Volume 16, No.3 Pages 210 - 212
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第3回Accelerator Reliability Workshop(ARW2011)に参加して
Report on 3rd Accelerator Reliability Workshop
[1](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerators Division, JASRI、[2](財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI、[3](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerators Division, JASRI
Accelerator Reliability Workshop(ARW)は、加速器を運転、維持管理する立場にある者が、文字通りそのreliability “信頼性”向上のために互いの経験、装置改善などについての情報を交換し、より安定な運転の実現に役立てることを目的としたワークショップである。その第3回であるARW2011は、南アフリカ、ケープタウンのiThemba LABS(iTL)で、2011年4月11日から15日にかけて開催された。我々のように大規模な共同利用施設である大型放射光施設に属する者にとっても、光源加速器の利用率、即ち安定運転は最も重要なものであり、ESRFなど他の放射光施設を含めた加速器の信頼性向上に関する取り組みについて、突っ込んだ情報交換が出来ることは大変重要なことである。
第1回ARWは、2002年2月にESRF(フランス、グルノーブル)で開催された。その当時から目的も種類も異なる多様な加速器に共通の話題、またそこから互いに学び合うことを目的に掲げており、放射光、中性子、医学応用、更には放射性廃棄物処理に関わる加速器施設からのスタッフが集まっている。この第1回ARWには、SPring-8から3名、ニュースバルから1名が参加している[1][1] 原雅弘:SPring-8利用者情報 3 (2002) 194.。暫く時間が空いたが、第1回ARWでの議論の有意義性が再認識され、定期的に集まって安定に稼働中の加速器施設の知見を共有することは有用なことであるということで、2009年1月に第2回ARWがハドロン加速器施設TRIUMF(カナダ、バンクーバー)で開催された。その会議の中で、以後隔年で開催することが合意され、今回の開催の運びとなった。iTLは、200 MeV陽子サイクロトロンを持ち、核物理実験のほか粒子線によるガン治療なども行っており(図1)、加速器信頼性が重要であるとの認識を新たにして、今回のホストに名乗りを上げたものである。
図1 ラボ・ツアーでの粒子線ガン治療室の説明風景。
会場となったiTL(図2)は、ケープタウン市街からバスで40分ほどの郊外にあり、チャーターバスによる送迎があった。このような郊外にあり自然豊かな環境であるため、研究所の前庭ではシマウマやインパラなどのアフリカ特有の草食獣がのんびり草を食べていた(図3)。尤も、鹿や猪が頻繁に出没するSPring-8サイトで働く我々にとっては特段騒ぐことでもないかとも思うが、昼日中から出てくるとやはり目を引き、多くの参加者がカメラのシャッターを切っていた。研究所の名前となっているiThembaは、現地の言葉で“希望”という意味で、喜望峰に由来しているものであろうが、南アフリカ(アフリカ?)唯一の加速器施設としての期待が込められているのではないかと思われる。南アフリカにも放射光施設建設の話はあり、この研究所のスタッフがSPring-8に来所したこともあるが、今回聞いた話ではまだ具体的な建設予算確保には至っていないということであった。今回のワークショップには、14カ国から78名の参加があり、地域別では地元南アフリカから32名、ヨーロッパから25名、アメリカ・カナダから11名、アジアから10名(オーストラリアからの2名を含む)と、距離に反比例するような参加者構成となっていた。
図2 会場となったiThemba LABS。
図3 会場の前庭に現れたシマウマとインパラ。
今回の会議は、
・加速器信頼性の歴史と基礎
・加速器信頼性の理論
・ユーティリティ
・信頼性の設計
・信頼性の向上
・信頼性のための手段と方法
・サイクロトロンと線型加速器
・超大型加速器
・光源加速器
・医療用加速器
という話題でセッションが構成され、“信頼性”に関する一般的な話題を扱うセッション(前半)と加速器の種類・目的毎に括って扱うセッション(後半)に大別して進められた。以下で、目に付いたトピックスについて簡単に紹介する。
iTL所長の挨拶に続いて、最初の「加速器信頼性の歴史と基礎」のセッションでは、加速器信頼性に関する意識の変遷や理論についてのレビューがあった。加速器開発の黎明期には、ビーム強度やエネルギーが重要視されていたが、1970年代には信頼性が重要であることが認識されるようになってきた。現在の放射光施設では、availability## “有効利用率”のこと。放射光施設の場合では、計画利用運転時間に対する実績利用運転時間の割合ということになる。 98%以上、年間故障件数は多い施設でも100件程度となっているが、加速器駆動原子炉(加速器で生成する中性子を用いて、未臨界状態の原子炉で核分裂を起こさせる。加速器が停止すれば、核反応も止まるので安全性に優れている)においては、電力の安定供給という意味から更に高い信頼性が必要であるということであった。「加速器信頼性の理論」のセッションにおいて、信頼性の指標としてよく使われるMTBF(Mean Time Between Failure)✝✝ 平均故障間隔時間。これが長い程、信頼性が高く、ユーザーが加速器のトラブルで実験中断を余儀なくされる機会が少なくなる。SPring-8では約180時間(2010年度)である。について、これは運転時間を故障回数で割ることで求めることが普通であるが、故障率が時間に対して一定でないため、故障率を時間の関数として定義しワイブルモデル** 部品の故障率などを統計的に記述するための理論モデル。などによりモデル計算をする必要があるとの指摘があり、これに基づいて予備物品の準備や交換を行うべきとの提案があった。また、利用運転が始まっているSLAC(アメリカ、スタンフォード)のXFEL施設LCLSからの報告では、availability 94.6%を達成しているが、更なる向上のためには上記ワイブルモデルを用いた長期的なトラブル解析が必要であると考えているということであった。
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# “有効利用率”のこと。放射光施設の場合では、計画利用運転時間に対する実績利用運転時間の割合ということになる。
✝ 平均故障間隔時間。これが長い程、信頼性が高く、ユーザーが加速器のトラブルで実験中断を余儀なくされる機会が少なくなる。SPring-8では約180時間(2010年度)である。
* 部品の故障率などを統計的に記述するための理論モデル。
「信頼性の設計」のセッションでは、運転自動化のメリット/デメリットについて報告があり、自動化のメリットでは複雑な手続きを踏むことになる入射に要する時間の短縮などの例が示され、デメリットとしてオペレータのスキルが低下し、いざ事が起きた時には逆に時間を費やしてしまうなど信頼性が損なわれる結果となるとの指摘があった。これはSPring-8の運転においても永遠のテーマである。対処としてはオペレータが運転ソフトの中身に精通するよう教育、訓練を行うことが重要であると改めて強調された。SPring-8からは、最近実施し2010年10月から運用している加速器安全インターロック更新について報告を行った。これは、インターロックシステムの拡張性、メンテナンス性向上を目的として実施したものであるが、加速器運転自身の信頼性向上に密接に関わるものであり、また将来のSACLAとの運転統合にとっても重要なものである。出席者からのコメントで、インターロックに使用しているProgrammable Logic Controller(PLC)の多重化などについて有益な意見を聞くことができた。
加速器の種類・目的毎の一連のセッションでは、availabilityについての状況報告があった。「光源加速器」のセッションでは、2009年に利用運転が始まった上海の放射光施設SSRFから報告があり、95%のavailabilityを達成しているが、安定と思われていた超伝導RFキャビティで苦労しているとのことであった。信号回路見直しや電子機器の温度調整などの対策を施し、2011年は97%以上のavailabilityを目指しているという。さて、当然SPring-8の状況報告を行ったが、SPring-8ではここ5年間では99%以上という高いavailability(2010年度では99.2%、ダウンタイム27時間29分)を達成しているが、ダウンタイムの削減のために準備してきた電子銃二重化、線型加速器クライストロンのバックアップ体制、蓄積リングの4極および6極電磁石の予備電源等のバックアップシステムの整備などの信頼性向上のために実施してきた取り組みについて紹介した。その他、Australian Synchrotron(報告は「ユーティリティ」のセッションで行われた)のフライホイールとコンデンサーを用いた大規模なUPS(無停電電源)の紹介があった。これは、蓄積リングRF、電磁石電源および冷却設備の電力を賄えるもので、日本では考えられない原因(送電設備へのbird strike、乗り物の衝突、possum(フクロネズミが囓る?))で頻繁に停電が起こるという地域の電力事情から、これほど大規模な設備を導入しても十分にペイするということであった。
さて、そもそも加速器運転の信頼性とは何かという議論が当然あった。ビーム性能を落として運転時間を延ばしても、信頼性の高い運転とは言えないのではないか?SPring-8でも、機器トラブルのため100 mAでのTop-up運転が維持できない場合に蓄積電流値を下げるのか、またバンチ純度が悪化した場合に運転を継続するのか、あるいは運転を止めてトラブル対処をおこなうのか、というような判断に迫られることがある。このような時には、ビームラインを担当する部署の責任者の意見が尊重されることになるが、ユーザーによって蓄積電流値やバンチ純度に対する要求が異なるであろうから判断が難しい場合もある。このワークショップの議論を聞きながら、加速器を運転する立場でもユーザーの方々にも様々な意見があることを理解しておくことが大切であるという思いを新たにした。
最後に、各施設における様々な機器トラブルを集約したデータベースの構築を目指すワーキンググループを立ち上げることを宣言して、ワークショップを閉会した。時節柄、“信頼性”が問われている昨今、全般を通して日頃馴染みの薄いハドロン加速器や医療用加速器をはじめ、各施設のトラブルを含む運転状況やトラブル事象の管理方法について詳しい報告などの情報を得ることが出来たことは大変有益であった。今後、より信頼性の高い放射光供給を進め、SACLAを含めたSPring-8加速器のより一層の安定運転の実現に生かして行きたいと考えている。
Reference
[1] 原雅弘:SPring-8利用者情報 3 (2002) 194.
高雄 勝 TAKAO Masaru
(財)高輝度光科学研究センター加速器部門
TEL:0791-58-0860
e-mail:takao@spring8.or.jp
佐治 超爾 SAJI Choji
(財)高輝度光科学研究センター制御・情報部門
TEL:0791-58-0980
e-mail:saji@spring8.or.jp
大熊 春夫 OHKUMA Haruo
(財)高輝度光科学研究センター加速器部門
TEL:0791-58-0858
e-mail:ohkuma@spring8.or.jp