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Volume 16, No.4 Pages 267 - 271

2. ビームライン/BEAMLINES

BL33XU 豊田ビームラインの現状
Status of the TOYOTA Beamline: BL33XU

堂前 和彦 DOHMAE Kazuhiko[1]、広瀬 美治 HIROSE Yoshiharu[1]、荒木 暢 ARAKI Tohru[1]、野中 敬正 NONAKA Takamasa[1]、 野崎 洋 NOZAKI Hiroshi[1]、山口 聡 YAMAGUCHI Satoshi[1]、林 雄二郎 HAYASHI Yujiro[1]、妹尾 与志木 SENO Yoshiki[1]、長井 康貴 NAGAI Yasutaka[2]、森 康郎 MORI Yasuro[3]

[1](株)豊田中央研究所 分析研究部 Materials Analysis & Evaluation Division, Toyota Central R&D Labs., Inc.、[2](株)豊田中央研究所 無機材料研究部 Inorganic Materials Division, Toyota Central R&D Labs., Inc.、[3](株)豊田中央研究所 総務部 General Affairs Division, Toyota Central R&D Labs., Inc.

Abstract
 豊田ビームライン(BL33XU)は、2009年4月にコミッショニングを行い、2009B期から利用を開始した。 本ビームラインは実用材料の解析を目的とし、高速XAFS測定を主機能とするビームラインとなっている。 ビームライン建設にあたり、テーパ付アンジュレータやコンパクト分光器等の新しい技術も導入した。本報告では、これらの機能の説明を中心に、豊田ビームラインの現状を報告する。
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1.豊田ビームライン構想
 豊田ビームラインはトヨタグループの将来の材料研究ニーズに応えるため、放射光の特徴を活かした実用材料の解析を目的として建設された。我々の考えた実用材料の解析に必要となる技術は次の2点である。第1に機能性材料の実時間in situ分析技術、第2に材料内部変化の非破壊解析である。これらの技術を実現するために、前者に対しては高速XAFS測定手法とin situ測定技術を組み合わせて、排ガス浄化触媒中の活性種や二次電池内の活物質等の変化を実時間で観察することを、後者に対しては三次元X線回折(3DXRD)手法を開発して、金属・セラミックス材料の内部組織変化の非破壊解析を目指すこととした[1][1] Y. Hirose et al.: SPring-8 Inforamation 14 (2009) 40.
 ビームライン建設に関しては、技術的に開発すべき点があることと、予算上の問題から、高速XAFS測定の実現を主とした第1期と3DXRDを主とした第2期に分けて実施することとした。2009年度までに第1期分の設備導入は完了し、2011年度より第2期の設備導入を開始している。



2.豊田ビームラインの構成
2-1 全体構成
 上記の目的を実現するにあたり、高速XAFS測定に必要となるテーパ付きアンジュレータを導入し、X線ビームの拡大・縮小に有利となる光源から試料までの距離を得るために中尺ビームラインを利用した。また、中尺ビームラインの利用にあたり、各種in situ測定に必要となる専用設備を設置するためにリング棟外に専用実験棟(豊田ビームライン実験棟)を建設した(図1)。リング棟実験ホールに光学ハッチを設置し、実験棟内に3つの実験ハッチを設置した。この内、実験ハッチ1には分光器やミラーを設置し、実質的には第2光学ハッチとして利用している。また、実験ハッチ3は建設中(2012年4月運用開始予定)で、現状では実験ハッチ2のみで測定を行っている。光源から試料までの距離は約120 mである。

図1 豊田ビームラインの全体構成


2-2 光源
 我々は高速XAFS測定を目的としていることから、より強力なX線の得られるアンジュレータ光源を用いることとした。標準的なアンジュレータではEXAFS測定に必要となる1 keV以上のバンド幅が得られないため、SPring-8では初となるテーパ付アンジュレータを導入した。このアンジュレータは入射側と出射側のギャップ量を変える事によって、X線のバンド幅を変えることができる。現状ではテーパ量は3段階に変えることができる(図2)。これによって、XAFS測定に対して最適な強度とバンド幅を選択することが可能となった。

図2 テーパアンジュレータのX線スペクトル

(a),(b),(c) I0スペクトル、テーパの値はアンジュレータ両端でのギャップ値の差

(d) Cu-foilのスペクトル



2-3 光学系
 光学系の構成は高速XAFS測定と3DXRD測定とで大きく異なる。ここでは、XAFS測定における光学系を中心に説明する(図3)。後述するコンパクト分光器への熱負荷やエネルギ分散XAFS測定を考慮して、光学ハッチの上流には横振りミラー対(1st、2ndミラー)を設置した。これらのミラーは光学ハッチ内にあり、X線入射角は1.5 m・rad固定で約50 keV以上のX線をカットする。2ndミラーを湾曲させることにより、X線を横方向に集光または拡大させることができる。高エネルギ成分をカットされたX線は輸送ダクトを通ってリング棟外の実験棟に導かれ、実験ハッチ1内に設置されたコンパクト分光器で分光された後、縦振りミラー対(3rd、4thミラー)で高次光成分を除去されて実験ハッチ2に導かれる。縦振りミラーも湾曲させることにより、X線を集光させることができる。いずれのミラーも水冷で、Pt/Rhに塗り分けられている。集光したX線のサイズは、試料位置で横約0.9 mm、縦約0.2 mmである(図4)。

図3 豊田ビームラインの光学系構成
図4 試料位置でのビームプロファイル


2-4 その他
 その他のビームラインの機能として以下のものがある。主に排ガス浄化触媒のin situ測定用の高速ガス反応解析装置を実験ハッチ2内に設置した。これは、排ガスを模擬した任意のモデルガスの発生およびXAFS測定用セルの温度コントロールおよび触媒試料を通ってきたガスの成分を高速に分析するシステムである。このシステムにガスを供給するためのガスボンベも実験棟の一部に収納している。次に、光学系のスクリーンモニタや実験ハッチ内の監視カメラをwebカメラに統一し、実験エリアのパソコン画面上で任意のカメラをモニタできる。また、実験ハッチがリング棟から離れているため、実験棟内に試料調整用の化学準備室を設けた。ここでは、XAFS測定用の錠剤成型やドラフトを用いた試料調整が可能で、グローブボックスの導入によって不活性雰囲気中での試料調整もできるように計画している。



3.豊田ビームラインの機能
 前述したように現在の豊田ビームラインの主要機能はXAFSのみなので、ここではXAFS測定機能に限って説明する。
 高速なXAFS測定を行う手法として、分光結晶を高速に回転させる方法とポリクロメータを用いたエネルギ分散法が実用化されている。我々はいくつかの理由から、まずは前者の方法を選択した。従来用いられている高速駆動方法はリンク機構を用いた物が多く、エネルギやスキャン幅の変更が難しかったり、角度の読み取りに手間がかかったりしていた。そこで、我々は、チャネルカット結晶をサーボモータで直接駆動する手法を選択した(図5)。これにより、分光結晶をプログラムから任意に操作することが可能で、結晶の角度もリアルタイムで読み取ることが可能となっている。ただし、一般的な2結晶分光器のように結晶面の変更はできないため、必要な結晶面に応じて分光器を用意する必要がある。豊田ビームラインでは2つの分光器をタンデムに設置しており、Si(111)結晶で約4.5〜28 keVを、Si(220)結晶で約6.5〜50 keVをカバーしている。これらの結晶は、熱伝導率と熱膨張率を考慮して液体窒素で冷却されている。なお、チャネルカット結晶を用いているために、厳密には定位置出射とはならないが、結晶の間隔が3 mmしかないので通常のXAFS測定での出射位置の変化は数10 μm程度であり、入射スリットと出射スリットの幅を適切にすることによって、実質的な定位置出射としている。

図5 サーボモータ駆動コンパクト分光器の構成
 分光結晶を駆動するサーボモータは、0.0001°の角度分解能の制御および読み取り機能に加えて、通常のEXAFS測定範囲であれば分光結晶を最高50 Hzで駆動する能力を有する。XAFS計測系は、通常のイオンチャンバ検出器の電流出力をアンプで電圧に増幅した後、最高100 kHzの16 bit A-D変換でデジタル信号に変換したものをパソコンで読み込んでいる。A-D変換と同時にサーボモータの角度も同時に読み込んでいる。図6にCu箔のCu-K吸収端のXANESおよびEXAFSスペクトルをスキャン時間を変えて測定した例を示す。XANESスペクトルでは、周波数50 Hzの測定(10 msec/spectrumに相当)でも十分S/Nの良いスペクトルが得られていることがわかる。しかしながら、スキャン速度の上昇に伴って、吸収端のエネルギがシフトし、スペクトル形状が鈍っていくことが判明した。これは、イオンチャンバの応答遅延によるものであると考えられる。また、角度スキャン範囲が2.0°となるEXAFS測定においても周波数20 Hzの測定(25 msec/spectrumに相当)でも十分にEXAFS解析可能なスペクトルが得られている。

図6 様々なスキャン速度でのCu箔のCu-K吸収端XAFSスペクトル

a) XANESスペクトル(Si(111)結晶使用、角度スキャン範囲;0.2°)

b) EXAFSスペクトル(Si(111)結晶使用、角度スキャン範囲;2.0°)


 これらのサーボモータの制御性・高速動作および高速計測系の特徴を活かして、表1に示すような時間分解能の異なる3つのXAFS測定モードを用意した。高速な測定(Super quick scan)ではA-D変換による計測を用いる一方で、Step scan測定では従来どおりアンプ出力をV/F変換してカウンタで信号を取り込むことによって高いS/Nのスペクトルを得ることができる。中間的な速度のContinuous scan測定では、いずれの計測系も利用できるようになっており、目的に応じて使い分けることができる。また、これらのモード変更は、一切のハードウェア変更の必要がなく、パソコンのプログラムから切替えることができる。


表1 XAFSスキャンモードと特徴

モード Super quick scan Continuous scan Step scan
時間分解能 < 1秒 1秒 〜 1分 > 1分
モータ駆動パターン サイン波 一定速度 Step by step
Undulator gap テーパあり テーパあり 最適化
データ収集 ADC カウンタ/ADC カウンタ


 最初に述べた機能性材料の実時間測定を行うためには、温度、電圧、時間等に同期しながらXAFS測定を行う必要がある。このような一連の測定を行うため、これらの信号をトリガーとして、スキャンモード、測定時間、ループ回数などを自由に組み合わせて設定できるマクロプログラムを開発した。これにより、触媒評価、電池セルの電流-電圧などと同期させた複雑なシークエンス測定が可能となっている(図7)。
図7 XAFS計測システム構成



4.利用状況
 2010年度に実施した実験課題は24件で、対象は排ガス浄化触媒や二次電池等の自動車に関係する環境・エネルギー関連材料が中心となっている。測定手法としては、XAFS測定が全体の約7割を占めており、その多くがin situ条件での測定となっている。



5.今後の予定
 2011年度より3DXRD測定の実現を主な目的とした第2期の設備導入を進めている。そのための設備として、光学ハッチに液体窒素冷却2結晶分光器を導入し、実験棟に実験ハッチ3を建設してマイクロビーム形成装置等を設置する予定でいる。3DXRDではミクロンレベルに集光した50 keVの硬X線マイクロビームが必要となる。ビームを安定させるために、1stから4thまでのミラーはスルーして、2結晶分光器から出たX線は仮想光源となるスリットを通して直接K-Bミラーで集光させる。このマイクロビーム形成装置は3DXRD以外の測定にも利用する予定である。さらに、3DXRD以外にもXAFS用計測システムの高速化およびPILATUS検出器の導入によるX線小角散乱測定等の技術向上を検討している。



6.謝辞
 豊田ビームラインの建設、立上げにあたり、(独)理化学研究所および(財)高輝度光科学研究センターの皆様にはご協力をいただきました。改めて感謝いたします。



参考文献
[1] Y. Hirose et al.: SPring-8 Inforamation 14 (2009) 40.



堂前 和彦 DOHMAE Kazuhiko
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室
〒480-1192 愛知県愛知郡長久手町大字長湫字横道41の1
TEL:0561-71-7971
e-mail:kdohmae@mosk.tytlabs.co.jp

広瀬 美治 HIROSE Yoshiharu
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

荒木 暢 ARAKI Tohru
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

野中 敬正 NONAKA Takamasa
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

野崎 洋 NOZAKI Hiroshi
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

山口 聡 YAMAGUCHI Satoshi
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

林 雄二郎 HAYASHI Yujiro
(株)豊田中央研究所 分析研究部 ナノ解析研究室

妹尾 与志木 SENO Yoshiki
(株)豊田中央研究所 分析研究部

長井 康貴 NAGAI Yasutaka
(株)豊田中央研究所 無機材料研究部 触媒研究室

森 康郎 MORI Yasuro
(株)豊田中央研究所 総務部 総務室 施設G



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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