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Volume 07, No.4 Pages 251 - 254

5. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTERS FROM SPring-8 USERS

赤穂の休日
A Holiday in Ako

 大島 行雄 

財団法人高輝度光科学研究センター

企画調査部

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 それでは、播州赤穂を紹介します。昔(といってもたかだか10年ぐらいですが…)は駅前に一つコンビニがある程度の特に何もない町だったのですが、関西福祉大学が開校した数年前頃から徐々に開けてきています。2年前の7月に、「第11回X線吸収微細構造国際会議(XAFS XI)」が行われたハーモニーホールも最近立てられた建物の一つです。この他、JRの駅の改築なども行われました。(改築後はじめて実家に戻った日が夜だったため、いつもと反対側に出てしまい、地元の駅にもかかわらず迷子になりそうになったことがあったような…)。

 色々と模様替え(?)をはじめつつある赤穂市ですが、全国区で出てくるのはまず忠臣蔵のお話でしょう。今年は300周年にあたるとの事で、市内の所々で宣伝されています。赤穂市が年に一回だけ都会並みの人出になる(=赤穂線の電車が年に一度だけ都会のラッシュ状態になる)義士祭の盛り上がりも今年は多少違うかも。

 というわけで、まずは赤穂義士物語から。実は私も良く分かっていないところがあるので(ウソを書くとマズイので)赤穂市のホームページよりちょっとだけ抜粋します。


赤穂義士物語(赤穂市ホームページより抜粋)

 元禄14年(1701)3月14日、江戸城本丸松の廊下で、勅使御馳走役の浅野内匠頭長矩(播磨国赤穂藩主、5万石)が、高家肝煎(筆頭)の吉良上野介義央(三河国吉良、4200石)に斬り付ける刃傷事件が起こりました。

 浅野内匠頭は、将軍綱吉の逆鱗に触れ、田村右京大夫建顕(陸奥国一関藩主、3万石)へお預けとなり、「折柄も憚らず、重々不届至極」と即日切腹のうえ領地没収という厳しい処分を受けました。一方、吉良上野介には何のお咎めもなく片落ちの裁定となり、この処断が仇討ち事件へとつながっていきました。

 7月28日の円山会議で仇討ちを決議し、以後仇討ちに向けて準備が行われます。8月になると大石内蔵助は、一味同心の確認のため神文判形の返戻を行い同志の絞り込みを行いました。これにより脱盟者も相次ぎましたが、同志は順次江戸に集結します。大石内蔵助は江戸へ入る前一旦武蔵国平間村に滞在し、11月5日には、江戸石町に居を移します。

 12月2日には深川八幡前の茶屋に集合し「人々心覚」(十六ヵ条)を決め、吉良上野介の動向を探りました。12月14日、大石三平・大高源五から吉良茶会の情報が入り、討入りと決します。同志は堀部安兵衛宅や杉野十平次宅や前原伊助宅などへ集結し、武装しました。

 元禄15年(1702)12月15日、午前3時半ころ、赤穂浪士は本所の吉良邸へ表門23人、裏門24人の二手に分かれて討入り、約2時間の戦いのうえ吉良上野介を討ち取りました。吉良邸に持参した「浅野内匠家来口上」には「吉良を討ち果たせなかった長矩末期の残念の心底は家来としてしのびがたい。君父の仇とは共に天を戴かないという気持ちを押さえきれず吉良宅へ推参し、亡主の意趣を継ぎ討ち入った」と記しており宿意を果たして吉良邸を引き払いました。

 幕府は、四十六士とその遺児、吉良義周に対して討入り事件の一カ月半後に処断を下しました。元禄16年(1703)2月4日、四十六士はお預け先4藩の江戸屋敷で切腹し、泉岳寺に葬られました。


 と、このような顛末があり、これ以来赤穂義士として赤穂市内各所に当時の歴史が残っています。というわけで、まずは赤穂城跡から。JR播州赤穂駅からは多少歩かなければいけませんが、駅の正面の道をまっすぐに歩けば到着しますので、迷うことはないと思います。


● 赤穂城跡

 赤穂城跡では赤穂義士を奉っている大石神社をはじめ、家跡や当時の武具などが残されています。現在、赤穂義士300周年に合わせて大石神社の改修や庭園の復元などが行われています(ただし、完成は3年後を目処にしているらしい)。また、この6月21日に赤穂城庭園が国の文化審議会から県内ではじめて城内庭園として名勝の指定を受けました。ちなみに、昔は城内に車で入れたのですが、今は入ることが出来なくなっていますのでご注意を。車は次に紹介する歴史博物館横に止めるのがベストでしょうか。余談ですが、ここの池で飼われている鯉は大変な食欲のようで(普段餌をやってないのかもしれませんが)、売っている餌をあげるとものすごい勢いでやってきます。比較的小さい鯉に餌をあげようとするのですが、なかなかうまくいかずつい2つ目、3つ目となってしまいます。これは営業戦略だったりするのかも(そんな訳ないとは思いますが)。


 余談はこの辺にしておいて、赤穂城跡を見た後は歴史博物館に向かってみましょう。赤穂城跡のとなりにありますので、歩いていくほうが早いと思います。


● 歴史博物館(写真1)

 歴史博物館2階には赤穂城の模型の展示や赤穂義士人形浄瑠璃の模様の放映などが行われています。赤穂城跡にも赤穂義士に関する展示が行われているためか、歴史博物館では赤穂の名産となっている塩に関する展示がメインとなっており、1階で行われています。義士の時代から赤穂は塩の名産地としての側面ももっており、ここでは当時の塩作りの様子や塩作りに使われた道具類などが展示されています。

 赤穂が昔からの塩の名産地であったということで、お土産にも塩を使った塩味饅頭が売られています。歴史博物館内には売っていなかったと思いますが、赤穂市内各所で買うことが出来ますので一度試してみてはいかがでしょうか。また、御土産としてはちょっと…かもしれませんが塩のふりかけなどもあわせて売られています(私はこちらのほうが好きです)。また、スナック類などでも時々“赤穂の塩使用“などと書かれているものがありますので、一度見てみてください(正直なところ、味の違いは良く分かりませんが)。




写真1



――――――― ここからは車でどうぞ。―――――――


● 海浜公園

 歴史博物館で塩作りを見たあとは、赤穂御崎にある海浜公園に向かってみましょう。海浜公園はこのあたりの施設の中では有数の敷地の広さを誇っている公園です(敷地がやたらと広いだけ、という気もしますが…)。ピクニック気分でぶらぶらと散歩でもするにはうってつけの公園です。一応、観覧車などはあります(写真2)が、遊園地を期待して行かれる方にはあまりお勧めしません。公園内をぶらぶらと歩いていると、ほのかに潮の香りが感じられます。潮の匂いをかぎながらの散歩もなかなかいいものでは。




写真2



 海浜公園に入って右手には赤穂の塩作りを体験できる施設があります。建物の外では塩田が再現されています(写真3)。塩作り体験はとなりの海洋科学館の見学とセット販売(?)になっています。私はまだ試したことがないのですが、おそらく作った塩は持って帰れると思いますので一度持って帰って赤穂の塩を使ってみてください。




写真3



● 赤穂御崎

 海浜公園を出て、さらに海側へと進んでいくと、観光地となっている赤穂御崎に到着します。4月頃にはこのあたり一面に桜が満開になり、あちこちからの多くの観光客でにぎわいます(宿泊はかなり前から申し込まないと満室で取れなくなってしまうらしい)。今回は桜の季節でもありませんので、とりあえずここは海を見ながらのドライブにとどめることにします。赤穂御崎を抜ける道の中に2箇所の休憩所があり、ここからは瀬戸内海の展望が開けています(写真4)。今回はあまり遠くの島までは見えませんでしたが、天気の良い日であれば瀬戸内海にある多くの島々が見えるだろうと思います。また、銅像が立っている方の休憩所では海岸線に下りていくことが出来ます。これも今の季節ではありませんが、海岸線に下りていく道は梅林になっていて桜の時期に先駆けて満開になります。また、海岸線にはバーベキューができる場所もあります。




写真4



● 天然記念物(生島樹林)

 赤穂岬を抜けてしばらくドライブを続けると坂越に出てきます。坂越沖には天然記念物として指定されている生島樹林があります。ちょっと分かりづらい場所ですが坂越町並み館を過ぎて左手の道を入っていくとすぐに生島樹林を見ることが出来る展望台があります。この展望台はそれほど高いところにはありませんが、海岸線では防波堤にさえぎられてしまいますので、こちらから見てみてください。ただし、絵葉書などで見る写真はここからのものではなく、もっと高いところから撮っている写真と思われます。この展望台に上がってくる道はさらに続いていて、絵葉書などで見るような風景は、この上から見ることが出来ます(写真5)。が、ここから先の道に入っていくと、舗装されていない狭い道へと入っていきますので、一応下の展望台から見ることをお勧めしておきます。私はまだ道が続いているのでとりあえず上がってみた(ナンとかとケムリは高いところが…?)のですが、知っていれば上がって来なかったでしょう、きっと(それでも対向車が1台下りてきましたが)。




写真5



 今回、私が赤穂で行ってみた場所としてはこのあたりですが、この他にもいろいろと観光スポットとされている場所があります。観光案内所や案内板などで紹介されていますので、物足りない方はそちらで聞いてみてください。


● さくらぐみ

 で、ここまでスポット紹介だけをしてきましたが、食事についても少しだけ。今、赤穂で一番有名な食事どころは、赤穂城跡近くにある“さくらぐみ”だろうと思います。本場イタリアで修行をしてこられた方が作るイタリア料理が評判になっています。外観がきれいな、とはちょっと言えませんが(失礼)、特に土日は予約を取るのが大変なぐらいの客でにぎわっています。土日は当日の予約受付のみとのことですので、一度店に問い合わせたほうが確実でしょう。実は、私もまだ行ったことがないので、一度行ってみたいと思っているのですが・・・。


● しおさい市場

 こちらは坂越にあるシーフードバーベキューの出来る店です。近くに漁港があることもあって新鮮なシーフードが食べられます。こちらには行ったことがあるのですがバーベキューを食べながら生ビールを…、というのが私の定番メニュー(?)となっています。確か、ここも予約が必要だったと思いますので、こちらも店に問い合わせてから行くほうが確実だと思います。

 また、冬の食べ物ではありますが、この近くにかきの直売所があり、市販のものより一回り以上は大粒のかきを手に入れることが出来ます。こちらの方も一度試してみてはいかがでしょうか。


 赤穂市はここ数年間で徐々に開けてきていますが、それでもやはり独特の空気を持った町ではないかと思います。都会でもなく、かといって不便というわけでもなく、といった感じでしょうか。聞いた話ですが、ここのところ赤穂の人気が上昇してきているとのことで、とある雑誌(定かではありませんが)で住んでみたい町のランキングに登場するまでになってきているそうです。地元ということもあってあまり気にしたことはなかったのですが、そう言われてみるとなかなかいい町なのかもしれません。

 と、こんな感じで赤穂の紹介をしてきましたが、半分思いつきでうろうろしたこともあったので参考にならなかったかもしれません。赤穂市のホームページに観光のページもありますので、赤穂に行ってみようという方は参考にしてみてください。としておいて私はこの辺で。



大島 行雄 OHSHIMA Yukio

(財)高輝度光科学研究センター 企画調査部

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TEL:0791-58-0960 FAX:0791-58-0957

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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