Volume 08, No.1 Pages 25 - 31
2. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
X線回折法による光励起分子の構造解析
Synchrotron Radiation Structure Analysis of Photo-Excited Molecule
姫路工業大学大学院 理学研究科 Himeji Institute of Technology, Graduate School and Faculty of Science
- Abstract
- For photo-excited crystallography at low temperature using micro-crystals, a new low-temperature vacuum X-ray camera (LTV camera) has been developed and installed at SPring-8 BL02B1. By eliminating X-ray scattering from air and vacuum windows, we successfully obtained high quality data below 80K. we have also developed a special data collection system, multiple exposure IP method, by which both diffraction patterns from the crystal on light irradiated and unirradiated conditions can be recorded on the same image of an IP detector.
Molecular distortion of a photo-excited diplatinum(II) complex in a single crystal has been directly observed by accurate synchrotron radiation studies using the LTV camera and multiple exposure IP method. Photo-excited crystallographic analysis has revealed that a small portion of [Pt2(pop)4]4- (pop=H2O5P22-) complex shows the Pt-Pt bond shrinkage of 0.23 Å under blue laser irradiation.
1.はじめに
西播磨に大型放射光施設が建設されることが決まり、低分子結晶解析に興味を持つ研究者が集まり、化学反応サブグループが結成された。主な研究テーマとして、(1)結晶相化学反応をリアルタイムで追跡する、(2)精密構造解析により電子密度分布を精密に観測する、(3)実験室系では困難な極微小結晶について構造解析する、等が挙げられ、(4)番目として光励起分子の構造解析を加えてもらった。当時、米国ニューヨーク州立大学のCoppens教授らはニトロプルシドの光誘起準安定状態のX線構造解析[1][1]M. R. Pressprich et al : J. Am. Chem. Soc. 116 (1994) 4233.に成功して注目を集めており、日本でも同様な放射光を用いた光励起構造解析の実現を目指した。
光励起状態の分子構造は、光化学反応だけではなく、一般の化学反応過程や固体物性などを理解し制御する上で重要な意味を持つことは周知のことであろう。分光学的な手段を用いて光励起状態の分子構造は推定されているが、その構造を直接決定する手段はほとんどない。したがって、X線回折法を用いて光励起状態の三次元構造を精密に決定できれば、その意義は極めて大きいと思われる。
単結晶X線構造解析法は、結晶中の原子や分子の三次元配列を精密に決定できる点で現代の物質科学を支える基本的な実験手段の一つであるが、一方で結晶中の静的な構造しか決定できないと考えられてきた。また、CCDやIP(イメージングプレート)といった2次元検出器を搭載したX線回折計の普及および使い易い構造解析プログラムの開発により、合成化学者などが自ら構造解析する時代となってきた。このような時代背景のもと、我々はX線構造解析に対する従来の固定観念を打破すべく、動的な構造解析、特に光励起構造解析の実現に向けその可能性の検討を開始した。
結晶構造解析法は、X線の回折現象を利用しているため、分光法のように微量成分からの情報だけを抽出して解析することができない。通常の構造解析でも主成分に混じって分子構造の異なる副成分が結晶中に含まれる場合その分子構造が決定された例もあるが、それでも副成分の濃度は5%以上に限られている。一方、強いレーザー光を照射した時、結晶格子が破壊されてしまうのではないかと考えられた。ちなみに、450nmの青色光の光子エネルギーを熱エネルギーに単純換算すると32,000Kとなる。
もう一つ、励起光と分子との大きな相互作用も問題となる。一般の分光実験では溶液またはガラス状態にして測定するが、濃度は極めて薄く、1cm程度のセルでも光は透過する。しかし、結晶状態ではほとんど全ての分子が光を吸収するため、結晶表面から高々数十ミクロン程度までしか励起光は侵入しないと予想される。したがって、光励起分子の構造解析を行う場合、板状結晶を用いるにせよ、厚さが数十ミクロン程度の微小結晶を用いることが前提となる。これらの問題点を克服することは、当初極めて困難なように感じられた。
2.光励起構造解析の問題点とその対策
結晶にレーザー光などを照射した時に生成する光励起分子について単結晶X線構造解析法を用いて解析する場合(図1)の問題点を整理すると、(1)結晶中での光励起分子の濃度は数%以下と極めて小さいと予想される、(2)励起光は分子との相互作用(吸収)が大きく結晶表面で吸収されて結晶中の全ての分子を励起するのは困難である、(3)光照射に伴う構造変化によって結晶性が悪くなり反射強度を高精度に測定できない、(4)光照射に伴って結晶試料の温度上昇が予想される。これらの問題点を克服する方法として、(1)できるだけ低温にして光励起状態の寿命を長くし、励起分子の濃度を高める、(2)励起光が結晶中を透過する極微小結晶を用いるとともに、極微小結晶でも十分なS/N比で反射強度を測定できるように高輝度X線を利用する、(3)光励起に伴う反射強度の微小な変化を観測するためにS/N比の高い新しいX線回折計および測定法を開発する、(4)光照射に伴う電子状態および構造変化に付随して起こる結晶試料の温度上昇を補正する解析法を開発するなどが考えられた。これらの条件を満足するには、通常のX線回折計では極めて困難である。我々は、高輝度放射光の利用とともに、以下に述べる20Kまでの極低温でも高いS/N比で回折X線強度が容易に測定できる新しいタイプのX線回折計を開発し[2][2]鳥海幸四郎 他:第13回放射光学会年会要旨集、8-P-02 (2000) 94.、また光照射に伴う微小な回折強度の変化を精密に測定できる、IP検出器の長所を利用した、多重露光法を開発して[3][3]小澤芳樹 他:日本結晶学会年会講演要旨集、A102 (1999) 71.、光励起分子および光誘起反応活性種の構造解析を試みた。
図1 放射光とレーザーによる光励起構造解析結晶中の励起分子を赤色で示す。
3.低温真空X線カメラの開発とBL02B1への設置
光励起分子や光誘起反応活性種の分子構造を単結晶X線構造解析によって精密に決定する場合、それらの化学種をできるだけ低温に冷却して結晶中で長く安定に保持することが重要となる。90K以上では窒素冷気吹き付け型の低温装置が使い易く普及している。しかし、90K以下の低温領域でX線回折実験を行う場合、真空断熱用のベリリウム窓の付いたヘリウムクライオスタットの利用が不可欠であった(最近では20K程度まで使えるヘリウム冷気吹き付け型の低温装置もある)。しかし、ベリリウム窓による入射X線の散乱が大きく、またクライオスタット内の結晶試料を直接観察できないために、X線回折実験を高いS/N比で行うことは容易ではなかった。このため、(1)結晶試料を20K程度まで冷却できる、(2)2次元回折像を高いS/N比で測定できる、(3)結晶試料を外から直接観察できて光照射用にも使える石英窓を持つ、(4)反射強度を自動的に連続的に測定できる新しいタイプの低温真空X線カメラの開発を行った(図2)[2][2]鳥海幸四郎 他:第13回放射光学会年会要旨集、8-P-02 (2000) 94.。このX線カメラを設計するにあたってバックグラウンドの原因となる散乱X線をできるだけ小さくするために、X線の入射窓と結晶試料および2次元検出器の間にX線散乱体をすべて無くすることを考え、2次元検出器をヘリウムクライオスタットの真空チェンバー内に納めてしまうことを考えた(図3)。2次元検出器としては、CCDやIPなどがX線回折計に利用されているが、我々は真空チェンバー内でも利用実績があるIP[4][4]K. Ohsumi et al : J. Appl. Cryst. 24 (1991) 340.を用いることにした。さらに、散乱X線の主な原因であるベリリウム入射窓からの散乱X線が2次元検出器に入らないようにするため、真空チェンバーの両側に細長い円筒を取り付け、その先端にベリリウム窓を付けて散乱X線が2次元検出器の中心近傍のみに当たるように工夫した。また、入射X線が露光部で散乱しないように検出器およびカセットホルダーに穴を空けて貫通するようにした。これらの工夫は、田中清明教授(名工大)と野田幸男教授(東北大)が製作した真空カメラのアイデアを採用した[5][5]Y. Noda et al : J. Synchrotron Rad. 5 (1998) 485.。
図2 BL02B1の低温真空X線カメラ
図3 低温真空X線カメラの概略図
低温真空X線カメラの心臓部であるヘリウム冷凍機とそれを支えるXYZΦゴニオメータは、小林速男教授(分子研)らが開発した低温X線カメラの機構を採用した[6][6]小林昭子、小林速男:固体物理、31 (1996) 35.。真空チェンバー内の排気は、空気散乱だけを除くためであれば回転ポンプだけで十分であるが、20K程度まで冷却するためにはターボ分子ポンプが不可欠である。
IP上に露光された回折イメージを自動的にコンピュータに取り込むため、IPの読取り・消去機構を真空チェンバー内に入れた。しかし、IPの読取り・消去操作は機械的な動作や消去ランプの点灯をともなうため、真空チェンバー内にガスや熱の発生が予想され、露光部と読取り・消去部を開閉式のドアーで仕切ってある。
結晶試料は、露光部に取り付けた真空フランジを開け、ヘリウム冷凍機のコールドヘッド先端部に銅製ゴニオメータヘッドごと取り付ける。コールドヘッドとゴニオメータヘッドの熱接触およびゴニオメータヘッドが容易に脱着できるように、両者の先端には磁石を取り付けた。真空フランジには石英窓を取り付けてあり、20Kでも結晶試料を直接観察でき、CCDカメラ付きマイクロスコープを用いて試料のセンタリングを容易に行うことができる。
低温真空カメラの立ち上げの過程で、いくつかの問題点が明らかになった。(1)真空チェンバー内を真空排気する時、予想以上にX線カメラおよびそれを支える天板が歪むことが分かった。このため、歪む部分を機械的に補強するとともに、光軸調整はすべて真空排気した状態で行うことにした。(2)IP消去ランプによる熱が冷却されずにIPが高温になることが分かった。大気中では空冷されるが真空チェンバー内では熱伝導や熱放射でしか冷却されないことが原因であり、IPがホルダーから剥がれるトラブルが発生した。IPを機械的に固定するとともに、IPが冷却するまで露光部へ移動させないように待ち時間を作った。(3)IPとしては位置分解能の高いブルーIP(ピクセルサイズ:50ミクロン)を初め用いたが、画像の時間減衰(フェーディング)が大きいためホワイトIP(ピクセルサイズ:100ミクロン)に切り替えた。また、露光から読取りまでの待ち時間を任意に変更できるようにした。(4)結晶を回転させるには、XYZΦゴニオメータを用いてヘリウム冷凍機ごと回転させるが、回転中心からの偏心が問題となった。ヘリウムガスチューブを柔らかいものに交換するとともに、ストレスがかからないようにチューブの固定を工夫することにより解決した。
4.多重露光法の開発とその意義
回折X線の強度を高精度に測定する時、統計誤差とともに系統誤差についても考慮する必要がある。実験室系で四軸型X線回折計を用いて反射強度を測定する場合、入射X線の強度分布が一様でないなどが原因で、|Fo|に対して1.5%程度の系統誤差が含まれることが知られている[7][7]K. Toriumi et al : Acta Cryst. B34 (1978) 1093.。放射光を用いた場合、入射X線強度が強いため統計誤差を小さくできるが、空間分布の一様性は管球に比べて良いとはいえず時間的な変動も大きい。2次元検出器の利用は、多くの反射強度を同時に測定するため放射光のもつ系統誤差の原因をかなり解消してくれるが、高々数%程度しか結晶中に存在しない光励起分子の構造解析には測定精度の点から極めて困難であろうと考えられた。
我々は、図4に示すように、光照射した時の回折像(Ion)としない時の回折像(Ioff)を、同じIPフレーム上に位置を変えて繰返し重ね合わせて露光し、画像情報を同時に読取る多重露光法を考案した[3, 8][3]小澤芳樹 他:日本結晶学会年会講演要旨集、A102 (1999) 71.
[8]Y. Ozawa et al : Chem. Lett. 32 (2003) 62.。このような測定を行うことにより、“IonとIoffの差”には、放射光や結晶に由来する回折X線強度の時間的・空間的な変動やIP読取りにおける系統誤差をほとんど除くことができる。この方法は、CCDに比べて広いダイナミックレンジをもつIPの特長とバックグラウンドが極めて小さい低温真空X線カメラの特長を効果的に利用している。
図4 多重露光法によるX線回折パターンの測定法
5.複核白金(Ⅱ)錯体の光励起構造解析[8][8]Y. Ozawa et al : Chem. Lett. 32 (2003) 62.
複核白金(Ⅱ)錯体[Pt2(pop)4]4−(pop=H2O5P22−)は、緑色の強い発光を示す物質として分光学的な研究が盛んに行われ[9, 10][9]A. P. Zipp : Coord. Chem. Rev. 84 (1988) 47.
[10]D. M. Roundhill et al : Acc. Chem. Res. 22 (1989) 55.、dσ*→pσ遷移に帰属される470nmに極大を持つ吸収帯で光励起すると510nmに極大を持つ発光が観測され、三重項状態の励起寿命は50Kで約0.1μsecと見積られている[11][11]J. T. Market et al : Chem. Phys. Lett. 97 (1983) 175.。このdσ*→pσ遷移は白金−白金結合に関係した電子遷移であり、反結合性のdσ*軌道から結合性のpσ軌道へ電子が励起されるため、基底状態では白金−白金間に結合は形式的には存在しないが、励起状態では白金−白金結合が形成されて白金−白金原子間距離が短くなることが予想されている[9][9]A. P. Zipp : Coord. Chem. Rev. 84 (1988) 47.。
この単結晶を54Kに冷却し、He-Cdレーザーからの442nmのCW光(100mW)を光ファイバーで低温真空X線カメラの露光室に導き、レンズで集光して結晶試料に照射した(図5)[8][8]Y. Ozawa et al : Chem. Lett. 32 (2003) 62.。励起光は、結晶に対する照射方向が反射強度の測定中に変化しないように、X線カメラのφ回転軸にほぼ平行に照射した。また、結晶内部まで励起光が透過するように250×200×50μmの板状結晶を用いた。光照射時の反射強度(Ion)と照射していない時の反射強度(Ioff)の変化は、多重露光法を用いたφ軸振動写真法により測定した。反射強度の測定条件は、振動範囲ΔΦ=4°、光照射時と非照射時についてそれぞれ24秒づつ、交互に10回繰返して露光した。全ての測定領域を52枚のIPフレームに露光し、解析に用いた。
図5 結晶試料への励起光の照射方法
光照射時と非照射時のそれぞれのデータについて構造解析を行ったところ、表1のように格子定数および原子座標にはほとんど変化は見られなかった。これより光照射に伴う構造変化は極めて僅かであり、通常の構造解析では明らかにできないことが分かった。しかし、光照射時と非照射時の反射データを比べたところ、予想通り反射強度の比がsinθ/λに依存していることが分り(図6)、光照射時の結晶試料の温度上昇が認められた。この光照射時の温度上昇分を(3)式のWilson typeプロットから見積り、
光照射時のデータに対してこの影響を補正した[12][12]Y. Ozawa et al : J. Appl. Cryst. 31 (1998) 128.。光照射に伴う微小な変化を明らかにするため、(|Fon|-|Foff|)を係数としたフーリエ合成図を計算した。各反射の位相は非照射時の構造解析より得られた原子座標を用いて計算した。
図6 光照射に伴う結晶試料の温度上昇の見積り
表1 光照射に伴う格子定数の変化
得られた光照射に伴う差フーリエ図を図7に示す。結晶学的に独立な2つの白金原子の近傍にそれぞれ正と負の電子密度のピークが対になって現われている。これは、白金原子の一部が移動したことを示している。
光励起に伴う構造変化を定量的に解析するため、白金原子の一部が正のピークの方向へ移動したとして、反射強度の変化量(hkl)=[Ion(hkl)-Ioff(hkl)]/Ioff(hkl)について最小二乗計算を行い[12][12]Y. Ozawa et al : J. Appl. Cryst. 31 (1998) 128.、励起状態での白金−白金結合構造を求めた。この結果、表2に見られるように、白金原子の約1.4%が光照射に伴って移動し、白金−白金間距離は2.70(4)Åと基底状態に比べて0.23Å短くなっているという興味深い結果が得られた。この結果は、分光学的に予想されていた結果と良く対応する。
白金原子は、光励起に伴って白金−白金結合軸上を変化するものと予想された。しかし、図7で見られるように、Pt1は白金−白金軸上をPt2の方向へ移動しているが、Pt2は白金−白金結合に垂直な面内で移動している。この理由は現時点では説明できないが、P5とP7原子の近傍の正負のピークの分布を見るとPt2の近傍の様子と類似していることが分かる。今回は白金原子についてだけ解析したが、リン原子についても同様な解析は可能であろうと思われる。
表2 光照射時の白金原子座標
図7 (|Fon|-|Foff|)を係数とした差フーリエ合成図
白金ー白金結合と4つのリン原子(+印で示した)を含む面でのフーリエ図と[Pt2(pop)4]4-の分子構造を重ね合わせて示した。分子構造は白金(白球)、リン(緑球)、酸素(赤球)で示す。フーリエ図の青色の実線は正、赤色の破線は負の電子密度を表わす。等高線は0.2eÅ-3毎に引いてある。光照射に伴う構造変化が電子密度の変化として現れている。
6.時分割測定法による光励起構造解析との比較
米国ニューヨーク州立大学のCoppens教授のグループでも早くから光励起構造解析に取り組んでいる。彼らは、パルスレーザーとCCD検出器を組み合わせた時分割X線回折計を立ち上げ、パルスレーザー照射後の一定時間後のX線回折強度を繰返し測定している[13][13]W. K. Fullagar et al : J. Synchrotron Rad. 7 (2000) 229.。この方法は、光照射後の特定の励起状態を解析できる点では優れているが、積分反射強度を十分な統計精度で測定するには長時間が必要であり、信頼性の高い構造解析を行うには多くの反射データが必要である点を考慮すると必ずしも得策とは言えない。我々は、CWレーザーを使って光照射を連続的に行い、“光励起状態を定常状態にして測定”している。この場合、色々な励起状態が混在した状態を測定していることになるが、実際には励起寿命の長い三重項励起状態のみが測定できると考えられる。励起寿命の短い一重項励起状態は、基底状態からの構造変化は小さく結晶中の濃度も小さいことから、構造解析は困難と考えられる。我々の光励起構造解析の方法は、通常の構造解析と同様に数多くの反射強度を使って信頼性の高い結果が容易に得られるところに特長があり、少数の反射データを使う時分割構造解析法とは明確な差がある。
KimとCoppensらは、対カチオンは異なるが同じ金属錯体イオン[Pt2(pop)4]4−について、我々より先に光励起構造解析の結果を報告している[14][14]C. D. Kim et al : Acta Cryst. A58 (2002) 133.。彼らの速報が発表された時、我々も同様な結果をすでに得ていたが、両者の結果が極めて類似していることに驚いた。すなわち、これまで不可能と考えられてきた光励起構造解析に両グループとも確かに成功したということを意味している。
7.今後の展望
光励起構造解析は、これまでの静的な構造のみを対象としてきたX線構造解析に、“励起状態という短寿命の反応活性な化学種の構造解析”という新しい分野を開拓した点で大きな意味があろう。特に、分子の励起状態は化学反応の遷移状態に対応し、化学反応機構を解明する上で重要な意味を持つ。これまでは分光学的な情報から励起構造が推測されてきたが、光励起構造解析では励起分子の立体構造を直接解析することが可能となり、分子軌道計算法の発展を促すとともに、分子構造変化に立脚した化学反応過程の解析および反応設計が進展するであろう。
熱的に不安定な光誘励起反応活性種を極低温で熱的に凍結して構造解析する試みも行われている。河野と大橋(東工大、CREST)らと我々のグループは、ヘキサアリールビイミダゾール誘導体について23Kで紫外光照射することにより、光誘起ラジカル対のX線構造解析に成功している[15][15]M. Kawano et al : Chem. Lett. (2002) 1130.。最近、有機化合物についても光励起構造解析に成功しつつある。今後、多様な分子の光励起構造解析や光誘起反応活性種の構造解析が行われ、“励起状態の立体構造”と言う新たな視点での科学が展開されることが期待される。
8.おわりに
低温真空X線カメラは、大橋裕二教授(東工大)を代表とする科学技術振興事業団戦略的基礎推進事業のプロジェクト研究「X線解析による分子の励起構造の解明」の一課題として製作されたものである。また、SPring-8 BL02B1へのX線カメラの設置は、野田幸男教授(東北大)のビームライン高度化提案(平成10年度)によって行われたものであり、放射光利用に向けたX線カメラの改良ではJASRIから支援を頂いた。X線カメラの立ち上げ調整(平成11年〜)では、化学反応サブグループのメンバーおよび野田教授、渡邉真史助手(東北大多元研)、野上由夫助教授(岡山大)から貴重なアドバイスを頂いた。また、X線カメラの設計・製作では、マック・サイエンス(現ブルッカー・エイエックスエス)の稲荷、千葉、桐生、浅永、門上、片山の各氏には多大な尽力を頂いた。この他、JASRIの下村 理、石川哲也、山片正明の各氏には色々とお世話になった。BL02B1担当の池田 直さん、大隅寛幸さんには、X線カメラに対して絶大な支援を頂いている。姫路工大構造物性学講座の満身 稔助手、日下勝弘博士(CREST、現物構研)、卒業生、在校生および関係者の皆様に深く感謝する。これら多く方々のご支援によりはじめて光励起構造解析が実現したものと思われ、お礼申し上げる。
参考文献
[1]M. R. Pressprich et al : J. Am. Chem. Soc. 116 (1994) 4233.
[2]鳥海幸四郎 他:第13回放射光学会年会要旨集、8-P-02 (2000) 94.
[3]小澤芳樹 他:日本結晶学会年会講演要旨集、A102 (1999) 71.
[4]K. Ohsumi et al : J. Appl. Cryst. 24 (1991) 340.
[5]Y. Noda et al : J. Synchrotron Rad. 5 (1998) 485.
[6]小林昭子、小林速男:固体物理、31 (1996) 35.
[7]K. Toriumi et al : Acta Cryst. B34 (1978) 1093.
[8]Y. Ozawa et al : Chem. Lett. 32 (2003) 62.
[9]A. P. Zipp : Coord. Chem. Rev. 84 (1988) 47.
[10]D. M. Roundhill et al : Acc. Chem. Res. 22 (1989) 55.
[11]J. T. Market et al : Chem. Phys. Lett. 97 (1983) 175.
[12]Y. Ozawa et al : J. Appl. Cryst. 31 (1998) 128.
[13]W. K. Fullagar et al : J. Synchrotron Rad. 7 (2000) 229.
[14]C. D. Kim et al : Acta Cryst. A58 (2002) 133.
[15]M. Kawano et al : Chem. Lett. (2002) 1130.
鳥海 幸四郎 TORIUMI Koshiro
姫路工業大学 大学院理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-2-1
TEL・FAX:0791-58-0155
e-mail:toriumi@sci.himeji-tech.ac.jp
略歴:
1977年 東京大学大学院 理学研究科博士課程終了(理学博士)
1978年 分子科学研究所助手
1991年 姫路工業大学 理学部 物質科学科助教授
1996年 同 教授
現在、光励起分子の放射光構造解析、低次元金属錯体集合体の合成・構造・物性に関する研究
小澤 芳樹 OZAWA Yoshiki
姫路工業大学 大学院理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-2-1
TEL:0791-58-0153 FAX:0791-58-0154
e-mail:ozawa@sci.himeji-tech.ac.jp
略歴:
1987年 東京大学 理学研究科博士課程中途退学(理学博士)
1987年 分子科学研究所助手
1992年 姫路工業大学 理学部 物質科学科助手
1996年 同 助教授
現在、多核金属錯体の光励起X線構造解析の研究