ利用者数が13万人に達成したこと、BLの運転・整備状況(53本稼働中、4本建設中)、成熟期をむかえたSPring-8の基礎研究から製品開発にわたる広い範囲での社会貢献を紹介した。さらに、安全で持続可能なエネルギーシステムなど日本が進めるべき研究開発においても、研究基盤として、また、産学官連携のプラットフォームとしての役割を担う方針を示すとともに、この取り組みへの関係各位への協力をお願いした。
来賓として出席いただいた文部科学省の戸渡速志大臣官房審議官(写真1)より、第4期科学技術基本計画の大きな柱となるグリーンイノベーション、ライフイノベーションを支える研究基盤としてのSPring-8と6月に世界最短波長のレーザー発振に成功したX線自由電子レーザー施設SACLAの着実な発展に対して評価いただくとともに、今後の世界に先駆けた成果創出に向けた有効な施設の利活用、成果の情報発信へ期待したいとの挨拶をいただいた。
3.テーマセッション
テーマセッション(SessionⅡ、Ⅳ、Ⅶ、Ⅸ)では、「エネルギー科学の展望」と題して、日本が直面する課題解決に向けたプロジェクトと放射光施設の今後の在り方についての問題提起をした後、「燃料電池」、「蓄電池」、「太陽電池」開発のプロジェクト毎に、企業の研究開発のリーダー、NEDOプロジェクトの学術リーダー、産学専用ビームライン関係者等の、産学官のキーパーソンによる基調講演が行われ、課題解決に向けた取り組みについて活発な議論が行われた。
SessionⅡ「エネルギー科学の展望」では、NEDOの佐藤嘉晃部長(写真2)より、「我が国を支えるエネルギー科学とイノベーション」と題して、現在の日本が抱えるエネルギー問題とそれに対する政府の施策、NEDOの取り組みが紹介された。産学官横断型のプロジェクトマネジメントにおいては、企業等が単独で行えない技術開発・基盤整備を競争力強化の視点で企画することの重要性が指摘された。加えて、ロードマップのタイムリーな見直しと共有化による実践の有用性が示された。つづいて、理研播磨研究所の石川哲也所長より、「課題解決基盤としてのSPring-8とSACLA」と題して、SPring-8の課題解決基盤としての実績、SACLAへの期待が示され、放射光施設とX線自由電子レーザー施設が共存する世界唯一の研究基盤での相乗効果とそれらのエネルギー科学への貢献についての展望が示された。石川所長の「SPring-8は“Solving Problems ring 8 GeV”である」という表現を通して、SPring-8の課題解決への決意が参加者に伝えられた。
SessionⅣ「燃料電池とイノベーション」では、東京工業大学の宮田清蔵特任教授より、「燃料電池・水素技術開発がもたらすイノベーション」と題して、燃料電池において重要な役割を担う触媒材料について、白金代替材料としてのカーボンアロイの開発プロジェクトが紹介され、カーボンのハニカム構造内のジグザグ端部分への窒素導入が、触媒作用に寄与するという理論と実験による検証結果が示された。電気通信大学の岩澤康裕特任教授は、「燃料電池開発とグリーンサスティナブルケミストリーを牽引する触媒化学のフロンティア」と題して、放射光によるX線吸収微細構造(XAFS)測定によって、これまで不可能であった触媒動作のその場観察を可能とし、解明された動作中でのミクロな現象を紹介した。更に、新設のSPring-8専用ビームライン「BL36XU:先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームライン」の利活用プロジェクトの展望−科学に基づいた燃料電池触媒の設計指針の提供−が示された。
SessionⅨ「太陽光発電の未来」では、シャープの村松哲郎本部長より、「太陽光発電を核としたエネルギーソリューションの展望」と題して、資源の枯渇や地域的問題のない太陽光発電社会実現に向けて、2050年時点での効率が50%以上、寿命が50年以上、ワット単価が50円以下の目標設定が示された。この実現のためには、学問の統一、産学官連携による課題解決型プロジェクトの企画、要素技術の体系化が必要であることが強調された。豊田工業大学の大下祥雄准教授からは、「太陽電池材料開発の現状と展望」と題して、現在主流の結晶シリコン太陽電池や、近い将来重要な役割が期待されている集光型多接合太陽電池での課題(不純物、パッシベーション膜、界面格子不整合・格子欠陥)にSPring-8の分光・回折実験の評価が欠かせないツールであることが示され、今後は、プラットフォームによる日本全体の技術力向上が必要であると示された。
4.SPring-8利用成果講演セッション
SessionⅢ、Ⅷでは、「エネルギー問題に取り組む材料科学」と題して、世界の材料科学を牽引する研究者による招待講演で、SPring-8の活用がキーとなった研究成果を紹介していただいた。東京工業大学の細野秀雄教授は、「透明酸化物の科学とSPring-8」と題して、高性能透明トランジスタ、セメント金属、鉄系超電導の発見の意義と研究成果の実用化・製品化の具体例とともに、その研究過程で、SPring-8での硬X線光電子分光、精密X線回折実験による電子構造・電子密度分布の理解が問題解決の転機となったエピソードを紹介した。実用化に直結する材料開発の醍醐味が聴衆を魅了した。東京大学の相田卓三教授は、「新機能のデザインとSPring-8」と題して、ブラシ状高分子配向フィルムの光照射による形状変化や95%以上の水成分を含むにもかかわらず高強度で修復機能を持つアクアマテリアルなど新規機能材料を紹介した。また、それらのマクロな機能の理解にはSPring-8の分子レベルでの構造理解が必要不可欠であったことを示した。地球上どこにも存在する水を、物質作製のための材料や資源として利用可能としたいという展望は刺激的であった。京都大学の北川進教授は、「機能空間の化学とSPring-8」と題して、機能としての空間を設計する多孔性錯体材料において、その空間での分子認識、凝縮、分離や変換などの機能創出とそれを支えたSPring-8での分子可視化実験を紹介した後、これら材料の活用による環境問題、エネルギー問題解決への将来展望を示した。地下・化石資源から気体・水資源への転換が将来の持続的社会実現に貢献するという提案は魅力的であった。
5.パネル討論
コンファレンス最後のパネルディスカッションでは、2日間におよぶ講演会での議論をさらに発展させ、プロジェクト遂行における解決すべき課題とSPring-8の研究開発において求められる役割と可能性、それを実現する利活用の仕組みの問題点等について「エネルギー環境問題とSPring-8」と題して議論の場とした(写真5)。3名のモデレーター、北海道大学の朝倉清高教授、JASRIの熊谷教孝専務理事、NEDOの佐藤嘉晃部長が、それぞれ、「直面している課題とSPring-8への期待」、「課題設定と有効利活用のための拠点・プラットフォーム形成」、「これからの課題解決型ツールとしてのあり方」のサブタイトルで討論を展開し、講演者全員と参加者による白熱した議論が行われた。その結果、1)実験装置開発などで、独自の計測技術開発の先導的推進の加速、2)学際的利活用のシナジー効果が創成する中核的産学連携拠点としての位置づけを、人材・研究交流によるパートナーシップ構築により高めること、が強く求められた。
6.おわりに
社会への発信を目的として装いを新たにしたSPring-8コンファレンス2011は、単一セッションにも関わらず企業・個人からの参加者89名を含む278名の参加者によって盛況のうちに閉幕した。講演、パネル討論を通して、SPring-8の課題解決基盤としての貢献が既に目に見えるものとなっている一方で、今後のさらなる貢献への期待や要求も明らかになった。パネル討論での総括にもあるように、今後は、他国の追従を許さない日本の独自技術による計測基盤、産業活性化への貢献を、施設単独ではなく協奏的プラットフォームとして社会貢献を進めていくことが重要であるとのコンセンサスが得られたことは、本コンファレンスの大きな収穫である。今後も、社会との対話に基づく課題解決基盤として、さらに発展していくために、コンファレンスも深化させていくことを期待する。
最後に、大きな変革をしたSPring-8コンファレンスは、施設内外の多くの方々の有形無形のご支援によって成功裏に終わりましたことをご報告し、講演者、参加者、関係者の皆様方に感謝の意を表します。
SPring-8コンファレンス2011 プログラム
11月1日(火)
SessionⅠ:オープニングセッション
司会:山川 晃
(財)高輝度光科学研究センター 常務理事
10:00-10:05 開会の挨拶
田中 正朗
(独)理化学研究所 理事
10:05-10:10 挨拶
白川 哲久
(財)高輝度光科学研究センター 理事長
10:10-10:20 ご来賓挨拶
戸渡 速志
文部科学省 大臣官房審議官
10:20-10:30 休 憩
SessionⅡ:エネルギー科学の展望 −基調講演−
座長:雨宮 慶幸
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
SPring-8利用者懇談会 会長
10:30-11:15 我が国を支えるエネルギー科学とイノベーション
佐藤 嘉晃
(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構省エネルギー部 部長
11:15-11:45 課題解決基盤としてのSPring-8とSACLA
石川 哲也
(独)理化学研究所播磨研究所 所長
放射光科学総合研究センター センター長
11:45-12:45 昼休憩
SessionⅢ:エネルギー問題に取り組む材料科学Ⅰ−招待講演−
座長:水木 純一郎
関西学院大学理工学部 教授
日本放射光学会 会長
12:45-13:15 透明酸化物の科学とSPring-8
細野 秀雄
東京工業大学フロンティア研究機構・応用セラミックス研究所 教授
SessionⅣ:燃料電池とイノベーション−基調講演−
座長:尾嶋 正治
東京大学放射光連携研究機構 機構長・教授
13:15-14:00 燃料電池・水素技術開発がもたらすイノベーション
宮田 清蔵
東京工業大学国際高分子基礎研究センター 特任教授
14:00-14:45 燃料電池開発とグリーンサスティナブルケミストリーを牽引する触媒化学のフロンティア
岩澤 康裕
電気通信大学燃料電池イノベーション研究センター センター長
同大学大学院情報理工学研究科 特任教授
日本化学会 会長
14:45-15:00 休 憩
SessionⅤ:SPring-8萌芽的研究アワード受賞講演
座長:高田 昌樹
(独)理化学研究所放射光科学総合研究センター 副センター長
(財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 部門長
15:00-15:10 授賞式
概要説明
高田 昌樹
(独)理化学研究所放射光科学総合研究センター 副センター長
(財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門 部門長
SPring-8萌芽的研究アワード審査委員会による講評
鈴木 謙爾
(公財)特殊無機材料研究所 代表理事
15:10-15:25 マイクロXRF-XAFS法による化学形態決定に基づく地層深部でのヨウ素の移行挙動解析
嶋本 洋子
広島大学大学院理学研究科
15:25-15:40 新規非鉛圧電薄膜の電圧応答特性の直接観察
安井 伸太郎
東京工業大学大学院総合理工学研究科
SessionⅥ:ポスターセッション
15:40-17:10 ポスター発表コアタイム
17:15-18:45 技術交流会
11月2日(水)
SessionⅦ:蓄電池のフロンティア−基調講演−
座長:寺岡 靖剛
九州大学総合理工学研究院 教授
同大学シンクロトロン光利用研究センター センター長
9:20-10:05 −EV開発のフロンティア−電気自動車が切り拓く「自動車の次の100年」
原口 和典
三菱自動車工業(株)開発本部EV・パワートレイン要素研究部 担当部長
10:05-10:50 次世代エネルギーシステムを支える革新蓄電池技術
小久見 善八
京都大学産官学連携本部 特任教授
NEDO「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」プロジェクトリーダー
10:50-11:00 休 憩
SessionⅧ:エネルギー問題に取り組む材料科学Ⅱ−招待講演−
座長:西原 寛
東京大学大学院理学系研究科 教授
11:00-11:30 新機能のデザインとSPring-8
相田 卓三
東京大学大学院工学系研究科 教授
(独)理化学研究所
11:30-12:00 機能空間の化学とSPring-8
北川 進
京都大学大学院工学研究科 教授
同大学物質−細胞統合システム拠点副拠点長
(独)理化学研究所
12:00-13:15 昼休憩
SessionⅨ:太陽光発電の未来−基調講演−
座長:松井 純爾
兵庫県放射光ナノテク研究所 所長
13:15-14:00 太陽光発電を核としたエネルギーソリューションの展望
村松 哲郎
シャープ(株)執行役員 環境安全本部長
14:00-14:45 太陽電池材料開発の現状と展望
大下 祥雄
豊田工業大学大学院工学研究科 准教授
14:45-15:00 休 憩
SessionⅩ:パネル討論
15:00-16:30
テーマ:エネルギー環境問題とSPring-8
モデレーター:
朝倉 清高
北海道大学触媒科学研究センター 教授
熊谷 教孝
(財)高輝度光科学研究センター 専務理事
佐藤 嘉晃
(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構省エネルギー部 部長
パネラー:
大下 祥雄
豊田工業大学大学院工学研究科 准教授
高尾 正敏
大阪大学大学院基礎工学研究科 教授
(独)科学技術振興機構
寺岡 靖剛
九州大学総合理工学研究院 教授
同大学シンクロトロン光利用研究センター センター長
原口 和典
三菱自動車工業(株)開発本部EV・パワートレイン要素研究部 担当部長
松原 英一郎
京都大学大学院工学研究科 教授
村松 哲郎
シャープ(株)執行役員 環境安全本部長
SessionⅪ:クロージングセッション
16:30-16:35 閉会の挨拶
熊谷 教孝
(財)高輝度光科学研究センター 専務理事
藤原 明比古 FUJIWARA Akihiko
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750
e-mail:fujiwara@spring8.or.jp