ページトップへ戻る

Volume 17, No.1 Pages 52 - 55

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

ICALEPCS2011報告
Report from ICALEPCS2011

山下 明広 YAMASHITA Akihiro

(財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Control and Information Division, JASRI

Download PDF (336.37 KB)

 ICALEPCS(The International Conference on Accelerator and Large Experimental Physics Control Systems)とは、加速器と大規模物理実験制御システムの国際会議で、今回加速器からは高エネルギー物理、原子核物理実験用、放射光、中性子源、医用加速器など、大規模物理実験として核融合施設(磁気閉じ込め、レーザー)、高エネルギー物理の大型検出器、電波、光学望遠鏡などのグループから参加がありました。
 今回はESRF(European Synchrotron Radiation Facility)の主催で、10月10日から14日まで5日間にわたりフランスはグルノーブル市、世界貿易センターのコンベンションセンター(写真1)を会場に行われました。


写真1 グルノーブル世界貿易センター会場

 本報告ですが、編集担当の方からは、専門外の読者にもわかりやすくというご注文をいただきましたが、対象として実験などでIT(情報技術)に触れる機会が多く、かつ世界の他の研究所でのITの利用について興味のある方を念頭に書くことにいたします。従って、ITの用語が説明無しに出てきますがご容赦願います。

 会議全体の印象ですが、既に世界では大型の研究施設が続々と計画、建設、供用に入っているという現実を痛感させられました。20年ほど前までは大型の科学研究施設といえば米国、西欧、日本の独占に近いものでしたが、今回の会議でも日本をのぞく東アジア、オセアニア、ブラジル、中東、スペインなどの新顔も目立つようになりました。また国際共同施設への取り組みも盛んに行われている模様です。
 これらの施設には例外なく大規模かつ精密な制御技術が欠かせません。世界の大型施設の制御技術のトレンドを発信していく上で、この会議は今まで大きな役割を果してきました。またこれからもそうなると思われます。
 ICALEPCSは隔年の奇数年開催で、ヨーロッパ、アメリカとアジア・オセアニアの3地域持ち回りで開催されます。前回は2009年にJASRI/理研が神戸で主催しました。その節はJASRI/理研の方々にも随分お世話になりました。



カンファレンス前の活動
 ITに関係深いカンファレンスらしくカンファレンス前からfacebook(https://www.facebook.com/ pages/icalepcs2011/)による広報活動が行われていたことが今風な感じです。今見返すと2009年の10月に開設され、一般的なお知らせの他、プログラムをどちらのスマートフォン(iPhone/Android)のアプリで提供すべきかなどのアンケートも行っていたようです。残念ながら調査の結果、少数のため、アプリ化は見送ったようです。facebookなどのソーシャルメディアによる広報やスマートフォンアプリはこれからの会議の必需品となるのでしょうか。今風といえば、これまでの会議では当たり前だったボールペンとレポート用紙の配布がありませんでした。メモはノートPCで取るのが常識ということでしょう。



会議の統計など
 加速器関係の国際会議としては大規模なもので、参加者は500人を越えました。統計情報として主催者が発表したところによると27カ国から126団体の参加があり、発表は計445、そのうち口頭発表は112、ミニ口頭発表つきのポスターは32、ポスター発表は301あったそうです。日本から出席があったのはSPring-8(JASRI)、KEK、JAEA、理研(仁科センター)、京都大学原子炉実験所KURRIでした。
 地元(列車で2時間)ということもあり会議ではCERNの存在が圧倒的で、口頭発表の17%、ポスターでは21%を占めていました。CERN LHCの検出器の論文共著者になるにはシフトに参加することとハードウェアまわりの仕事をすることが必須であるとのことです。ATLAS検出器だけで約3,500人もの共著者がいるので必然的に制御の仕事を任される人も増え、発表の機会を求めてICALPECSに押し寄せたという見方もできます。
 ミニ口頭発表つきのポスター発表はICALEPCSでは今回からの新しい試みで5分、スライド3枚の制限でポスターの内容を紹介しました。今回はJASRIの古川、籠が発表の機会を得ました。
 従来の会議では特にテーマを決めるということはありませんでしたが、今回はサイエンスをテーマに行われました。そのため基調講演が多数行われたことが今回の会議の特徴といえます。内容はCERN LHCの実験の状況やESRFでの古生物学研究のような純アカデミックなものから、ドメイン固有言語やプログラム言語のハイブリッド利用講演など、純ITのものなど多彩に行われました。基調講演の増加のためか、前回は行われなかったパラレルセッションが一部で復活していました。



会議前のワークショップ
 会議に先立ち、9日の日曜日に6つの会議前のワークショップが開かれました。そのうち2つを紹介します。


Open hardware
 Open hardwareはCERNが中心となって提唱されている構想です。名前からお分かりいただける通り、ソフトウェアで大きな成功を収めているオープンソースを今度はボードなどのエレクトロニクスのハードウェア分野に応用しようという試みです。回路図のみならずFPGAのipコア(intellectual property core)、ハードウェアを製作するためのプリント基板データーなどもオープンにしようとするものです。これにはJASRIから増田、古川が参加しました。
 オープンソースと同様にライセンス関係の法律は厄介な問題ですが、この運動の中心となっているCERNからは法務担当者が出席しライセンスの話がありました。また実際にこれをもとにハードウェアを製作している会社の担当者も3社ほど話をするなどCERNはこの運動を先導することに力を入れている印象が感じられます。現在約50のプロジェクトが進行中です。内約30がボード、20がFPGAのipコアです。http://www.ohwr.orgを参照してください。


Cyber security
 コンピューターセキュリティのためのワークショップです。実験施設ならではのコンピューターセキュリティを話し合うこのワークショップも、既に3回目を迎えました。最初の回から、一般的なコンピューターに対するセキュリティだけではなく、組込み機器のセキュリティへの注意を喚起してきたワークショップです。2010年この警告が不幸にも的中してしまいました。ご存じの方も多いと思われますが、イランの核施設のPLC(Programmable Logical Controller)を標的としたStuxnetというワームが発見されたという事件です。Stuxnetの標的となったSCADAというシステムは加速器施設でも使用されているところがあり、他人事ではありません。
 その他にはインターネットからウイルスを仕掛けられて、約2週間外部とのアクセスを断って対策に追われたアメリカの研究所、外部公開用web severの脆弱性を衝かれて侵入されたヨーロッパの研究所などの生々しい事例と対処が報告されました。JASRIからは杉本が出席してアプリケーションファイアウォールのビームラインネットへの導入を紹介しました。コンピュータセキュリティは日々新たな脅威が出現し、それに対応しなければならない終りのない戦いであることを改めて痛感させられました。安全にコンピューターとネットワークを運用するためにはこのようなワークショップでの情報交換は欠かすことができません。



写真2 山鹿の発表

会議
 会議でのセッションを列挙しますと
Status reports
Project management
Process tuning and feedback systems
Software technology
Control system upgrade
Infrastructure management
Hardware
Integration of industrial devices
Operation tools
Data management
Embedded + real time
Security and safety systems
Distributed computing
Towards the future
です。


Status reports
 各施設の現状を報告するStatus reportセクションです。完成、建設中の施設が主ですが、報告があったのは ITER(トカマク核融合)CERN ATLAS(検出器)CERN LHCb(検出器)MedAustron(ウイーンに建設される医用加速器、CERNの協力で建設される)RHIC(Relativistic Heavy Ion Collider、ブルクヘブン研究所)SuperKEKB、SACLA、FERMI@ Elettra(Elettraの10 nm FEL)SwissFEL(PSIのFEL)Europian XFEL Laser MegaJoul(ヨーロッパのレーザー核融合施設)、National Ingition Facility(米国のレーザー核融合施設)です。

 このリストで世界の巨大科学施設の傾向がお分かりいただけると思います。ITERは国際協力で巨大施設を基盤のないところから建設するという他に例のない計画だけに苦労も大きいようです。CODACという共通プラットフォームを基盤に進行しています。
 国際協力の難しさは政治、文化の他、持ち寄った部品の統一など様々なものがあるようです。このことは次のProject managementセッションでも取り上げられていました。その意味ではLHCの巨大検出器の建設と成功は大いに参考になりマネージメントの研究対象としても面白いのではないかと思います。


Process tuning and feedback systems
 計画中の30 m径の光学望遠鏡を波面制御するシステムは興味深いものがありました。8000のアクチェーターを800 Hzで制御します。遅れは1 mS以下の必要があり、困難ですが、現在の技術で可能とのことです。複数のFPGAの他、計算にはGPU(Graphics Processing Unit)を使うそうです。GPUの計算速度は目を見張るものがありますが、i/o速度が問題となるとのことです。これをいかに克服できるのでしょうか。


Hardware
 Feedbackやハードウェア関係はFPGAが全盛です。少し前にはDSPが盛んに使われていましたが、今ではほとんどのシステムがFPGAを採用して開発されています。FPGAソフトウェアの開発はなかなか厄介な問題だと思いますが、前述のOpen hardwareなどのオープンなipコアも回答の1つだと思います。ハードウェア寄りの通信もEthernetの利用が盛んになってきました。FPGAから直接GigabitEthernetを使用してデーター転送するシステムは複数例あります。従来のEthernet規格では困難だった精密なタイミングシステム(サブns)を行うWhite Rabbitは複数の研究所で使用されつつあります。リアルタイム制御をEthernet上で行う方法はSACLAでも採用されたFL-Netの他に独自開発(Network Refrective memory; Erettra)の実装を行った例やEther-CATなどの規格が盛んに提案されています。とはいえILC(国際リニアコライダー)には20 km以上の距離でfsの精度のタイミングが必要ということで、現在専用のシステムを開発中です。XTCA(Micro-TCA、ATCA)も徐々に実用制御システムに採用されてきています。カード類も徐々に整備されつつあるようです。


Infrastructure management
 仮想化について多くの発表がありました。NIFでは1,000台以上あるサーバーのうち、すでに65%を仮想化し、さらに100%を目指しています。最終的には全所のサーバーを1つのクラウドに統一するという意欲的な計画を発表しています。仮想化はXenで行っています。


Data management
 放射光施設ユーザーのためのPBクラスの大規模データーストレージの話の他に興味深かったのは、いわばロギングのロギングというものです。加速器などの制御対象の機器の状態データーを蓄積するロギングは現在どこの施設でも必須ですが、そのロギングの規模が大きくなりすぎて人力で管理できなくなってきました。ロギングにかかる時間など、要した資源の統計を再度ロギングして、性能の向上につなげようということです。また10,000台レベルのsyslog(システムのログメッセージをネットワークで転送しサーバーに蓄積する規格)運用のように、制御用コンピューターを対象としたモニタリングも重要になってきています。これは大規模クラウド運用にも通じることであるので、それらの動向とあわせて注視していきたいものです。


Distributed computing
 少し前までの、分散コンピューティングのための基盤はCORBAが主流でした。それを使った制御システム(TANGO等)もあります。しかしCORBAは今や時代遅れとなってしまったというのが共通の認識のようです。複雑さ、メモリー使用量の多さ、コミュニティの崩壊など今後使用を続けていくのは難しいと思われます。CORBAに代るミドルウェアの基盤を探してCERNは新しいミドルウェアを数多く比較しました。パフォーマンス、機能、コミュニティなど6項目の調査の結果選択されたのが最もシンプルで高速なメッセージングフレームワークの0mq(http://zeromq.org)でした。これは次期TANGOやMADOCAの選択と偶然にも一致しています。CERNは2012年のLHCの長期シャットダウンの機会に入れ替えを目論んでいるようです。次回の会議にこれを使った発表がどのくらいあるのか楽しみです。


Towards the future
 このセクションでは現在計画中の施設についての報告が行われました。GSIのFAIR(Facility for Antiproton and Ion Research)、CSNS(China Spallation Neutron Source)、ESS(Europian Spallation Neutron Source)、LCLS II SLAC(線型加速器の上流部分を使ってもう1つXFELを建設する)とASKAP(Australian Square Kilometre Array Pathfinder)です。
 ステータスレポートではレーザーが目立ったのに対して、このセクションでは中性子源や原子核が主役でした。
 全体を通しての感想ですが、目立ったキーワードをあげると言語ではJava、Python。GUIのライブラリーはQt、データーフォーマットにHDF5、仮想化、FPGAなどでしょうか。Javaの後継言語としてScalaの名前は良く聞きましたがそれを使った制御システムはまだありません。
 今日のITの最新技術の多くは、クラウドやスマートフォンに代表されるインターネット技術が発生源です。それを支えるNoSQL(Not only SQL)、big data処理、10 Gb Ethernetなどの高速ネットワーク、端末側でのHTML5などの新技術が続々と登場しています。それらは制御でもかなり利用できる技術と思われます。今回の会議ではそれらの利用の萌芽は見られたものの、まだまだ開拓できる分野だと思われます。


 会議の最後に次回(2013年)と次々回(2015年)の会場が発表されました。次回は、ローレンス・リバモア国立研究所 国立点火施設(National Ignition Facility; NIF)がホストとなりサンフランシスコで、次々回はオーストラリアシンクロトロン(Australian Synchrotron)がメルボルンでの開催を予定しています。前者の、ローレンス・リバモア国立研究所は加速器施設以外では初めてのホストになります。
 最後に、この会議の議長のAndy Gotzを始めとするLOCの皆さんが有意義な会議の運営をされたことに感謝を捧げます。


文中敬称略


山下 明広 YAMASHITA Akihiro
(財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0945
e-mail:aki@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794