Volume 08, No.2 Pages 103 -106

2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

一本の筋原繊維からのX線回折像撮影
X-ray Diffraction Recording from Single Myofibrils

岩本 裕之 IWAMOTO Hiroyuki

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門Ⅱ JASRI Life and Environment Science Division

Abstract
By using the combination of intense X-ray beams from an undulator-based beamline at SPring-8 (BL45XU) and a microbeam optics, we were able to record X-ray diffraction patterns from single myofibrils of a striated muscle (bumblebee flight muscle). Unlike in the conventional method, the muscle cell was irradiated end-on, so that a diffraction pattern from a myofibril was recorded without isolating it from the cell. The recorded pattern consisted of a number of hexagonally arranged spot-like reflections, clearly indicating that the reflections originated from a single hexagonal lattice of myofilaments. Since the muscle cells used were ~3 mm long and contained 1000+ sarcomeres connected in series, the result means that the lattices in these sarcomeres are exactly in register. The achievement opens the possibility that the X-ray diffraction technique may be applied to other micrometer-sized protein assemblies in the cell, such as axonemes and mitotic spindles.


1.はじめに
 細胞内には各種の機能を営む多種類の蛋白質が存在する。そのうちのあるものは細胞質中または細胞膜に単独で存在しているが、多くのものは他の蛋白と何らかの複合体を形成しながら機能している。その複合体はときに大規模なものとなることがあり、構成する蛋白はその中で規則的に配列していることが多い。このようなものは原理的にはX線回折手法による構造解析が可能である。機能性蛋白の大規模複合体の典型的な例が筋肉であり、その中で収縮蛋白のミオシンとアクチンを中心に、各種の機能性蛋白、構造蛋白や調節蛋白が極めて整然とした複雑な複合体を形成している。筋肉は、まずサイズが大きいことと、収縮時にダイナミックな状態変化を生じることから、過去50年以上にわたってX線回折手法の格好の試料として用いられてきた。
 一方、細胞内には筋収縮装置以外にも各種の大規模蛋白複合体があり、その働きは筋肉に劣らずダイナミックである。これらには真核生物の繊毛・鞭毛や分裂装置などが含まれる。しかしこれらの複合体は大規模といってもマイクロメーター程度のサイズであり、筋肉よりも何オーダーも小さい。従来、これらの小さな複合体を特に固定したり乾燥したりせず、機能する状態を保った「ネイティブ」な状態でX線回折像記録を行うのは不可能だった。微小試料からX線回折像を得るためには、バックグラウンドの散乱を抑えるためにもビームサイズを試料と同程度まで絞る必要があるが、従来の光源はそれを行うにはフラックスが不足していた。
 第3世代の放射光実験施設の高輝度・高指向性のX線ビームには、この状況を根本的に変えるポテンシャルがある。我々は回折像の性状がよく知られた横紋筋を試料として用い、第3世代放射光源からのX線をマイクロメートルサイズに絞ったときに得られる回折像の質について検討をおこなった。その結果、径わずか2-3マイクロメートルの単一筋原繊維から良質の回折像を短時間の露光で記録することに成功し、従来の径のビームでは見ることのできなかった新しい特徴を観察することができた[1]

2.横紋筋の構造
 図1に横紋筋の代表的な例である脊椎動物骨格筋の構造を示す。骨格筋は多数の細長い筋細胞(筋線維)が集まってできた組織である(図1a)。1本の筋細胞も実は多数の細胞が融合してできたもので、径50-100マイクロメートル、長さは数ミリから数センチメートルに及ぶ。この中には径1-2マイクロメートルの筋原繊維が多数ある(図1b)。1本の筋原繊維は、筋収縮の最小単位であるサルコメア(筋節、長さ2-3マイクロメートル)が直列に多数つながってできている(図1c)。1個のサルコメアの中には2種類のフィラメント(ミオシンフィラメント、アクチンフィラメント)があり、それぞれ収縮蛋白であるミオシン、アクチンが重合してできたものである。これらが互いに滑り合うことで収縮力が発生する。 
 
 
 
 
Fig. 1   Structure of vertebrate skeletal muscle. (a), A whole muscle, which consists of a large number of muscle cells (muscle fibers). (b), Structure of a muscle cell (diameter, 50-100 µm). It contains 1000+ myofibrils (diameter, 1-2 µm). (c), Structure of a myofibril, which is made of sarcomeres (the minimum functional unit of muscle, length, 2-3 µm) connected in series. In each sarcomere, two sets of myofilaments (myosin and actin filaments) slide past each other to produce contractile force. (d), Cross section of a sarcomere. Myosin filaments (green) and actin filaments (red) are arranged in a single hexagonal lattice. The area marked by blue lines represents a single unit cell. The numbers 1,0 and 1,1 are the crystallographic indices for lattice planes.

 

3.横紋筋の「赤道反射」
1つのサルコメアの断面を見ると、上に述べた2種のフィラメントが六角格子の形に配列している(図1d)。このため、繊維の軸と直角にX線を照射すれば各格子面に由来する反射を生じる(図2b)。 反射は筋肉の長軸(子午軸と呼ぶ)と直角の赤道方向に出るため、赤道反射と呼んでいる。このときの単位胞(unit cell)は、4本のミオシンフィラメントに囲まれた菱形の領域としている(図1d)。1,0格子面(2次元格子のため)はミオシンフィラメントだけを含み、1,1面は単位胞中に2本のアクチンフィラメントを含む。ただしこの構造は無脊椎動物の横紋筋では異なる。1個のサルコメアは単一の格子を含むので、1個の単結晶とみなすことができる。
 さて、よく知られるように、ある格子面より反射を生じるためにはいわゆるBragg条件を満たす必要がある。すなわち、格子面に対するX線の入射角をθ、格子間隔をd、波長をλとすると、nλ= dsin2θ が成り立つ必要がある。ここでnは整数である。従って特定の反射しか同時に記録されない筈なのだが、実際に筋肉にX線を照射してみると全ての反射が記録されてくる(図2b)。その理由は、X線の光路中にランダムな向きの格子面をもった無数の筋原繊維があるからである。このためあらゆる格子面からの反射が等しい確率で記録されると考えられる。すなわち従来記録されてきた赤道反射は、結晶学でいう「粉末回折」に相当する。格子面の角度に関する情報は失われ、異なる格子面に由来する反射でも格子定数が近ければ重なってしまう。1本の筋細胞はX線回折像が記録された筋肉試料としては従来最小のものであったが、それでも1000本以上の筋原繊維を含んでいるため状況は変わらない。 
 
 
 
Fig. 2   Expected X-ray diffraction patterns recorded in various ways. (a), Bumblebee from which flight muscle cells were isolated. (b), Equatorial diffraction pattern recorded in a conventional manner. (c), End-on diffraction pattern recorded with X-ray beams with a large diameter. (d), End-on diffraction pattern recorded with microbeams small enough to cover only one myofibril.

 

4.単一格子からのX線回折像記録
 以上から格子面の角度に関する情報を保存するには単結晶、すなわち少なくとも1本の筋原繊維からX線回折像を記録する必要があるのは明らかであろう。しかしこれを実現するためには幾つかの問題を克服する必要がある。まず、径1-2マイクロメートルの筋原繊維1本を単離し、それを全くねじれのない状態で試料セルにマウントする必要がある。また、先に述べたBragg条件の問題があるので、軸を中心に筋原繊維を回転させながら回折像を記録しなければならない。さらに期待される反射強度が従来最小の試料である筋細胞の1/1000である。
 これらの問題を克服するために我々が用いた方法は、筋原繊維程度の径の細いX線ビーム(マイクロビーム)を作り、それを従来法と異なり繊維の軸に沿って照射(エンドオン照射)することにより、筋細胞の中の1本の筋原繊維を狙い撃ちすることであった(図2d)。これにより筋原繊維を単離する必要もなく、またBragg条件による制約も回避されて全ての反射が同時に記録できるものと考えた。また光路中にある試料の質量はビームを筋原繊維に直角に当てた場合より大きいので、強度的にも有利である。ただしマイクロビームを筋原繊維と完全に平行にすることには困難が予想された。また単一格子からの反射が得られるためには光路中にある筋原繊維の全てのサルコメアの格子面が揃っていなくてはいけないが、これについては何の保証もない。試料も通常用いられる脊椎動物の骨格筋ではなく、昆虫の飛翔筋(昆虫の胸部にあって羽ばたくのに用いる筋肉)を用いた。飛翔筋は骨格筋に比べて筋原繊維がやや太め(2-3マイクロメートル)で、1本1本がミトコンドリアなど他の細胞小器官の中に独立に浮いている形態のため、1本の筋原繊維を狙いやすいと考えたからである。また格子内の収縮蛋白の配列が骨格筋より規則的(結晶性が高い)なのも利点である。

5.実験方法
 試料はSPring-8の構内で採集したマルハナバチ(図2a)から単離した飛翔筋細胞(長さ約3ミリメートル)である。これを硬直状態(ATPのない状態)にして2枚の石英板に挟み、X線の光軸に平行になるよう試料ステージにセットした。
 実験はSPring-8のBL45XU小角散乱実験ステーションで行った。X線のエネルギーは12keVを用いた。マイクロビームは50マイクロメートル厚のタンタル板に2マイクロメートルのピンホールを穿孔したものを2枚直列に並べたもので生成し、試料位置で半値幅0.9マイクロメートルを達成している。カメラ長は2メートル、検出器はX線イメージインテンシファイヤと組み合わせた冷却2次元CCD検出器である。

 

6.記録された回折像
 図3に実際に記録された回折像を示す。図3aは径50マイクロメートルのピンホールを用いて記録されたマルハナバチ飛翔筋細胞のエンドオン回折像であるが、強度が円周に沿って一様な同心円状の反射が記録されている。これはまさに粉末回折像そのもので、ビームの中に多数の筋原繊維があることを反映している(図2cに相当)。径2マイクロメートルのピンホールを用いた場合も得られる回折像は図3aと類似したものが多いが、しばしば図3b,cのような回折像が得られる。これらの回折像では反射が6角格子の配列に並んだスポット状のものとなっていて、反射が明らかに単一の6角格子に由来することを示している(6角格子のフーリエ変換は6角格子のため)。強度の高い1,0と2,0反射は同位相で、やや弱い1,1反射はこれらと位相が30°ずれているのがわかる。また弱いながら2,2と3,1の高次反射も観察され、これらは格子間隔が近いため従来法による赤道反射ではほぼ重なってしまうが、図3cでは独立したスポットとして記録されている。図3cの回折像の露光時間は5秒である。
 6角格子の反射がスポット状に見えることは、3ミリメートルの試料の中に1000個程度あるサルコメアの格子面が完全に揃っていることを意味している。隣接したサルコメア間の格子に僅か0.1度のねじれがあったとしても3ミリメートルの間には100度のねじれになるので、図3aと同様な粉末回折像になってしまう筈である。3ミリメートルは飛翔筋のほぼ全長にあたるので、飛翔筋の筋原繊維1本がそれ自体1個の巨大な単結晶とみなすことができる。この驚異的な規則性はどうもハチやハエのような比較的高等な昆虫の飛翔筋に限られるらしく、下等な昆虫の飛翔筋や脊椎動物の骨格筋では観察されていない。 
 
 
 
Fig. 3   Diffraction patterns actually recorded from the bumblebee flight muscle cells. (a), End-on diffraction pattern recorded by using 50 µm pinholes. Note that the reflections appear as a number of concentric circles typical of powder diffraction. (b,c) End-on diffraction patterns recorded by using 2 µm pinholes. Note the hexagonal arrangement of the spot-like reflections.

 

7.意義
 X線マイクロビームを用いて生体試料から回折像を記録する研究は以前よりESRFで行われてきた。試料として用いられたものはコラゲン、毛髪、クモの糸、木材などの乾燥した硬組織や細胞外性生体高分子である。それに対し今回回折像が得られた試料は遥かに照射損傷を受けやすい細胞内の水和した蛋白複合体で、しかも僅か5秒の露光時間で明瞭な回折像が得られている。最初に述べたように細胞内には真核生物の繊毛、鞭毛や分裂装置など、筋収縮装置以外にも多種の大規模蛋白複合体がある。これらは微小なために従来X線回折法の対象にならなかったが、今回の成功はこれらの蛋白複合体の構造やその変化をX線回折法により解析する可能性を拓くものといえる。

 

謝 辞
 本研究は理化学研究所・構造生物化学研究室の藤澤哲郎、西川幸宏の両博士、高輝度光科学研究センターの若山純一博士と共同で行われた。本研究の出版に当たり有益なご助言を戴いた当財団放射光研究所の八木直人博士、ならびに研究を通じて技術支援を受けた劉 如シ猗氏に感謝する。本研究は、先端的共同利用施設利用促進事業(科学技術振興事業団)の一環として行われた。

 

参考文献
[1]H.Iwamoto,Y.Nishikawa,J.Wakayama and T.Fujisawa : Biophys.J.,83(2002)1074-1081.

岩本 裕之 IWAMOTO  Hiroyuki
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用研究促進部門Ⅱ
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0803 ext. 3884 FAX:0791-58-0830
e-mail:iwamoto@spring8.or.jp
略歴: 1997年11月より現職



SPring-8/SACLA INFORMATION

ISSN 1341-9668 EISSN 2187-4794