Volume 08, No.5 Pages 359 - 363
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
三極ミーティング(APS)に同行して The Three-Way Meeting at APS
去る6月2日・3日にアメリカ、イリノイ州シカゴ郊外アルゴンヌ国立研究所内APSにおいて「三極ミーティング」が開催された。これは、APS、ESRFおよびSPring-8の3施設で持ち回り開催している組織間の情報共有のために続けられてきた会議で、今年で8回目となる。今回私は、来年度SPring-8が主催するために必要な情報収集を目的として、研究者に同行し会議に参加した。
ここでは、今回の二日間にわたる三極ミーティングの様子を各セッションに参加した所長をはじめとする発表者(一部)から、それぞれの立場でまとめたメモをセッションの順を追いながら紹介することとする。
なお、本ミーティングのプログラム(3-way Meeting Program)は下記のURLに掲示されている。
http://www.aps.anl.gov/conferences/3way2003/Meeting_Program.html
6月1日(日)
APS到着:
空港を離れ、小一時間ほどハイウェイを走るとアルゴンヌ国立研究所に入域し、ほどなくAPSの正門ゲートに到着した。休日のため入構手続きは通常の管理施設ではなく、遮断機を有したそのゲートで当直の守衛によりパスポートと招待状の提示を求められた。入構証は予め準備されておりそれぞれの書類が確認され無事構内へ入ることができた。
宿泊に利用したゲストハウスの部屋はかなり広くゆったりとしており、厳重に警備されたキャンパス内にあるが、外部のホテルが経営していることもあり不自由することなく快適だった。
6月2日(月)
会議第1日目開始
会場は、カンファレンス・センター(写真1)内A1100号室で行われた。APSのGibson所長により簡単な開催の挨拶があり、その後はプログラム進行に合わせ、今回の世話人であり第一セッションの座長でもあるIan McNulty氏により会議が始められた。
<セッション「20-Year Facility Vision and Initiatives」に関する吉良所長のメモ>
冒頭のセッションは「これから20年の施設のヴィジョンと新領域」という、3施設の所長による講演であった。利用者支援を上手く軌道に乗せたESRFやAPSは、もう20年後の話が出来るところまで行っているのか、と非常にうらやましく思い、またいささか打ちのめされたのであるが、SPring-8は、情けない話ながら、20年ヴィジョンどころではない現状なので、少しトーンダウンして「SPring-8の将来計画に対する境界条件」という題目で、現在抱えている問題を中心に話した。
ところが、予想に反して他の2所長の講演は、20年後の未来に向かって具体的に道が敷かれていると言う話ではなかった。ESRFのStirling所長は、基本的には、ESRFの長期のミッションは何か、現状の延長でよいのか、あるいは新しい科学の方向を目指すのか、という問題提起をした。将来について、検討されているアイデアが幾つか上げられたが、大体SPring-8でも日常話題になっている範囲のもので、あっと驚くような新規性のあるものは無かったように思う。APSのGibson所長は第3世代の施設の必要性は今後も続き、広い層の利用が今後の使命であると前置きして、APSの今後のフェーズとして、ビームライン運転の最大化、リング利用の最大化、次世代施設について語った。両方の話を聞いた感想は、近未来については、SPring-8は十分先行している、すなわち、この二つで計画として語られていることのいくつかは、SPring-8ではすでに行われているか進行中である。トップアップ運転のようにその逆のケースももちろんあるが、全般的に、SPring-8は加速器、ビームラインの技術的な面では優位に立っているとの印象を受けた。
両者とも、利用者の支援や利用層の拡大については、当然のこととして努力してきたし、今後もそれが重要であることを強調している。SPring-8でもその努力をしているが、この面ではまだ後れを取っているようである。折角の高性能の施設を、最大限に利用するための努力がSPring-8のいまの課題である。
<セッション「Detector Developments」に関する八木直人 利用研究促進部門Ⅱ 主席研究員のメモ>
検出器に関するセッションでは、三つの施設から発表があったが、それぞれ異なった立場の発表となった。まずSPring-8の八木は、最近市販されている非破壊検査用のCMOSフラットパネル検出器のX線画像検出器としての特性について述べた。現状ではノイズが高いが、検出器としての完成度は高く、価格も非常に安い。次にESRFのGraafsmaは、ESRFにおける検出器開発の概要を紹介した。さまざまな種類の開発が行われており、CERNと共同開発で行っているMEDIPIX2プロジェクトなど、興味深いものが多かったが、一つ一つの検出器についてはあまり詳しい説明はなかった。APSのIlinskiは、Graafsmaとは対照的に検出器の開発ではなく、施設内での検出器のレンタルシステムについて紹介した。複数のビームラインで共有できる検出器の貸し出しシステムを作って、利用者がなるべく多くの検出器を利用できるようにしようという試みである。SPring-8でも同様の試みは始まっており、施設の持つリソースをどのように利用者に提供していくかという、普遍的な問題に対するアプローチの一つであろう。いかにも三極ミーティングらしいテーマである。このほか、APSのKobは、「これは放射光の検出器の話ではないが」と前置きして、蓄積リングの中性子モニター用の検出器を紹介した。
<セッション「Optics Developments」に関する後藤俊治 BL・技術部門 副主席研究員のメモ>
光学系開発に関する本セッションでは、APSの光学系グループリーダーのA.Macranderにより2003年5月29日および30日の両日に、 三極ミーティングのサテライトワークショップとして行われた3-way X-ray Optics WorkshopⅡの総括が行われた。
本ワークショップは2001年11月にESRFで行われた初回に続く二回目のものであり、ESRF、APS、SPring-8における光学系の研究開発活動の報告と情報交換が行われた。本文では、今回のサテライトワークショップの内容を紹介する。
まず、A.Freund(ESRF)により前回のワークショップのレビューが行われた後、A.Macrander(APS)、C.Morawe(ESRF)、石川(SPring-8)により3施設の光学系の研究開発活動の総括がなされた。その後、ミラー等の光学素子評価・計測技術、 結晶などの光学素子の加工技術、0.1%〜10%の広い領域でバンド幅を制御することが可能な多層膜の製作技術、多層膜およびミラーによる100 nmレベルのマイクロフォーカシング、サブmeV〜数十meVレンジの高エネルギー分解能結晶分光器/アナライザなどの製作技術などの話題について各施設から報告が行われた。各要素技術ともに前回からの約1年半において着実に進歩していることが実感できた。
ミラーを用いたマイクロビーム形成においては、Profile coating -マスクを用いたコーティング厚の制御により任意の曲面を実現するAdditiveな方法- (C.Liu,APS)、テーパ形状の多層膜ミラーをエリプティカルに曲げる方法(O.Hignette,ESRF)、大阪大学のCVM-EEMによるSubtractiveなエリプティカルミラー加工(石川、 SPring-8)が紹介されたが、 いずれも100 nmオーダの集光ビームサイズを得るレベルになっており、今後は利用における展開も期待できる。
また、非弾性散乱実験などに用いられる90度ブラッグ反射に基づく高分解能アナライザ結晶の製作技術に関してESRF、APSから報告がなされた(R.Verbeni,ESRF;H.Sinn,APS他)。ベント機構による二次元湾曲、 エポキシ系接着剤による湾曲基板への接着方法に加え、改良版であるパイレックスガラスにシリコン結晶を陽極接合により貼り合わせる技術が両施設から報告され、 1meVの分解能が実現していることが示された。SPring-8から今回はこの関連の報告は無かったが、SPring-8がAuを介在させるシリコン-シリコンの接合を採用しているのとは別のアプローチで開発がすすめられており、スループット、エネルギー分解能ともに互いの技術の進展が注目される、今後実際の非弾性散乱実験などへの利用が増してくるものと予想され、ますます重要な要素技術となるものと思われる。
今回SPring-8からは、石川による総括の他、"Monochromator stabilization at SPring-8":フィードバックによる二結晶分光器の安定化(西野)、"Optics for modulation spectroscopy at SPring-8": X線偏光変調のための光学系(鈴木基寛)、 "Low energy photon optics at SPring-8":赤外ビームラインおよび軟X線偏光解析(木村洋昭)、"Beryllium window for coherent x-rays at SPring-8":コヒーレントX線実験におけるベリリウム窓(後藤)の5件の報告が行われた。他の二つの施設とは多少趣の異なる報告であったが、それぞれの施設の事情を反映しており、得意とするもしくは志向するものの違いが垣間見えて印象的であった。
夕食会:
場所をゲストハウスにあるレストランに移しての夕食会であった。集合まであまり時間がなかったが、一度部屋に戻ってから出直す人など三々五々集まり、参加者が席に着き夕食会が始まったのは予定(18時)より遅れて結局18時半頃からとなった。
席順が工夫され、6人掛けの丸テーブルに三極の参加者が順に席を配された。中程の位置には、3所長、古くから三極に関わっている参加者およびGibson所長夫人が同席されたテーブルが設定された。料理は、サラダ、日本人好みのステーキとデザートなど量的には意外に控え目と思われるが丁度満腹になる程度の快適な食事だったように思う。(写真2)
写真2 ゲストハウス・レストランにて
6月3日
会議第2日目開始
<セッション「Beamline Controls」に関する大端 通 BL・技術部門 副主幹研究員のメモ>
これまで何度も開催されていた三極ミーティングではあるが、制御系についてのまとまった報告は、今回が初めてのものであり、有意義なものであった。 ご存じの通り、SPring-8では加速器・ビームラインともに、共通の制御系を採用しているため、今回の発表はSPring-8全体の制御系の紹介となった。それに対して、APSやESRFの発表では、ビームラインの自動化や高度化に特化した内容だったことが印象的であった。ビームラインに特化した制御系は、SPring-8においてビームライン担当者の作業範囲となっており、組織的なサポート体制の不足を実感した。ビームラインの高度化に際して、現時点ではビームライン担当者レベルの交流が重要であると考えられる。
また、APS、ESRFともに加速器のスタッフも多く参加しており、マシンからユーザ実験までの幅広い交流の場であった。特にトップアップ運転に絡んだ議論は、それぞれの施設のマシンサイドおよびユーザサイドの意見を聞くことが出来たため、非常に有意義であった。
最後に、SPring-8から加速器スタッフの参加が叶わなかったのは残念である。
集合写真:
進行上の変更があり時間がずれ込んだが、休憩時間を使って会場前ロビーで集合写真を撮った。(写真3)
写真3 会議棟ロビーにて集合写真
<セッション「New Scientific Programs and Initiatives」に関する鈴木芳生 利用研究促進部門Ⅱ 副主席研究員のメモ>
発表したセッションに直接関わるわけではなく関係のある分野として印象深く感じたことは、硬X線のマイクロビームが100 nmまで性能が上がり、しかも数カ所で異なる方法でほぼ同時期に実現されたことは興味深く感じられる。しかしながら、具体的な応用はそれぞれこれからしのぎを削らなければならないだろう。
一方、将来計画に関する発表の中で、短期的な話題が「ナノプローブ」と「タンパク結晶」であり、どこも似たような歩調に感じられた。SPring-8ではそれらに「産業応用」が深く絡んでいるのが強いての特徴と言えるかも知れない。そう考えると、他に先見性のある話題がないものだろうかと考えてしまう。
APS関係者の発表の中で、あと10年ほどすればナノプローブが基本になるだろうと語っていたが、硬X線のマイクロビームで1ミクロンを切ったのが10年以上前なのに未だサブミクロンが定常になっていない事実を考えると、その考え方は楽観的すぎるように思えた。
<セッション「Facility and Personnel Outreach/Report on Public Relations Working Group」に関する原 雅広 広報部長のメモ>
今回初めての試みとして初日に3施設の広報活動についての情報交換がパラレルセッションとしてなされた。出席したのはAPSからR.Fenner、D.HaeffnerとM.Nowotarski、ESRFからA.Freund、SPring-8から大野常務と原の6人であった。10時半から原・A.Freund・R.Fenner・から3つの研究所での科学情報のコミュニケーション戦略と広報の現状についての報告が昼食を挟んでなされ、さらにD.HaeffnerがOutreach & EducationということでAPSにおける利用者拡大の努力について発表した。特に中性子とX線の短期の学校を開いてかなり効果があったと報告された。三極の中で普及棟のような展示館を持っているのはSPring-8だけで、見学者の数も他の2施設と比べて極端に多く、SPring-8の広報活動は活溌でAPS・ESRFからはかなり評価されたと思う。三極の間で共通の目標を持っていることが確認された。(1)特に一般の人々への広報、(2)建設後も適切な予算を確保すること、(3)若手の科学者に魅力的な職場にすること、(4)企業の研究者を取り込むこと、の重要性が高まっていることを確認した。さらに共通の問題点を持っていることも確認された。それは(1)プレス発表するような情報をいかに入手するか、(2)資源を有効に利用するための努力が必要、(3)メディアをうまく活用すること、などである。
総じてSPring-8が利用者の開拓・教育に最も活動的であるように思えた。
今後の更なる活動としては、我々が既に手にしている経験を分かち合い、情報や資料をお互いに交換すべきであり、そのためには、よく受ける質問リストを公開したり、ポスター・模型・ビデオ等の貸し借りを積極的におこなったり、共用のウェブを持つことなどが話し合われた。
会議の最後に、このような初めての試みに対して非常に意義があって、これからも続けるべきだという点で意見が一致した。
ここでの議論は2日目の午後の本会議の場で報告された。
閉会:
Gibson所長からまとめの話があり、有意義な会議であったとの感想が述べられた。
施設見学:
APSの各施設案内担当者が会場に登場し、Gibson所長が各人を紹介した。施設見学は、参加者各人がそれぞれ希望する施設担当者に分かれて別行動をとった。
私は全体的な見学をイメージしていたが、そのような段取りでは無さそうなので、木村氏に同行してビームラインの一部(4ID-Cおよび3ID)を担当者の説明を聞きながら見学した。担当者と分かれた後は二人で実験ホール内を一周した。(写真4)
写真4 実験ホールの様子
実験ホールは、外周の共通通路が広く(3〜4m程度)確保されており、その内側にある各実験エリアは2m高程度のパーティションまたは立入り禁止エリアはネットフェンスで外周共通通路と区切られていた。実験ホールの広さはSPring-8とさほど変わらないと思われるが、外周共通路のゆとりのためか高いパーティションがあっても圧迫感が少なく感じられた。数カ所スクラップ&ビルドの途中か、ネットフェンスで仕切り整地しているエリアがあった。
見学が終わり次第各自解散のため、三極ミーティングの全予定はここで終了となった。
さて、次回はSPring-8に幹事役が回ってくる。3施設とも所長の代が移り、本ミーティングの目的も転換期にあるように思われる。参加者数名から、今後の本ミーティングの方向性を示唆する意見が出たので、それらの総括的な意見となる水木 原研放射光科学研究センター次長/JASRI利用研究促進部門Ⅱ グループリーダー の言葉を借りて書いてみる。
『三極ミーティングにおいては、発足当時の技術的な共通問題を連携して解決してゆこうという段階からそれぞれの利用段階に突入して、共通する話題の中心が変わってきたと言える。ここで扱われる話題として、これからは運用面や将来計画についてより具体的な視点で深く討議される必要がある。研究所としての学術的な議論を閉め出す必要はないが、この点では他に目を向ければ様々な学会や研究会で繰り広げられていることも少なくないので、そこでの議論に譲ることも出来なくはない。それよりも、本ミーティングでは、第3世代の大型放射光に特化した運営、3施設にしか出来ないような研究に焦点を合わせた発表、新たな話題の紹介や討論が探求されるべきであろう。場合によっては、今回事前に開催された光学系のワークショップのように、各分野に専門化された話題をサテライトとして複数議論できる会議の構成を工夫することも一考である。』
期間中の会議の運営に関しては、参加者の世話をしてくれた事務局関係者は2名程度で、多少の変更に対する調整を強いられながらも無難に会議を進めていた。必要以上に大げさではなく不必要なサービスはしない、だからといって形式的でもないといった感じだった。休憩時の軽食、昼食や夕食会の食材も特別に上等ではなかったが、参加者は豊富に用意された料理(多分にアメリカ的であったかも知れないが・・。)に十分満たされたと思われる。
全く同じ演出をする必要はないが、華美なエクスカーションや懇親会は必ずしも必要ではないと感じさせられた。これまで「国際的な」という言葉に対し不必要に事大視していたかもしれないという気がした。簡素な形でも十分心をこめて参加者をもてなすことが大切である。
當眞 一裕 TOHMA kazuhiro
(財)高輝度光科学研究センター 所長室 研究事務グループ
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0987 FAX:0791-58-0988
e-mail:tohma@spring8.or.jp