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Volume 08, No.4 Pages 220 - 226

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

SPring-8の時計が一つになった?
Unification of two Clocks at SPring-8

川島 祥孝 KAWASHIMA Yoshitaka、安積 隆夫 ASAKA Takao、高嶋 武雄 TAKASHIMA Takeo

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI

Abstract
In order to make the beam intensity in each rf bucket in the storage ring uniform, we developed a new synchronization method to synchronize two rf’s of 2856 MHz for the linac and 508.58 MHz for the storage ring. This method can be applied to any combination of arbitrary different rf’s. The method is briefly described.
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1.はじめに
 SPring-8の「時計」とはなんのことだ?と疑問にお思いの方々が多いと思います。ここで言う時計とはSPring-8全体の加速器を動かしている時計のことです。人間に例えると心臓の役目をしていると言い換えることができるかと思います。ご存知のようにSPring-8の加速器は3つの装置から構成されています。最初の装置は線型加速器と呼ばれ、電子を発生しその電子のエネルギーを1GeVまで上げて、ブースターシンクロトロンに打ち込むところまで担当するものです。そしてこの線型加速器で「時計」として使われている高周波の周波数は正確に2856 MHzです。次に線型加速器から1 GeVのエネルギーを持った電子を蓄積リングが要求する8 GeVのエネルギーまで上げる役割をする装置がブースターシンクロトロンです。最後に放射光利用者が日夜実験にいそしんでいる場所が蓄積リングです。これらブースターシンクロトロンと蓄積リングの「時計」は共通のものを使用し、その時計の周波数は508.58 MHzです。まとめると、SPring-8の加速器を動かしている独立した時計が2種類あり、それらの周波数は508.58 MHzと2856 MHzです。SPring-8を一人の人間に例えると、異なる動悸で動く心臓が一人の人間の中に2個存在するということです。なんとなく不都合が発生しそうな予感がしませんか?
 電子ビームは線型加速器にいる時は2856 MHzの時計に従って(同期しているといいます)運動しています。シンクロトロンや蓄積リングのような円い加速器に移った段階で、突然別の時計に従って(同期して)運動しなければなりません。SPring-8の場合、蓄積リングの任意の番号がついた場所(RFバケットと呼ばれる電子が入ることができる場所が2436個あります)に自由にビームを入れることができるように作られています[1,2]。そのため、線型加速器の電子銃から電子を発射するタイミング信号は、円い加速器の時計である508.58 MHzで作られています。ところが先程書きましたように、線型加速器全体は2856 MHzの時計に同期して電子ビームは運動していますので不都合が発生していました。具体的な例として、線型加速器からブースターシンクロトロンに入射する電子ビームの強度が、ビーム入射の度に変化する最大の原因となっていました。この原因が結果として蓄積リングのそれぞれのRFバケットに蓄積される電子強度の一様性を損ねることになっていたのです。放射光の利用者は、できるだけ各RFバケットに蓄積されている電子ビーム強度を一定にするように要求してきました。しかし加速器側では利用者の要求を満足することができない状況が続いていました。このことを解決するにはどうしても時計を一つにするしかありません。しかし508.58 MHzと2856 MHzを同期するにはこれらの周波数間に簡単な数学的関係があればいいのですがそれも存在しません(詳細については後述)。このような状況下で、我々はそれら2つの周波数を同期させる方法を、それも任意の周波数に対して適用できる方法を開発しました。そして実際、開発したものをSPring-8の加速器に組み込み運用しています。従って現在SPring-8は円い加速器用の508.58 MHzの時計一つだけで動いています。これが「時計」が一つになったという意味です。そして利用者の要求を満足させることができる加速器にさらに進化することとなりました。
 SPring-8は放射光施設として世界一の規模を有し、電子ビームの安定性においても世界一を常に目指しています。そして我々は常にSPring-8から世界に発信することができる研究成果や技術を目指しています。これからその成果の一つを皆さんに紹介することにしましょう。

2.2個の時計を使うことにより発生する問題点
 先ず2個の独立した時計がある場合、加速器ではどのような問題が発生するか、SPring-8の場合について具体的な例を上げて示すことにしましょう。図1に示したものは上から、最初の信号の波形は円い加速器側の時計である508.58 MHzです。この信号から508 MHz synchronous counter[2]を用いて線型加速器の電子銃のトリガー信号を作ります。それが2段目のパルス信号です。その下が電子銃から1 ns(時間の単位を表す1 nsは10−9秒を表します)の時間幅を持った連続した電子が発生します。線型加速器の電子銃の直ぐ下流にはバンチングセクションと呼ばれる、連続した電子ビームを集積し塊にする装置が設置されています。その装置は2856 MHzの時計で動いていますので、連続した電子ビームはその装置に入った途端、図1の一番下に示したように2856 MHzの波長の長さで切られた3つの電子集団ができます。なぜならばバンチングセクションにおいて、2856 MHzの斜面Aに位置する連続した電子ビームは加速されエネルギーを得ることができます。ところが斜面Bの場所に入った電子は加速されずむしろ減速され、エネルギーを失った電子同士のクーロン散乱により、電子ビームは自動的に真空容器を作っているビームパイプに衝突したり外に出ていって無くなります。たとえ残ったとしても、そのバンチングセクションの後ろにある4極電磁石の磁場により真空チェンバーの中に残れなくなります。こうして連続した電子ビームはそれぞれ小さな塊がこの場所で形成されていきます。このような理由によりこの場所はバンチングセクションと呼ばれるのです。ところで2856 MHzの周波数の1波長の時間幅は約0.35 nsです。従って電子銃から出てきた1 nsの連続した電子は、バンチングセクションで3個の電子の塊ができることが期待されます。実際、電子銃から出射された時の電子の強度が1 nsの時間のどの場所でも一様とします。そうしますと図1の一番下に示しましたように1 nsの電子ビームから見て2856 MHzの斜面Aが3カ所ありますので電子の塊が3個形成されます。ところが図1の拡大図において、1 ns幅の連続した電子の先頭が2856 MHzの最初の山近辺にタイミングがずれたとしますと、バンチングセクションで4個の電子の塊が形成されることが期待されます。もし1 nsの連続した電子ビームの強度が一様でなく台形の形やおむすび型の形状をしていたなら、両端の電子の塊には中心付近に比較しほとんど電子が無いに等しくなります。このように電子ビームが出射された直後のバンチングセクションにおいて、電子ビームを出射するタイミングと(円い加速器の508.58 MHzで作られる)、バンチングセクションで電子の塊を形成する2856 MHzのタイミングが一定では無く常に動き回っている場合、バンチングセクションで塊になる電子の個数も、電子銃で電子ビームを出射する度に常に変化することとなります。実際そのようになっていることが実験で観測することができます。結果としてブースターシンクロトロンに入ってきた電子強度がいつも変化し、さらにそのビームが蓄積リングに打ち込まれた時に問題となるのです。もう一つ具体例を示しましょう。電子銃出射のトリガー信号と2856 MHzが同期していない場合、SPring-8では電子銃の出射時間幅は最小で0.25 nsにすることができます[3]。この場合、2856 MHzの時間周期より出射された電子ビームの時間幅が短いので、バンチングセクションを通過してきた電子ビームは、ほとんど有るか無いかになることが期待されます。実際、実験を実施したところ期待した通りとなります。


 
 
図1 線型加速器のバンチングセクションで電子ビームが独立した塊に形成される仕組み 
 
 このように電子銃のトリガー信号を作っている508.58 MHzと線型加速器で使われている2856 MHzの互いの「時計」を同期することが大切であることを理解していただくことができたでしょうか。同期させることが大切であることは加速器を実際製作してきた人たちはよく知ってはいました。ところが実際問題として、これまで508.58 MHzと2856 MHzを同期させることは不可能でした。その事情を次に説明しましょう。

3.なぜ2つの時計を同期させるのは難しいのか
 例えば、線型加速器の周波数を3000 MHzとし、円い加速器の周波数を500 MHzにしたとしましょう(実は、実際ドイツのDESYという研究所の加速器はそのような周波数を使っています。また放射光施設としてはLBLのALSでも上記の周波数で運転しています)。3000 MHzの周波数は500 MHzの周波数を6倍するとできます。このように周波数を整数倍にする機器を逓倍器と呼び、高周波の世界では日常的に使われています。そうなりますと、円い加速器の「時計」である500 MHzを基準にして逓倍器で線型加速器の3000 MHzを作るので、「時計」は一個にすることができます。その結果円い加速器も線型加速器も完全に同期して動くようにすることができます。さらに電子ビームの取り扱いも非常に楽になります。SPring-8の場合2856 MHzと508.58 MHzですので508.58 MHzを逓倍しても2856 MHzを得ることができません。SPring-8を作る時、最初から線型加速器と円い加速器の周波数を同期するように周波数を選ぶべきだという意見が出るのは非常に自然なことです。実際、SPring-8の加速器を作った人たちの中に設計する段階からそのような意見を持っている方もいました。ところが加速器を作る場合、議論はそう簡単ではありません。加速器を作る時、特に大きい加速器の場合、高周波用増幅器として通常クライストロンを使用します。このクライストロンの選択が最初で、周波数の選択はその後からついてくるように思えます。SPring-8のデザイン段階でもそうでした。例えば、線型加速器で電子を1 GeVからそれ以上の高いエネルギーに加速するためのクライストロン出力はパルス運転で数十MW級のものが要求されます。但し、単位長さ当たりの加速電圧を下げて線型加速器を長くすればよいではないかいう意見もあるでしょう。この場合建屋等が長くなり施設の費用が大きくなります。従って線型加速器はできるだけ短い距離で必要な電圧が得られるように設計されます。そのようなハイパワーの線型加速器用クライストロンを日本で手に入れると、利用できる周波数は2856 MHzのみではないでしょうか。一方、円い加速器用の周波数として、例えば500 MHzがKEKの放射光施設で使用されています。さらに隣のNewSUBARUでも使っています。それらの施設で使われる500 MHz用クライストロンの最大出力は180 kW級です。これを利用することは可能ですが、SPring-8の蓄積リングやブースターシンクロトロンのように非常に高い加速電圧を必要とする場合、クライストロンの総出力パワーは、蓄積リングの場合4MW位必要です。これを500 MHz用クライストロンで賄おうとすると約22本のクライストロンが必要となります。さらにそれらのクライストロンに電力を供給する電源もそれぞれ独立に製作しなくてはなりません。どんどん建設費用が上昇することとなります。費用を節約するためには一本当たりのクライストロン出力パワーを大きくすることです。クライストロンの本数を減らすと費用が格段と下がります。連続最大出力1.2 MW級のクライストロンとしては508.58 MHzのものが利用できます。それを使うと蓄積リングのクライストロンは4本あればよいことになります。このように加速器を作る場合、無限の製作費があるわけではありません。SPring-8のような巨大加速器を作る際にも、技術的検討と同時に経済的な問題を考慮し設計しなくてはなりませんでした。このような事情から我々は円い加速器で使用するクライストロンとして最大出力1.2 MW級の製品を選択しました。結果として最初にクライストロンを選択し、そのクライストロンが増幅できる周波数は508.58 MHzであったということで、周波数は後からついてきたということです。
 以上、技術的問題というより経済的な問題が一つの「時計」の導入を阻止したということです。さらに、SPring-8の設計段階において蓄積中のそれぞれのRFバケットに蓄積される電子ビーム強度をできるだけ一様にするような要求が利用者側からありませんでした。というより当時そんなことを考えることは無かったのではないでしょうか。これらの結果として、線型加速器の2856 MHzと円い加速器の508.58 MHzの同期は簡単ではなくなってしまいました。しかしSPring-8が1997年供用開始して何年も経過し利用者が多くなるにつれて、蓄積リングの各RFバケットに蓄積されている電子強度をできるだけ一様にするようにという利用者からの要求が聞かれるようになりました。彼らの要求を満足させるためには、電子ビームを最初に発生する線型加速器においてビーム強度をできるだけ一定にすることが必要となりました。このような利用者の要求を満たすためには、やはり2856 MHzと508.58 MHzの周波数の同期化を絶対しなければなりません。それではSPring-8で我々がこの問題をどのように解決したか次に述べることにしましょう。

4.新しい同期方法
 SPring-8にある2個の「時計」を一つにするためのヒントが線型加速器の運転に隠されていました。それは蓄積リングの電子ビームは連続的にくるくる回っているのに対し、線型加速器はパルス運転だということです。両者の運転の違いが最大のヒントになったのです。SPring-8では電子ビームは線型加速器からブースターシンクロトロンに最大60 Hz(西日本の電源周波数に同期しています)で入射することができます。さらに線型加速器において、電子銃からビームが出射された時のビームの時間幅は、使っているグリッドパルサーの時間幅で決まり、SPring-8の場合、0.25 ns, 1 ns そして40 nsを任意に選択することができます[3]。通常運転では一秒間に1回の電子ビーム発生です。この運転状況から線型加速器で本当に2856 MHzの時計が必要な時間は電子ビーム出射前後のほんのわずかな時間であるという事実です。具体的な時間幅で表しますと約2 µs前後という(1 µsは10−6秒に相当する)非常に短い時間の間です。そこで最初に考えたことは、円い加速器の時計である508.58 MHzで作った電子銃トリガー信号で、線型加速器の時計の発信元のシンセサイザーとよばれる精度のよい2856 MHzを発生している信号源をリセットし、続いて2856 MHzをゼロから発生することができたら、508.58 MHzと2856 MHzの時計の間にはいつも同じ時間関係が自動的に生まれる、ということに気づきました。実際問題として信号源であるシンセサイザーをある時刻、突然リセット、スタートすることはできません。そこで考えたのが以下の方法です。
 508.58 MHzで作られた電子銃トリガー信号のタイミングで、何か新しい装置を製作し2856 MHzを作ればいいということです。正確には電子銃トリガー信号の前にクライストロンの高電圧電源を立ち上げるためのトリガー信号が508.58 MHzで作られ、出力していますのでこの信号でスタートし2856 MHzを必要な時間だけ発生させれば良いということです。
 SPring-8にある二つの独立した「時計」を一つにまとめて同期化する方法について具体的に解説することにしましょう。必要な道具は非常に簡単です。先ず一つ目の道具として任意波形発生器が要ります。もう一つは任意波形発生器から出てきた信号の周波数をさらに上の周波数に上げるための逓倍器です。基本的にこれら2つの道具があればとりあえずできます。そしてこれら二つの道具を用い508.58 MHzから2856 MHzを発生するためには簡単な数学を使わなくてはなりません。これをマスターし計算機で計算すればどのような任意の周波数に対しても対応できます。具体的には我々が書いた専門の論文を参照してください[4]。ここでは話を簡単にするために具体的な例だけ述べることにしましょう。
 図2に具体的な道具を示しておきます。これを見ながら方法を説明していきましょう。任意波形発生器は外部からの時計で動くように外部クロック入力があります。実際使用する外部クロックとして円い加速器から発生している508.58 MHzを入力します。そして任意波形発生器からf1=89.24999188 MHzが発生するようにデータを入力します。このf1という値は勝手に決めたものではありません。508.58 MHzとある整数を用いて数学的関係から導かれる値です。発生したf1なる周波数を32倍する逓倍器に入力します。この装置を通過すると、入力周波数が32倍の高い周波数になって出力されます。今の場合
   f2=f1×32=2855.9996874 MHz    (1)
となります。このf2の値と実際、線型加速器で使う周波数2856 MHzとの差を計算してみますと
   Δf=2856 MHz − f2=260.1 Hz    (2)
となります。つまり真の値から260 Hzずれた周波数が発生します。この周波数の差は全く問題になりません。といいますのは線型加速器で使用している電子を加速する加速管はある程度の周波数に対して幅を許容します。具体的にいいますと、加速管の中には電子にエネルギーを与える電圧が発生します。この電圧は光速で進行する波です。この加速管に入った電子は光速で移動する電圧の波に乗って走りエネルギーをもらいます。この進行する電圧の波は2856 MHzから作られ、電子が加速管を通過した後、電圧の波と電子の間の時間差は理想的にはゼロです。それが260 Hzずれたくらいでは加速管一本通過した後、電子と電圧の波との差を計算しますとなんと10−15秒しかありません。ということは限りなくゼロに近く全く問題無いということです。こうして508.58 MHzから2856 MHzが生成されることが分かっていただけたと思います。それでは実際508.58 MHzから作られた線型加速器用周波数の波形をスペクトルアナライザーで見たものを図3に示します。但しこの図3には(1)の値の周波数をスペクトルアナライザーに入力しますと、比較のためにシンセサイザーから出力した2856 MHzの信号とほぼ重なって差が見えなくなりますので、508.58 MHzから発生する線型加速器の2856 MHzから−18.719 kHzずれた周波数である2855.981281 MHzを比較のために図3に示しました。この図からわかるようにシンセサイザーから出力される周波数の波形に見劣りしないものが得られていることをわかっていただけるでしょうか。 
 
 
 
図2 508.58 MHzから2856 MHzを発生するブロック図 
 
 
 
図3 (a)は図2の方法から発生した2856 MHz。(b)はこれまで使っていたシンセサイザーから発生した2856 MHz。 
 
 

 こうしてSPring-8の「時計」をやっと一つにすることができるようになりました。実際の運転でどのようになっているのか具体的にタイムチャートを図4に示します。この図で508.58 MHzのタイミングを用いて任意波形発生器(AWG)から89 MHzが発生します。その後、逓倍器を通過し2856 MHzが約290 µsの時間発生し続けます。このように発生時間幅が長くなったのは、任意波形発生器の後に取り付けたバンドパスフィルターが非常に狭帯域の3 kHzの周波数幅しか無く、これほどまで狭くしないと2856 MHzを作った時、ノイズであるサイドバンドが沢山発生し電子ビームに悪影響を与えるのでこのようにしなければなりませんでした。その影響で逓倍器から出てきた2856 MHzの信号の振幅が正常値になるまでに時間がかかるようになりました。実際の測定から任意波形発生器からの信号発生時間を必要な数十 µsから290 µsまで長くしました。2856 MHzが発生して後、クライストロンに高電圧がかかり、その間に電子銃から電子が発射されます。出てきた電子の塊はバンチングセクションに入りそのタイミングは常に2856 MHzの最高に良い時間に合うように調整されているので線型加速器からブースターシンクロトロンに入射した時の強度は、「時計」が2個あった時に比較し、1個になった時どのように改善されたかは実際ブースターシンクロトロンで取得したビーム強度の図5から明らかでしょう。第2章で述べたように2つの時計が同期(synchronous)している時と、非同期(non-synchronous)の時ではバンチングセクションで電子ビームの塊が形成される仕方がランダムになるか、いつも同じだけできるかによって電子ビームの強度がそこで決定されます。その結果として、線型加速器からブースターシンクロトロンに電子ビームを入射した時、図5のように見えるのです。もう少し説明を追加しますと、例えば線型加速器から1秒間に8回ビームを出射する場合、但し繰り返し時間は関西電力の60 Hzに同期して16.6 ms毎に(1 ms は10−3秒に相当する)線型加速器の2856 MHzは508.58 MHzから8回作られます。従っていつも508.58 MHzの時計と2856 MHzの時計の間の時間差(これを位相差と呼びます)は一定に保たれますのでお互いの時計は同期しているということができます。 
 
 
 
図4 508.58 MHzから2856 MHzが発生するタイムチャート 
 
 
 
図5 2つの周波数を同期した時と同期しない時、線型加速器からブースターシンクロトロンに入射した時の電子ビーム強度の変化。

5.まとめ
 これまで全く不可能と考えられていた2856 MHzと508.58 MHzの同期をSPring-8において初めて実現することができました。ここで開発した方法は全く任意の異なる2つの周波数に対して適用可能です。第3章で述べましたように、加速器を建設するに当たってこれまで周波数より最初にクライストロンを選択し、その結果として選択したクライストロン専用の周波数を使うということが半ば常識的でありました。しかし我々がここで述べた方法を用いますと、線型加速器と円い加速器は全くお互いの周波数の同期を考慮することなく勝手にクライストロンと周波数を選択しても良いことになります。これからは、それぞれの加速器を独立に建設し、完成した段階でおもむろに我々の方法を用いてお互いの周波数を同期させればよいことになります。これは加速器にとって全く革命です。しかも方法と装置は非常に簡単です。但しタイミングの時間ジッターは3 ps(1 psは10−12秒に相当)くらいに押さえられていますので、これは簡単ではありません。SPring-8の線型加速器から隣のNewSUBARUには1 GeVのエネルギーを持った電子ビームが常に入射されています。この蓄積リングでは周波数として500 MHzが使われています。我々の方法を適用しますと、簡単に500 MHzから2856 MHzを作ることができます。実際、我々はNewSUBARU用にも彼らの周波数500 MHzから2856 MHzを発生する装置を用意しました。このようにSPring-8において世界で初めて任意の2つの周波数を同期させる方法が開発、実用化されました。
 この方法を採用したいという問い合わせが内外の加速器施設から届いています。また一つSPring-8から世界に発信することができるものができました。

6.謝 辞
 線型加速器に我々の方法を導入し実験するに際して、線型加速器の特に鈴木伸介さんや小林利明さんに大変お世話になりました。そしてRFグループの大橋裕二さんの貴重なコメントに感謝しなければなりません。さらにTektronixの10bitの精度を持った任意波形発生器の製品には外部クロック入力が備わってはいませんでした。Tektronixの部長である実野邦久さんは外部クロックの取り付けが無かった同社製品に特別に外部クロックをSPring-8の我々のために取り付けてくれるように便宜をはかってくださいました。ここに皆さまの暖かい御支援に感謝します。

参考文献
[1]川島祥孝:SPring-8利用者情報誌, vol.4,No.3, May, p4 (1995).
[2]H.Suzuki et al.,Nucl.Instrum.and Methods Phys.Res.Sec.A431,294-305 (1999).
[3]T.Kobayashi et al.,in Proceedings of the XIX International Linac Conference,Chicago (ANL Report No. ANL-98/28,1998),p.58-60.
[4]Y.Kawashima et al., Phys.Rev.ST Accel.Beams Vol.4,082001(2001).



川島 祥孝 KAWASHIMA  Yoshitaka
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:kawasima@spring8.or.jp


安積 隆夫 ASAKA  Takao
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:asaka@spring8.or.jp


高嶋 武雄 TAKASHIMA  Takeo
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
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