ページトップへ戻る

Volume 07, No.5 Pages 318 - 320

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

ESRFサイエンスアドバイザー会議に参加して
Report on Science Advisor Board (SAC) Meeting of ESRF

菅 滋正 SUGA Shigemasa

大阪大学大学院 基礎工学研究科 Graduate School of Engineering Science, Osaka University

pdfDownload PDF (24 KB)

 旧知(1976年DESY滞在時から)のESRFの実験部門長のC.Kunz氏からESRFサイエンスアドバイザー委員就任要請を突然に受けたのは2000年も押し詰まった年の瀬のころである。すでにこの春で44回を重ねる本会議の内規・規定等はあいにく持ち合わせていないので若干正確さを欠く嫌いはあるが、SPring-8とほぼ同程度の大型放射光施設の運営のノウハウは、SPring-8の運営にも参考になる部分があると思うとともにESRFと日本、特にSPring-8でのサイエンスをフィードバックしあったり将来的には地球規模での協力の形を進めることも21世紀の課題であると思い3回連続出席を重ねたこの機会に会議の状況を多少なりとも紹介したい。

 ESRFのサイエンスアドバイザー会議は通称SACと略されるが、ESRF予算への10%以上の出資国から各2名、10%以下の出資国から各1名、他に10名の委員が推薦されて年2回の会議を行いESRFでのサイエンスの進行状況、将来への提言など科学的な観点で意見を具申する。この他課題採択委員会、ビームライン評価委員会に相当する委員会がある。ヨーロッパ各国からのSACの委員はこれらの下部委員会の分科責任者を兼ねることが多い。したがってビームタイムの採否にもビームラインのscrap & buildにもSACは無関係ではない。SACにはこれまでもアメリカから1名の委員が参加していたが、今回日本の放射光科学とのリンクをも視野に入れるという視点で第41回のSAC後、元所長のPetroff氏やKunz氏の提案で私がノミネートされた様子である。さる2002年5月17、18日に第44回SACが開催された。

 ESRFへは昔パリからGrenobleのSt.Geoirs空港へ飛んだことがあるが、ここからバスで約1時間かかる上にESRFの近くで降車するのは地理を良く知らない訪問者にはなかなか難しい。パリから鉄路Grenoble駅に赴き市内バスを利用した方がよほど便利が良いことをそのとき知った。しかしSACへの参加者はLyonのSaint-Exuper空港や、Geneva空港へ赴きそこで数名ずつ集まった上で直接ESRFのアレンジした車でESRFに向かうのが通例である。これまで3回の参加で、1回目はESRFの共同利用宿舎に滞在できたが、2回目と3回目は共同利用宿舎がいっぱいと言うことで駅近くのホテルに宿を取ってもらった。宿はお世辞にも一流とは言えずESRFの共同利用宿舎の方がまだましと言う程度のものであった。思うにGrenobleには近代的なホテルは無いと言うことらしい。

 SACは夜到着したその翌日の朝9時からESRF地階のセミナー室で始まり2日目の12時半にすべて終了する。そのため会議の前に厚さ15mmにはなるであろう英語のdocumentが送られてきて、これを読んで会議に臨んで欲しいと言うことである。これは英語を母国語なみに使える委員にはなんと言うことは無いであろうが、時間に追われている私には苦痛であった。しかもこの重い書類を自宅からもって空港に赴きまた持ち帰る必要がある。どうせ1kgを超える重さならせめてelectronicファイルの形で欲しいと思うのは私だけではないであろう。会議は公開の講演のほかは円卓で行われる(その間に机を並び替えている)ので居眠りなどはもってのほかで時差うんぬんの言い訳は出来ないので私はメラトニンを常用した。これを現地時間の夜に合わせて飲めば時差の問題はまったく感じなくて済む(米国で100錠10$程度で入手できるはずである)。この委員会もまた日当謝金とは無縁のものであるから往復2日、正味会議1日半、計4日を費やして参加するからには何か積極的な寄与とともに情報収集をしないともったいないとの思いが強い。私も鋭意発言はするが、後述のようにヨーロッパ連合の寄り合い世帯として困難な問題が山積みである。のちほどそのいくつかを披露したい。会議の終了後は面倒な入室管理手続き無しに実験ホールに立ち入れるようで(少なくともBESSYⅡのようにIDカードを入れないと開かないような扉はない)、勝手に歩き回って各BLの実験装置の状況や成果等をある程度知ることができる。

 通例SAC本体のプログラムは次のようにアレンジされている。2年ごとの第1回目には各SAC委員の自己紹介(バックグラウンドや自分の研究などOHPを使って数分ずつの自己紹介)がある。2回目からはこれは無しで、複数の話題についての公開の講演が行われる。場合によってはこの発表が後述するような昇格人事の候補者によってされることもある。ちなみに42回にはID18/ID22における核非弾性散乱、時間分解X線回折、ID15における高エネルギーX線放射実験が各30分ずつであった。43回には相転移と粉末X線回折、高圧高温合成、ひずみ効果、結晶粒界成長とミクロ構造、イメージング、高分子について各20分の発表と質疑が行われた。44回では赤外顕微分光、赤外放射の発生、ESRFにおける赤外顕微分光施設の提案、極限下の磁性とダイナミクス、X線パルスによる化学反応の実時間観察の話題が質疑を含めて30分ずつ行われた。この初日朝のsessionでESRFの現在の姿あるいは行く末を知ることができる。もっとも全BLにわたっての関連報告を聞くには何年間かかかるであろうからそれは筆者の任期内にできる事ではない。

 会議の書類には聞きなれない用語が多数出てきており、初めての委員には用語を理解するまでしばらくの時間がかかる。だれも定義など説明はしてくれないし、日本でよくあるような用語集などもまるで配られない。まず戸惑ったのがBAGとCRGである。正式な定義はいまだに知らないが、BAGはブロックアロケーショングループの略で、理解したところでは個別のビームタイムの申請の代わりに全体グループとしてビームタイムを申請し、個々のグループへのビームタイム配分はそれぞれのBAGの責任で行っているらしい。CRGはCollaborating Research Groupの略で(APSのCATに相当か)どうも自分たちで予算を手当てして専用BLを持っているグループのことのようである。挿入光源はすべてESRFの管理下にあり、CRGには偏向部光源だけが割り当てられている。SACではこれらすべてのBLについての科学的アドバイスを求められている。したがって年次計画で順次評価を行い、scrap & buildの手法で新しいBLを建設していくことになる。すでに新しいBLを作るための空BLの余裕は無い状態なので、activityの低いBLをどうscrapするかの評価が緊急の課題となっている。業績の少ないいくつかのBAGやCRGについて厳しい評価がされていることは想像いただけると思う。

 ESRFには30本の挿入光源用直線部がありそのうち29本がすでに埋まっている。残された直線部はたった1本という厳しい状況にあるが、それでもなおAPS、SPring-8、あるいはSSRLでの研究の展開に目をむけ、欧州連合として負けられないとの意識が強烈に感じられた。SACに出て出資国委員の発言を聞いている限り、日米と協力してSPring-8やAPSのBLを利用して共同研究を推進しようと言う雰囲気はまだ感じられない。

 挿入光源を主力とする29本のパブリックBLは課題申請の競争率は平均3〜5倍であり、参加国の強力ユーザーでもなかなかビームタイムが十分というわけではなく、ユーザーの不満は毎年累積していっている様子である。SPring-8でいうところの特定課題に相当するのはLong Term Proposal(LTP)といわれており2年間有効な課題である。LTPの数はSPring-8と比べてはるかに多いようである。しかしBLごと分野ごとにLTPに対するSAC関連委員や課題選定委員の見解は異なり他の課題を圧迫すると言う理由でLTPの採択が見送られているBLもある。また逆にLTPを積極的に採択している分野もある。要は各分野の文化の違いが反映されていると言うことであろう。

 ESRFの基本戦略は各国の放射光施設で可能な実験はESRFでは行わないとのかたくななまでの原則である。それゆえSPring-8での軟X線科学の成功をいくら紹介しても、それはBESSYで、あるいはMAXでやればよいと言う保守的な立場は変わりそうに無い。つまりESRFには軟X線に対する視点が発足時から欠けていたと思われる。これはHaensel氏やPetroff氏が所長になっていた状況から考えると理解に苦しむ点である。ただ意外に思ったのは今回のSACで赤外をESRFでもやりたいとの提案で、これは明らかに上記の原則をはみ出しており、今後のESRFの運営には若干のflexibilityが期待できそうである。

 共用のID-BLは言うに及ばずCRGのBLといえども5年ごとにBL評価委員会で審査しSACに報告される。SACの前2日間に渡ってビームライン委員会が行われ数本のBLの評価が行われその結果がSACに報告される。高い評価を得るものもあれば、遠からずscrapを予測させる評価もある。なお評価は2名のSAC委員に加えてそれぞれの専門分野の委員数名計6〜8名程度で行われている。評価書は委員のサイン入りで配られるのでなかなかの重みがある。挿入光源が後1本となった今は、もはやscrap以外には新しい挿入BLの建設は不可能なのである。このことはまだ挿入光源の余裕のあるSPring-8においては今からscrap評価の方針を議論しておく必要性を感じさせる。

 ESRFは実験系のパーマネントスタッフの数は極めて少ない。採用にあたっては各国のバランスも考慮されているやに聞く。したがってESRFのパーマネントスタッフになるには極めて高い評価が必要になる。それゆえ必死で技術開発や研究に取り組む姿が見られる。一方でポスドクのポストは多数ある。給与はヨーロッパ各国の給与を下回らない額に設定されているらしく極めて高い。しかしポスドクのポストには常に空席があるという深刻な事態となっている。優秀な人材をポスドクで採用してもパーマネント職があればすぐにやめていくので5年もポスドクにとどまる者は極めて少ないらしい。ESRF施設として理想としているのは1BLあたり2人のscientistsと2人のポスドクそして2人の技術者と言う形となっている。たとえばビームタイム前に簡単な装置を送っておくと、BL担当者の手で取り付け排気まで(ベークはどうか分からないが)してくれることもあるようである。このように諸国の利用研究者からは各BLともにより強力な実験支援を求められているわけで、ポスドクのポストが空いていることは憂えるべき事態である(ここにも国別のバランスも効いているのであろうか?)。深刻な事態の背景の一つにはヨーロッパ全体で医学やバイオ等を除く自然科学系の博士課程の大学院生が過去数年に渡って激減していたこと、さらにESRFのポスドクになっても任期後のパーマネントポストへの昇格が生半可ではないこと、さらにポスドク後に大学に職を得ようにも大学の職自身が数少なくパーマネントポストを得ることは若手研究者にとっては格段に難しいことが上げられる。この点では日本の若手研究者は恵まれた環境にある。その一方で覚悟を決めたヨーロッパの若手研究者の力量と熱意には圧倒される覇気を感じる。話題はそれるがそれゆえ日本の博士課程修了者も日本にとどまってポスドクを行うのが悪いとは言わないが、それ以上に若いうちにヨーロッパに出て世界標準でポスドクをやるのもまた楽しからずやではあるまいか。

 SACでは施設者側の加速器運転、申請課題と採択率、研究成果、ワークショップ、装置開発、雇用状況、予算状況、等の報告もあるしまたESRF利用者懇談会(会員5000名、現会長Prof.Hamalainen)からの報告もある。やはりビームタイム配分が公平ではないとか少ないとかの不満があるようである。

 ESRFは円熟した施設として世界をリードする研究成果を続々とうみ出している。SPring-8全体がESRFのactivityをいつの日か凌駕する時を期待し、若手研究者のみならずベテラン研究者の奮起を促したい。幸いにも国別バランスとかの政治力学無しに運営できる利点を最大限生かせればさらに大きな成果をSPring-8に期待できるのではないかと思うSAC体験である。なおESRFのBL評価や将来のBL計画に世界水準の情報を生かすべきだとの意見がSACで支持され、すべてのESRFワークショップの情報をSAC委員の手でSACにフィードバックする事が決まった。したがってより多くの日本人放射光科学研究者がESRF国際ワークショップに参加発表し先端研究での情報交換をされるよう期待して、紙数も尽きたので筆を置く。




菅 滋正 SUGA  Shigemasa
大阪大学大学院 基礎工学研究科 電子物理科学科 教授
〒560-8531 豊中市待兼山町1-3
TEL:06-6850-6420 FAX:06-6850-2845
e-mail:suga@mp.es.osaka-u.ac.jp
略歴
昭和43年 東京大学工学部 物理工学科卒
昭和48年 東京大学大学院 工学系研究科 博士課程物理工学専攻修了工学博士
昭和48年から51年ドイツ、マックスプランク固体研究所 研究員
昭和51年から平成元年まで 東京大学助教授 物性研究所
平成元年より 大阪大学教授 基礎工学部、基礎工学研究科
現在にいたる



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794