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Volume 16, No.4 Pages 328 - 331

5. SPring-8 通信/SPring-8 COMMUNICATIONS

2011B期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2011B

(財)高輝度光科学研究センター 利用業務部 User Administration Division, JASRI

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 2011B期は3件の長期利用課題の応募があり、全て採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。



− 採択課題1 −

課題名 超伝導元素の極限環境における構造物性
実験責任者名 清水 克哉(大阪大学)
採択時の課題番号 2011B0038
ビームライン BL10XU

〔実験責任者による研究概要〕
 本研究は、超伝導を示す元素の超高圧・極低温の極限条件下における構造を明らかにすることを目的とする。
 超伝導は、エネルギー、エレクトロニクスおよび通信システムにおいて、21世紀を支える科学技術として期待されている。また、超伝導研究をはじめとした物質科学において、高圧力がもたらす効果は枚挙にいとまがない。我々は「全元素の超伝導化」を目指し、水素、炭素、酸素、金、鉄の5元素を中心とした元素の超伝導における開発研究プロジェクト(日本学術振興会(JSPS)最先端・次世代研究開発支援プロジェクト)が採択され、昨年度から4年間の計画を開始している。本利用課題は、このプロジェクトの根幹を担う「元素の超高圧・極低温の極限条件下における構造」を明らかにするものである。
 現在、カルシウムが約200 GPaの超高圧下において約30 Kの超伝導転移を示し、これが元素の中で最も高い。カルシウムを例に挙げると、超伝導が発現し大きく転移温度が変化する高圧相(Ca-III)は室温の構造解析からは単純立方格子であるとされる。しかし、単純立方格子は高圧下では安定ではないはずで、理論的にも構造の安定性さらには超伝導発現の根拠が見出せなかった。そこで、超伝導が発現する低温での構造解析を行うことで初めて超伝導を示す結晶構造が発見され、さらには理論計算との解釈の一致をみることができるようになってきた。このように、超伝導の発現や転移温度の上昇が特に圧力誘起構造相転移と密接に関係していることは、低温度でのその場構造解析と物性測定が不可欠であり、かつ強力な研究手法であることを示した。これらはSPring-8において実施してきたこれまでの精密な構造解析の成果であり、特にその超伝導を生み出している結晶構造を実験的にも理論的にも解明しようとする大きな研究領域を生んでいる。このように、極限環境下における元素の構造物性研究は、超伝導物質や新規な物質探索のフロンティアであり、本利用課題を通じて、国内外の他の放射光施設ではなし得ない、超高圧下の革新的な物性プローブを世界に先駆けてSPring-8において確立することも目的の一つといえる。
 実験を遂行するにあたり、超高圧状態は試料の量が極めて微少であるため、検出にはミクロンサイズにフォーカスされた高強度の放射光X線を用いる。また、物性測定を同時に行うため、mK領域まで冷却可能な無冷媒冷凍機と計測装置をプロジェクトによって設置し、様々な超伝導元素の結晶構造を同時に計測する計画である。

〔審査コメント〕
 本研究は超伝導を示す元素の超高圧・極低温の極限条件下における構造を明らかにすることを目的としている。
 超伝導は、基礎科学として重要であるだけでなく、応用分野にも広く関係している。常圧下で超伝導を示さない物質も、超高圧力下で超伝導を示すことが多くの物質で見出されてきている。申請者のグループは世界に先駆けていくつもの元素で新しく超伝導を発見しており、その超高圧・極低温の極限条件下での実験技術は最高水準である。しかしながら、これまでの研究は電気的測定が中心であり、その構造についてはよくわかっていないものが多く、超伝導の本質の理解に障害となっていた。これは超高圧・極低温の極限条件の実現が困難であることと、試料の量が極端に少なく、X線回折強度が十分でないことによる。申請者らは、SPring-8のビームラインで複合極限環境下の物性測定ができるようにし、それらの物性測定と構造決定を同時に行って、測定が困難な「一回きり」の実験でも十分な情報を得ようとしている。また、これまでの着実な実験技術の開発による研究を踏まえて、長期の研究目標および研究計画が明確に定められている。
 以上のように、本研究課題は先端性および発展性を有し、研究手段としてSPring-8が不可欠であり、科学技術分野において傑出した成果が大いに期待できる。また、SPring-8を長期的かつ計画的に利用することが必要であることが明確である。よって、本課題は長期利用課題にふさわしく、SPring-8が積極的に推進すべきであり、採択とする。本研究によって、世界をリードする研究が一層進展することを期待する。



− 採択課題2 −

課題名 放射光X線を用いた多成分からなる 自己集合性錯体の単結晶構造解析
実験責任者名 藤田 誠(東京大学)
採択時の課題番号 2011B0039
ビームライン BL38B1、BL41XU(併用)

〔実験責任者による研究概要〕
 近年、自己組織化を利用したものづくりや、得られた生成物の特異な構造に由来する新しい反応開発・物性発現に関する研究が盛んに行われている。藤田グループでは、金属-配位子間で形成される配位結合を駆動力として用いた自己組織化合成を世界に先駆けて研究した。近年では、人工系で世界最多である72成分からなる球状錯体の合成[1][1] Q.-F. Sun et al.: “Self-Assembled M24L48Polyhedra and Their Sharp Structural Switch upon Subtle Ligand Variation” Science 328 (2010) 1144-1147.や、中空構造の球状錯体の内部を3次元的なテンプレートとする新しい合成法を使い、シリカナノ粒子の錯体内での合成[2][2] K. Suzuki et al.: “Template synthesis of precisely monodisperse silica nanoparticles within self-assembled organometallic spheres” Nature Chem. 2 (2010) 25-29.を達成するなど、直径が数ナノメートルにおよぶ錯体分子の研究を精力的に展開してきている。このように独自の分子構築法を使って他に類をみない研究を展開すべく、現在、配位子の分子設計を工夫することで、より大きく複雑な分子を自己組織化によって構築することをめざしている。さらに、錯体骨格に対して化学修飾を行うことで特異機能の発現をめざし、無機化学や構造生物学などの周辺分野との融合的な展開を目的に研究を進めている。
 合成した錯体の構造決定法として、NMRや質量分析と並び、単結晶X線構造解析は3次元的な分子構造を明らかにするために欠かせない。これまでに、直径数ナノメートル、分子量1〜3万程度の中空錯体の単結晶を得る条件を精査してきた。実験室の回転対陰極型X線発生装置を備えた回折装置では格子定数を決定できるだけだったが、SPring-8のBL38B1の回折装置を使うことで、いくつかの錯体の構造決定を達成してきている。しかし、結晶軸の長さが数十オングストロームを超え、中空構造であるために錯体骨格が結晶中で占める容量比が20%を下回るために脆い結晶が多く、結晶性を劣化させずに高精度なデータを取得して精密な解析を行うことに難しさがある。
 本研究では、高性能なビームラインを使って取得した高精度な回折データを精密に解析することで、明瞭な分子像を描き出し、インパクトの大きな研究成果につなげることを目的とする。錯体は球状構造で分子内対称が高いが、その分子スケールはタンパク質に匹敵するために揺らぎも見られ、空間群の決定が難しい。また、回折にも寄与している含有量の高い溶媒領域のモデリングに困難がある。このため、高精度データに基づく厳密な空間群の決定を行い、錯体を構成する遷移金属元素のX線異常散乱を使った位相決定法や、MEMを使った電子密度の精密化などを試み、長期利用課題を活用して、測定と解析の両面から最適な構造解析法を探索する。

〔参考〕
[1] Q.-F. Sun et al.: “Self-Assembled M24L48 Polyhedra and Their Sharp Structural Switch upon Subtle Ligand Variation” Science 328 (2010) 1144-1147.
[2] K. Suzuki et al.: “Template synthesis of precisely monodisperse silica nanoparticles within self-assembled organometallic spheres” Nature Chem. 2 (2010) 25-29.

〔審査コメント〕
 本長期利用課題は、申請者のグループがこれまで創製してきた自己組織化による集合性錯体巨大分子の構造を、SPring-8の高輝度光源を用いて構造生物学ビームラインのBL38B1、BL41XUを用い、単結晶構造解析により決定しようとするものである。
 研究グループは、これまで数々の大型プロジェクトの下で、新たな機能設計を目指して様々な自己組織化による人工系の巨大錯体分子を創製してきた。その研究内容は科学技術的な意義が極めて高く、世界トップレベルのインパクトの高いものであることは審査委員全員が認めるところである。この研究の中で、巨大分子の構造の決定が常にボトルネックとなっており、高い光源特性を有するSPring-8の利用に行き着くことは当然の流れである。本課題で実験を計画している豊富な物質群は、物質科学のフロンティアを形成するものばかりであり、成果のインパクトの強さ、科学的価値の高さなどの質と量のいずれの点からも、確実に期待できる。
 しかし、本研究課題において、申請者はSPring-8の必要性を、ビームの高い平行性と高輝度性がもたらすデータ分解能の向上により、対象とする巨大分子群の構造決定を容易にする点にあるとしている。一方、利用研究課題審査委員会では、その点はもちろん、それ以上に現時点でやや難のある解析結果の信頼性を飛躍的に向上させる点が重要であると結論した。このことは、科学的にインパクトの高い成果が確実に得られるであろう本課題において、中間評価での中心的な審査項目となると予測される。本課題とは別の長期利用課題でも同様に、溶媒を含む巨大分子結晶の構造解析を困難にしているこの問題について、揺らぎの大きい構造の解析を念頭に置き、光源特性とデータ、信頼性を評価、解析する戦略をとっている。本課題でも、その点をさらに検討することで結果の信頼性の向上につながるとともに、申請者が望むルーティンワーク的な構造解析においても研究成果の高度化をもたらすことは十分に期待でき、長期利用課題により創出される学術的メリットであると考えられる。このことは、偏向電磁石光源のBL38B1とアンジュレータ光源のBL41XU、さらに他の施設の利用の棲み分けの指針を示すことにもつながる。このため、担当ビームラインのスタッフと研究戦略を改めて検討することを強く勧める。
 以上のように、本課題においては長期利用課題としての科学技術的重要性からその採択を決定するものであるが、施設側との密接な協力が、より一層の研究の発展をもたらすことを付言しておく。



− 採択課題3 −

課題名 Structural and functional understanding of secondary active transporters
実験責任者名 Nieng Yan(Tsinghua University)
採択時の課題番号 2011B0040
ビームライン BL41XU

〔実験責任者による研究概要〕
 It is estimated that approximately 30% of the coding genes in human genome are for integral membrane proteins. Membrane proteins play an essential role in multi-processes of all kinds of life forms. They are also the major drug targets. It was reported that over 50% of the FDA-approved drugs target membrane proteins, with 26% of them targeting GPCRs. However, due to the technical challenges, it is hard to conduct biochemical and structural studies on membrane protein. The lack of structural and biochemical characterization of membrane proteins severely restricted our knowledge on this important family of proteins.
 Transport proteins constitute a major class of membrane proteins that mediate the exchange of chemicals and signals across the biological membrane. The lipid bilayer sets a hydrophobic barrier that insulates the cellular or organelle contents from the environment. Although some low molecular weight chemicals can be permeated directly through membrane, most of the hydrophilic chemicals, such as sugars, amino acids, ions, drugs, etc, require specific transport proteins to traffic through the hydrophobic wall. Therefore, transport proteins play an essential role in a broad spectrum of cellular activities, such as uptake of nutrients, release of metabolites, and signal transductions. A large number of diseases are correlated with the malfunction of membrane transporters. Transport proteins are direct targets of widely prescribed drugs such as antidepressants and heartburn relief.
 On the basis of the energy utilization, transport proteins may be classified to primary active transporters, secondary active transporters, facilitators, and channels, among which, the secondary active transporters exploit the electrochemical potential to shuttle a variety of substrates against their concentration gradient. We are particularly interested in the functional mechanism of the secondary active transporters. An alternating-access model was proposed to account for a general mechanism of transporter proteins. In this model, to upload and download substrate, a transporter protein adopts at least two conformations: one exclusively open to the outside and the other to the inside of the membrane. This model was supported by several lines of structural and biophysical evidence. Nevertheless, there are two most interesting and general questions yet to be addressed. First, what is the energy coupling mechanism for the active transporters? Second, what triggers the obligatory conformational change of the transporter during the transport cycle?
 In order to address these fundamental questions in the mechanistic understanding of the transporter proteins, my lab launched structure-based investigations of the secondary active transporters and we hope to ultimately capture the dynamic process of the working cycle of the representative transporters and to dissect the energy coupling mechanism.

〔審査コメント〕
 This proposal aims to study the function of secondary active transporters by structure determination of their intermediate states. The proposer’s group has published crystal structures of several bacterial transporters which carry fucose, formate, uracil, and amino acids across the cell membrane. These novel structures were published in major scientific journals.
 To obtain a crystal of an intermediate state in membrane transport, it is necessary to stop the transport cycle and keep it at a certain stage. For this purpose, the proposer plans to make use of site-directed mutants of the proteins. This is a reasonable approach for functional studies with protein crystallography. Although technical difficulties are expected in the crystallization of the membrane proteins and the technical details to overcome these difficulties were not clear in the proposal, the Proposal Review Committee is convinced from the past achievements made by the proposer that interesting results will be obtained in this long-term proposal. For the progress of this research, a regular access to SPring-8 and the undulator beamline BL41XU is necessary.
 The general scientific trend in protein crystallography is shifting from simple structural determination to clarification of functional mechanisms. Thus, this proposal is a timely one. However, the proposer should be aware that structural determination of just a few conformations of the protein may not be sufficient for full understanding of the transport mechanism. The Proposal Review Committee encourages the proposer to continue this difficult work until results with a high scientific value will be obtained.



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794