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Volume 16, No.4 Pages 250 - 254

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

X線マイクロビームを用いた触媒粒子の顕微XAFS構造解析
µ-XAFS Analysis of a Single Catalyst Particle using X-ray µ-Beam

唯 美津木 TADA Mizuki

自然科学研究機構 分子科学研究所 Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences

Abstract
 BL37XUビームラインにおいて、1000 nm × 800 nmのサイズのX線マイクロビームを用い、SiO2基板上に高分散させたNi担持Ce2Zr2Oy酸化物固溶体触媒(NiOx/Ce2Zr2Oy(x = 0-1, y = 7-8))触媒粒子1粒のXAFS測定を行った。2次元顕微蛍光X線分析法(XRF)とNi K吸収端顕微X線吸収微細構造法(XAFS)を組み合わせた解析によって、基板上の触媒粒に対し、触媒活性の異なるNiの2つの酸化状態を捉え、またその局所配位構造を決定することにも成功しました。
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1.XAFSを用いた触媒構造解析
 私達の生活に必要な化学物質の多くは、触媒を用いて人工的に合成されており、触媒は化学プロセスの中で極めて重要な役割を有しています。工業的には、反応物や生成物から分離しやすい固体の触媒が汎用されていますが、触媒の優れた機能を生み出す構造やその働きの詳細を理解することは今日においても決して容易ではありません。
 固体触媒の構造解析には様々な分光法が用いられています。例えば、X線回折は結晶性の物質の構造を解析する上で極めて重要なツールであり、触媒や触媒表面に吸着した分子の結合の振動状態に関する情報を得るには、赤外分光法やラマン分光法が強力なツールとなります。NMRからは、試料中に含まれる核種の化学状態に関する情報が得られ、比表面積測定(BET)法を使えば物質の表面積を調べることが出来ます。また、局所配位構造の解析には、XAFS法が極めて有用です。
 XAFSは、元素固有のエネルギーのX線を試料に照射した際の吸収端近傍の吸収スペクトルであり、吸収端近傍の領域をXANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)、その吸収端後に現れる広域スペクトルをEXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)と呼んでいます。XANESの解析からは、主に測定対象元素の対称性や価数に関する情報が得られ、EXAFSのカーブフィッティング解析からは、測定対象元素の周辺にどのような原子が何個、どのような距離で存在するか、その元素の局所配位構造を決定することができます。
 触媒の多くは、結晶のような長期的な秩序構造を有していない物質であり、X線結晶構造解析の適用が困難であります。このことから、XAFS法は固体触媒において、その局所配位構造を決定し得る極めて有効な方法であり、触媒構造解析に広く利用されています。触媒となる金属元素の吸収端のエネルギーは、高い透過力を有する硬X線領域に相当するため、その高い透過力を利用して、反応ガスや反応溶液などが共存する触媒反応の条件でも、その場(in-situ)測定が可能です。



2.X線マイクロビームを用いた触媒粒のXAFS構造解析
 固体触媒は多くは粉体の物質であり、その粒子サイズは、主にナノ〜ミクロンサイズです。一つ一つの触媒粒子は、大きさや形が異なる場合が殆どで、場合によってはその化学組成、含まれる原子の価数や環境も異なります。触媒として働く原子がどのような原子とどのような距離で結合しているか、原子のごく近傍の構造情報である局所配位構造は、触媒の構造を理解する上で大変重要なパラメータでありますが、様々な大きさ、形状、組成の触媒粒子が混じった粒子の集合体/混合体について、それぞれにおける局所配位構造を知ることは大変困難です。複雑な固体触媒の構造をより詳しく調べ、その構造に基づく触媒の働きをミクロな視点で理解するには、複雑な粒子の集合体/混合体の構造を調べる必要があります。
 一般的なXAFS計測では、照射するX線ビームは通常、mmオーダーのサイズを有しています。触媒粉末は、ペレット状に成型した上で、試料ペレットにX線ビームを照射して、透過X線もしくは蛍光X線を計測して、測定対象のXAFSスペクトルを得ます。従って、mmオーダーのビームサイズの中に含まれる全ての粒子の平均情報に相当するXAFSスペクトルとなり、そこから得られる情報は不均一な触媒粒子集合体/混合体のマクロな平均情報になります。しかしながら、触媒粒子のサイズや形状が異なると、必ずしもその構造や組成は一致するとは限らず、触媒性能や反応性が一粒ごとに異なることも予想されます。このような不均質な固体触媒粒子のミクロな構造を捉えるには、ナノ〜サブミクロンサイズの触媒粒子1粒の電子状態情報や局所配位構造を明らかにできる手法が必要になります。
 我々の研究グループは、BL37XUビームラインにおいて、幅1000 nm、高さ800 nmのX線マイクロビームを作成し、このビームサイズと同等の大きさを有する触媒粒子1粒の構造を解析することに取り組みました。BL37XUのアンジュレーターから供給されるX線ビームを、KBミラーによって水平方向、平面方向に精度よく集光し、ナノ〜サブミクロンサイズの硬X線を得ました(図1(A))。図1(B)は、Ni K吸収端(8 keV)におけるX線マイクロビームのナイフエッジスキャンのプロットであり、1 μm(水平方向)× 0.8 μm(垂直方向)(半値幅)のサイズ のX線マイクロビームでした。

図1 (A) SPring-8 BL37XUビームラインにおける顕微XAFS測定実験のセットアップ。(B) 8 keVにおけるX線マイクロビームのビームサイズプロフィル。(1) 水平方向(x)、(2) 垂直方向(z)のナイフエッジスキャンプロフィル。
 このX線マイクロビームを使って、メタンと水を反応させて水素に変換する反応(メタンスチームリフォーミング反応)に活性を有するNi担持Ce-Zr酸化物固溶体触媒(NiOx/Ce2Zr2Oy, 0 ≤ x ≤ 1, 7 ≤ y ≤ 8)の触媒粒の構造(酸化状態,局所配位構造)を明らかにすることに取り組みました。Ce2Zr2Oy(7 ≤ y ≤ 8)は、自動車排ガス浄化触媒の担体として豊田中央研究所が合成したものであり、Ce3+ ←→ Ce4+の酸化還元反応を利用して、結晶内部の酸素原子が放出・吸蔵され、高い酸素吸蔵、放出能力を有することが知られています[1,2][1] A. Suda, Y. Ukyo, H. Sobukawa and M. Sugiura: J. Ceram. Soc. Jpn., 110 (2002) 126-130.
[2] Y. Sakamoto, K. Kizaki, T. Motohiro, Y. Yokota, H. Sobukawa, M. Uenishi, H. Tanaka and M. Sugiura: J. Catal., 211 (2002) 157-164.
。電子顕微鏡画像の解析から見積もったCe2Zr2Oy粒子の平均粒子径は、750 nmであり、BL37XUビームラインから得られるX線マイクロビームのサイズとほぼ同等の大きさを有する粒子です。このCe2Zr2OyにNiを担持した試料は、メタンスチームリフォーミング反応に活性を示します。
 触媒粒一つ一つにX線マイクロビームを照射して、それぞれの顕微XAFSスペクトルを得るには、この触媒粒子を高分散に保持する必要があることから、我々はNi/Ce2Zr2Oy触媒粒子をSiO2薄膜基板上に分散させて担持した試料を作成しました。透過型電子顕微鏡(SEM)像の解析から、SiO2基板上で互いに凝集した触媒粒の割合は2%以下であったことから、基板上において殆どの触媒粒はばらばらに担持されていることがわかりました。
 このSiO2基板にX線マイクロビームを照射すると、基板上にNi/Ce2Zr2Oy触媒粒が存在する位置からは、試料に含まれるNiおよびCeからそれぞれの元素に固有なエネルギーの蛍光X線が放出されます。従って、薄膜基板試料をピエゾステージにマウントして2次元スキャンしながら、各位置における蛍光X線の測定を行えば、その強度についての2次元マッピングが得られ、薄膜基板上の触媒粒子の位置を特定することができます(図2(A))。実際、8.428 keVのX線マイクロビームを基板に照射して、Ni Kα蛍光X線(7.478 keV)、Ce Lα(4.840 keV)+ Ce Lβ(5.262 keV)蛍光X線を観測すると、両者のX線強度のマッピング(図2(A1) (A2))では、同じ位置でそれぞれのX線強度が高くなっており、これは、基板上のNi/Ce2Zr2Oy触媒粒子の位置を示しています。
図2 (A) 8.428 keVのX線マイクロビームを用いて測定した蛍光X線の2次元マッピング。(1) Ni Kα 蛍光X線(7.478 keV)、(2) Ce Lα(4.840 keV)+ Ce Lβ(5.262 keV)蛍光X線。(B) 活性なNi/Ce2Zr2O7(a)と不活性なNiO/Ce2Zr2O8(b)のNi K端顕微XANESスペクトル。
 このNiOx/Ce2Zr2Oy触媒には、複数の異なる化学状態が存在します。水素還元によって作成される構造はNi/Ce2Zr2O7であり、メタンスチームリフォーミング反応に対して活性を示します。この試料においては、酸化物固溶体中の酸素が放出され、セリウムは3+として存在しています。一方、この試料を酸素で酸化して作られる構造は、酸素原子が放出されていた酸素欠陥サイトに酸素が取り込まれ、Ceが4+の状態を取った構造Ce2Zr2O8であり、メタンスチームリフォーミング反応に不活性です。Ce2Zr2O7とCe2Zr2O8の酸化状態の中間に相当する状態も存在します。
 そこで、活性なNi/Ce2Zr2O7と不活性なNiO/Ce2Zr2O8をそれぞれSiO2薄膜基板上に分散させた試料を作成し、それぞれの試料について蛍光X線の2次元マッピングを測定して、各基板上における触媒粒子位置を決定した後、その重心位置にX線マイクロビームを照射して、触媒粒子のNi K吸収端蛍光顕微XAFSスペクトルの測定を行いました。図2(B)は、それぞれの試料のNi K端XANESスペクトルであり、吸収端直後のホワイトラインピークの強度が異なることがわかります。図2(B) (a)の活性なNi/Ce2Zr2O7においては、ホワイトライン強度が小さく、不活性なNiO/Ce2Zr2O8((B) (b))おいては、ホワイトラインピーク強度が大きいことが分かります。これは、不活性な触媒では、ニッケルが酸化されていることを示しています。このホワイトラインピークトップの面積を見積もり、不活性な触媒では、Niは2+の状態を取ることが分かりました。
 更に、この不活性な触媒について、Ni K吸収端の顕微EXAFSの測定も行いました。図3に、測定したXAFSデータ(A, 左側)、バックグラウンドを引いて規格化したデータ(A, 右側)、抽出したEXAFS振動(B)、そのフーリエ変換(C)を示します。ビーム内に含まれるNi数が少ないため、S/N比はmmサイズのX線ビームを使った計測と比較して悪いですが、抽出したEXAFS振動、フーリエ変換ともにカーブフィッティングによる局所配位構造解析が可能でありました。実際、図3(B) (C)のEXAFS振動とフーリエ変換をそれぞれカーブフィッティング解析することで、Niの局所配位構造に関する情報を得ることができ、この不活性なニッケル触媒は酸化ニッケル(NiO)と同等の局所配位構造を有することがわかりました[3][3] M. Tada, N. Ishiguro, T. Uruga, H. Tanida, Y.Terada, S. Nagamatsu, Y. Iwasawa and S. Ohkoshi: Phys. Chem. Chem. Phys., 13 (2011) 14910-14913.

図3 X線マイクロビームを用いたNiO/Ce2Zr2O8触媒粒子のNi K吸収端顕微XAFSスペクトル。(A)(左)測定生データ、(右)バックグラウンドを引いて規格化した吸収スペクトル、(B) そのEXAFS振動、(C) フーリエ変換。赤:実測スペクトル、黒:カーブフィッティングスペクトル。


3.今後の展開
 多様な働きを示す固体触媒の構造は、これまで不均一な粒子の集合体/混合体としてしか明らかにすることが出来ませんでしたが、X線マイクロビームを用いたXAFS構造解析では、構造や組成の異なる一つ一つの粒子の化学状態や局所配位構造を明らかにすることができます。将来は、更に粒子内部の構造の違いやその反応時の変化などを捉えることが可能になれば、固体触媒機能の相乗原理を明らかにすることもできるかもしれません。また、触媒だけでなく様々な物質材料の解析にも応用が期待でき、マクロな計測では明らかにすることのできなかった物質機能の本質の解明に発展することを期待しています。



4.謝辞
 本研究は、SPring-8一般課題2010A1408において、BL37XUビームラインを利用して行われました。また、共同研究者である東京大学大学院理学系研究科大学院生の石黒志氏、大越慎一教授、SPring-8の宇留賀朋哉博士、寺田靖子博士、谷田肇博士、電気通信大学岩澤康裕教授、永松伸一博士にこの場を借りて深く御礼申し上げます。また、ニッケル担持触媒の研究に際して、豊田中央研究所の長井康孝博士にCe2Zr2O8試料を提供頂きました。また、この研究は、分子科学研究所協力研究(2009-2010)、および科研費基盤研究(S)(18106013)の支援を受けて行われました。ここに改めて感謝致します。



参考文献
[1] A. Suda, Y. Ukyo, H. Sobukawa and M. Sugiura: J. Ceram. Soc. Jpn., 110 (2002) 126-130.
[2] Y. Sakamoto, K. Kizaki, T. Motohiro, Y. Yokota, H. Sobukawa, M. Uenishi, H. Tanaka and M. Sugiura: J. Catal., 211 (2002) 157-164.
[3] M. Tada, N. Ishiguro, T. Uruga, H. Tanida, Y. Terada, S. Nagamatsu, Y. Iwasawa and S. Ohkoshi: Phys. Chem. Chem. Phys., 13 (2011) 14910-14913.



唯 美津木 TADA Mizuki
自然科学研究機構 分子科学研究所
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
TEL:0564-55-7351
e-mail:mtada@ims.ac.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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