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Volume 16, No.2 Pages 131 - 134

4.SPring-8 通信/SPring-8 Communications

利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告1 -生命科学分科会-
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair - Life Science –

田中 勲 TANAKA Isao

北海道大学大学院 先端生命科学研究院 Graduate School of Life Science, Hokkaido University

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 生命科学分野は、L1、L2、L3の3つの分科に分かれている。L1については田中が担当し、L2は片岡幹雄氏(奈良先端科学技術大学院大学)、L3は伊藤敦氏(東海大学工学部原子力工学科)のそれぞれに執筆を御願いした。

 

 

生命科学分科 I(L1:蛋白質結晶構造解析)

 2009Bから2011Aの2年間の生命科学分科会審査委員主査を担当させていただいた。SPring-8発足当時の1998年から2001年にかけても、この委員を担当したことがあるが、10年前と比べて、審査委員会は、安定期に入ったというべきか、ずいぶんスムーズに運営されていると感じた。今回は大きな負担を感じることもなく、あっと言う間に2年間が過ぎたという印象である。負担に感じなかった一番の原因は、レフェリー制度を採用していただいたことである。100に近い申請書を読んで点をつける必要のあった10年前とは大きく異なり、基本的に審査委員会では、付けられた評点をもとにビームタイムを配分する事が主な仕事だった。審査が楽だったもう一つの理由は、ビームタイムの配分について、それほど厳しく査定する必要がなくなったということもある。ユーザーの数は増加しているものの、それ以上にビームラインおよび周辺の改良が進んでいることが大きいと感じた。ビームの安定性向上、ビーム輝度の向上、ビームの質の向上、検出器の感度の向上、結晶マウントの自動化、測定インターフェースの充実、ユーザーフレンドリーなツールの開発、構造解析コンピュータ環境の向上、等々により、シフトあたりの価値が、昔とは大きく異なっている。昔は結晶チェックのため以外に、1.5シフトの配分など考えられなかった。今では、場合によっては1.5シフトで立派な仕事を完成させることが可能になっている。JASRIスタッフの皆さんのご努力に敬意を表したい。

 

「L1の運用方針の特徴」

 L1では、蛋白質結晶構造解析の課題を中心に取り扱う。結晶構造解析であるので、実験は、ある意味で定型的なところもある。しかし、サンプルの多様さに対応して、ユーザーの要求も多様である。蛋白質結晶構造解析では、サンプルの調製・結晶化のステップがボトルネックとなる場合が多く、良質な回折を与える結晶を得るためには、結晶回折能を確認するためのコンスタントなスクリーニング実験が重要であり、その実験の結果は次の実験にフィードバックされる。一方で、良質な結晶が得られれば比較的短時間で構造解析に成功することもしばしばである。非常に競争の激しい蛋白質結晶構造解析に対応するためには、このような多様な実験形態を許容し、ベストなタイミングでビームタイムを効率良く配分することが要求される。L1ではこうしたニーズに答えるべく、早くから、他のビームラインにないさまざまな特徴ある運用を行ってきた。留保ビームタイム、ビームタイムの細分化、グループ採択、独自の申請書などである。これらはどれもうまく機能してインパクトの高い、豊富な成果につながっている。

 現在の審査システムでは、年2回行われる審査を経てビームタイムが配分されるが、厳しい研究競争に対応して、結晶が得られたら直ちにデータ収集・解析を行うことができるようにとの目的で運用されているのが「留保ビームタイム」である。これは、あらかじめ利用者を割り振らないビームタイムを定期的に確保しておいて、緊急を要する利用希望に対して、迅速に課題審査・時間配分をする制度である。各期あたりBL38B1では30シフト程度、BL41XUでは15シフト程度、BL32XUで15シフト程度を留保ビームタイム枠として確保した。時期によって若干のばらつきはあるものの、毎回緊急性の高い申請が数多くあり、有効に機能していると考えている。ただし、2011A期に関しては、リモート測定実験システムの開発を支援するために、留保枠をBL38B1に集約配分したのでご留意されたい。

 申請書のフォーマット化は、審査員の負担を軽減するのみならず、ユーザーの研究がどの段階にあるのかを審査員に明らかにして妥当なビームタイムをアサインすることに役立っている。結晶の情報を要求しているが、この分野の研究者は誰でも結晶化の難しさとその重要性については熟知しているため、きちんと情報が書かれてありさえすれば、結晶の質が悪いからといって不当に低い評点が付けられることはない。

 

「採択率と配分シフト数」

 L1分科では、偏向電磁石ビームラインBL38B1とアンジュレータビームラインBL41XUの2本の共用ビームラインを中心に、理化学研究所が部分的にビームタイムを供出しているBL26B1(イメージングプレート実験)、BL26B2(顕微分光測定実験)、BL32XU(マイクロビーム実験)も対象に加えた課題選定を行っている。この2年間(2009B〜2011A)で各期の採択率は、BL38B1が93.8〜100%、BL41XUが86.0〜100%と高い値になっている。一方で、各期の配分シフト数は、BL38B1が5.5〜6.0シフト(1シフトは8時間)、BL41XUが1.9〜4.4シフトと、1課題あたりでは短いビームタイムで課題がこなされていることがわかる。また、BL38B1では部分的にD1分科(散乱回折)の課題も受け付けており、回折能が弱く格子定数の長い有機低分子結晶の解析に各期15シフト程度が利用されている。

 

「BL38B1の高性能化」

 偏向電磁石ビームラインのBL38B1とアンジュレータビームラインのBL41XUでは輝度が大きく異なり、後者はデータ収集時間が数分の1から10分の1程度で済むだけでなく、微小結晶でも高精度データ収集が可能となっている。このため、BL41XUへの利用希望が集中しており、積み残される課題も少なくない。最近、BL38B1ではビーム集光度を高めた結果、試料位置での光子密度の向上が図られ、収集時間の短縮(1/2〜1/3)につながった。また従来から散乱ノイズの低減を進めており、S-SAD法でも微弱シグナルの計測に威力を発揮して、異常分散測定には安定した光源として利用されている。また、結晶の紫外可視吸光度を測定可能な顕微分光システムや、遠隔地からの実験を支援するメールインシステムも導入されている。このように高性能化が進んでいるBL38B1をさらに活用して、将来利用可能となる予定の遠隔地から直接機器操作が可能なリモート実験に備えることも検討しておくべきであろう。

 

「ターゲットタンパク研究プログラムとの連携」

 2008年度より行われている文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム」との連携を引き続き実施した。文部科学省より予算配分を受け、成果公開優先枠を使ったプログラム向けのビームタイムが確保されて、BL41XUについて各期あたり最大48シフトを提供してきた。2010年度には、プログラムの技術開発研究の一環として進められてきたマイクロフォーカスビームラインBL32XUが竣工し、理化学研究所より利用が開始されて、プログラム内のニーズを一定分満たすことになったため、2010B期よりこれまでの半分の24シフトを提供することとした。また、BL32XUはプログラム専用として建設されたが、プログラム外の一般利用者に向けてJASRIが配分する一般課題枠での利用も始まっている。

 

「1.5シフト運用の問題点と今後」

 BL41XUでは、ターゲットタンパク研究プログラムへのビームタイム配分に伴って、逼迫するビームライン運用の効率化が求められたため、前述したようにデータ測定系の高速化を進め、その結果、2008A期から1.5シフト単位のビームタイム配分を採用している。これにより、BL41XUの課題採択率を大きく減少させることもなく、利用者の声もおおむね良好である。しかし、この運用によってユーザー支援業務が増大し、ビームラインスタッフの負担になっている。2011年度末にはターゲットタンパク研究プログラムの終了が予定されているが、現状の形態での運用は限界にきており、3シフト単位での配分へ戻すことも検討されている。利用者側には、スケジュールの策定の融通やビームタイム時の実験に際して自助努力をお願いするとともに、新たな運用形態として複数の研究グループでの利用や、パワーユーザー制度を活用した利用者側からの支援など、早急な対策が必要とされている。

 

「成果報告義務」

 ビームラインの利用によって得られた成果については研究成果データベースへの登録が求められているが、残念ながら必ずしも満足のいく状況ではない。十分に登録がない場合には評価点から減点されることもあり、実際にこの2年間でも該当者が見受けられている。すでに公表されている成果公開を促す提言についてもその具体的運用が議論されており、改めて登録漏れがないか確認をお願いしたい。

 

 L1分科は、樋口芳樹氏、熊坂崇氏と担当した。お二人には、特に、留保ビームタイムの審査の際には、非常に迅速に対応していただいた。深くお礼を申し上げたい。また熊坂氏には本稿を書くにあたっても適切な助言をいただいた。あわせてお礼を申し上げる。

 

 

生命科学分科 II(L2:生体試料小角散乱)

 L2ではおもに溶液中の蛋白質の構造や構造形成、脂質ミセルなどの非晶質試料や筋肉などの繊維試料を対象にした小角散乱の申請の他、気液界面での蛋白質の動態の反射率測定に関する課題申請の審査を行ってきた。筋肉の繊維回折による収縮メカニズム研究は、変異タンパク質の導入といった試料面での工夫とSPring-8のマイクロビームを生かした回折実験での工夫が組み合わされて、興味深い成果が得られている。筋肉での経験が、細菌鞭毛の測定にも生かされてきているように感じる。一方、蛋白質溶液の小角散乱では、ab initio構造解析法が一般的に応用できるようになったため、様々な蛋白質についての溶液構造に関する申請が増えてきているように思える。また、伝統的に蛋白質構造形成に関する課題申請も一定の数を占めている。しかし、多くの申請はルーチンの測定とルーチンの解析が中心となっており、一定の成果は得られるであろうが、革新的な成果に結び付くような本質的に新しい申請は見受けられなかった。発表論文の数が問題にされるため、挑戦的な課題申請はしにくくなっているのではないかと危惧される。SPring-8に代わる線源がないため、予備実験を十分に行って申請することができないからである。また、小角散乱実験を行うビームラインへの申請は、生体試料のみならず、高分子やソフトマター等材料科学分野からも行われる。審査員の点数は、平均点を含め、材料科学分野の方が高いように思われ、全体として生体試料小角散乱の採択率が下がっている。申請課題数の減少とともに、今後考慮されなければならない点である。

 反射率測定に関して、脂質膜への薬物結合過程を調べようとする意欲的な提案があった。反射率測定は、材料科学分野では重要な手法となっているが、生体試料へももっと積極的に応用されてもよい。インパクトのある成果を生み出すことが期待される。また、高速X線一分子追跡法が、膜タンパク質のみならず、溶液中の巨大複合体にも応用され始めたことが今期の特徴の一つと言える。

 X線小角散乱は、結晶構造解析と相補的に利用することで、その威力は倍増する。最近、多くの結晶構造解析専門家が、複合体やマルチドメイン蛋白質に挑戦するようになってきたが、これらには天然変性ドメイン等が含まれ、全ての構造が決まるわけではない。このような場合に、小角散乱からの全体構造情報や、距離制限を導入することにより、実体に迫ることができるであろう。また、複合体形成やマルチドメイン蛋白質のドメイン再配置といった動的な性質が、生命機能には本質的である。小角散乱データに含まれるダイナミクス情報を解析する新しい方法論の開発も望まれる。

 

 

生命科学分科 III(L3:医学利用、バイオメディカルイメージング)

 本分科は、生物から医学まで幅広い分野の申請を扱う。したがって、植物、動物からヒトまで対象は多様であるが、研究課題には、脳神経、肺、心臓、骨、水晶体など、高エネルギーX線による位相イメージングの特徴を生かしたものが比較的多い。また、先天性異常疾患に対するイメージング手段を用いたアプローチも目を引いた。治療医学に関しては、すだれ状のマイクロビームを用いたがん治療法の課題申請が多くみられたが、研究成果の実用的評価を期待したいところである。このように申請はますます多分野かつ多岐にわたるようになっており、それらをいかに正当に評価するかが課題であると感じた。

 一方、イメージング手法の発展が著しいことも特筆すべきである。従来から位相コントラストを用いたCTが行われてきたが、大視野化、高分解能化に加えて、さらに時間分解能の向上(高速CT システムなど)も特徴的であった。なかでも動的3次元観察は、生体機能を解明する上で非常に有効な手段になると期待される。

 課題審査においては、ビームライン間の混み具合にかなり差がある場合があるため、評価が高いにもかかわらず、ビームラインの選定のみで採択されない課題もあった。申請者にも可能性のあるビームライン候補を多く挙げていただきたいという印象をもった。また、この問題に関連して、施設側に対する要望としては、長期課題やパワーユーザー課題が一般課題への割り当てシフト数にかなり影響しているので、これらの課題について適正なシフト数をご検討いただきたく思う。

 全体として、申請課題は生物、医学の広い領域に順調に拡大しつつあるが、申請者がやや固定化されつつある懸念もある。さらに多くの分野からの応募を望み、本分野の一層の発展を期待したい。

 

 

田中 勲 TANAKA Isao

北海道大学大学院 先端生命科学研究院

〒060-0810 札幌市北区北10条西8丁目

TEL:011-706-3221

e-mail:tanaka@castor.sci.hokudai.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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