Volume 08, No.6 Pages 406 - 412
3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
新しいナノサイエンス −酸素分子を一列にならべる−
New Nano Science for one-dimensional arrays of dioxygen
[1](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門Ⅰ Material Science Division, JASRI、[2]京都大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Kyoto University、[3]大阪女子大学 理学部 Faculty of Science, Osaka Women's University、[4]岡山大学 理学部 Faculty of Science, Okayama University、[5]大阪大学 極限科学研究センター Research Center for Materials Science at Extreme Conditions, Osaka University、[6]名古屋大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Nagoya University
- Abstract
- We report the direct observation of dioxygen molecules physisorbed in the nanochannels of a microporous copper coordination polymer by the MEM (maximum entropy method)/Rietveld method, using in situ high-resolution synchrotron x-ray powder diffraction measurements. The obtained MEM electron density revealed that van der Waals dimers of physisorbed O2 locate in the middle of nanochannels and form a one-dimensional ladder structure aligned to the host channel structure. The observed magnetic susceptibilities is characteristic of the confined O2 molecules in one-dimensional nanochannels of CPL-1 (coordination polymer 1 with pillared layer structure).
1.はじめに
気体分子は、我々の身の回りに無尽蔵にある物質である。最近では、酸素などに圧力を加えて固体にすると超伝導になることなどがわかってきた。この様に、気体という物質は、我々にとって、新材料創生の可能性を秘めている。われわれは酸素を、金属錯体をベースとするナノポーラス構造を持つ固体中に吸着させると、気体分子が細孔中に規則正しく整列することを、SPring-8の高輝度X線を用いた放射光粉末回折により世界で初めて発見した [1]。そこで、帯磁率を測定したところ、規則正しく整列した酸素分子に起因した磁性が発現することを見出した [1]。本研究は、気体分子を細孔中に整列させることで、物性や機能を付加することができる、全く新しい概念の、そして新しい磁性や超伝導の可能性を秘めた、ナノ材料を、化学的に作り出すことが可能であることを示したものである。この成果は米国科学雑誌Scienceの12月20日号に掲載され [1]、国内外で大きな反響を呼んだ。その研究成果について詳解する。
2.新しい機能性材料−集積型金属錯体
これまでは、固体への気体吸着現象の材料への応用研究は、ゼオライトや活性炭を中心に吸着、分離、イオン交換から、不均一系触媒に亘る広い範囲で展開されてきた。最近ではカーボンナノチューブ等も注目されている。このように従来の多孔性材料はゼオライトなどの無機材料と活性炭、カーボンナノチューブなどの炭素材料の2種に分類することができる。1996年、北川グループは、気体分子を吸着する物質として、従来のものとは全く異なる、金属錯体を用いる画期的な材料:多孔性集積型金属錯体の創出に成功した [2]。この多孔性物質は、方向性のある結合手を持つ遷移金属イオンとそれをつなぐ有機分子を、室温、1気圧で水やアルコールなどの溶媒中で混ぜ、自己集合化現象を利用することにより、容易に化学合成できる配位高分子である。この多孔性配位高分子は「丈夫で安定、軽量」で、精密で均一な規則的に配列した多孔性骨格をデザインできる設計性に優れている。
その特徴は以下の様である。
1)従来の材料ではつくれない非常に均一で特異な空間構造を持つ。
2)分子レベルから自在に設計でき、それら分子を混ぜるだけで目的の空間構造を作ることができる。
3)数グラムでバスケットボールコートからサッカーグラウンドまでの表面積を持つものが合理的に合成できる。
この物質は、特殊な条件を一切用いなくても、1気圧、室温の条件で化学合成できることから、産業化も容易であり、天然ガスなどの燃料の低圧で安定な大量吸蔵や燃料電池への応用やCO2など温暖化ガスの選択的吸着、有害物質の分離といった応用が考えられ、次世代の素材として大きな期待が寄せられている物質である。図1の様に、様々な大きさと形状の細孔構造を持つ物質が合成され、メタン、水素、酸素などの燃料ガスの高効率な吸蔵材料への実用的な応用研究が中心に行われてきた。
図1 金属錯体配位高分子
しかし、気体分子が細孔のどの位置に、どのような向きに吸着されるか、肝心な構造情報は従来のX線結晶構造解析で決定することが難しく、全くわかっていなかった。このような構造情報は、この物質の吸着機構を理解し、目的とする細孔構造をデザインし合成する上で、必要不可欠である。そこで、SPring-8のBL02B2で、粉末X線回折による気体吸着のその場観察を行い、MEM/Rietveld法 [3-4]による解析で吸着された気体分子の電子密度イメージングを試みた。
3.放射光粉末回折による吸着された酸素分子の直接観察
本研究のために、我々はSPring-8の粉末回折ビームラインBL02B2にガス吸着その場観察用の試料ホルダーを開発した。図2に示したのがホルダーの写真である。このビームラインは通常試料を直径0.1〜0.3㎜のキャピラリーに封入して回折実験を行う。よって、キャピラリーをスウェジロックで支持する形のガス導入装置を作製した。その装置の写真を図2に示す。この様に、試料へのガス導入装置は非常に簡便な小型のもので、そのまま、回折形のクロスゴニオに装着でき、試料周りは通常の粉末回折実験と全く同じ実験配置で、ガス吸着のその場観察を行うことが可能である。これにガス充填システムを取り付けた大型デバイシェラーカメラの模式図を図2に示す。
図2 BL02B2の大型デバイシェラーカメラに設置された、粉末試料ガス吸着システム
今回、実験に用いた物質は図3に示したような均一な4×6Åの1次元細孔をもつ多孔性配位高分子で銅2価イオン、ピラジン、2,3−ピラジンジカルボン酸[Cu2(pzdc)2(pyz)]n、通称CPL-1(Coordination Polymer 1 with Pillared Layer Structure)と呼ばれる物質である。この物質は[Cu(pzdc)]nの金属錯体の2次元シートにピラジン分子を架橋分子として、1次元細孔構造を形成している。この物質は、酸素分子を1気圧以下で低温で錯体を構成するCuイオン一個当たり異分子吸着する。
図3 CPL-1: [Cu2(pzdc)2(pyz)]n の構造モデル
構造決定には単結晶を用いたX線回折実験が一般であるが、
①気体吸着による体積変化により結晶が壊れる心配がない。②試料の合成が単結晶よりも容易である。③X線回折強度が吸収や消衰効果による影響を受けにくい。
といった理由から、BL02B2での粉末回折実験により測定を行った。
図4は測定された粉末回折パターンの温度変化である。まず、試料を100℃まで加熱し真空引きにより、試料中の水分子を完全に取り除いた。その後、試料を室温に戻し、キャピラリー中の試料へ加える酸素圧力を1気圧よりも低い600Torrに保ち、低温窒素ガス吹き付け装置により90Kまで冷却しながら回折パターンを測定した。図を見て明らかなように、130Kを境に回折パターンの相対強度が大きく変化している。酸素を加えないで真空中で同じプロセスで測定した場合には、回折パターンの相対強度はほとんど変化しなかった。よって130Kを境にしたこの強度変化は酸素吸着による構造変化を表しているものと考えられる。
図4 CPL-1に酸素ガスを流しながら(600Torr)測定した粉末回折パターンの温度変化
4.MEM/Rietveld法による酸素分子の電子密度イメージング
細孔中に吸着された酸素分子の位置と構造を決定するため、得られた粉末データをMEM/Rietveld法により解析した。この方法は、これまで、数多くの金属内包フラーレンのフラーレンケージ内の金属原子の内包構造をモデルフリーに決定することに成功した方法である [4-9]。CPL-1の基本構造は単結晶X線構造解析ですでに決定されていた。本研究ではその構造情報を基にMEM/Rietveld解析を行った。解析に用いたデータは、酸素吸着させていない120Kのデータと酸素吸着させた90Kのデータで解析範囲は2θで53.3°(d > 0.89Å)までとした。酸素吸着させてないデータのリートベルト解析の結果は、単結晶の解析結果とほぼ一致し、空間群はP21/cでa= 4.71534(6)Å,b=19.8280(2)Å,c=10.7184(1)Å,β=95.1031(10)°であった。解析の信頼度因子は 回折パターンに基づくRwpと積分反射強度に基づくRI, がそれぞれ2.6%と3.3%となり非常に良い結果を得た。
一方、酸素を吸着させたCPL-1のデータの解析は、酸素分子を含む結晶構造モデルの構築が困難であるため、酸素分子の存在は仮定せずに、MEM/Retveld解析によりモデルフリー電子密度をイメージングし、細孔中の酸素分子の構造を決定した。解析の詳細については、原著論文ならびに筆者のレビューを参考にされたい。MEM解析はプログラムENIGMA [10]を用いて行った。
まず、全く酸素分子を仮定しないモデルでのリートベルト解析を行ったところRwpとRIはそれぞれ 18.5%と54.2%で、構造を決定したとは言いがたい値であった。しかしながら、その結果を基に計算した回折パターンを各回折反射の観測強度を振り分け、MEMにより電子密度をイメージングしたところ、細孔中に、吸着された酸素分子によるものと思われるダンベル型の2つのピークを持つ電子密度が現れた。そこで、その位置に酸素分子を置き、構造モデルを改良しMEM/Rietveld解析を進めていったところ、最終的にRwpとRIはそれぞれ2.1%と3.9%となり酸素分子を吸着しないCPL-1の構造解析とほぼ同レベルの最終結果を得た。図5にリートベルト解析の最終結果を示す。
図5 酸素を吸着したCPL-1の90Kでのデータのリートベルト解析のパターンフィッティングの結果
図6に示したのは、基のCPL-1と酸素吸着したCPL-1のMEM電子密度分布を1.0eÅ-3の等電子密度面で示したものである。赤色で示したダンベル形の酸素分子が細孔中に一列に並んで規則正しくラダー構造を形成しているのがわかる。このように、我々は放射光回折データをMEM/Rietveld法により解析することにより、チャンネル構造内に、吸着させた酸素分子が1次元配列構造を持つ事を世界で初めて見出した。図7に決定された構造モデルの図を示す。前述の様に、イメージングの過程では酸素分子は仮定せず、MEMの構造予測性により決定したものである。そして、この並んでいる酸素分子一個の電子の数をMEMの電子密度から求めると16であった。すなわち、酸素分子からの電荷移動はなく、物理吸着である事も明らかになった。
図6 CPL-1のMEM電子密度(1.0 eÅ-3)。(a)酸素吸着前 (b)酸素吸着後赤色で酸素分子の電子密度を示してある。
図7 決定されたCPL-1に吸着された酸素分子の構造モデル
研究を始めた当初、我々は、酸素分子がこのように固体に近い状態で一列に規則的に並んだ構造を持つとは予想していなかった。吸着酸素分子にディスオーダーは無く、液体よりもむしろ固体に近い状態で細孔中に取り込まれている。110Kおよび130Kにおける回折パターンを解析することによって、90Kと同様のラダー構造を取っていることが明らかとなった。酸素は1気圧において54.4Kで固体となる。酸素分子の最近接間距離を調べたところ3.21Åで、24K以下で現れる固体a-O2の3.2Åとほぼ一致することがわかった。このようにCPL-1のナノ細孔中では、酸素分子は、低い圧力で、さらに80K近くの高温で固体の状態を取るバルクの固体酸素の凝固点(54.4K)よりも80K近くも高温で、酸素分子が固体に近い状態になるという驚くべき結果が得られたことになる。これは、ナノ細孔の強いコンファインメントの効果によるものであると考えられる。
5.吸着された酸素分子の示す磁性
酸素分子はそれ自身が磁性を持つことが知られている。よって、一列に並んだ酸素分子によりバルクとしてこの物質が何らかの磁性を示すことが期待される。そこで我々は、この結果を基に、この酸素分子を吸着させたCPL-1の帯磁率測定を行ったところ、図8のような結果を得た。CPL-1そのものは常磁性の典型的な帯磁率の温度変化を示すが、酸素を吸着させたCPL-1は、それとは異なる帯磁率曲線を示している。酸素からの寄与だけを観察するため、両者の差分を取ったところ、吸着酸素は細孔中で非磁性の基底状態を持つ、反強磁性ダイマーを形成していることが明らかとなった [1]。さらに、バルクの固体酸素よりも強い反強磁性相互作用(-50K)が存在することも明らかとなった。90Kにおける吸着酸素のビブロンのラマンシフトは、常圧下での液体および固体酸素よりも9㎝-1程度高波数側にシフトしており、2GPaにおける固体α-酸素と同程度の値を示した [1]。この結果はナノ細孔中において酸素分子が強くコンファインメントを受けていることを示しており、上述のX線構造解析から得られた結果を支持するものであった。
図8 CPL-1の帯磁率の温度変化(A)吸着前のCPL-1 (B)CPL-1に酸素を吸着させたもの。(C)、(B)から(A)を差し引いたもの。
6.今後の展望
この様に、本研究により、ナノ細孔中に取り込まれた酸素分子がバルク状態では決して安定に存在することができない特異的集合構造を形成し、かつ、バルクとは異なる磁気的性質を示すことを明らかにすることができた。これは、気体分子を固体中に配列させることで、気体分子に備わった物性を利用した機能発現を行うことが可能であることを初めて示したもので、気体を利用した新規ナノ物質の創生というナノテクノロジーの新しい方向性を生み出したと言える。集積型錯体構造は、様々な孔のサイズ、配列、そして吸着させる気体の種類によって、多種多様な新規機能性材料を創生することが可能である。また、気体の出し入れを利用したスイッチング材料などにも応用が期待される。現在、気体集積科学とでも呼べる材料創生の新しいパラダイムの構築を目指して、様々な多孔性骨格構造と気体分子について、合成・SPring-8での構造研究・物性研究を精力的に展開している。
本研究は、北浦 良氏(京都大学大学院工学研究科:現 豊田中央研究所)との共同研究である。また、SPring-8での測定にはJASRIの加藤健一氏に協力いただいた。本実験課題はナノテクノロジー総合支援プロジェクトの支援を受けて遂行されたものである。
参考文献
[1]R.Kitaura, S.Kitagawa, Y.Kubota, T.C.Kobayashi, K.Kindo, Y.Mita, A.Matsuo, M.Kobayashi, H.Chang, T.C.Ozawa, M.Suzuki, M.Sakata and M.Takata:Science, 298(2002)2358-2361.
[2]S.Noro, S.Kitagawa, M.Kondo and K.Seki:Angew.Chem.Int.Ed 39(2000)2081-2084.
[3]M.Takata, E.Nishibori and M.Sakata:Z.Kristallogr.216(2001)71-86.
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[5]M.Takata, E.Nishibori, B.Umeda, M.Sakata, E.Yamamoto and H.Shinohara:Phys.Rev.Lett.78(1997)3330-3333.
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[7]M.Takata, E.Nishibori, M.Sakata, M.Inakuma, E.Yamamoto and H.Shinohara:Phys.Rev.Lett.83(1999)2214-2217.
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[9]K.Kirihara, T.Nakata, M.Takata, Y.Kubota, E.Nishibori, K.Kimura and M.Sakata:Phys.Rev.Lett.85(2000)3468-3471.
[10]H.Tanaka, M.Takata, E.Nishibori, K.Kato, T.Iishi and M.Sakata:J.Appl.Cryst.35(2002)282-286.
高田 昌樹 TAKATA Masaki
(財)高輝度光科学研究センター
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昭和62年 広島大学大学院 理学研究科 博士課程
昭和62年 名古屋大学助手
平成8年 島根大学助教授
平成10年 名古屋大学助教授
平成15年 (財)高輝度光科学研究センター 主席研究員
専門 放射光構造物性
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北川 進 KITAGAWA Susumu
京都大学大学院 工学研究科
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昭和49年 京都大学 工学部 石油化学科 卒業
昭和51年 京都大学大学院 石油化学専攻 修士課程修了
昭和54年 京都大学大学院 石油化学専攻 博士課程修了 工学博士
昭和54年 近畿大学 理工学部 助手
昭和58年 近畿大学 理工学部 講師
昭和63年 近畿大学 理工学部 助教授
平成4年 東京都立大学 理学部 化学教室
無機化学第一講座 教授
平成10年 京都大学大学院 工学研究科 教授
久保田 佳基 KUBOTA Yoshiki
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平成5年 名古屋大学大学院 工学研究科 博士後期課程中退
平成5年 大阪女子大学 学芸学部 基礎理学科助手
平成12年 大阪女子大学 理学部 環境理学科講師
専門 精密構造物性
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1988年 大阪大学大学院 基礎工学研究科 前期博士課程修了
1988年 神戸大学 助手 教養部
1990年 大阪大学 助手 基礎工学部
1996年 大阪大学 助教授 極限科学研究センター
2003年 岡山大学 教授 理学部
専門 磁性・超伝導
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金道 浩一 KINDO Koichi
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昭和63年 大阪大学 理学研究科 前期課程修了
昭和63年 大阪大学 理学部 教務職員
平成2年 大阪大学 理学部 助手
平成6年 大阪大学 極限科学研究センター 助教授
平成14年 大阪大学 極限科学研究センター 教授
専門 強磁場物理
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坂田 誠 SAKATA Makoto
名古屋大学大学院 工学研究科
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昭和49年 東京教育大学院 理学研究科 博士課程
昭和55年 名古屋大学 助教授
平成7年 名古屋大学 教授
専門 応用物理学