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Volume 16, No.4 Pages 285 - 287

4. 利用者懇談会研究会報告/RESEARCH GROUP REPORT (SPring-8 USERS SOCIETY)

文化財研究会第1回講演会
The First Activity Report of Cultural Property Research Group

竹村 モモ子 TAKEMURA Momoko

(財)高輝度光科学研究センター(利用者懇談会 文化財研究会 幹事) Industrial Application Division, JASRI

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1.SPring-8における文化財研究利用
 文化財科学・考古学分野への放射光利用は1990年代中ごろから欧米で盛んになり、2005年からはこの分野の国際会議(SR2A、Synchrotron Radiation in Art & Archaeology)が1〜2年ごとに開催されています。わが国においては、既に1987年にPFで放射光蛍光X線による考古学試料分析が行われており[1,2][1] 中井泉:放射光 15 (2002) 44.
[2] I. Nakai, A. Mochizuki, T. Kawashima, S. Hayakawa, Y. Goshi and A. Iida: Photon Factory Activity Report 5 (1987) 135.
、これは世界的にも最も早い放射光の考古学応用であります。
 SPring-8でも1997年供用開始直後1999年から文化財研究に利用され、たとえば古代青銅鏡に含まれる微量重金属をSPring-8で蛍光X線分析することにより青銅鏡の生産時代・地域を分類でき、三角縁神獣鏡の原材料が中国三国・西晋時代神獣鏡のそれと極めて近いことを示すことができました[3,4][3] 樋口隆康、外山滋、廣川守、北野彰子、伊藤真義、梅咲則正、住友芳夫、鈴木謙爾:泉屋博古館紀要 20 (2004) 1.
[4] 鈴木謙爾、住友芳夫:金属 80 (2010) 50.
。この結果は邪馬台国の位置論争に一石を投じるものであり、2004年の新聞発表後は肯定、否定の両論が展開されました。
 そのほか、これまでに蛍光X線分析による弥生時代の製鉄技術解析、顕微赤外分光による出土絹織物解析、蛍光X線による陶磁器や土器の産地推定、XAFSによるガラスの着色技法解析、X線CTによる仏像などの木材樹種鑑定等々、多様な手法による成果が得られています。このように文化財研究の一面は古い時代の材料や技術の解析であり、そこから有用な技術を見出す可能性がありますので、「もうひとつの材料科学」とも呼ばれております。
 2010年11月には、理研とJASRIの共催で「SPring-8特別企画/夢の光が照らす文化と歴史」と題して、これらの成果の一部を一般の方々に紹介する講演会を奈良で開催し、多数の参加をいただきました。文化財の科学研究成果は、我々の文化や技術のルーツを明らかにすることにより、我々の精神的支えのひとつとなりうる可能性も持っています。
 しかしSPring-8の文化財科学研究利用は、利用開始以来、最多で年間5件程度という状態に変化なく、文化財関係の学会での発表もごく少なく、我が国の豊かな文化財と海外も含む文化財保存修復・研究活動のレベルとその拡がりを考えると、十分ではないと思われます。



2.文化財研究会の立上げ
 上述のような現状に対しJASRI内外から研究会設立の提言をいただき、本年5月にSPring-8利用者懇談会の新規研究会として文化財研究会を発足させました。研究会代表は東京理科大学理学部教授中井泉氏、副代表は京都国立博物館学芸部副部長村上隆氏です。筆者は施設と研究者との連携強化のために幹事として参加しております。本研究会は、文化財科学研究分野におけるSPring-8放射光のさらなる利用促進と高度有効利用を目指し、最新の研究成果やSPring-8の最新技術、および文化財科学研究における利用促進について発表と意見交換を行う場としたいと思います。さらに文化財研究者相互の情報交換の場となり、放射光利用の今後の新しい展開について議論する場となると期待されます。
 研究会発足に当たっては、日本文化財科学会、文化財保存修復学会などの方々に参加を呼びかけました。会員数は現在24名ですが、所属機関は大学、国立研究所・博物館、民間研究所と多岐にわたります。文化財科学でのSPring-8ユーザーは会員24名中15名、そのうち研究会発足後に初めて利用された方は3名です。



3.第1回講演会開催
 文化財研究会の最初の活動として、下記のようにJASRIおよび利用推進協議会との共催でSPring-8文化財研究会第1回講演会を開催いたしました。本講演会は、副題を「SPring-8ワークショップ:放射光と文化財科学」とし、文化財科学およびSPring-8への関心の高い一般の方々にも宣伝致しましたところ、平日の開催にもかかわらず研究会メンバー17名以外に44名の参加をいただきました。

 ** SPring-8文化財研究会第1回講演会開催要領 **
 (SPring-8ワークショップ:放射光と文化財科学)
 日 時:2011年9月12日(月)13:00−17:00
                17:15−19:30 研究会集会
 場 所:財団法人大阪科学技術センター
 主 催:SPring-8利用者懇談会文化財研究会
 共 催:財団法人高輝度光科学研究センター
     SPring-8利用推進協議会 研究開発委員会
 定 員:70名

下に4件の講演概略を紹介します。

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「放射光と文化財科学」・・・中井 泉(東京理科大学)
 最初に物質史における文化財分析の重要性、さらに放射光利用の有効性について判り易く説明されました。放射光を用いると文化財試料の内部を透視したり(X線CT)、元素組成を高感度に調べたり(蛍光X線分析)、顔料などの結晶相の同定(X線回折)や状態分析(XAFS)により着色メカニズムを解明するなど、文化財の産地、製造技術等に関するさまざまな情報を、高感度にしかも大型試料も非破壊で分析することができます。九谷の古陶磁の産地推定、古代エジプトのモザイクガラスの着色技術の解明など、SPring-8やPFでの研究例を通して文化財科学における放射光の魅力が判り易く説明されました。
写真1 講演する中井泉代表

「放射光利用によるバーミヤーン壁画研究」・・・谷口 陽子(筑波大学大学院)
 ESRF(欧州シンクロトロン放射光施設)における研究の紹介です。バーミヤーン仏教遺跡(5世紀初頭から9世紀末)には、中国、イランおよび地中海世界、インドと遊牧文化、オアシス世界等さまざまな地域との交流の影響の痕跡が残されており、壁画にも技法的、材料的な変容が見られます。微小領域に絞ったビームでも高いS/N値が得られる放射光を用いたμXRF、μXRDの同時分析、μFTIR分析を組み合わせることによって、複数の数μm厚の彩色層を重層的に持つ壁画試料を、層毎に分析することが可能となりました。とくに、同じ個所をμXRF/μXRDによって同時測定することにより、層中の個々の顔料粒子の同定ができるところが、彩色文化遺産の研究において極めて有効性が高いといえます。ESRFにおいて実施した分析のうち、最古の油彩技法の解明など東西交流の視点から得られた研究事例が紹介されました。「最古の油彩」の発見はヨーロッパにおいて論議を呼んだそうです。またESRFにおける充実した文化財科学支援体制が紹介されました。

「金属材料科学史と放射光」・・・村上 隆(京都国立博物館)
 日本の金属材料技術は弥生時代の草創期から、定着期、模索期、発展期、熟成期を経て江戸時代には爛熟期と呼べる技術の完成に到達していました。従って金属材料科学史の解明は日本の文化財科学の重要な分野です。出土する金属遺物は、表面に汚れなど異物が付着している、腐食、組成変化しているなどが普通であり、放射光利用しても分析で妥当な値を得るのが難しい場合が多いので、表面からの非破壊での放射光適用にあたっては、その辺りの配慮を十分に行う必要があります。

「SPring-8による文化財木製品調査」・・・杉山 淳司(京都大学)
 日本人は、資源の乏しい中で適材適所の木づかいを実践し、そのために必要な技術の継承にも努めてきました。文化財の中でも木造が豊富なことは、我が国特有の文化といえます。非破壊検査が原則とされる文化財や、過度に劣化した木製品等の調査に、シンクロトロン放射光を利用した高解像度のCT技術を利用しています。仏像や面などの文化財木製品に応用し木材が識別されることにより、人の交流や物流の歴史の一端が明らかになることが、実際の研究例により示されました。またエジプトで出土したクフ王の太陽の船や韓国の亀甲船の樹種識別に関する話題なども紹介されました。
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 講演会後の研究会集会には研究会メンバー15名が参加しました。冒頭、白川理事長からご挨拶をいただき、文化財と古生物学への利用を特集したESRFニュース6月号が紹介されました。
 その後の集会は中井代表を中心に自由討論の形式で行い、文化財課題申請の現状や歴史ある欧米の文化財科学の状況などについて意見を交わしました。意見の概要については利用懇ホームページに研究会議事録として掲載しております。
写真2 研究会集会



4.おわりに
 研究会としての活動は始まったばかりですが、会の設立と講演会開催により、文化財研究者との距離が近くなり意見や相談を受けやすくなったと思われます。文化財研究利用では特に施設と研究者との連携が重要になります。研究会全体への情報発信と研究会メンバー相互のコミュニケーションのために、メーリングリストを作成しました。施設と文化財研究者とがどのように連携すべきか模索しつつ、研究会活動を支援したいと思います。



参考文献
[1] 中井泉:放射光 15 (2002) 44.
[2] I. Nakai, A. Mochizuki, T. Kawashima, S. Hayakawa, Y. Goshi and A. Iida: Photon Factory Activity Report 5 (1987) 135.
[3] 樋口隆康、外山滋、廣川守、北野彰子、伊藤真義、梅咲則正、住友芳夫、鈴木謙爾:泉屋博古館紀要 20 (2004) 1.
[4] 鈴木謙爾、住友芳夫:金属 80 (2010) 50.



竹村 モモ子 TAKEMURA Momoko
(財)高輝度光科学研究センター 産業利用推進室
(利用研究促進部門付)
TEL:0791-58-0978
e-mail:takemura@spring8.or.jp

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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