ページトップへ戻る

Volume 08, No.5 Pages 305 - 308

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

SPring-8蓄積リングのトップアップ運転(その2)
Top-up Operation at SPring-8 (Part-2)

木村 洋昭 KIMURA Hiroaki

(財)高輝度光科学研究センター 所長室 計画調整グループ Planning and Coordination Section, Directorユs Office, JASRI

Download PDF (57.89 KB)


1.はじめに

-あるSPring-8ユーザーの実験日記-


200X年10月20日

 我々はおとといから、SPring-8のBL49XUでマイクロビームによる顕微鏡の実験を行っている。今回の蓄積リングの運転は1/12-filling+10bunches(Dモード)でΔI/I = 0.1%(蓄積電流値の変化)のTop-up運転である。Top-up運転導入前に、このようなライフタイムの短いフィリングパターンの運転にマシンタイムを割り当てられた時は半日で蓄積電流値が50mA近くまで落ちてしまい、光学系の熱負荷の変動に対するケアや、1日2回の入射による実験の中断など、いろいろと頭を悩ます事が多く、ついついBL担当者に愚痴を言ったものである。

 しかし今は、蓄積電流値の表示値は、ずうっと100mAと99.9mAの間をいったりきたりしている。電流値のグラフはこの一週間長方形のままで(図1)、この秋から放射光実験を始めた学生などは、もう放射光がDC(強度一定)な光源だと完全に思いこんでいるようだ。Top-upが始まった頃、たまに入射器が不調になってTop-up入射がとぎれてグラフがギザギザしていたのが嘘のようである。入射の準備の為の放送はもうなくなったので実験ホールは以前に比べると静かになった。しかし、チャットにはTop-up入射を行うと1分間隔で表示が流れており、それによると1回に(0.05mAづつ)2発くらい入射しているようだ。この冬からは、ΔI/I = 0.01%の運転が予定されており、かなりのユーザーがI0モニターによる割り算をしなくなると聞いている。

 Top-up運転のおかげで実験は随分楽になった。マッピングスキャンのステップやスパンを次の入射時刻を頭に入れながら設定し、入射の直前に測定終了が先か、IDのGapが開き出すのが先か(又はMBSが閉じられるのが先か)はらはらしていたのが遠い昔に思える。

 今は48時間連続測定のマッピングスキャンを行っている最中で、今のところ順調に測定が進んでいる。入射器がこけたりビームがおちたりしないように、今夜は早く交流施設に引き上げて御神酒でもあげるとしよう。




図1 Top-up運転時(Phase 2)の蓄積電流表示グラフの例(希望的想像)



 これは、Top-up運転導入後のユーザー実験を想像して日記調に書いてみたものである。SPring-8でこのTop-up運転導入が計画されてから、我々は昨年度のSPring-8シンポジウムや放射光学会年会において、この運転についての説明を兼ねた発表を行ってきた。Top-up運転のPhase 2(後述)がはじまると、ユーザーの実験スタイルはかなり変わると想像しているが、まだ今のところ多くのユーザーの方はこの運転についてあまり実感がわいていないというのが印象である。この日記調の文章を通して少しはわかって頂けただろうか。


 SPring-8で運転されている多くのフィリングパターンのうちで、ライフタイム(τ)が20時間程度となる運転モードの期間は、そのバンチ構造を利用して実験を行わないユーザーからは当然のように人気がない。1日2回入射となる事から実験の中断時間が増えること、光学系への熱負荷の変動が大きく注意が必要なこと、平均積分電流値が低くなることが主な理由である。一方、バンチ構造を利用しているユーザーにとっても、トータルの電流値の減少に比べて、実際に利用している孤立バンチの電流値の減少は遙かに早いので、入射終了後なるべく早く実験を開始したいと考えている。

 これらの現状を大きく改善する方法としてTop-up運転による入射がある。Top-up運転とは、

 “挿入光源(ID)のGap値やビームラインのメインビームシャッター(MBS)の開閉の状態に関係なく入射を行う運転”

で、既にSLS(Swiss Light Source)やAPSではこの運転が行われている。

 Top-up運転の利点は、単に積分電流値が増えるだけではない。入射時にMBSを閉じたりIDのGapを開いたりする必要がなくなるので、入射時の光学素子に対する熱負荷の変動が大幅に軽減される。その為、一部のビームラインで必要であった、入射後に光学系が熱平衡に達して安定になるまでの待ち時間も殆ど必要がなくなる。例えば蓄積電流値の変化量が0.1%で100mAのTop-up運転が実現した場合を、これまでのτ= 20時間で1日2回の入射(入射前の電流値が50mA程度)で入射前後の実験中断によるロスを1時間×2とした場合に比べた場合、ユーザーが実際に利用できる有効積分電流値は実に1.5倍になる。


2.目標とするTop-up運転

 一口にTop-up運転といっても、定時入射時の継ぎ足し入射(定時Top-up)から、蓄積電流値の変動を一定に(例えば0.1%以内)保つ運転(定電流Top-up)までその内容には大きな幅がある。τが20時間程度の場合の蓄積電流低下率は、12時間に1回の入射で約50%、1時間に1回で5%、10分に1回で1%、1分に1回で0.1%となる。現在の目標は以下の通りである。

 Phase 1) 1日1回又は2回の定時入射時にTop-up入射を行う。

 Phase 2) 蓄積電流値の変動を0.1%(目標)になるように1分ごとにTop-up入射を行う。

 Phase 1とPhase 2の違いは、単に入射の間隔が異なるだけではない。Phase 1は入射中には実験が中断することが前提となっている(もちろん入射が実験に影響がでない場合は続けてかまわない)が、Phase 2は入射中も実験を行うことが前提となっている。その為には、入射時の蓄積ビームの振動を極力押さえ、“微動だにしない(ように見える)ビーム”が必要となる。それを実現するべく前の記事にあるように加速器側では大変な努力をしているのである。

 Phase 1は順調にいけば2003B第6サイクルからユーザータイムで行われる予定であり、この文章が読まれる頃にはすでに行われているはずである。入射時にIDのGapが動いたり、MBSが閉まったりしなくなるので、ぼおっと実験をしているとビーム強度がいつのまにか上がり出すという事になる。

 Phase 2は2004Aの5月以降に導入を予定している。Phase 2の運転を常時行うためには、入射器を共用しているNewSUBARUとの共存の為に、ライナック後の振り分けマグネットのAC化を行う必要もある為である。 尚、半年前まではこの2つのPhaseの間に“1時間ごとにTop-up入射を行う”という段階が計画されていたが、この場合の方が影響を受ける利用実験が多いこと、Phase 2への準備段階のような運転に対して対処するのはモチベーションが低くなること、なるべく多くの実験をこれから長く続くと思われるPhase 2の運転に対処できるように準備をするのが我々の責務と考えたことから導入を見送った。

 ライフタイムが80時間もあるマルチバンチ時にTop-up運転を行うかどうかは現在のところまだ決まっていない。今後スタディを通して結論をだす事になっている。


3.Top-up入射時のビームはどのように見えるか

 これまで、利用系では実際のTop-up入射によるスタディは行っていないが、入射用パルスバンプ電磁石の励磁により蓄積中のビーム(メインビーム)を振動させて実験への影響を調査してきた。それらの経験を元に入射の瞬間にビームライン側から放射光はどのように見えるか次に説明する。

1)蓄積中のビームの動き

 入射の瞬間に、蓄積リングの入射部の軌道を4つのパルスバンプ電磁石によって入射する電子軌道に寄せる(時間にして8μsec程度、尚SPring-8を電子が1周する時間は4.79μsec)。そのバンプ軌道がきれいに閉じていない(最下流のパルスバンプ電磁石直後で非励磁時と比べて電子ビームの位置と方向が一致していない)と、入射部以外の蓄積リングの軌道にも影響がでてしまい、結果的にもともと蓄積されていたビームをリング一周にわたって揺さぶることになる。“微動だにしないビーム”というのはこの蓄積中のビームが振動しないという意味である。

 この入射用マグネットのパルス励磁(1回/1秒)の影響を、通常の挿入光源のビームラインのイオンチェンバーで観測した例を図2に示す。パルス励磁の瞬間にビーム強度が40%程度にまで減少し、15msec程度たって元の強度にもどっている。これは、ビームが振動することにより見かけのビームサイズが増大し(ビームの位置が刻々と動いているのだが、我々はそれらを積分して観測しているので)、その分フロントエンドスリットによって測定に切り出している部分の電子ビーム(放射光)の密度が減少するように見えるためである。

 一方、偏向電磁石のビームラインでは入射の影響をほとんど観測することはできなかった。ミラーによって横集光をかけたビームラインでの注意深い観測によって見えた例と、もともとビームの振動解析を行っているようなフーリエ分光器を使用している赤外のビームラインで観測されたが、どちらも利用実験には支障がなかった。




図2 パルスバンプ電磁石励磁時の強度変動の観測例 モノクロメータ下流にイオンチェンバーを設置して測定。Rise time 5μsec,band width 70kHz,ADC sampling rate 50μsec,@BL39XU by 鈴木基寛氏、河村氏、2002年6月測定。



 この蓄積中のビームの振動は、入射部の電磁石等の高精度化と調整によりどんどん小さくなっており、ここに示した測定を行った頃に比べれば、現在の入射時のビームの振動は1/10以下になる予定である。


2)新たに入射されたビームの動き

 新たに入射されたビームは、入射点部において蓄積中のメインビームから10mmほど内側に入射してくる。その後入射ビームは蓄積されていたメインビームの周りを振動しながら、最大で30msec後に蓄積中のビームと一体になる。この入射ビームによる振動や影響は不可避であるが、1回あたりの入射電流値を小さくすればそれだけ影響が小さくなる事はすぐわかる。

 利用系では、実際のTop-up入射によるスタディは行っていないので、まだこの入射ビームを実際に観測したことはないが、例えばX線回折やイメージングで、1秒以上の積分を行っている実験で0.1mAのビームが入射された場合には、強度で3桁落ちのビームが、時間にして2桁落ちの間メインビームのまわりを衛星のようにうろうろしており、この積分強度で5桁落ちの成分がどのような影響を及ぼすのか想像して頂ければ良い。


4.Top-up運転が影響を与える利用実験について

 これまで利用系ではSPring-8で行われている放射光利用実験の8割程度の種類に対して、パルスバンプ電磁石励磁によるビームの振動が実験へ影響するかを調査してきた。この経験からPhase 2のTop-up運転が実験に与える影響を推察してみる。

 X線回折(タンパクの構造解析も含む)、散乱、マイクロビーム(I0による割り算あり)、光電子分光、赤外、偏向電磁石BLの時分割は問題がないと考えている。I0での割り算がうまくいくかにかかっているXAFS、SX-吸収、MCD実験(偏光変調法によるX-MCD含む)に関しては若干の工夫が必要かもしれない。

 一方、μsec時分割、ID-BLの時分割、ID-BLの高分解能CT等は影響を被ると思われる。これらの実験では単なる測定系や解析法の工夫では対処しきれずに、入射タイミング信号を使って測定を中断する必要があるかもしれない。その為に制御グループにより、入射マスク信号(入射の瞬間の1msec前にonになり、11msec後にoffになるTTLレベル信号)と入射予告メッセージ(User-PCからネットワーク通信でコマンドを送ると、入射開始までの残りの秒数や、入射中かどうか等の現在の状態を返す)が既に用意されている。


5.おわりに

 この秋からは、我々はビームラインスタディの時間を使用して、Phase 2のTop-up運転に向けての試験・調整をすべてのビームラインで始める事になっている。また加速器側でもマシンスタディ時だけでなく、秋の中間点検時、冬の停止時も含めて、新しい装置の導入・調整を行い、“微動だにしないビーム”を実現するべく作業を進める予定になっている。これら一連の多くのSPring-8スタッフの努力が実り、“Top-up運転がはじまっていい実験ができるようになった”と一人でも多くのユーザーが笑顔で利用実験を終えて帰って頂けるようになることを切に祈っている。



木村 洋昭 KIMURA Hiroaki

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所所長室  計画調整グループ

〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1

TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830

e-mail:kimura@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794