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Volume 16, No.3 Pages 201 - 209

2. ビームライン/BEAMLINES

グリーン・ナノテク研究支援のための放射光分析基盤の整備(BL37XU、BL39XU)
The SR Nano-Beam Analysis Center for Green/Nano-technologies (BL37XU, BL39XU)

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro[1]、寺田 靖子 TERADA Yasuko[1]、大橋 治彦 OHASHI Haruhiko[2]、河村 直己 KAWAMURA Naomi[1]、水牧 仁一朗 MIZUMAKI Masaichiro[1]、宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya[1]、藤原 明比古 FUJIWARA Akihiko[1]、小山 貴久 KOYAMA Takahisa[2]、湯本 博勝 YUMOTO Hirokatsu[2]、山崎 裕史 YAMAZAKI Hiroshi[2]、竹内 智之 TAKEUCHI Tomoyuki[2]、仙波 康徳 SENBA Yasunori[2]、竹下 邦和 TAKESHITA Kunikazu[2]、木村 洋昭 KIMURA Hiroaki[2]、松崎 泰久 MATSUZAKI Yasuhisa[2]、田中 政行 TANAKA Masayuki[2]、清水 康弘 SHIMIZU Yasuhiro[2]、岸本 輝 KISHIMOTO Hikaru[2]、三浦 孝紀 MIURA Takanori[2]、成山 展照 NARIYAMA Nobuteru[2]、後藤 俊治 GOTO Shunji[2]、松下 智裕 MATSUSHITA Tomohiro[3]、石澤 康秀 ISHIZAWA Yasuhide[3]、古川 行人 FURUKAWA Yukito[3]、大端 通 OHATA Toru[3]、山本 雅貴 YAMAMOTO Masaki[4]、高田 昌樹 TAKATA Masaki[4]、石川 哲也 ISHIKAWA Tetsuya[4]

[1](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](財)高輝度光科学研究センター 光源・光学系部門 Light Source and Optics Division, JASRI、[3](財)高輝度光科学研究センター 制御・情報部門 Controls and Computing Division, JASRI、 [4](独)理化学研究所 播磨研究所 放射光科学総合研究センター RIKEN SPring-8 Center

Abstract
 「グリーン・ナノ放射光分析評価拠点の整備」が、2010年度にBL37XU分光分析およびBL39XU磁性材料ビームラインにおいて行われた。本整備計画によって、これらのビームラインで100 nm オーダーの集光X線ビームを利用した蛍光X線分析、X線吸収分光(XAFS)およびX線磁気円二色性分光(XMCD)測定が可能となった。ナノスケールX線分析手法を提供することで、低炭素社会の実現に資するグリーン・ナノテクノロジー研究開発の促進と支援を目的としている。本稿では、本整備計画の目的、新設ステーションの概要、技術的な開発要素、可能となる利用研究について紹介する。
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1.はじめに-社会的/科学技術的背景

 人間社会の永続的な発展および健全な地球環境の維持のために、持続可能な社会の構築が求められている。とりわけ環境・エネルギー技術の低炭素化は全世界的な課題である。先端技術であるナノテクノロジーの活用は、この課題の解決のための重要な鍵となる。文部科学省による低炭素研究ネットワークプログラムでは、大気中へのCO2ガス放出を低減させるための「グリーン・ナノテクノロジー」の研究開発に取り組む国内の18機関から成る研究拠点のネットワーク化を行っている[1][1] 低炭素研究ネットワークホームページ: http://www.nims.go.jp/lcnet/。このプログラムによって、それぞれの拠点が提供する最先端研究開発機器の相互活用を促進する。理化学研究所はこのプロジェクトに参画し、平成22年度に放射光科学総合研究センターにおいてグリーン・ナノ放射光分析評価拠点の整備を行った[2][2] 理化学研究所播磨研究所グリーン・ナノ放射光分析評価拠点ホームページ: http://harima.riken.jp/lcresearch/

 具体的な整備内容は、SPring-8のビームラインにナノ計測ステーションを新たに設置し、ナノサイズの試料を対象とする放射光分析手法を提供することである(図1)。低炭素社会に資する新材料の開発において、ナノメートルオーダーの構造をもつ試料の結晶構造や電子状態、反応過程などを解析し、その知見を材料設計にフィードバックすることを目的としている。その結果、新電池材料、高効率触媒、環境物質・土壌汚染除去物質等の開発に貢献する。最終的には、ナノX線分析手法の提供によって、新エネルギー源の開発、エネルギー消費の節減、温室効果ガス削減などに関連する研究開発の促進に寄与することを目指している。

 本稿では、BL37XU第3ハッチに整備されたナノビームX線蛍光分析装置(以下、ナノ蛍光分析装置)、およびBL39XU第2ハッチに整備されたナノビームX線吸収スペクトル計測装置(以下、ナノXAFS装置)の概要を紹介し、提供されるX線測定手法および可能な利用研究について述べる。これらの装置の目的性能の実現には、100 nm集光X線ビームを安定に形成することが鍵であった。これを実現するための装置技術について、主にX線光学系に関する開発内容を併せて記載する。

 

 

図1 グリーン・ナノ放射光分析評価拠点における、ナノサイズX線ビームを用いた材料解析

 

 

2.ナノスケール集光のための光学系および実験環境の整備

 100 nm集光X線ビームを安定に利用するために、BL37XUとBL39XUにそれぞれ専用の実験ハッチを建設し、高安定化した液体窒素冷却シリコン二結晶分光器およびX線全反射ミラーによる集光光学系を整備した(図2)[3,4][3] T. Koyama, H. Yumoto, Y. Terada, M. Suzuki, N. Kawamura, M. Mizumaki, N. Nariyama, T. Matsushita, Y. Ishizawa, Y. Furukawa, T. Ohata, H. Yamazaki, T. Takeuchi, Y. Senba, Y. Matsuzaki, M. Tanaka, Y. Shimizu, H. Kishimoto, T. Miura, K. Takeshita, H. Ohashi, M. Yamamoto, S. Goto, M. Takata and T. Ishikawa: SPIE Optics+Photonics conference (2011) 8139-17.
[4] S. Matsuyama, H. Mimura, H. Yumoto, H. Hara, K. Yamamura, Y. Sano, K. Endo, Y. Mori, M. Yabashi, Y. Nishino, K. Tamasaku, T. Ishikawa and K. Yamauchi: Rev. Sci. Instrum. 77 (2006) 093107.
。課せられた境界条件は、①BL37XU、BL39XUの2本のビームラインについて同時に建設・整備を行うこと、②2010年度はダークタイムなしに他のビームライン同様の日程でユーザー利用を行うこと、③2011年度初めの約1カ月のコミッショニング期間で、④安定な100 nmビームを供給すること、であった。近隣ビームラインの理解を得て順調に建設を進めることができ、2011年3月末までにすべての機器の試運転を終えた。同年4月からコミッショニングを開始し、4月下旬には100 nm集光ビームをBL37XU、BL39XUの何れにおいても実現した。以下に各ビームラインで共通に整備した光学系および実験環境について紹介する。

 新設した実験ハッチは、BL37XUとBL39XUの既設のハッチからそれぞれ10 mと20 m下流にあり、いずれも長さ6 m、幅3.5 m、高さ3.3 mである。ハッチ内壁面を断熱構造とするとともに精密空調を装備しており、実験ハッチ内の温度変動は0.05℃/日に安定化されている。精密な温調システムと空気の流れを考慮することで、ハッチ入退室に伴う温度変動を抑制し、かつ静穏状態を確保する工夫を行なっている。

 集光光学系には、KBミラー[5][5] P. Kirkpatrick and A. V. Baes: J. Opt. Soc. Am. 38 (1948) 776.と呼ばれる2枚のX線全反射ミラーから成る光学系を採用した。この配置では、楕円筒面に研磨された反射面をもつ2枚のミラーをその表面が直交するように並べ、それぞれのミラーで水平方向と垂直方向のX線集光を行う。水平方向と垂直方向の焦点位置は一致するように設計されている。大阪大学とSPring-8で考案された調整方式[4][4] S. Matsuyama, H. Mimura, H. Yumoto, H. Hara, K. Yamamura, Y. Sano, K. Endo, Y. Mori, M. Yabashi, Y. Nishino, K. Tamasaku, T. Ishikawa and K. Yamauchi: Rev. Sci. Instrum. 77 (2006) 093107.をもとに、ミラー調整機構と試料回りの計測機器およびステージ等を一体化し、安定な100 nm集光ビームを利用できるシステムを構築した。

 分光光学系は、熱的・機械的な安定性を向上した液体窒素冷却シリコン二結晶分光器を導入した。これまでに光学系グループで開発を進めてきた熱シールド、低振動型配管および高精度温度調整ユニットを採用し、従来型の液体窒素冷却分光器と比べてビーム強度変動を1桁以上低減している。また、結晶面の切替え(BL37XUでは111反射で4.5〜38 keV、333 + 511反射で12〜113 keV、BL39XUでは111反射で4.5〜38 keV、220反射で5〜61 keV)に対応し、これまでと同じかより広いエネルギー範囲をカバーできるようになっている。

 各ステーションのビーム性能一覧は次章に後述するが、一例として、BL37XUにおける集光ビームプロファイルを図3に示す。この測定では、分光器下流の輸送チャンネルスリットによりビームを垂直6 μm、水平16 μmで切り出しており、12.4 keVにおいて集光ビームサイズは水平・垂直ともに100 nm(半値全幅)でフォトン数109 photons/sと設計通りの性能が得られている。また、輸送チャンネルスリットの垂直方向を全開、水平方向を48 μmとした場合、ビームサイズは水平・垂直とも300 nmにてフォトン数1012 photons/sを得ている。図4に、この100 nm集光ビームを用いたTa製ジーメンステストパターンの2次元マッピング像を示す。100 nm のラインアンドスペースが明瞭に分解できている。今回、両ステーションの整備のために開発、構築した安定な光学系および実験環境は、SPring-8における100 nmスケールのビーム利用の基盤技術となるものであり、さらなる安定化と汎用化を進めることで、多くのビームラインへの普及が期待される。

 

 

図2 BL37XU、BL39XUに整備した、ナノスケール集光のための光学系および実験環境

 

 

図3 BL37XUにおける集光X線ビームの形状。(a)水平方向、(b)垂直方向。

 

 

図4 BL37XUにおける、Ta製ジーメンススターパターンの2次元マッピング像。試料位置送りのステップは、水平、垂直方向とも30 nm。

 

 

3.ナノスケール分析ステーション

3-1.ナノ蛍光分析(BL37XU第3ハッチ)

 BL37XUはアンジュレータを光源とした硬X線ビームラインである。主な測定手法は、X線マイクロビームと蛍光X線検出を組み合わせた分光分析、極微量元素分析、全反射蛍光X線分析、蛍光X線ホログラフィーである。2002年の供用開始以来、材料科学、生物学、考古学、鑑識科学、環境科学、地球化学等の分野での利用研究が行われている。本ビームラインではX線エネルギーの異なる2本のブランチを利用できる。ブランチAでは標準的な硬X線(4.5〜37.7 keV)による蛍光X線分析が行える。ブランチBでは高エネルギーのX線(75.5 keVに固定)が利用可能であり、高エネルギーのX線集光ビームの形成とそれを用いた重元素の顕微蛍光X線観察法の開発が精力的に行われてきた。ビームラインや既存の実験ステーションの詳細については、ホームページ[6][6] BL37XUホームページ: http://www.spring8.or.jp/wkg/BL37XU/instrument/lang/INS-0000000592/instrument_summary_viewや文献[7][7] Y. Terada, S. Goto, N. Takimoto, K. Takeshita, H. Yamazaki, Y. Shimizu, S. Takahashi, H. Ohashi, Y. Furukawa, T. Matsushita, T. Ohata, Y. Ishizawa, T. Uruga, H. Kitamura, T. Ishikawa and S. Hayakawa: AIP Conf. Proc. 705 (2004) 376.を参照されたい。2章で述べたように、2011年4月に光源から76 mの距離にナノビーム専用の第3実験ハッチおよびナノビームX線蛍光分析装置が整備された。本装置により、100 nmオーダーのX線ビームを用いた蛍光X線分析やXAFS解析が可能となる。

 ナノ蛍光分析装置は、X線を試料位置に集光するためのKBミラー、精密試料ステージ、検出器からなる。これらのコンポーネントは、長さ2.5 × 幅1.1 × 高さ0.8 mの安定な石定盤上に配置されている。KBミラー下流には、ステージやゴニオメーターを搭載可能なレール式可動台が3組配置されており、様々な実験配置を構築可能である。KBミラーは2枚のX線全反射ミラーからなり、それぞれ、垂直方向および水平方向の集光を行う。BL37XU、BL39XU用ミラーの仕様を表1に示す。ミラーユニットの上流側に垂直集光ミラーが、下流側に水平集光ミラーが配置される。水平集光ミラーの下流端から試料までの距離(ワーキングディスタンス)は、100 mmである。実際にはミラーユニットはアクリルケースで覆われているため、実質的に利用できるミラーユニットと試料間の距離は、78 mmである。ミラーの長さと入射角で決まるX線開口は、縦1080 × 横660 μm(BL39XU用は縦1200 × 横760 μm)である。この開口でX線ビームの大部分の強度をミラーに取り込むことができる。X線エネルギーのカットオフは17 keVである。このエネルギー以下では、およそ80%(二回反射)の反射率を確保している。大きな開口と高い反射率によって、明るい集光X線ビームの形成が行える。

 精密試料ステージは、フィードバック機構を備えたステッピングモーターステージを用いている。これによって、試料位置をX線と垂直な面内で、±5 nmの精度で二次元の位置決めを行うことができる。試料からの蛍光X線の測定には、シリコンドリフト検出器を用いる。蛍光X線スペクトルのエネルギー分解能は、230 eV 、最大計数率は100,000 cpsである。

 ナノ蛍光分析装置の集光ビーム性能を表2に示す。利用可能なX線のエネルギーは、4.5〜17 keVである。分析可能な元素は、Ti〜Geという3d元素、希土類元素、5d遷移金属である。集光X線の利用に関して、2つのモードが選択できる。高フラックスモードと高分解能モードである。高フラックスモードでは、集光ビームサイズ300 nm中に、1012 photons/s台の光子数という非常に明るい集光X線が利用できる。高分解能モードでは、集光ビームサイズ100 nm のナノX線プローブが利用できる。その場合には、集光スポット中の光子数は109 photons/s台に減少する。

 

表1 BL37XUおよびBL39XU用X線集光ミラーの仕様
  垂直集光ミラー 水平集光ミラー
表面形状 楕円筒面 楕円筒面
基板材質 シリコン 石英
コーティング材料 Rh 50 nm Rh 50 nm
ミラー長さ 300 mm 200 mm
ミラー中心での視斜角 3.6[4.0]mrad 3.3[3.8]mrad
焦点距離 460 mm 200 mm
開口サイズ 1080[1200]μm 660[760]μm
縮小比 1/70[1/78] 1/160[1/80]
*括弧内はBL39XU用ミラーの仕様。他はBL37XU、BL39XU用ミラーの共通仕様

 

表2 ナノビームX線蛍光分析装置(BL37XU)の集光ビーム性能
  高フラックスモード 高分解能モード
X線エネルギー 4.5〜17 keV
集光ビームサイズ* 230(V)× 270(H)nm 100(V)× 100(H)nm
フラックス* 1.4 × 1012 photons/s 3.1 × 109 photons/s
*X線エネルギー 12.4 keVでの値

 

 今回新たに導入された液体窒素冷却二結晶分光器とナノ蛍光分析装置により、ビームラインに新たに2つの特徴が付与されることになる。1つは前項までに述べたとおり、走査型X線顕微鏡におけるプローブの高分解能化であり、もう1つは分光器の結晶面切り替えにより高エネルギー領域のX線が利用可能になった点である。例えば前者を利用すれば、顕微鏡のプローブサイズとして100 μm(第1ハッチ)→ 1 μm(第1ハッチ)→ 0.1 μm(第3ハッチ)といった選択ができるので上流からサンプルを移動していけば倍率可変な分析を行うことができる。

 また、蛍光X線の検出には対象元素の吸収端エネルギー以上のX線が必要であるので、より多くの元素を分析したい(あるいは存在を確認したい)場合にはより高いエネルギーのX線を用いるのが望ましい。そこでBL37XUでは分光器の結晶面を2組用意し、高エネルギーX線へ対応することとした。最も高いX線エネルギーは113 keVであり、K吸収端ではTh(K端エネルギー:109.6 keV)まで励起することができる。測定例として、NISTガラス標準試料SRM611のスペクトルを図5に示す。この試料はケイ酸塩ガラス中に全ての希土類元素やPb、Sn、Sbなどの重金属元素が500 ppm添加されたものである。詳細なピークの帰属に関しては文献[8][8] I. Nakai, Y. Terada, M. Itou and Y. Sakurai: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 1078.を参照していただきたい。20〜80 keVの領域で各々の元素のK線が分離されており、ppmレベルの濃度であれば十分検出可能であることが示唆されている。これまで、SPring-8でも限られたビームラインでしか実現できなかった分析が、ほぼ同等にBL37XUにおいても行えることがわかった。このような高エネルギーX線の利用と走査型顕微鏡を用いた実験は独立した条件であるが、BL37XUでは100 keVまでの全反射ミラーによる光学系を既に保有しているので[9][9] Y. Terada, S. Homma-Takeda, A. Takeuchi and Y. Suzuki: X-Ray Optics and Instrumentation 2010 (2010) 317909.、重金属元素のK線を1 μm以下の空間分解能で分析することができる。現在までのところ、X線エネルギー60 keVで縦320 nm、横600 nm程度のマイクロビームが得られており、PtやIrなどの白金属元素や希土類元素など、触媒材料や地球科学試料中でのミクロな挙動に興味を持たれている元素の分析に対して大変有効なツールとなり得るであろう。

 

 

3-2.ナノXAFS、ナノXMCD(BL39XU第2ハッチ)

 BL39XUもまたアンジュレータを光源とした硬X線ビームラインであり、磁性体試料の研究を主な目的としている[10,11][10] BL39XUホームページ: http://www.spring8.or.jp/wkg/BL39XU/instrument/lang/INS-0000000528/instrument_summary_view
[11] N. Kawamura, N. Ishimatsu and H. Maruyama: J. Synchrotron Rad. 16 (2009) 730.
。硬X線領域のX線磁気円二色性(XMCD)分光および共鳴/非共鳴磁気散乱が主な測定手法である。本ビームラインの最大の特色は、様々な偏光状態のX線を利用できることである。ビームラインに常設されているダイヤモンドX線移相子によって、磁性研究に有用な円偏光、水平および垂直方向の直線偏光、任意の楕円偏光を簡便に切り替えることができる。最近ではダイヤモンドアンビルセルを用いた極限高圧環境下(> 100 GPa)でのXMCD測定[11][11] N. Kawamura, N. Ishimatsu and H. Maruyama: J. Synchrotron Rad. 16 (2009) 730.や、X線マイクロビームを用いたXMCD測定[12,13][12] M. Takagaki, M. Suzuki, N. Kawamura, H. Mimura and T. Ishikawa: IPAP Conf. 7 (2006) 267.
[13] M. Suzuki, M. Takagaki, Y. Kondo, N. Kawamura, J. Ariake, T. Chiba, H. Mimura and T. Ishikawa: AIP Conf. Proc. 879 (2007) 1699.
、時分割XAFS・XMCD[14,15][14] P. Fons, A. V. Kolobov, T. Fukaya, M. Suzuki, T. Uruga, N. Kawamura, M. Takagaki, H. Ohsawa, H. Tanida and J. Tominaga: Jpn. J. Appl. Phys. 46 (2007) 3711.
[15] M. Suzuki, N. Kawamura, H. Osawa, M. Takagaki, K. Ono, T. Taniuchi, S. Isogami and M. Tsunoda: AIP Conf. Proc. 1234 (2010) 129.
といった新しい実験手法が開発され、これらの手法を用いたユーザー利用が盛んに行われている。今回整備された第二実験ハッチおよびナノビームX線吸収スペクトル計測装置(ナノXAFS装置)により、100 nmオーダーのX線ビームを用いたXAFSやXMCD測定が可能となった。

 

 

図5 NISTガラス標準試料SRM611の蛍光X線スペクトル。X線エネルギー:113 keV、ビームサイズ:0.5 × 0.5 mm、計測時間:1000秒

 

 図6にナノXAFS装置の外観写真を示す。本装置は、X線を試料位置に集光するためのKBミラー、精密試料ステージ、電磁石、検出器からなる。これらのコンポーネントは、長さ1.5 × 幅1.0 × 高さ0.8 mの安定な石定盤上に配置されている。KBミラーの仕様は表1に示すように、BL37XUとほぼ同じである。やはり大きな開口と高い反射率によって、明るい集光X線ビームの形成が行える。精密試料ステージは、フィードバック機構を備えたステッピングモーターステージを用いている。これによって、試料位置をX線と垂直な面内で、±5 nmの精度で二次元の位置決めを行うことができる。光学顕微鏡とキネマティックマウントによる、オフラインでの粗い位置決め(精度10 μm)が可能である。光学顕微鏡によるオンライン試料位置観察機構も今後整備していく。

 ナノXAFS装置の集光ビーム性能は表3に示したとおりである。利用可能なX線のエネルギーは、5〜15 keVである。元素吸収端としては、3d遷移金属のK吸収端、希土類 L2,3吸収端、5d遷移金属(Pt、Auなど)のL2,3端をカバーしている。このうち、5d遷移金属元素は磁気記録材料や触媒として有用な元素であり、本装置の応用としても重要である。偏光状態については、既存のハッチ同様、左右円偏光、水平・垂直直線偏光が利用可能である。最大100 Hzでの高速円偏光スイッチングも行える。BL37XUと同様に、集光X線の利用に関して、高フラックスモードと高分解能モードの2つのモードが選択できる。高フラックスモードでの集光ビーム位置の安定性は±150 nm/10時間、ビームサイズの安定性は±50 nmである。

 

 

図6 ナノビームX線吸収スペクトル計測装置(BL39XU)

 

 また、XMCD測定のために専用の小型電磁石を利用することができる。X線と平行な方向に試料に最大1.2 Tの磁場を印加することができ、垂直磁化膜の測定に適する。磁極間隔は6 mmであり、この間隔に収まるよう試料サイズを調整する必要がある。試料からの蛍光X線の測定には、4素子のSDD(シリコンドリフト検出器)を用いる。実用上の最大計数率は約30万cps、蛍光X線スペクトルのエネルギー分解能は260 eVである。XAFSおよびXMCDの測定では、4素子SDDを用いた蛍光法での測定が基本である。厚さを適切に調整された試料に対しては、PINフォトダイオードやイオンチェンバーを用いた透過法での測定も可能である。試料温度は現状では室温での測定のみ提供している。加熱炉や冷凍機をユーザーが持ち込むことも可能だが、定盤上のスペースが限られている。事前にビームライン担当者に相談されたい。

 

表3 ナノビームX線吸収スペクトル計測装置(BL39XU)の集光ビーム性能
  高フラックスモード 高分解能モード
X線エネルギー 5〜15 keV
集光ビームサイズ* 300(V)× 250(H)nm 100(V)× 100(H)nm
フラックス* 1.7 × 1012 photons/s 3.3 × 109 photons/s
*X線エネルギー 11.56 keVでの値

 

 ナノXAFS装置によって可能となる測定手法は以下のようなものが挙げられる。

  • XAFS(XANES)の二次元マッピング:吸収端の特徴的な構造を利用し、化学状態、結合状態、対称性、局所構造(たとえば相変化材料における結晶とアモルファス相の分布やその転移過程をin-situで観察)などの情報について試料上での空間分布を100 nm の分解能で得ることができる。
  • 局所XAFSスペクトル:試料上の特定の観察部位でのXAFSおよびEXAFS測定。場所ごとでの局所構造の違いをスペクトルから明らかにする。
  • XMCDマッピング、試料上の特定位置でのXMCD、あるいは特定位置での局所的な磁化曲線を得る。PEEMや軟X線顕微鏡と比べて、バルクの情報が得られる、強磁場(1.2 T)下での測定が可能、超高真空環境が不要という特徴がある。実デバイスやそれに近い開発段階での磁性材料の解析に有効である。

 測定例として、Co80Pt20合金磁気ドット試料についての観察結果を図7に示す。300 nmのX線集光ビーム(高フラックスモード)を用いることで、直径200 nm、膜厚15 nmの単一の磁気ドットに対して、局所XAFS、局所XMCD、および元素別磁化曲線の観測に成功した。測定は蛍光法で行った。図7(b)のXASスペクトルでは、磁気ドット本体に含まれるPtと、磁性膜の下地として含まれるNiW合金中のWが観測されており、本装置によって埋もれた膜の測定が可能であることを示している。図7(c)の元素選択的磁化曲線は、PtのXMCD強度が最大となるX線エネルギー11.566 keVにおいて、XMCDの磁場依存性をプロットしたものである。この結果から、単一磁気ドットの磁化反転過程についての情報(保磁力、および磁場転移幅)が直接得られた。従来のマイクロX線ビームによる測定[13][13] M. Suzuki, M. Takagaki, Y. Kondo, N. Kawamura, J. Ariake, T. Chiba, H. Mimura and T. Ishikawa: AIP Conf. Proc. 879 (2007) 1699.では、ビームサイズがドットサイズに比べて大きいため、数10個から数100個程度の多数のドットの平均情報しか得られなかった。100 nm オーダーのX線ビームを用いたXMCD測定によって、ただ1個のドットの磁化反転過程が明らかになった。強い外部磁場下での単一磁気ドットの磁化曲線は、これまで異常ホール効果測定[16][16] N. Kikuchi, S. Okamoto, O. Kitakami, Y. Shimada and K. Fukamichi: Appl. Phys. Lett. 82 (2003) 4313.による報告がなされている。異常ホール効果測定では、ドット試料に微小電極を配置する必要があり、試料調製が煩雑となる。また、多数のドットを次々に評価する目的には向いていない。一方で、ナノXMCD法では、多数のドットを配列した試料の目的のドットに集光ビーム照射することで次々に異なるドットを観察でき、ドットごとの磁気特性のばらつき(スイッチング磁場分散)を評価することが可能である。本測定法で得られる知見は、次世代の超高密度記録媒体として期待されるビットパターン媒体の特性向上に寄与する。

 今後1、2年以内に展開される利用研究として、(1)マイクロ、ナノ触媒の単一粒子XAFS観察、(2)相変化、相転移を利用したマイクロ、ナノデバイスのメカニズム解明、(3)1 Tbit/in2の記録密度に相当する磁気ドット媒体の単一ドット磁気解析、(4)NdFeB等の焼結永久磁石における粒径構造と磁区構造の相関、強磁場下でのバルク磁区構造の観察、などが期待される。同時に、今後の装置整備に関しては、(i)より強磁場(2〜3 T)を発生可能な電磁石の導入、(ii)高温および低温環境の導入、(iii)試料のX線照射ダメージ対策、(iv)モノクロメータ、KBミラー集光装置のさらなる安定化、を検討していく。

 

 

図7 CoPt磁気ドット試料に対する試験測定。ナノXAFS装置(a)を用いることで、直径200 nm の単一磁気ドットの(b)XMCDおよびXAFSスペクトル、(c)元素選択的磁化測定が可能となった。

 

 

4.ナノテク支援枠、グリーン/ライフイノベーション支援枠での課題募集

 ナノビームX線吸収スペクトル計測装置、ナノビームX線蛍光分析装置は、2011A期より共同利用に提供されている。SPring-8の他の共同利用ビームラインや実験ステーションと同様に、課題申請の手続きによって誰でも利用することができる。BL37XU、BL39XUにおいては、一般課題に加えて「重点グリーン/ライフ・イノベーション推進課題」枠を設けており、「グリーン・イノベーション」および「ライフ・イノベーション」分野の利用研究を戦略的に推進している。ナノXAFS装置およびナノ蛍光分析装置を活用する研究の多くは、本重点課題枠の趣旨に合致するものと確信している。ぜひ、重点課題枠を活用した積極的な課題申請をお願いいたします。募集要項の詳細については、SPring-8ホームページをご参照ください。

 

 

5.まとめ

 本稿では、文部科学省による低炭素ネットワークプロジェクトにおいてグリーン・ナノ放射光分析評価拠点として整備された、ナノ蛍光分析装置(BL37XU)、ナノXAFS装置(BL39XU)について紹介した。これらの装置は、硬X線集光ビームによる100 nm オーダーの空間分解能での材料解析、とりわけグリーンナノテクノロジーに資するものである。技術的には、大強度かつ安定なナノビームの提供を可能としており、これはSPring-8の高輝度で安定な光源、理研・阪大を中心に開発されてきたX線集光技術、およびX線分光器をはじめとする光学系や装置環境の安定化技術を、高い水準で組み合わせることで実現された。現時点でのSPring-8の総合的なポテンシャルの高さを示すとともに、今後、他のビームラインにおいてもナノビームX線を提供し、X線回折・散乱をはじめとする様々なナノビーム利用を推進するモデルケースとなっている。さらには、SPring-8次期計画での超高輝度、コヒーレント光源の開発やその利用研究への橋渡しとなるものと考えている。

 

 

6.謝辞

 本実験ステーションの整備は、文部科学省による「低炭素社会構築に向けた研究基盤ネットワークの整備」事業の一環として行われた。プロジェクトの遂行にあたっては、理化学研究所、高輝度光科学研究センターの多くの関係者のご協力をいただいた。この場を借りて御礼申し上げます。また、CoPt磁気ドット試料の観察は、秋田県産業技術センターの近藤祐治氏との共同研究として行われた。

 

 

参考文献

[1] 低炭素研究ネットワークホームページ: http://www.nims.go.jp/lcnet/

[2] 理化学研究所播磨研究所グリーン・ナノ放射光分析評価拠点ホームページ: http://harima.riken.jp/lcresearch/

[3] T. Koyama, H. Yumoto, Y. Terada, M. Suzuki, N. Kawamura, M. Mizumaki, N. Nariyama, T. Matsushita, Y. Ishizawa, Y. Furukawa, T. Ohata, H. Yamazaki, T. Takeuchi, Y. Senba, Y. Matsuzaki, M. Tanaka, Y. Shimizu, H. Kishimoto, T. Miura, K. Takeshita, H. Ohashi, M. Yamamoto, S. Goto, M. Takata and T. Ishikawa: SPIE Optics+Photonics conference (2011) 8139-17.

[4] S. Matsuyama, H. Mimura, H. Yumoto, H. Hara, K. Yamamura, Y. Sano, K. Endo, Y. Mori, M. Yabashi, Y. Nishino, K. Tamasaku, T. Ishikawa and K. Yamauchi: Rev. Sci. Instrum. 77 (2006) 093107.

[5] P. Kirkpatrick and A. V. Baes: J. Opt. Soc. Am. 38 (1948) 776.

[6] BL37XUホームページ: http://www.spring8.or.jp/wkg/BL37XU/instrument/lang/INS-0000000592/instrument_summary_view

[7] Y. Terada, S. Goto, N. Takimoto, K. Takeshita, H. Yamazaki, Y. Shimizu, S. Takahashi, H. Ohashi, Y. Furukawa, T. Matsushita, T. Ohata, Y. Ishizawa, T. Uruga, H. Kitamura, T. Ishikawa and S. Hayakawa: AIP Conf. Proc. 705 (2004) 376.

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[10] BL39XUホームページ: http://www.spring8.or.jp/wkg/BL39XU/instrument/lang/INS-0000000528/instrument_summary_view

[11] N. Kawamura, N. Ishimatsu and H. Maruyama: J. Synchrotron Rad. 16 (2009) 730.

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[16] N. Kikuchi, S. Okamoto, O. Kitakami, Y. Shimada and K. Fukamichi: Appl. Phys. Lett. 82 (2003) 4313.

 

 

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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