Volume 07, No.4 Pages 247 - 250
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
EPAC2002に参加して(思いつくままに綴った印象)
Eighth European Particle Accelerator Conference (EPAC2002) “ Personal Impressions ”
第8回 European Particle Accelerator Conference(EPAC2002)が、パリのCité des Science(科学産業都市)1)で、6月3日から7日にかけて開催された。EPACは、1988年にローマで第1回が開催されて以来、2年毎にヨーロッパ各国の都市で催されてきた。今回は、第2回のニースに続き、再びフランスでの開催となったのである。私は、Scientific Advisory Boardのメンバー故に、SPring-8加速器チームの会議への貢献を促す立場にある。しかし、今回は開催場所がブランド、グルメ天国のパリということもあり、「EPACで発表しましょう」と呼びかけなくても、自然と人が集まった。SPring-8関係者は、私を含め、花木、安積、富沢、高雄、深見、妻木(以上JASRI加速器部門)、新竹主任(播磨理研)の8名が、併せて14件のポスター発表を行った。会議の詳細な内容はhttp://epac.web.cern.ch/EPAC/Paris/ Sci_Prog/から調べる事ができるので、興味のある方はそちらを見て欲しい。ここでは、会議での私の印象、会議で参加者と交わした話を中心に感想をまとめることにする。このため、私の英語力及び思いこみにより、内容がねじ曲がっているところもあるかもしれないが、ご容赦願いたい。内容に関して納得のいかないところは、後で筆者に問い合わせることが可能である事を明記しておく2)。
某KEKの先生の受け売りであるが、確かに会議の花は初日の招待講演である。2日目以降に比べ、おもしろい話しが多かったように思うが、これは私の緊張感が初日にピークであったという単純な理由ではないだろう。KEKの生出は「Operation Experience and Performance Limitation in e+ e− Factories」というタイトルで講演を行った。Phi-Factory(DAFNE)とB-Factory(PEPⅡ、KEK)でこれまでに得られた性能と問題点をわかりやすく解説した内容は、概ね加速器の設計性能が達成され
「うまく行っている」という印象を与えるに十分なものだったように思う。私は、かねがね、KEK B-Factoryはどうして半整数共鳴近傍で運転されているのか疑問を持っていた。これについて、Beam-Beam効果でチューンがずれると半整数共鳴にトラップされ、エミッタンスが増加、Beam-Beam効果を緩和するように働くので安定な高ルミノシティ運転が可能になるのだと言う説明があった3)。その一方で幾つかのビーム不安定性の問題も残されているらしい。ポジトロンビームの不安定性を誘起する「Electron Cloud効果」に関し、ソレノイド磁場をリング一周に設置する事で効果的に抑制できたものの、垂直チューンシフトがソレノイドを施した後でも半分ほど残り、完全に解決されてはいないこと、PEP Ⅱでは水平方向のビームブローアップが条件によって観測されていること等の説明があった。会議初日に、花木氏の御尽力でたまたま生出氏らKEKのスタッフと夕食を共にする機会に恵まれ、私は幸運にも生出氏の隣に座ることができた。美味しいフランス料理とワイン、楽しい加速器物理の議論(?)の両方を同時に堪能することができた訳である。専門的な話は割愛するが、議論が正しい理解にとって如何に重要であるかを示す例として、次の事例を1つ上げておこう。私が「話の中でSuper-B(B-Factoryの性能を1オーダー引き上げたもの)がbrute forceで到達可能と言われていましたね」と肯定的に尋ねたところ、「それはbrute forceでしか到達できないということで、それ以上の発展性はないということだよ」という答えが返ってきた。これには、私もさすがに参ってしまった。
EPAC開催前日にMarie-Emmanuelle Couprie博士に夕食に招かれた時の一こま。左:Marie-Emmanuelle Couprie博士、中央:筆者、右:播磨理研の新竹主任研究員
CERNのW.Wuenschは「High Gradient Breakdown in Normal-Conducting RF Cavities」というタイトルで興味深い話をおこなった。昨年秋、北京で開かれたAPAC4)ではリニアコライダーのための高電界型加速管(X-band等)内で、RF電場のBreakdownが発生し、高加速電場が安定に実現できないことが大きな問題になっていたと記憶している。Breakdownは加速管内の銅ディスクの端で発生するが、この部分を融点の高いタングステン等で置き換えることで、Breakdownが発生しなくなり、30GHz、150MV/mの高加速電界が実現できたと言うことであった。使用後のディスク表面の写真も示されたが、きれいなものであった。高電界型加速管の開発も、これで少し勢いが出てくるような印象を持った。
European commission のF.Cozzaniが行った「Research in Europe」というOpening Talk は、違った意味で私の記憶に残ったものである。ヨーロッパの科学技術での優位性を将来に渡って維持していくため、ヨーロッパ各国が主体性を維持しながら、共通の重点開発分野の策定、人的交流の活発化、科学基盤の相互有効活用、研究開発予算の協調的拡大を通し、ヨーロッパ全体を1つの有機的なEuropean Research Area(ERA)にしていくというものである。具体的に推進するための政策プログラムや原子力分野で行われている活動の実体についても話があった。普段から理解はしているものの、ヨーロッパに比べアジアではこのような意識が本当に希薄であると痛感させられる。長い戦乱と交渉の歴史が醸成したヨーロッパの戦略性としたたかさであるが、「APACでこのような話がいつ頃聞けるのか?」という問いに対し、「100年経っても無理!」と感じるのは私だけではあるまい。
さて、話を会議2日目の放射光関連の話題に移そう。率直に言ってContributed Oralには、さして面白みのある話はなかった。「私に話をさせればもっとおもしろい発表をするのに」と毎回感じているが、私がOralを希望しても採用されないのは、やはり話がつまらないと思われているからなのだ。猛省する必要があろう。発表を聞いていて特に印象に残った部分、また、その後議論して分かったこと等をまとめると以下のようになる。
(1)BINPのG. Kulipanovが「ERL : An Alternative Light Source Concept」というタイトルの話を行った。これは現在のERL Based Ringの火付け役でもある彼がまさに話すべきテーマである。ただ、話すにはトラペの量が膨大すぎて、最後まで行き着けなかったのが残念である。英語で話すときは、トラペの数は少な目の方が安心である。
(2)M.BögeがSwiss Light Sourceの現状を報告した。電流は400mAまで安定に蓄積され、Coupled-Bunch不安定性を抑制するため、クロマティシティを+4程度で運転しているとのことである。この高クロマティシティで入射効率が80%になっていること、また、Top-up 運転は2分毎の入射で電流値変動を0.1%に抑えていると言うことであった。少しいじめてやろうと思い、「80%の入射効率と言っていましたが、ビームロスは何処で生じているのですか?」「また、それはシュミレーションと合っているのですか?」という質問をしてみた。SPring-8での経験から、入射ビームロスをシュミレーションするにはリングモデルがかなりきっちり構築されていないと難しいからである。質問への回答がちゃんと返ってこなかったところを見ると、正確なシュミレーションをやっていないように思えた。
(3)ASTeCのS. Smithが光源リングオプティックスの最適化に関した解説を行った。彼女がこの役割を担うのは、Synchrotron Light Sources and FELsのSession CoordinatorがASTeCのM.Poolだからであろう。発表内容にはあまり見るべきものがなかったが、2000年のEPACで発表したSPring-8の長直線部導入に関する論文[1]の中身が大々的に取り上げられていたのは嬉しかった。S. Smithに後日、「我々の仕事を紹介してくれてありがとう」とお礼を言う機会があった。彼女は、十年程前に、理研の駒込キャンパスで私と軌道歪みの電磁石ミスアラインメントに対する感度抑制の問題を議論したことを今でも覚えていてくれた。非常に懐かしい話であった。
(4)L.EmeryがAPSのTop-up運転の状況を報告した。だいたい23バンチ/100mA(153nsec等間隔)でTop-up運転を行っているらしい。バンチ毎の電流のばらつきは、最大で1mA程度。また、マルチバンチ+5mAシングルバンチ(1.56msecのギャップ)というHybrid Modeの運転もあるらしい。ここで彼は、Top-up運転でAPSが如何に安定になったかを示すために以下のようなことを言ったのである。「ESRFのユーザーがAPSに来て、ビームの安定性にびっくりしていた。ESRFでは1回の実験期間で数十回実験のセットアップを直すのにAPSでは数回(と言っていたとわたしは解釈した。5))で済む。」SPring-8ではAPSのビームはかなり不安定だというのが一般的な認識であるが、ESRFはそれより悪いとは一体どういうことなのであろうか?ESRFの加速器屋からブーイングが出なかったので、私の聞き取り能力の問題かもしれないと思い、あとで高雄氏に聞いてみた。彼も確かにそのようなことを言っていたように思うとのこと。APSの軌道が「恐ろしく安定なのかどうか」を確認するには、SPring-8の優秀なビームラインスタッフ(orユーザー)にAPS、ESRFで実験をしてもらい、光軸の安定度を比較してみるのが一番手っ取り早いのかもしれない。
(5)この後L.EmeryとTop-up運転の話をしたのだが、APSでは入射時にSPring-8の現状に比べ、かなり大きくビームが振動していることが分かった。APSはソフトゲート信号だけでこれに対応しているそうである。「X線イメージングのユーザーはいないのか?SPring-8では光をメカニカルにカットしたいとも言っているよ」といってもピントこないようであった。ユーザーに依ってこれほどまでに反応が異なるとは、どちらかが間違っているに違いない。この話しにはSwiss Light SourceのRivkin(今回のEPACのプログラム委員会の委員長)も後から加わってきた。彼の意見は「加速器屋が最初にユーザーに(振動していると)言うのが間違っている。何も言わなければユーザーは気がつかない」というものであった。これには「SPring-8のユーザーは非常にシビアなので、このような短時間の振動でも問題にするのだ。」と反撃したのだが…「とにかく会議から戻ってすぐに、入射時の光が使い物になるかどうかユーザーと実験することになっている」というと、彼はニヤリと微笑んで去っていった。
EPAC2002でのポスターセッション会場での発表用ポスターと筆者。背後のポスターは評判が良くポスターセッション開始前から終了時(11:00〜18:00)の間、訪ずれる人の切れることが少なかった。
最後に一言。最終日の「The Future of High Energy Physics with Neutrino Factories」等物理で面白い話もあったが、今回のEPACの講演は全体的に低調であったように思う。殆どの講演で質問がでないことからも伺い知ることができよう。これ程静かな講演は、SPring-8加速器部門では想像できないものである。Review講演のような解説風の話が多かったこともその一因かも知れない。その点は、事務局に改善を求めていく必要があろう。また、フランス人でさえ、講演者の選出に関し、極めて政治的に決まっていると批判をする人もいると聞く。しかし、だからといって、「EPACにもう行く必要がない」と考えるのは早計である。EPACは加速器に携わる世界中の研究者が集まる一大イベントである。そこで知人と挨拶を交し、「最近何しているの?」と近況を語り合い、人間関係のチャンネルを整備しておくことは、会議での発表と同じく、この業界でのSPring-8加速器チームのpresenceを確保する意味で重要なことである。そういうチャンネルが増えれば、研究所を訪問するのも楽しく有意義なものになるし、何よりも困った時に相談することができる。今回、私はこの冬にSPring-8で開催する「軌道安定化ワークショップ」への各研究所の協力を取り付ける交渉の場としてEPACを利用させてもらった。日に3〜4人の割で話をこなす強行スケジュールであったが、ワークショップへの参加並びに協力を思った以上に得ることができた。この際に、これまで築いてきた人間関係が役立ったのは言うまでも無い事である。今回、新たにポスターセッション等を通してALS、SOLEIL、ASTeCの元気の良い若者達と知り合い、議論できたことも楽しかった。また、Marie-Emmanuelle Couprie女史とチャレンジした週末ブルゴーニュ・ワインの旅もハードな会議の後の心地よいリフレッシュメントであった。2年後のLausanneにも良い成果を携えて是非参加したいものである。
参考文献
[1]H.Tanaka,K.Kumagai,N.Kumagai,H.Ohkuma,J.Shimizu,K.Soutome and M.Takao:“Optimization of Optics with Four Long Straight Sections of 30 m for SPring-8 Storage Ring”,Proc. of the 7th European Particle Accel.Conf.,Vienna,June(2000)pp.1086-1088.
《注釈》
1)フランス語の堪能な理研の原 徹さんに訳していただいた。
2)筆者への連絡は、SPring-8 PHS 3513
3)少し専門的ではあるがこれは水平方向のみに有効である。理由は、垂直はLuminosityをかせぐために衝突点でベータトロン関数を絞り込んでいるためである。半整数共鳴に近づけすぎるとBeam-Beam効果を緩和すると同時にベータトロン関数が破綻し、不安定になってしまう。共鳴にトラップされる理由は、Beam-Beam効果により衝突点で発生した収束誤差が共鳴のバンド幅を広げること、もしくは、収束誤差によるチューンシフトの方向が共鳴に近づく方向に一致しているためと考えられる。
4)Asian Particle Accelerator Conferenceでヨーロッパとアメリカの加速器会議のアジア版。
5)心配だったので帰国してからEmery氏にe-mailで私の理解が正しいのかどうかを確認した。その結果、私の解釈で正しいとのお墨付きを頂いた(英語のヒアリングはOKであった)。ESRFのユーザーの名前は確認できなかったが、APSのcollaboratorに聞けば、名前も分かるだろうと書いてあった。
田中 均 TANAKA Hitoshi
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
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