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Volume 08, No.1 Pages 40 - 43

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第2回軌道安定化ワークショップ
Workshop on Beam Orbit Stabilization

高雄 勝 TAKAO Masaru

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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 ビーム軌道安定化、これは凡そ加速器屋にとって最も重要なテーマの一つである。殊に放射光施設においては最優先課題といっても良い。というのも最新の放射光施設はもっと光をテーマに輝度重視で開発されてきており、これを実現するため光源である電子ビームのサイズを極限まで絞る努力が払われてきた。ところが、このような努力とは裏腹に、高輝度放射光を用いた実験では僅かなビーム軌道変動でさえ実効的に強度やエネルギーの変化を生じるなど支障を来すこととなる。有効に高輝度放射光を利用して実験を行うには、光源の安定度が不可欠ということである。このような意識から我々加速器部門はSPring-8計画当初よりビーム軌道安定化に取り組んできたのであるが、一昨年度よりプロジェクトチームを立ち上げ一層精力的にビーム軌道安定化に努めてきた。
 昨年10月には国内に限定ながら軌道安定化ワークショップを開催して、軌道安定化の取り組みについての議論、意見交換を行った。このワークショップでの議論から発展して更に軌道安定化が進むという成果もあり、本年度は海外にもオープンして第2回を開こうということになった。マニアックなテーマのワークショップなので参加者が集まらないのではという懸念もあったが、軌道安定化の重要性は十分に理解していると見えて国内外の放射光施設から以下の様に多数の参加者を得た。
 国外
 PLS(韓国): 13名
 NSRL(中国): 4名
 SSRF/上海(中国): 3名
 SLS(スイス): 2名
 APS(米国): 2名
 SOLEIL(仏国): 2名
 ELETTRA(伊国): 2名
 Daresbury Lab.(英国): 2名
 NSLS/BNL(米国): 1名
 ESRF(ヨーロッパ連合): 1名
 BESSY(独国): 1名
 ALS(米国): 1名
 SSRL/SLAC(米国): 1名
 Jefferson Lab.(米国): 1名
 Instrumentation Technologies(スロベニア): 1名 
 計37名 
 
 国内(SPring-8関係以外)
 PF: 4名
 物性研: 2名
 一般企業: 2名  
 計8名 
 
 人数もさることながら、各国の主な放射光施設から担当者を迎えられたことで有意義な議論を行うことができた。PLSからは利用運転中なのにこんなにたくさんの人がやって来てマシンは大丈夫?と心配になるぐらい大挙して参加しており、軌道安定化に対する並々ならぬ熱意が感じられた。
 プログラムは、オープニングセッションにおいてユーザーが軌道安定化に寄せる期待を理研石川氏の招待講演で拝聴した後、各施設現状報告、軌道変動要因抑制、遅い軌道補正、早い軌道補正、サブミクロンの軌道安定性を目指して、とセッション毎に題目を変えながら発表と議論を行っていった。使用されたプレゼンテーション原稿はインターネット上(http://www.spring8.or.jp/ENGLISH/conference/iwbs2002/abstract.htm)で公開されているので、興味がある人はそちらを参照して貰いたい。
 オープニングセッションでは、軌道変動がどのように実験に悪影響を及ぼすかが解説され、高度に軌道が安定化されると可能となる実験の紹介があった。これを実現するためには、マシン側と利用側の協調が重要であることが強調された。何せ、ユーザーはどん欲である、マシン側は不断の努力を怠らないようにということであった。
 各施設現状報告によると、どの施設ともゆっくりした軌道変動は遅い補正によって数mm以下に抑えられているようであった。冷却水温、室温の精密温調は当たり前で、ほとんどの施設でコンマ数度でコントロールされていた。そんな中でも、SLSは新しいだけあってビーム位置モニター(BPM)の測定精度に秀でたものがあり、良く調整されたマシン、補正アルゴリズムと相俟ってかなりの安定度(サブミクロンレベル?)に達しているようであった。設計段階から軌道安定化に対して周到に準備したであろうということが想像される。補正が的確に行えるようにBPM、補正ステアリング電磁石を配置したり、環境の温度変化などによる変位が小さくなるようBPMをコンクリート製のサポートに固定するなどの工夫が凝らされていた。また、SLSでは各BPMに位置測定装置が設置してあり、それによると蓄積電流値が変わると熱負荷が変化して100 mA当たり数μm程変位するとのことであった。尤もSLSではトップアップ運転を常用しているので、軌道の電流値依存性が問題になることはない。このセッションで若干異質ではあるがInstrumentation TechnologiesからデジタルBPMに関しての報告があった。ここのBPMはSLSでも採用されているもので、従来のBPMシステムでは演算をアナログ回路で行っていたものをデジタル回路で処理することにより精度が上がったということである。
 周長あるいはエネルギー補正も大概の施設で実施されているようであった。ただ小さな施設では、潮汐力によるリングの伸縮に伴う変化より気温に依る影響が大きいようであった。またこのような施設では、マシン立ち上げ時に室温変化に伴って大きくRF周波数を変えて周長に合わせる必要があるとのことであった。規模も大きく岩盤上に建設されているSPring-8では、周長変化は主に潮汐と気温年変化によってもたらされていて、このようなことは見られない。
 軌道変動要因抑制のセッションでは各施設特有の抑制策について報告があった。先ずESRFから、ダンピングリンクを用いた電磁石架台の機械的振動低減とその効果が紹介された。ダンピングリンクとは、架台とサポートの間に粘弾性体を挟むことによって床からの振動伝達を絶ち、四極電磁石などが振動するのを防止して軌道変動を抑えようというものである。効果のほどは4 Hzから200 Hzの周波数帯に亘って、導入前は約10 μmあったビーム振動が数mmに減少していた。然もダンピングリンクを入れて外乱振動を低減しておくと軌道フィードバックの効果も上がるらしく、結果として軌道安定度はサブミクロンレベルにあるようであった。補正の前に変動要因抑制が重要であるということの好例である。
 SPring-8からは、前回ワークショップの成果ともいうべき真空チャンバーの振動に起因する軌道変動とその抑制法が紹介された。SPring-8蓄積リングの鉛直方向電子ビーム振動には30 Hz近辺に幅の広いピークがあって原因が分からずにいた。前回ワークショップでの議論から真空チャンバーの振動を測ってみようということになり、ある種のチャンバーの振動スペクトルが問題の電子ビーム振動のピークにぴたりと重なったのである。今では、その電子ビーム振動は四極電磁石が作る磁場中をチャンバーが振動するとき発生する渦電流によって励起された結果と解釈されている。真空チャンバーの振動を抑えるため、冷却水量低減、サポートによるチャンバー固定などの方策を施したところ、めでたく問題のピークがなくなったのである。
 遅い軌道補正のセッションでは補正性能を上げる様々な工夫が発表された。APSでは、BPMがビームフィリングパターン依存性を持っているので、これをオフセットとして差し引いているとのことであった。オフセットは電子ビームを用いて四極電磁石に対して位置を決めている(beam based alignment)とのことであったが、色んなパターンについてこれをやると大変だろうと想像される。BPMがビームフィリングパターン依存性を持つと言うことは、BPMの電流値依存性が心配になるが、APSでトップアップが導入されているのはこれも一因かもしれない。また、ここではユーザーの望む位置に光ビームを持っていくため、XBPM(X線による光位置モニター)が軌道補正システムに導入されていたのが目を引いた。
 ELETTRAではユーザー運転中は光ビーム位置を一定に保つためローカルバンプを用いた軌道補正を行っている。この補正精度を上げるため1セル当たり7台あるステアリング電磁石の全てを用いて光軸を一定に保つアルゴリズムを開発していた。
 軌道安定化には、補正電磁石の性能も問題となってくる。SPring-8ではユーザー運転中に補正による軌道のジャンプが見られたことから自動軌道補正用に高精度ステアリングを用意し、桁落ちによる補正エラーを減らしている。その分解能の細かさには所外の参加者は一様に驚いていた。
 早い軌道補正には、先ずBPMの精度が問題となる。補正を早く行うため測定時間を切り詰めればそれだけ精度が厳しくなる。早くて精度良い測定にはデジタルBPMシステムが有望であろうという印象を覚えた。時代はデジタルということか。早い軌道補正のセッションでは、ELETTRAのelectromagnetic elliptical wiggler(EEW)による軌道変動の補正には目を見張るものがあった。挿入光源のギャップなどが動くと某かの軌道変動を引き起こすのでこれを補正する必要がある。通常、補正テーブルを準備し挿入光源の動きに伴ってステアリング電磁石で補正を掛けるのであるが、ダイナミックに動く挿入光源に対してこれを精度良く行うことはかなり大変なことである。ELETTRAのEEWは最大100 Hzで偏光を切り替えることができるが、補正無しで数10 μmの振幅で揺れていたビーム軌道が1 μm以下のノイズレベルで真っ直ぐになっていたのには驚いた。光位置モニターで見ていてもEEWを駆動しているのが見えない程であった。
 最終日(12/6)午前はサイトツアーがあり、SPring-8の特徴の一つである1 km長尺ビームラインを歩いてその長さを実感してもらうという企画であった。(写真1)そのまえに理研西野氏にビームラインにおける光ビーム安定化の最終兵器MOSTABについて講演していただいた。これはモノクロメーターにフィードバックを掛けることにより実験に使用する光ビームを安定化させるものである。ビームラインにおいて光はモノクロメーターで単色化され実験に供されるのであるが、いくら光源の電子ビーム軌道が安定していてもモノクロメーターが揺れていたのでは元も子もない。モノクロメーターにフィードバックを掛けて振動を抑えようというのがMOSTABである。単色化された光ビームはモノクロメーターの振動によって強度、位置、エネルギーに変動をうけるのであるが、MOSTABはモードによって何れかを抑えようとする。光源が一定であれば一つを抑えれば他の変動は収まるはずで、実際そのようになっている実験結果が紹介された。如何に光源の安定度が重要であるかを痛感した。当日はユーザー実験中だったので、1 km長尺ビームラインエンドステーションではビデオで光ビームの安定度を観賞した。1 km先でのビームの安定度に大いに興味を持った参加者は盛んに質問していた。

 
 
写真1 1 km長尺ビームラインを歩く

 本ワークショップは加速器におけるビーム軌道安定化という重要ではあるけれどもあまり表に出ないテーマについて実際に手を染めている者を集めて議論したいということで始めたものである。そういうことで、施設報告を除いて各セッションの終わりに1時間の議論の時間を設けたのだが、思いの丈を語る発言者が多く活発な議論が戦わされ時間が足らないほどであった。(写真2)拙文のためこの辺りの熱気を伝えられないことは非常に残念である。また、SOLEILなどこれから建設する施設にとって担当者の本音が聞けたことは有益なことであったと思われる。このようにワークショップが意義深いものであったことからまた開催しようという機運が盛り上がり、幸いにもSLSが次回のホストを快く引き受けてくれることとなった。そのころには、SPring-8でもサブミクロンの安定度を達成し大手を振って参加したいものである。


  
 
写真2 議論中

 最後に、本音が聞きたいと言う思いだけで突っ走る我々を事務的な面から支えて下さった所長室研究事務グループ研究交流担当の皆様に感謝します。

高雄 勝 TAKAO  Masaru
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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