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Volume 08, No.3 Pages 133 - 134

所長の目線
Director’s Eye

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 Director General of Synchrotron Radiation Research Laboratory, Vice President of JASRI

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 SPring-8の枕詞は「世界一の」である。何が世界一であるかはさておき、国も地元もそれは文句無く受け入れてくれている。国は、その世界一を使ってどんな成果が出たのか、と問いかけ始めているし、地元は、その世界一をもっと使いたいと望んでいる。世界一という目標は、建設を進める際には強い推進力になったであろう。さて利用期に入って、世界一はいかなる役割を演じているのであろうか。このことはかねがね気になっていたのであるが、先日、超音速旅客機コンコルドの運行中止の発表を聞いて、改めて、世界一の性能とその利用ということを考えてしまった。

 コンコルドは就航以来今日まで28年間世界一速い旅客機の地位を保った。最初はフランス大統領専用機に使われたりして華々しくお目見えしたが、今振り返ると、その世界一の看板に見合うだけ幸せであったとは言いがたいものがある。コンコルドは、多くの人の夢を優れた技術によって実現したものであった。しかし、実現してみると、結果としてその利用は延びないままに終わった。超音速という夢の性能は、利用者にとってあるいは社会にとって、現実の要求を上回りすぎていたのである。SPring-8はこれに似ていないか、SPring-8はコンコルドと似た運命をたどるのではないか、というのがここに来て以来、よくさいなまれた強迫観念であった。

 SPring-8はいま断るほどお客はいるから、コンコルドとは違う、という論もあろうが、今のSPring-8は基本的に無料であることを忘れてはならない。利用者自身は無料でも、その代金は政府(納税者)が支払っている。政府がそれに値しないと判断したときに、SPring-8は多分止まってしまう。政府の問うところは、上にも述べたとおり、世界一の施設から何が生まれたか、と言う点に移っている。SPring-8は、利用することによって新しい科学や技術が発展し、それがさらに施設を発展させる、という正帰還を前提として設立された、と私は思っている。たまたま施設の性能が、多数利用者の要求を上回ると言う初期条件になったのである。したがって、利用における成功は、生き延びるため、また更なる発展のための必須の条件であり、それが上手く行かなければコンコルドと同じになる可能性がある。

 さて、利用者は世界一であることをどう意識しているか。放射光利用の熟練者の大多数は、多分、自分のしたい実験が満足にできれば、世界で何番目であるかなどということはあまり気にしないであろう。一般に、ビームの性質が良ければ、実験の苦労は減り、しかも良いデータが得られるから、性能は良いに越したことはない。世界一であれば、申し分ない、というところであろうか。私が個人的に聞く範囲では、大多数の人は、現在の性能に満足し、性能の余裕をむしろ享受しているように見受けられる。事実、SPring-8の質の良いビームのおかげで、仕事が非常にスムースにできるようになった、といろいろな分野で言われている。現在日刊工業新聞に、SPring-8の紹介の連載があり、その中に利用者が利用成果について書いたものもあるが、それらの多くが「SPring-8があって初めてできたこと」とか、「この分野の研究にSPring-8は非常に重要な貢献をしている」というような言葉で結ばれている。この事実は、SPring-8は高性能な共同利用施設として成功していることを示している。共同利用施設という性格上、その利用法は非常に多岐に亘り、すべての利用者がマシンの世界一の部分を目一杯活用することは不可能であり、大多数の利用者が優れた性能を活用することで十分な意味がある。こう言ってしまうと、「世界一」の看板の影が多少薄くなってしまうが、これが「世界一の性能」と「平等な(利用者を限定しないという意味での)大衆的共同利用」の二兎を追った結果の現実であり、多分論理的な答えでもある。

 このような現状に対して、マシンやビームラインに関わっている人々の間では、利用者が厳しい文句を言ってこないという不満があるようである。世界一の地位を維持するための展開を含めた次なる発展を考える重要な根拠は利用者の要求である。これは贅沢な不満のようにも見えるが、実際は、放射光という分野全体の将来がかかっている深刻な問題と思う。SPring-8の正帰還発展モデルは、利用者が背伸びして、できれば世界一の目一杯のところで使いこなして、次への突破口を開くことを期待している。共同利用施設としての使命を考えれば、大部分の人は自分の背丈に合わせて高性能を利用して従来を超える成果を出してくれれば十分とも言えよう。しかし、世界一のマシンを、骨身を削って建設した人々の志を継ぐ利用者も少しは出て欲しいと願わずにはいられない。そして、そのような人々を、利用者社会が支援して欲しいと願うものである。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794