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Volume 16, No.3 Pages 186 - 190

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

巨大な負の熱膨張を示す鉄化合物SrCu3Fe4O12
Giant Negative Thermal Expansion in a Novel Iron-based Compound SrCu3Fe4O12

山田 幾也 YAMADA Ikuya

愛媛大学大学院 理工学研究科 Graduate School of Science and Engineering, Ehime University

Abstract
 15万気圧・1000℃の超高圧高温条件で合成された新物質SrCu3Fe4O12は、線膨張係数α = −2.26 × 10-5 K-1という大きな負の熱膨張を示した。放射光粉末X線回折に基づく結晶構造解析により、SrCu3Fe4O12の負の熱膨張は、サイト間電荷移動によるオーバーボンディングの解消という、新しいメカニズムによっておこることが示唆された。Ca2+ → Sr2+という等価数イオンによる置換で全く異なる性質が表れていることから、この物質系では様々な電子・結合状態が競合しており、類縁物質において新奇な物性が誘起される可能性があることを示している。
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はじめに

 通常の物質は、加熱すると膨張し、冷却すると収縮する性質を示す。つまり、熱膨張率(単位温度変化あたりの長さ・体積の変化の割合)が正である。一方で、熱膨張率が負となる「負の熱膨張」という現象も知られており、身近な例としては、水の熱膨張率は4℃以下で負になる。

 熱膨張という現象は、日常生活の様々な面において現れる。例えば、水銀温度計やサーモスタットなどは熱膨張を有効に利用した例である。一方で、鉄道のレールが気温の変化によって伸縮して歪むなど、好ましくない場合もある。最近では、高度化された精密機械・光学部品などにおいて、熱膨張による精度低下を抑制することが求められている。

 熱膨張に関わる問題は、ある程度の温度範囲において熱膨張率が0となる「ゼロ熱膨張材料」によって解決する。ゼロ熱膨張材料は、正の熱膨張率を持つ物質と負の熱膨張率を持つ物質を組み合わせることで得られる。そのため、大きな負の熱膨張率を持つ物質の探索は重要な課題であり、精力的に研究されている。ZrW2O8は、0.3 Kから1050 Kの非常に広い温度範囲において負の熱膨張を示す[1] [1] T. A. Mary, J. S. O. Evans, T. Vogt and A. W. Sleight: Science 272 (1996) 90–92.。この物質の負の熱膨張は、特異なフレームワーク構造と、金属-酸素結合に垂直な方向への振動に起因するとされる。また、逆ペロブスカイト構造を持つマンガン窒化物において、室温付近で約100 Kの温度幅を持つ負の熱膨張が報告されている[2][2] K. Takenaka and H. Takagi: Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 261902–3.。この系は、固溶体にすることで、磁気体積効果が現れる温度範囲を広げたのが特徴であり、最大でα = −2.5 × 10-5 K-1という大きな負の線膨張係数(1 Kあたりに長さの変化する割合)を持つ。

 最近、筆者らによって、15万気圧・1000℃という超高圧高温条件で合成された新物質SrCu3Fe4O12が、巨大な負の熱膨張率を持つことが分かった[3][3] I. Yamada et al.: Angew. Chem., Int. Ed. in press.。この物質における負の熱膨張は、極端に縮められた金属-酸素結合と、異なる金属イオン間での電子の移動という、従来知られているものとは異なるメカニズムで起こっていることが、SPring-8で収集したX線回折データに基づく結晶構造解析から示された。

 

 

Aサイト秩序型ペロブスカイトAA3B4O12

 ペロブスカイト構造ABO3において、Aサイトが、イオン半径・価数などの異なる金属イオンによって占められた場合、互いに混じり合うことなく、秩序化した構造を取る場合がある。図1に示すのはAサイト秩序型ペロブスカイトAA3B4O12の結晶構造である(結晶描画ソフトウェアVESTAで作成[4][4] K. Momma and F. Izumi: J. Appl. Crystallogr. 41 (2008) 653-658.)。単純ペロブスカイトの単位格子を、2 × 2 × 2倍した立方晶(空間群:Im-3)の単位格子を持つ。通常のAサイトイオンとして知られる、大きなイオン半径を持つ金属イオン(アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類金属)と、ヤーンテラーイオン(Cu2+など)が、AA’ = 1:3の比で秩序化して存在している。A’サイトのCuは最近接Oイオンにより擬正方四配位CuO4ユニットを形成している(実際は、4 + 4 = 8配位)。この構造では、本来はサイズが小さく、Aサイトイオンとしては適さないCu2+が、Aサイトの3/4を占めているため、格子体積は小さい。単純ペロブスカイトに換算した格子定数aは3.7 Å程度である。B O6八面体の傾きは非常に大きく、∠B−O−B結合角は140°程度である。B = Ti、Ruなどの一部の例外を除き、本物質の合成には数万気圧以上の高圧が必要である。

 

図1 Aサイト秩序型ペロブスカイト AA'3B4O12の結晶構造。

 

 

ACu3Fe4O12ペロブスカイトにおける電荷不均化とサイト間電荷移動

 異常高原子価イオンFe4+を含むAサイト秩序型ペロブスカイトとして、2008年にCaCu3Fe4O12が報告された[5][5] I. Yamada et al.: Angew. Chem., Int. Ed. 47 (2008) 7032–7035.。室温における形式的なイオンモデルは、Ca2+Cu2+3Fe4+4O12であり、粉末X線回折データに基づく構造解析もこのモデルを支持している。この物質を210 K以下に冷却すると、Fe4+イオンは電荷不均化転移2Fe4+ → Fe3+ + Fe5+を起こすと同時に、CuとFeの磁気モーメントが反強磁性的に整列したフェリ磁性転移と、電気伝導性が金属から半導体へと変化する金属-半導体転移が起こる。Fe4+を含む単純ペロブスカイトCaFeO3において、Feの磁気モーメントが反強磁性的に整列しているのに対し[6][6] J. B. MacChesney, R. C. Sherwood and J. F. Potter: J. Chem. Phys. 43 (1965) 1907–1914.、CaCu3Fe4O12ではFe3+とFe5+の磁気モーメントが強磁性的に整列しているのが大きな違いである。電荷不均化したFe3+とFe5+は、1:1の比で存在しており、CaFeO3同様の岩塩型の電荷整列をしている。その際に、対称性の低下(空間群:Im-3 → Pn-3)が起こると共に、格子体積は不連続に減少する。

 2009年にはLaCu3Fe4O12が報告された[7][7] Y. W. Long et al.: Nature 458 (2009) 60–63.。形式的なイオンモデルは、La3+Cu2+3Fe3.75+4O12で記述され、Aサイト置換に伴う電子ドープによりFe価数は+3.75価となっている。393 K以下で、CuとFeの間の電荷のやり取り、すなわちサイト間電荷移動転移が起こり、La3+Cu3+3Fe3+4O12の電子状態へと変化することが、メスバウアー分光スペクトル、構造解析などから明らかにされた。サイト間電荷移動に伴い、Fe価数が+3へと減少するため、Fe−O結合長が伸び、体積が約1%大きくなる一次相転移が観測されている。

 CaCu3Fe4O12とLaCu3Fe4O12において、低温で現れる相は、このように全く対照的である。ACu3Fe4O12系において、電荷不均化とサイト間電荷移動を分ける要素はいったい何であるのか、興味が持たれた。LaCu3Fe4O12に続いて、BiCu3Fe4O12が報告されたが、転移温度がわずかに上昇するほかは、基本的にはLaCu3Fe4O12と同じサイト間電荷移動の振る舞いを示している[8][8] Y. W. Long et al.: Inorg Chem. 48 (2009) 8489–8492.。以上の報告に基づくと、Aイオンが2価の場合は電荷不均化、3価の場合はサイト間電荷移動が起こると考えられる。しかし、La3+とBi3+のイオン半径はほとんど等しいことから、ACu3Fe4O12系におけるAサイトイオンサイズの影響を論じるには不十分であり、同じ価数でイオンサイズが大きく異なるAサイトイオンで置換した物質を新たに合成して調べる必要があると筆者らは判断した。そこで、Aサイトイオン価数が2価であるA2+Cu3Fe4O12を対象として、新たにSrCu3Fe4O12を合成し、CaCu3Fe4O12と比較することにした。

 

 

SrCu3Fe4O12における巨大な負の熱膨張

 CaCu3Fe4O12の場合には9万気圧、LaCu3Fe4O12の場合には10万気圧で合成が可能であるのに対し、SrCu3Fe4O12の合成には、15万気圧という非常に高い圧力が必要であった。物質科学分野で普及しているDIA型高圧合成装置を用いる場合には、通常は約10万気圧が圧力の上限となる。今回の試料合成に用いたのは、Kawai型高圧合成装置(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター設置・ORANGE-2000)である(図2)。この装置では、構造・物性評価に必要な40 mm3程度の試料容積を確保しつつ、約15万気圧の圧力発生を行うことが可能である。

 

図2 Kawai型高圧合成装置 ORANGE-2000。

 

 SPring-8 BL02B2ビームラインにおいて、80〜450 Kにおける放射光粉末X線回折データを収集した。リートベルト解析プログラムRIETAN-FP[9][9] F. Izumi and K. Momma: Solid State Phenom. 130 (2007) 15–20.を用いて、各温度における結晶構造を精密化した。

 図3に、SrCu3Fe4O12の300 K〜80 Kの冷却過程における放射光粉末X線回折パターンの変化を示す。270 K〜170 Kにおいて、回折ピークが徐々に低角側にシフトするのが分かる。これは通常の物質の冷却過程において見られる熱収縮とは反対であり、格子が膨張していることを示している。つまり、加熱すると収縮する「負の熱膨張」現象が見られる。なお、実験室X線回折測定により、冷却と加熱のいずれの過程においても、ヒステリシスのない負の熱膨張が起こることを確認している。

 

図3 SrCu3Fe4O12の80−300 Kにおける放射光粉末XRDパターンの変化。

 

 図4に、SrCu3Fe4O12の格子定数(300 Kにおける値で規格化したa/a300 K)の温度依存性を示す。約100 Kの温度幅で熱膨張が負となっている。200 K〜230 Kのデータにおいて線形フィッティングを行ったところ、線膨張係数α = −2.26 × 10-5 K-1となり、逆ペロブスカイト構造を持つマンガン窒化物において報告されている最大値α = −2.5 × 10-5 K-1に匹敵する大きな値を持つことが分かった。鉄の化合物においてこのような巨大な負の熱膨張率を持つ例は初めてである。

 

図4 ACu3Fe4O12ペロブスカイトの格子定数の温度依存性。A = CaとLaについては、参考文献の値を用いた[5,12][5] I. Yamada et al.: Angew. Chem., Int. Ed. 47 (2008) 7032–7035.
[12] W. Chen, Y. W. Long, T. Saito, J. P. Attfield and Y.Shimakawa: J. Mater. Chem. 20 (2010) 7282–7286.

 

 SrCu3Fe4O12において観測された負の熱膨張は、CaCu3Fe4O12において報告されている1次相転移的な体積収縮とは明確に異なる。このように、等原子価イオンによる置換(Ca2+ → Sr2+)によって、劇的な物性の変化が起こったのは驚きである。両物質の物性は、Aイオンサイズを大きくすることによって生じた、局所的な結晶構造の違いに由来すると考え、結晶構造解析を行った。

 300 Kにおける結晶構造を精密化し、金属-酸素結合長から、各金属イオンのBond Valence Sum[10][10] I. D. Brown and D. Altermatt: Acta Crystallogr., Sect. B 41 (1985) 244–247.(BVS、金属−酸素結合距離より計算される原子価。局所構造に基づきイオン価数を見積もる経験的計算手法であり、BVS値はイオン価数にほぼ一致する。)を計算したところ、Srは+3.23、Cuは+2.21、Feは+3.54という結果が得られた。注目すべき点は、SrのBVSが、Sr2+から予想される値(+2)よりもはるかに大きいことである。これは、Sr−O結合距離が、Sr2+の価数から期待されるよりも短い、いわゆるオーバーボンディング状態にあることを示している。一般に、オーバーボンディング状態にある金属イオンは、周りの酸化物イオンから圧縮を受けていると見なされる。CaCu3Fe4O12におけるCaのBVSは+2.19で、わずかにオーバーボンディング状態にあるが、通常の物質でみられる範囲内である。ちなみに、B = TiのSrCu3Ti4O12においても、やはりSrはオーバーボンディング状態にあり(SrのBVSは+2.95)[11][11] J. Li et al.: Chem. Mater. 16 (2004) 5223–5225.、Sr2+のような大きなイオンにとって、この構造におけるAサイトは「窮屈」であることが分かる。一方、FeのBVSがFe4+から期待される+4より小さいことは、Fe−Oがアンダーボンディング状態にあることを示しており、Srによって格子が押し広げられた結果、Fe−O結合距離が伸長していることに対応している。

 図5に、金属−酸素結合長と∠Fe−O−Fe結合角の温度依存性を示す。それぞれの金属−酸素結合長は、負の熱膨張が起こる温度領域(170〜270 K)において、対照的な振る舞いを示す。冷却過程において、Sr−O結合長は、格子の膨張に伴って長くなっており、オーバーボンディング状態が緩和されていることが分かる。また、Cu−O結合長は短くなる一方、Fe−O結合長は長くなっている。いずれも連続的な変化であり、LaCu3Fe4O12のサイト間電荷移動において見られた不連続な変化とは異なり、Cu−Fe間で徐々に電荷移動が起こっていることを示している。以上のことから、SrCu3Fe4O12における負の熱膨張は、Sr−Oのオーバーボンディングが駆動力となり、Cu−Fe間の電荷移動が格子膨張・Sr−Oオーバーボンディング解消の役割を果たす、というメカニズムによって起こっていると考えられる。なお、格子定数 aとFe−O結合長(= dFe−O)・∠Fe−O−Fe結合角(= Ψ)には、a = 4dFe−O × sin(Ψ/2)の関係があり、Fe−Oの伸長が∠Fe−O−Fe結合角の減少に打ち勝っているために負の熱膨張が観測される。

 

図5 SrCu3Fe4O12における金属−酸素結合長と∠Fe−O−Fe結合角の温度依存性。

 

 

おわりに

 今回得られた結果は、いくつもの点で今後の物質科学の発展の可能性を示すものである。①新物質探索において10万気圧以上の超高圧が有効であること、②Aサイト秩序型ペロブスカイトにおいてAサイトイオンサイズ効果が劇的に現れること、③オーバーボンディングが構造・物性に影響を与えること、④新しいメカニズムによる巨大な負の熱膨張の発見など。今後の類縁物質の研究により、さらなる興味深い性質が見出される可能性があると期待される。

 

 

謝辞

 本研究は、愛媛大学の土田一貴、高橋亮治、松下正史、西山宣正、井上徹、入舩徹男、東京大学の大串研也、京都大学の林直顕、髙野幹夫、高輝度光科学研究センターの金廷恩、辻成希、理研の加藤健一、高田昌樹の各氏との共同研究として行われました。また、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業「新規材料による高温超伝導基盤技術」領域(研究総括:福山 秀敏 東京理科大学 理事・副学長)、科学研究費補助金・若手研究(B)により行われました。また、本研究で用いた粉末X線回折データは、SPring-8 BL02B2(課題番号2010A1626)において得られました。謹んで御礼申し上げます。

 

 

参考文献

[1] T. A. Mary, J. S. O. Evans, T. Vogt and A. W. Sleight: Science 272 (1996) 90-92.

[2] K. Takenaka and H. Takagi: Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 261902-3.

[3] I. Yamada et al.: Angew. Chem., Int. Ed. in press.

[4] K. Momma and F. Izumi: J. Appl. Crystallogr. 41(2008) 653-658.

[5] I. Yamada et al.: Angew. Chem., Int. Ed. 47 (2008) 7032-7035.

[6] J. B. MacChesney, R. C. Sherwood and J. F. Potter: J. Chem. Phys. 43 (1965) 1907-1914.

[7] Y. W. Long et al.: Nature 458 (2009) 60-63.

[8] Y. W. Long et al.: Inorg Chem. 48 (2009) 8489-8492.

[9] F. Izumi and K. Momma: Solid State Phenom. 130 (2007) 15-20.

[10] I. D. Brown and D. Altermatt: Acta Crystallogr., Sect. B 41 (1985) 244-247.

[11] J. Li et al.: Chem. Mater. 16 (2004) 5223-5225.

[12] W. Chen, Y. W. Long, T. Saito, J. P. Attfield and Y. Shimakawa: J. Mater. Chem. 20 (2010) 7282-7286.

[13] A. W. Sleight: Inorg. Chem. 37 (1998) 2854-2860.

 

 

山田 幾也 YAMADA Ikuya

愛媛大学大学院 理工学研究科

〒790-8577 愛媛県松山市文京町2-5

TEL:089-927-9614

e-mail:ikuya@ehime-u.ac.jp

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