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Volume 08, No.2 Pages 68 - 70

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

−XAFS分科会−
– XAFS Division –

渡辺 巌 WATANABE Iwao

大阪女子大学 理学部 Faculty of Science, Osaka Womenユs University

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 SPring-8におけるXAFS分科の課題選定法は前主査の時からあまり変っておりません。ただ、長時間のビームタイムを要求する課題で、実験実施可能性や申請者の解析能力について危惧される課題については、一度に全ビームタイムを認めるのではなく、一部実験を行った後、その報告の評価を行なって追加ビームタイムを認めるカテゴリーがXAFS分科のみで実施されるようになりました。

 したがって、課題選定の様子を知るには、これまでの主査の先生方が書かれているコメント、宇田川康夫、SPring-8利用者情報、Vol.4, No.2(1999)16、野村昌治、同Vol.6, No.2(2001)88、を参照下さい。ここでは折角与えられた紙面ですからSPring-8のXAFSユーザーにとって最も重要な情報と思われる、「よい評価点を得るための申請書の書き方」について紹介したいと思います。


-その1.XAFS、特にEXAFSはクセのある解析法であることをわきまえた申請書を書くこと-

 XAFSスペクトルは、種々の試料について、容易に誰でも測定できるもののように見えます。それに加えて巷に流布されているXAFS, EXAFSの紹介はあまりに初心者を惑わすきれいごとになっています。そのため初心者はXAFSに過剰な期待を持っていて、予備的検討が不足と判断されるケースが多々あります。熟練者とよく相談し、実験・解析時に予想される困難点を明確に指摘した上で、「それでも実験を試みたい。試みる価値がある。」と書けば高い評価が得られます。


-その2.抽象的、包括的な実験目的は評価されない-

 実験意義、目的にあまり仰々しい立派なことが書かれていても評価されることは少ないでしょう。一般課題はたった半年の期間に、しかも多くは1日~2日に行う実験課題の申請です。たった2日の間に行う実験は、たかが知れています。この間に行う実験を具体的に書き、結果をどの様に解析しようとしているか、予想している解析結果を具体的に記述することが重要です。「XAFSから化学状態を知る」とだけ書かれた申請書がよくあります。しかし、これが「酸化数が2価、3価あるいは6価であるかを判定する」、「結合距離を0.1Åの誤差で決定する」、「配位元素が酸素、窒素あるいはイオウであるかを判定する」などと書かれていれば、その実験を行う妥当性が容易に理解でき、そうでない申請よりもはるかによい評価を得られます。審査員は経験、知識にもとづき、実験データがどの様なものになるかを想像し、それが申請者の知りたいものを本当に与えるかどうかを判断します。「やって見ないと分からないから実験を行う」ことはよく分かりますが、漠然と書かれた申請書よりも具体的に書かれていてビームタイムが確実・有効に使われると判断される課題の方が優先されるのは当然でしょう。また、抽象的な表現として「~を知ることは~にとってきわめて重要である」が頻繁に使われます。しかし、この一文が評価を上げるのに役立つ例をほとんど見たことがありません。陳腐な申請書であるとの印象が残るだけです。


-その3.比較試料(標準試料)については具体的に試料名を書くこと-

 XANES解析、EXAFS解析にとって比較試料はきわめて重要なものです。にもかかわらず、この試料名が具体的に書かれていない申請書が多くあります。審査員にとっては、この比較試料名を見ることによって、この課題が何を知ろうとしているのか明確に分かります。あるいはこれを見ると事前の検討が十分になされているか否かがよく分かります。極端なケースでは、試薬として存在しないもの、不安定な化合物であって、どうやって施設まで持ち込むのか不可解なもの、申請課題の趣旨からすれば役に立たないものが記入されています。これらは、当然、評価点を下げることとなります。比較試料として、単に[~含有化合物]とだけ書いたものについては、事前検討が不十分と判断されるだけではなく、持ち込まれる試料の安全性を審査することができないため、重大な申請書類上の不備となります。


-その4.“高輝度”は“高強度”ではない-

 SPring-8が「高輝度光科学研究センター」との名称を持ち、また実際に高輝度なビームライン(IDビームライン)が主力であるため、申請書に「高輝度であるから質の良いデータが得られるので実験を行いたい」との表現が頻繁に用いられています。しかし、XAFS分野の申請課題で、高輝度の必要性があるものはごく少数の特殊な実験を除いてありません。輝度の定義は、[面積×立体角×時間]あたりの光子数です。数mm×数mm以上の大きさの試料を作成できるなら、“高輝度”光はまったく必要ありません。さらに小さい試料の場合でも高輝度ビームが必要なことにはなりません。それは“低輝度”集光ビームラインなら小さな試料面に多くの光を照射できるからです。この場合、集光しても立体角あたりの光子数、つまり輝度は変わらず、“高輝度”になった訳ではないのです。DACを用いる様なごく微小な試料のXAFS測定では“高輝度”アンジュレータ光が有利なことは確かですが、これもよく調整された“低輝度”集光ビームラインで実験ができる可能性があります。一般的には高輝度のアンジュレータ(ID)ビームラインよりも低輝度のベンディングマグネット(BM)ビームラインの方がノイズの少ない高品質のスペクトルを与えます。ですからEXAFS解析のためにノイズの少ないスペクトルが真に必要なら、“高輝度であるから”との表現を用いるのは誤りです。通常のXAFS実験では、SPring-8がPFより明らかに優れているのは高エネルギー領域XAFSのみです。
 ついでに言うと、XAFSスペクトルの質は、[光子数、光子密度、高次光の含有率]の絶対値と時間的、空間的なゆらぎに依存します。また、これらの波長スキャンに伴う変動に依存します。さらにI 0検出器などの感度の直線性に依存します。これらの観点からすると、“高輝度ID”ビームラインはBMビームラインより性能が“とても”悪いのです。残念ながら。


-その5.蛍光法の検出器を明確にすること-

 試料量・濃度に応じていくつかある蛍光法が使い分けされます。これらは、それぞれに特徴があり、試料の特性とマッチした申請書となっているか、またビームタイム要求量が妥当であるかを判断するのに重要な項目となっています。これをいい加減に書いてあると事前検討が不十分であるとみなされます。現在では、試料中の成分組成(元素組成比)を予め別の手段で荒っぽく測定してあれば、最適の検出法を選ぶことはトライアンドエラーでなく事前に判断できます。ですから、「施設において実験を行いながら測定法を選択する」と書かれた課題は評点が下がります。さらに、測定法を途中で変更することはビームライン担当者に予期せぬ負担がかかり大変迷惑であるだけでなく装置の手配が間に合わないこともあります。申請書を書く前に、試料の組成を分析した上で、ビームライン担当者や熟練者と相談するべきでしょう。


-その6.実験責任者は実験に立会う研究者であること。“熟練”共同実験者は実験に立ち会うこと-

 審査員とビームライン担当者は、共同実験者の実験遂行能力も評価基準に入れています。従って、「実験責任者」、「“熟練”共同実験者」が実験に参加することを前提にしていますが、これが守られない例が数多く報告されています。実験責任者が陣頭指揮で実験を行うことが当然であり、そうでないグループは担当者(そして審査員)の頭の中にリストアップされていて評価を下げています。ですから「実験責任者」は実験実施中の現場責任者であって研究の総括責任者ではないことに留意しなければなりません。外国からの申請については実際に実験補助をする覚悟がないなら、安易に共同実験者に名を連ねるべきではありません。そうでなければ、外国人研究者が現れた時、担当者には急に降ってわいた災難となります。


-おわりに-

 この他にも多々ありますが紙面の制限がありますから、これくらいにしましょう。新年度からの課題選定法は、これまでのやり方とは異なると聞いています。また、採択のカテゴリーが複雑となります。しかし、申請書を用いての審査を行う限り、本拙文が何らかの参考になることと期待しています。
 SPring-8は、一般課題について旅費の援助をこの4月からとりやめます。科学研究費のような競争的資金を得てから実験をしに来なさい、とのことですが、これによって若い人の(特に遠方の)育成や革新的アイデアの最初の試みが阻害されないだろうかと心底心配しています。現状の研究費の配分は、すでに成果のある研究者に片寄りすぎています。XAFS研究課題の多くは地味なものです。しかし信頼性の高い解析技術を身につけるには、地味な解析経験を多く積むことが必要なのです。もし、SPring-8が一部の流行のテーマだけで踊ることになれば、すぐに成果の出るテーマだけに片寄れば、いい加減な解析で誤魔化した報告がいくらでも出てきそうです。今でも「EXAFS解析は信用ならない」と一部の研究者から酷評をあびているだけに(私も、いい加減な解析報告をいくつも目にしますが)XAFSの正しい解析ができる人材層の育成のためにSPring-8が応援して下さることを望んで、私の4年間の課題選定作業の締めくくりとします。



渡辺 巌 WATANABE Iwao
大阪女子大学 理学部
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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