ページトップへ戻る

Volume 16, No.4 Pages 277 - 281

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第22回国際結晶学会議(IUCr2011)報告
XXII Congress and General Assembly of International Union of Crystallography (IUCr2011)

櫻井 吉晴 SAKURAI Yoshiharu、長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

pdfDownload PDF (401 KB)

 第22回国際結晶学会(IUCr2011: XXII Congress and General Assembly, International Union of Crystallography)が、2011年22日〜30日の9日間、スペインのマドリッドで開催された。会場は、マドリッド中心部とバラハス国際空港の間に位置する、マドリッド市会議場(Palacio Municipal de Congresos de Madrid / Municipal Conference Centre)である。外の光を取り入れ、十分に広い空間を有する開放的な建物であった。今回の会議で次々回(IUCr2017)の開催地(ハイデラバード、インド)が決まった。なお、次回のIUCr2014の開催地(モントリオール、カナダ)は前回の会議で決定している。


 スペイン到着前に読んだガイドブックやテレビ報道などから持った印象に反し、マドリッドは至って快適な都市であった。著者の櫻井は白タクや悪質なタクシー・ドライバーを警戒していたが、空港とホテルの往復で利用したタクシー運転手は空港発着追加料金をきちんとスペイン語で説明して適正な料金を請求していた。ホテルと会場の間の移動に地下鉄を利用したが、利便性と清潔さにおいて、ヨーロッパの中では上位に入る。ホテルと近くの地下鉄駅の間の路地のゴミは慣れればなんてこともない。もっとも、滞在最終日には掃除されなくなっていた。アトーチャ駅のチケット・カウンターなどでは英語を話すが、地下鉄駅の窓口やお店ではなかなか英語を話してくれない。以前東欧のある国の都市のバスチケットカウンターで、言葉が通じないとわかると直ぐに小窓を閉じられたという嫌な経験があったが、マドリッドではこちらがわかるまでスペイン語と手振りで丁寧に説明してくれる(これでなんとかわかったつもりになる)。思い起こせば、古代ローマ帝国時代には、帝国中興の五賢帝のなかで3人の皇帝を輩出し、15世紀にはレコンキスタを達成し、一度は太陽の没することのない大帝国になった国である。スペイン語は南アメリカ諸国の公用語でもある。自国の歴史と言葉への自負心に支えられた国は心地良い。一方で、夕食のレストランが開く時間が午後8時と遅いのには困った。スペインの人々は夕方に仕事を終えた後、バーをはしごしながらタパスとよばれる軽食をつまみに一服し、夜9時くらいから夕食を食べるのがスペインでは一般的なようだ。財政危機が報じられているが、人々は日々の生活をエンジョイしているように見受けられた。


 IUCr2011の展示コーナーに“The ALBA Synchrotron Light Source”のコーナーがあったので、まずは、この話をしよう。ALBAは2011年に運転を開始し、2012年にユーザー運転に入るスペインの第3世代放射光施設である。宇宙船のような斬新な建屋のデザインに強い印象を受けた方もいると思う。この施設は3 GeV〜400 mAで運転する周長268.8 mの蓄積リングからなり、4.3 nm・radのエミッタンス性能を有する。17本の挿入光源ビームラインと16本の偏向電磁石ビームラインの建設スペースがあり、2011年8月の時点では、7本のビームラインが第1フェーズとして建設されている。第2フェーズには8本のビームラインが建設される予定である。以下に第1フェーズのビームラインを示す。( )は光源である。
 1. Core Level Absorption & Emission Spectroscopies (Multipole Wiggler)
 2. Materials Science and Powder Diffraction (Superconducting Wiggler)
 3. Macromolecular Crystallography (In-vacuum Undulator)
 4. Non Crystalline Diffraction (In-vacuum Undulator)
 5. Photoemission Spectroscopy and Microscopy (Apple-II Helical Undulator)
 6. Resonant Absorption and Scattering (Apple-II Undulator)
 7. Soft X-ray Microscope (Bending Magnet)

 ALBAは、スペインの産業成長と技術革新を念頭において、国内の研究開発の活性化と質の向上を目指している。イギリスのDiamond Light Source同様、産業利用に力を入れている中型放射光施設である。

学会会場


 さて、IUCr2011であるが、会議は基調講演、マイクロシンポジア、ポスター・セッションで構成されていた。一日のプログラムは基調講演で始まり、午前のマイクロシンポジア、ランチの後のポスター・セッション、午後のマイクロシンポジア、そして一日の締めくくりの基調講演で終わる。会期全体を通して合計98のマイクロシンポジアが開かれ、6テーマのパラレル・セッション形式で進められた。マイクロシンポジウムのテーマは17の委員会からの提案に基づいて選定されているが、“MS31: Structural Implications in Catalytic Processes”と“MS52: Graphitic Materials”は2010年のホット・トピックスとして選定されている。著者2名で全内容を網羅することは不可能なため、それぞれに関連するテーマについて、以下に述べることにする。


 “MS48: Electron Momentum and Spin Densities in Correlated Electron System”は、強相関物質の電子運動量密度(Electron Momentum Density)とスピン密度(Spin Density)の精密測定とその応用がテーマである。5つの講演のうち、2つはコンプトン散乱、磁気コンプトン散乱実験、1つは共鳴X線磁気散乱実験、2つは理論の立場からの講演であった。最初の講演では、S. B. Dugdaleがコンプトン散乱で得られたコンプトン・プロファイルから3次元電子運動量密度を再構成してフェルミ面マッピングを行う方法について解説し、NiAl形状記憶合金のマルテンサイト変態を引き起こすフェルミ面のネスティング構造を示した。これはコンプトン散乱によるフェルミオロジーの代表的な研究例である。また、同氏は磁気コンプトン散乱実験と第一バンド理論計算を組み合わせることによりバルクのスピン分極率を求める方法を提案し、CoS2スピントロニクス材料に応用した。多くのスピン分極率を測定する手法は表面状態をプローブするものであり、スピントロニクス応用上重要なバルク状態のスピン分極率を計測する手法として注目されている。また、磁気コンプトン散乱に関して、Y. Sakuraiが磁気コンプトン散乱実験によりアップとダウン・スピン別電子運動量密度を求める方法について講演した。応用例として、マンガン酸化物La1-xSrxMnO3を取り上げた。この物質では、LaをSrで置換すると物質中にホールが注入される系である。Sr置換量が少ない場合、ホールは酸素Oの2p状態に入るが、Sr置換量が多くなるとアップスピンMn 3d状態からダウン・スピンMn 3d状態への電荷移動が起こることを示した。これは磁性研究をより基本的な電子論研究へと掘り下げた例であり、スピン別電子輸送が重要な役割を演じるスピントロニクスに新しい知見を与えると期待される。M. Okubeは共鳴X線磁気散乱を用いてマグネタイトFe3O4の測定を行い、実空間におけるスピン密度分布を求めた。Fe3O4のAサイトとBサイトの位置に、Fe 3d軌道に起因する、それぞれ正と負のピークを示す分布が得られた。共鳴X線磁気散乱は磁気コンプトン散乱と相補的な実験手法であり、前者は実空間、後者は運動量空間のスピン密度を与える。両方の実験データから、スピン分極した電子状態をより詳細に決定する方法が提案されており、この分野の今後の発展に期待したい。A. Bansilは第一原理バンド理論計算から電子運動量密度を計算している立場から最近の研究の進展について、総合的に報告した。一つは高分解能コンプトン散乱による銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4のホール状態イメージングとマンガン酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7の金属絶縁体転移についてである。現状の計算は1電子近似に基づいているが、今後の進展として、強相関電子系をより正確に記述できるバンド計算法の開発が期待される。A. I. Baranovは「電子局在指標(Electron Localization Index)」の概念を用いて電子状態の局在性を数値化する方法について説明した。この指標を、ナトリウムの高圧下における金属絶縁体転移や1次元配列した水素のモデルへ応用し、その有効性について議論した。金属と絶縁体の違いを定性的に記述するのではなく、定量的に示す点で大きく評価される。この指標は実空間で定義されているが、運動量空間に焼き直した時の指標がどうなるかについて興味がある。

 “MS63: Quasicrystals and Their Approximants: Structure and Physical Properties”は準結晶とその近似結晶の構造と物性をテーマとしている。2011年ノーベル化学賞は準結晶を発見したShectmanに贈られたが、この発表が数か月早ければ、このマイクロシンポジアはよりいっそう注目されたことに違いない。準結晶は周期性を基本とする結晶では許されない5回対称を有する。5回対称は準周期性のもとでは許されるので、準結晶と呼ばれる。大きな単位胞を有する結晶には局所的に5回対称構造を持つものもあり、この単位胞の大きさを無限大にしたものが準結晶と考えることができる。この局所的に5回対称を有する大きな単位胞の結晶を近似結晶という。この短・中距離構造は準結晶に近いと考えられている。準結晶は銅酸化物高温超伝導体と同じ時期に発見された。櫻井の博士論文のテーマは準結晶の局所原子構造であった。隣の研究室では乳鉢ですり潰した粉体を炉で焼いて銅酸化物を作っていた一方で、櫻井は液体急冷装置でAl系準結晶を作成した頃を思い出した。講演内容であるが、R. TamuraによるCd6R近似結晶の磁性、M. MihakkovicによるAl11Ir4近似結晶の構造相転移、P. KuczeraによるAl-Cu-M準結晶構造の精密化など、20年近く前と比べて、研究が格段に精密化している。特に、このマイクロシンポジアの直前に行われた、Ronan McGrathの基調講演:“KN32: Structure of quasicrystalline surfaces”では、準結晶の表面構造に関する研究が紹介され、触媒効果など化学反応への応用を目指している旨の話があり、応用に向けた研究も進展していることを知り、準結晶研究が確実に進展していることを実感した。Shechtmanのノーベル賞受賞により、さらに発展することに期待したい。

オーラルセッション(質疑応答場面)


 国際結晶学会は規模が大きく生物系のセッションは18もあったが、大別してビームラインを含む測定装置・ソフトウェアの開発などの方法論のセッションと、生体高分子の結晶構造解析に関するセッションに分けられる。
 最初に“MS13: Automation of Data Collection and Remote Control of Experiments”のセッションについて報告する。放射光施設の構造生物学ビームランでは自動化が進み、また遠隔地からのリモート測定も実施されるようになっている。A. González氏はSSRLにおける自動化とリモート測定に関して講演した。SSRLは、この分野におけるリモート測定のパイオニア的存在であり、精力的に利用を推進した結果、現在では95%のユーザーがリモート測定を利用しているということである。講演ではリモート測定のメリットとして、時間・旅費などの節約だけではなく、ビームラインが空けば別のユーザーが利用できるというflexibilityや、複数の研究拠点から同時にビームラインにアクセスすることで共同研究が円滑にできる点をあげていた。また、このセッションでは、K. HasegawaもSPring-8の構造生物学ビームラインにおける自動化とリモート測定について講演を行った。われわれの施設でも2011B期よりリモート測定が開始するが、放射線安全に関する規制が諸外国より厳しいこともあり、ユーザー認証システムを設け、更にビームラインインターロックと連動した他の施設とは異なる独自のリモートシステムを構築している点を強調した。
 生体高分子の結晶解析の自動化が進んでいるのは、データ測定ばかりではない。測定後のデータ処理、構造解析も然りである。“MS72: Automated Data Processing and Structural Solution for High Throughput Crystallography”のセッションでは、J. Foadi氏が複数の回折強度データのクラスター分析をするソフトウェアBLENDに関する講演を行った。実例として膜タンパク質の構造解析において、1つの結晶から得たデータでは構造解析に失敗したのが、BLENDによる計算結果をもとに複数のデータを合わせたデータを用いることで解析に成功したケースの紹介があった。このような作業は、これまで人の手作業で行ってきたが、統計法を駆使することで迅速かつ系統的に行えるようになると思われる。同じセッションでは、Diamond Light SourceのA. W. Ashton氏が自動データ処理ソフトウェアFast_dpを開発し、測定後2分以内にデータ処理を行えるようにしたということである。さらに差フーリエ電子密度図を自動的に計算するソフトウェアDIMPLEも開発し、測定4分後にはリガンドの有無が確認できるということであった。創薬を目指したハイスループットのスクリーニングなどには有用であろう。
 また、“MS58: New Computational Approaches to Structure Solution and Refinement”のセッションにおいては、D. Rigden氏が、ab initioモデル(一次構造より予測した構造)を用いた分子置換法(MR法)による構造解析について講演した。モデリングソフトウェアRossetaで予測した複数の構造モデルのクラスタリングを行うことで実際の構造に近いと思われるモデルを導き出し、分子置換法で解析を行うということであった。また、このセッションに先立ってG. M. Sheldrick氏による構造解析ソフトウェアSHELXに関する基調講演があった。ポリアラニンモデルの構築と位相の改良を繰り返して構造解析を行う方法や、MR法で得られた位相を用いて重原子を見つけるMR-SAD法の導入など、現在もSHELXの高機能化を図っているということである。D. Rigden氏の講演を含め、ますます、構造解析の自動化・ブラックボックス化が進むようである。
 その一方で、今回は“MS43: Validation, Error Detection and Fraud Prevention”のセッションやG. J. Kleywegt氏による“KN16: Validation and errors in protein structures”と題した基調講演が設けられていた。これらの講演の中では、validation(構造の妥当性の確認)の重要性や、構造解析において間違いが生じる原因、新しいvalidation方法の提案、複数のValidationソフトウェアをつなげたパイプライン化の構想などについて議論があった。自動化・ブラックボックス化とともに生体高分子の結晶解析の裾野が広がった一方で、誤った構造が報告されるなどの弊害もあり、構造の妥当性の確認や誤りの検出がますます重要になるということであろう。
 生体高分子の構造解析においては上記の通り、自動化が進んではいるものの膜タンパク質などの高難度試料のデータ測定・構造解析には依然として困難がともなう。その一つがX線照射損傷の問題であろう。“MS70: Radiation Damage: Consequences and Uses”のセッションでは、J. Yano氏は、光合成に関係する膜タンパク質PS IIにおける、X線照射線損傷の影響をXAFSスペクトル測定によりつぶさに調べ、結晶解析法によられた構造へのX線照射損傷の影響の可能性を指摘した。X線照射損傷傷のない立体構造を得るには、結晶解析法と分光学的手法を組み合わせたアプローチが必要であるとのことで、現在、LCLSでのXAFSと回折の同時測定を計画しているということであった。また、APSのR. F. Fischetti氏は、ビームサイズとX線照射損傷の関係を実験により定量的に調べ、マイクロビームの優位性について述べるとともに、X線照射損傷の周辺部への伝播距離について講演した。このようなデータは、回折データ測定の戦略を立てる上で重要となるであろう。
 高難度試料の解析におけるまた別の困難は、回折反射の分解能が出ないことであろう。“MS86: Challenges of Low-Resolution Crystallography”のセッションでは、A. T. Brunger氏によるDEN-refinementの講演があった。これは、参照モデルを利用することで精密化するパラメーター数に対するデータ数の不足を補い、3 Å以下の低分解能での精密化を可能にするものである。例として不活性型のGPCRを参照モデルとして活性型GPCRの精密化を行った例を示していた。また、LCLSで得られた膜タンパク質の立体構造の7.4 Å分解能での精密化についても言及していた。別のセッションではG. N. Murshudov氏が精密化ソフトウェアREFMACによる低分解能での精密化に関して講演を行っていたが、今後低分解能で解析せざるを得ない試料が増えることが予想されるため、こういったソフトウェアの利用が増えると思われる。
 以上、方法論のセッションを中心に紹介してきたが、ここでは述べなかったものの膜タンパク質や超分子複合体の構造など、興味深い生体高分子の構造解析の講演が数多くあった。もちろん、その中には兵庫県立大学の月原先生の基調講演や、大阪市立大学の神谷先生によるPS IIの高分解能結晶解析の講演などSPring-8を用いた研究成果の報告も多くあり、SPring-8のこの分野への貢献は大きいのではないかと感じた。

ポスター会場


 前回のIUCrは2008年に大阪で開催されたが、この3年にこの分野で最も大きな変化といえばXFELの出現ではなかろうか。今学会においても、J. C. H. Spence先生の基調講演や“MS37: X-Ray Lasers and Other New Frontiers in Synchrotron Applications to Structural Science”のセッションでXFELを用いた研究成果や研究計画に関する講演があった。次の国際結晶学会は2014年にカナダのモントリオールで開催されるが、そのころにはSACLAを利用した研究成果が数多く出ていることであろう。3年後が楽しみである。



櫻井 吉晴 SAKURAI Yoshiharu
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750
e-mail:sakurai@spring8.or.jp

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya
(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0833
e-mail:kazuya@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794