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Volume 07, No.3 Pages 181 - 186

2. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

BL15XU “WEBRAM” の現状
The Status of BL15XU “WEBRAM”

吉川 英樹 YOSHIKAWA Hideki、二澤 宏司 NISAWA Atsushi、北村 優 KITAMURA Masaru、木村 昌弘 KIMURA Masahiro、奥井 眞人 OKUI Masato、八木 信弘 YAGI Nobuhiro、水谷 剛 MIZUTANI Tsuyoshi、VLAIKU Aurel Mihai、福島 整 FUKUSHIMA Sei

独立行政法人物質・材料研究機構物質研究所はりまオフィス Harima Office, Advanced Materials Laboratory, National Institute for Materials Science

Abstract
The present state of BL15XU is introduced. Startup adjustment of the beam line advanced, and it became possible that the SR beam of using for practical use in 1keV〜20keV energy region was obtained. the part of the result of photoelectron spectroscopy and high-resoluble characteristic X-ray spectroscopy carried out as a utilization experiment is also introduced.
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1.序
 BL15XU(愛称「WEBRAM (Wide Energy range Beamline for Research in Advanced Materials)」)は、平成12年3月の設置工事終了より3年目に入り、ビームスタディが7割程度終了し利用実験も少しずつ実施できるようになってきた。本ビームラインは、独立行政法人物質・材料研究機構物質研究所(旧科学技術庁無機材質研究所)の専用ビームラインとして平成9年度より開始された放射光利用研究プロジェクトの一環として計画され設置されたものである[1][1]吉川英樹、他:SPring-8利用者情報 Vol.5 No.1(2000)33-36.。高度高機能材料の研究開発には、その合成法と精密解析技術が推進の為の両輪であることから、将来次々に作り出されるであろう高度物質材料の精密解析に対応できるだけの能力を兼ね備えたビームラインとして、その構想が練られた。
 物質材料の機能発現は、基本的に原子の並び(構造解析)とその結合の仕方(電子状態)の二つで支配されると考えて良い。また、新しく作り出された物質は大変わずかであることが多いため、これらの解析を1本のビームラインで行えるようにすることが重要である。このため、価電子帯の励起、内殻励起が出来る限り広範囲の元素を対象に可能なこと、精密な構造解析が可能であるために高度高輝度単色光が得られることの二つを満足できるビームラインとして基本仕様が決定された。図1に概要を示すが、リボルバー型アンジュレータ、光学ハッチにミラーのないミラーレスビームラインである等、SPring-8の中でも他には例のない様々な工夫が凝らされている。
 以下、特に平成13年度の進捗状況を中心に、WEBRAMの現状を簡単に報告する。




図1 BL15XU(WEBRAM)の概要



2.WEBRAM本体の立ち上げ状況
 out of vaccumリボルバー型アンジュレータは、北村ら(理研)の多大な協力により平成12年度にすでに完全に立ち上げが終了し、蓄積リングが100mAで稼働中でもGFOの状態で磁石列が切り替えられるまでになった[2][2]T. Hara et al. : Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 467-468, 161-164(2001).。これによりビームラインの立ち上げは、初段分光系の立ち上げとビームスタディに全勢力が注がれる事が可能となった。一部の結果はすでに報告されているが[3][3]二澤宏司、他:SPring-8利用者情報 Vol.6 No.1(2001)27-30.、SPring-8標準分光器を基礎に石川ら(理研)の多大な協力の下に設計され製作された初段分光系は大変ユニークであり、そのビームスタディの結果にはWEBRAMのポテンシャルの高さを示すものが多い。
 一例を図2に示す。これは、図1における粉末X線回折計の位置にビームモニターを設置し、いくつかのエネルギー位置でピンホールスリットをスキャンすることによりビーム強度分布を測定した結果である[4][4]A. Nisawa et al. : under preparation.。図の左が一次光、右が高次光である。高次光を単純にスリットでさえぎるだけで一次光のみを分離できる可能性が高いことがわかる。これは、主にSi分光結晶上での一次光と高次光の屈折率の違いによる分散が、WEBRAMの初段分光系の傾斜配置、及び2つの結晶が100mm以上の大きい間隔をとっていることによって、エネルギー毎の射出位置の差として明らかになった事による。この現象は、リボルバー型アンジュレーターのリニア部で発生できる一次光の範囲で、少なくとも8〜20keVで利用可能である事が確認されている。すなわちWEBRAMでは、少なくとも8〜20keVで、光源から試料位置までスリットと分光器以外は何も挿入されていない状況で実験が可能である事を意味する。試料位置での平均的なビーム強度は、フロントエンドスリットを0.3mm×0.3mmとした場合にほぼ1013photons/secが確実に得られ、バンド幅は(ΔE/E)〜104〜5である。
 この光は、例えば粉末X線回折に大きな力を発揮している。図3[5][5]M. Okui et al. : under preparation.に示すようにNIST標準試料であるSi(SRM640c)の測定では、8keVでの111反射の半値全幅は7/100度以下を実現できる。また、5〜2keV以下は、リボルバー型アンジュレータのヘリカル部を用いているため、元々一次光以外の軸上強度が弱く、ミラー無しでも8keV以上と同様な強度とバンド幅でほぼ純単色光が得られている。




図2 第一実験ハッチ試料位置でのビーム強度分布の測定結果上から、初段分光器を8keV、12.5keVおよび19.5keVにセットしたときの結果で、左が一次光、右が高次光




図3 8keVでの粉末Si(NIST SRM640c)の111回折ピーク



 一方、1〜2keVの領域では、物材機構オリジナルの分光結晶であるYB66(400)[6][6]Y. Kamimura et al. : J. Cryst. Growth 128(1993)429-434.を間接冷却で用い、第三世代光源で初めての実用化に挑んだ。図4はその結果の一部[7][7]M. Kitamura et al. : under preparation.で、ロッキングカーブのエネルギー依存性を示す。同じ分光結晶を使用しているSSRLの結果[8][8]J. Wong et al. : J. Synchrotron Rad. 6(1999)1086-1095.に比べて、ロッキングカーブの幅がほぼ半分であり、得られているビームのトータルフラックスはほぼ同程度である(109〜10photons/sec)。結晶の熱伝導率が低く、入射光により発生した熱がほとんど拡散せずに結晶表面の入射点にたまってしまうことから、分光面のサーマルバンプの発生を出来るだけ避ける条件を採用すると、第二世代光源と同程度のトータルフラックスしか得られない。しかし、WEBRAMは挿入光源を利用していることから、第二世代光源よりもビームを格段に細くすることが可能である。YB66(400)は、分光結晶とはいえ分光面の結晶性に大きな分布が存在するため、ビームの細い我々の方がより高い単色度を得ることが出来たと考えられる。図5は、YB66(400)により測定された金属SiのXANESであるが、実用上十分な分解能が得られており、挑戦は成功したと言えよう。
 平成13年度は、光源光に対して、20keV以上の領域でのSi(333)等の反射を用いた分光実験、及びW/B4Cによる0.5〜1keVの領域でのラフな分光実験を行い、WEBRAMの光源としての現状の性能評価を終わらせる予定である。また、YB66(400)を用いたビームスタディも引き続き行い、アプリケーションを行うと同時にビームフラックス改良への手がかりを探索する。




図4 YB66(400)のロッキングカーブ半値全幅の入射光エネルギー依存性




図5 初段分光系にYB66(400)を用いた場合の金属SiのXANESスペクトル。エネルギー軸は未較正


3.利用実験の現状
 図1に示すとおり、常設実験装置としては光電子顕微鏡と大型角度分解光電子分光装置(通称「DAPHNIA」)、照射改質実験装置があり、必要に応じて設置する常備装置として粉末X線回折装置がある。さらに、平成12年度からWEBRAMのグループに客員として新たに参加した京都大学化学研究所・伊藤嘉昭助教授によりBL01B1から高分解能特性X線分光器が持ち込まれ、常備装置の仲間入りをした。いずれの立ち上がりもそれなりの進展を見せているが、ここではWEBRAM常駐スタッフが中心になって昨年比較的多くのデータを出した光電子分光と高分解能特性X線分光の結果を紹介する。


3-1. 高エネルギー光電子分光
 平成12年春より放射光導入が可能となった大型角度分解光電子分光装置は、WEBRAMのビームスタディの進展につれてその威力を発揮する機会が増えており、基礎研究においても、実用材料に対する応用研究に対してもそのポテンシャルを示しつつある。
 図6は、通常よく分解能評価に用いられるAg 3dスペクトルである[9][9]H. Yoshikawa et al. : under submission.。高エネルギー励起、及び通常のMg管球励起と同じ励起条件でのスペクトルをあわせて示す。Ag 3d5/2の理論計算による自然幅が約0.24eV[10][10]O. Keski-Rahkonen, et al. : Atomic Data and Nuclear Data Tables 14(1974)139.であることを考慮すると、初段分光系のバンド幅の狭さが改めて確認できるとともに、装置の分解能も大変良い事が確認できる。




図6 金属銀のAg 3d光電子スペクトル



 図7は、表面に薄い自然酸化膜が存在するSiウェハーの2pと1sのスペクトルである[11][11]S. Fukushima et al. : under preparation.。それぞれ、酸化膜起因と下地の金属起因のピークが明瞭に分離されており、酸化膜(いずれも高結合エネルギー側)のピークも金属に比べてかなりシャープであることから、比較的構造のしっかりした膜であることがわかる。この図から見て取れるのは、金属から酸化物にSiが変化した場合の内殻準位のエネルギー変化が、2pより1sの方が大きいことである。このことは、例えばKα(空孔の1s−2p遷移による)の同様な状態変化に対応したエネルギー変化から予測できるが、具体的に実験で確認されたのは初めてである。




図7 自然酸化膜におおわれたSi ウェハーの1s及び2pスペクトル



 また、図8[12][12]M. Kimura et al. : under preparation.は、同じ試料に対してSi 1s、2s及び2pの角度分解測定を行い、電子の運動エネルギーに対応し計算より求めた非弾性散乱平均自由行程(IMFP、大阪大学・永富隆清博士の計算による)とそれによって求められた膜の厚さを、励起エネルギーをパラメータにプロットしたものである。試料の自然酸化膜の厚さは未測定であるものの十分薄いと考えられることから、光電子の運動エネルギーが高いほど正確な膜厚評価に有利であることがこの図から推察できる。また、十分に膜厚を評価されている試料を用いることで、直接IMFPを求めることが可能であり、光電子分光のみならずAuger電子分光など実用的な表面分析に対して、定量精度を改善するための確実な実用データの提供が可能であることも示したデータであると言えよう。




図8 IMFPに対して計算されたSi ウェハー上自然酸化膜の膜厚の、励起エネルギー依存性



3-2. 高分解能特性X線分光
 光電子分光等では、如何に高運動エネルギー光電子を発生させて計測を行ったところで表面近傍の情報しか得られない。しかし、多くの物質材料では、そのバルクでの平均的な化学状態解析のニーズもまだまだ多く、ナノ構造に特化した分析法では逆に不便であることも多い。従って、光電子よりも分析深さの桁違いに深いX線領域の光子を用いた化学状態解析法の確立は、光電子分光法等の表面分析的手法と相互に補完しあうという意味でも重要である。
 図9[13][13]鹿籠康行、他:X線分析の進歩 第20集(1989)79-91.に、封入管球励起での高分解能特性X線分光の一例を示す。示されているのは、Cr Kαであるが、酸化状態や金属状態でその姿が大きく変化する。また、図の最上部に表示されているスペクトルは、ステンレス溶接時の火花(溶接ヒューム)のスペクトルで、6価と3価のスペクトルで完全にピーク分離できることが示される。このように、経験的な指紋法としての利用で、実用分析は十分に可能であるが、特にスペクトルの形状変化の起因を十分に解析しておくことが、より高度な分析に応用する上で重要となる。特に多重励起等で理論的に説明されている変化は、例えば励起光のエネルギーを関係する吸収端前後で掃引するしきい励起分光実験による検証が必要となる。これは、まさに放射光ならではの実験と言えよう。




図9 化学状態に対するCr Kαの変化



 分光器は、ローランド円半径750mmのJohann型分光器[14][14]伊藤嘉昭、他:特願2001-9186.であり、検出系はシンチレーションカウンター及びPSPCであったが、平成14年度初頭からCCDが使用できる様になった。図10は、L殻に空孔が存在する場合に出現すると言われるFe Kα3,4の励起エネルギー依存性を検証した結果である。これを見ると、Z+1近似によるKとLⅡ,Ⅲのエネルギー準位の和がKα3,4の立ち上がり位置と良く一致しており、L殻の空孔の励起が起因であることを直接に示している。同様な結果を与えた実験は過去にCu Kα3,4について成されているのみであり[15][15]Deutsch et al. : Phys. Rev. Lett. 76(1996)2424.、これによって遷移金属元素のKα3,4の起因がL殻の空孔励起であることの一般性が実験的に示されたと言って良いであろう[16][16]N. Shigeoka, et al. : under preparation.
 一方、この実験において興味深いスペクトルが得られた。図11はFeのK吸収端前後のエネルギーで励起したFe Kα1,2の形状比較である。K吸収端以下の励起エネルギーでは、本来K殻が電離できないためKα1,2は生じないはずであるが、吸収端以下でも極めて非対称なスペクトルが観察されている[17][17]M. A. Vlaicu et al. : under preparation.。この発光は、共鳴ラマン散乱によるものであろうと推定され、現在その検証を進めている。共鳴ラマン散乱は、完全な内殻電離を伴わないことから電子構造の大きな緩和が伴わないものと考えられ、通常の光電子分光や特性X線分光のような電離による価電子帯の大きな緩和を避けた、より本来の電子構造を反映した非破壊分析に途を拓くものとして期待できる。




図10 金属FeのFe Kα3,4に対する、しきい励起による立ち上がり励起エネルギー位置





図11 金属FeのFe Kα1,2に対する、吸収端前後の励起エネルギーに対応した形状変化



4.結び
 平成14年度秋より、WEBRAMもそのビームタイムの一部を本格的に共同利用へ供することとなる。これにより、SPring-8の実質的な一員としての役割も果たせるものと考えている。
 なお、本稿をまとめるにあたりご協力いただいた、物材機構・池田拓史博士、アルバック・ファイ㈱・田中彰博博士、同・木田義輝氏、大阪大学・永富隆清博士、京都大学・伊藤嘉昭助教授と研究室の皆様に感謝申し上げます。




参考文献
[1]吉川英樹、他:SPring-8利用者情報 Vol.5 No.1(2000)33-36.
[2]T. Hara et al. : Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 467-468, 161-164(2001).
[3]二澤宏司、他:SPring-8利用者情報 Vol.6  No.1(2001)27-30.
[4]A. Nisawa et al. : under preparation.
[5]M. Okui et al. : under preparation.
[6]Y. Kamimura et al. : J. Cryst. Growth 128(1993)429-434.
[7]M. Kitamura et al. : under preparation.
[8]J. Wong et al. : J. Synchrotron Rad. 6(1999)1086-1095.
[9]H. Yoshikawa et al. : under submission.
[10]O. Keski-Rahkonen, et al. : Atomic Data and Nuclear Data Tables 14(1974)139.
[11]S. Fukushima et al. : under preparation.
[12]M. Kimura et al. : under preparation.
[13]鹿籠康行、他:X線分析の進歩 第20集(1989)79-91.
[14]伊藤嘉昭、他:特願2001-9186.
[15]Deutsch et al. : Phys. Rev. Lett. 76(1996)2424.
[16]N. Shigeoka, et al. : under preparation.
[17]M. A. Vlaicu et al. : under preparation.



福島 整  FUKUSHIMA  Sei
独立行政法人物質・材料研究機構物質研究所はりまオフィス(所長)
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1  SPring-8  BL15XU
TEL:0791-58-0803 PHS3624 FAX:0791-58-0223
e-mail:himajin@spring8.or.jp
略歴:1986年東京大学大学院修了(工博)と同時に工学部助手、1991年富士ゼロックス株式会社総合研究所研究員を経て1996年旧科学技術庁無機材質研究所入所、現職に至る。専門は化学状態分析と数値解析。趣味は鉄道(昭和61年国鉄全線乗破)、ミジンコの観賞とお菓子づくり。



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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