Volume 07, No.2 Pages 105 - 107
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第6回播磨国際フォーラム報告
Report of the 6th Harima International Forum
大阪大学 蛋白質研究所 物理構造部門 Structure Organization of Biological Macromolecular Assemblies, Institute for Protein Research, Osaka University
高輝度光科学研究センター、理化学研究所、日本原子力研究所、兵庫県などで構成される財団法人ひょうご科学技術協会播磨国際フォーラム組織委員会(熊谷信昭委員長)の主催、実行委員会(菊田惺志委員長)のもとで、第6回播磨国際フォーラムが平成14年1月13日(日)〜16日(水)に開催された。フォーラムは「生体超分子複合体の構造形成」を主題にした非公開の播磨コンファレンスと公開の一般向け講演会で構成された。日程は下記のとおりであった。
1月13日(日)登録、ウエルカムパーティ
1月14日(月)播磨カンファレンス
1月15日(火)播磨カンファレンス、SPring-8見学、バンケット
1月16日(水)エクスカーション、一般向け講演会
それぞれの概要を述べる。
1.播磨カンファレンス
生体内には蛋白質や核酸等が集まった生体超分子複合体が数多くあり、生物の様々な働きを高度に制御している。生体内においてこれらの生体超分子複合体の多くはそれぞれ特定の決まった構造をとっている。これらの立体構造が間違いなく作られることは生命の神秘のひとつであり、その仕組を解き明かすことは極めて興味深いことである。
放射光を利用できるようになって、結晶化可能な如何なる大きな物質もX線結晶構造解析の対象になって来た。多くの生体超分子複合体の構造がX線結晶構造解析によって決められた。これまでに立体構造が明らかになった生体超分子複合体の構造を見てみると、構造形成機構には幾つかのタイプに分けることができる。第1は、ミトコンドリアのチトクロム酸化酵素に代表される膜蛋白質複合体の場合である。第2は、細菌の20Sプロテアソームやウイルスがその代表例である分子内に高い対称性を持つ生体超分子複合体の場合である。第3は、リボソームがその典型例で、核酸が立体構造形成の核になる場合である。この会議では、膜蛋白質複合体、ウイルス、リボソームの構造研究の世界的な研究者を招聘して、生体超分子複合体の秩序だった構造構築機構の原理とその機能発現の機構の解明を探ることを目標にした。
中でもウイルスに関しては、構造研究者が国内で一同に会して討論したことは皆無であり、これを機会に我が国におけるウイルスの構造研究の推進のきっかけを掴みたいという意図もあった。
会議では6名の外国からの招待者による講演を含めて17件の口頭発表があった。外国からの参加者は、ウイルス関係が米国からM.G.Rossmann(Purdue University)とR.Hendrix(University of Pittsburgh),スエーデンからL.Liljas(Uppsala University)とH.Cheng(Karolinska Institute),インドからM.R.N.Murthy(Indian Institute of Sciences)であった。その他にリボソームの結晶構造解析で注目されているイスラエルのA.Yonath(Wizmann Institute)であった。
国外6人、国内10人の招待講演者が2日間にわたって、ウイルス等の生体超分子複合体の構造・機能と構造構築機構について討論を行った。17の講演のうち10件はウイルス、3件は蛋白質複合体、2件はリボソーム、2件は蛋白質分子間相互作用に関するものであった。ウイルスの構造研究をここまで集中的に討議した経験は国内では初めてであり、次々に出されるホットなデータとアイディアは若い研究者ならずとも研究のロマンを掻き立てるに十分なものであった。
2重殻ウイルスについては、これまでに構造決定された最大の大きさを持つウイルスのX線結晶構造解析と細胞内での構造構築過程の研究が紹介され、構造形成の機構が浮かび上がって来た。T=3ウイルスでは、これまでウイルスとしては最高の分解能での結晶構造解析や、発現系で人工のウイルス様粒子を調製して結晶構造解析を行った事例が発表された。これらの報告に基づいて、蛋白質サブユニット間の特異的な相互作用によってウイルスの構造が形作られる仕組みを議論した。
偶然発見された100℃で生育する超好熱菌由来のウイルス様粒子の結晶構造解析が発表された。また大腸菌由来のウイルスの構造構築について、結晶構造解析と電子顕微鏡による研究も出された。これら2つの独立に構造解析されたものは、それらを構成している蛋白質の立体構造は良く似ていることが明らかになった。一方、超好熱菌由来のものはT=3であるのに対して大腸菌由来のものはT=7でサイズは大きく異なっていた。討論の中で、超好熱菌由来のウイルス様粒子がどのような経緯で生じたのか、どのような働きをしているのかが、緊急の課題になって来た。大腸菌由来のウイルス粒子が数段階のステップを経て出来上がる仕組みも電子顕微鏡によって明らかにされた。
これまでの球状ウイルスの構造を詳細に検討することによって、ウイルスが正20面体対称を利用して組み立てられる仕組みが発表されて、対称性を利用したウイルスの構造構築原理について討論が行われた。
脂質2重膜をもつウイルスの低温電顕像とそれを構成する蛋白質のX線結晶構造解析によって、糖鎖や脂質も含めたウイルスの構造解析が紹介され、今後のウイルスの構造研究の方向を示すものとなった。
バクテリオファージの尾のX線結晶構造解析と細胞壁に差し込む機構の研究は、会期中にNature誌での採択が決定したとの報も入り、会議を盛り上げた。既報の研究ではあったが、鞭毛のサブユニットのX線結晶構造解析と鞭毛の繊維写真の解析、電子顕微鏡解析を組み合わせた、鞭毛の構造形成機構のみごとな解明が紹介された。
蛋白質ではあるが、14種28サブユニットから成るウシのプロテアソームの結晶構造解析結果が出された。この蛋白質複合体は互いに良く似た7種のαサブユニットと7種のβサブユニットで構成されている。互いに良く似た構造を識別する仕組みが備わっているはずであり、これを明らかにすることが次の課題になって来た。
膜蛋白質複合体チトクロム酸化酵素の結晶構造解析に基づいて、13種26サブユニットが集合体を形成する仕組みが発表された。生体膜中には蛋白質複合体が多く有り、これらが集合体を形成する仕組みを解き明かす上で、チトクロム酸化酵素の構造形成機構の研究は一般性を持っていることが示された。
これらの生体超分子複合体に加えて、蛋白質間及び蛋白質・核酸の相互作用に焦点を当てた研究の報告もあった。これらの発表は若い研究者にも分かりやすく、会議全体にとって大変有意義なものであった。
会議の最後の講演は、現在蛋白質結晶学で最もホットな話題になっているリボソームの構造に関するYonath教授による講演であった。30S、50Sリボソームの結晶構造解析が3Å前後で成功し、70Sリボソームも徐々に分解能があがって来ている今日、構造に基づいた機能の研究が佳境に入って来たことを実感する講演であった。また、約30年間にわたる悪戦苦闘を乗り越えたパイオニア的研究に直接接することができ、若い研究者や学生も多くのことを学ぶことができたと実感している。
2.一般向け講演会
一般向け講演会は第18回ひょうご科学技術トピックスセミナーを兼ねたものとして、米国Purdue大学Rossmann教授と姫路工業大学吉川信也教授を講師に迎え、1月16日(水)午後2時より4時40分まで神戸国際会館大会議室で約80名の参加者を集めて行われた。その内訳は企業関係者38名、大学等研究機関30名、経済産業団体7名、官公庁3名であった。
講演に先立ち熊谷信昭播磨国際フォーラム組織委員会委員長からRossmann教授と吉川教授の紹介と講演会の主旨説明がなされた。最初に吉川信也教授(姫路工業大学)が「呼吸を司る分子、チトクロム酸化酵素の構造と働き」というテーマで話された。呼吸という生物が生きるための極めて基本的な営みについての研究の歴史を紐解きながら、結晶構造解析を目指すに至った動機とその後の長年の研究の経過と現在問題になっている研究の争点を分かりやすく話された。研究の最先端を切り開き、真実を追求して世界で競いあう研究の神髄が伝わる講演であった。この分野と離れた研究者から核心をついた質問も有り、独創性豊かな研究の普遍性を実感するものであった。
Rossmann教授(米国Purdue大学)は常々同じ話を2回はしないと言っておられる通り、「風邪の治療薬プレコナリールの開発」という良く知られているテーマではあったが、最近の大きな進展を組み込んだ講演であった。風邪の原因となるピコルナウイルス及びウイルスと有機化合物の複合体のX線結晶構造解析、電子顕微鏡による抗体と結合した構造に基づいて風邪薬プレコナリールを開発した経緯を多くの図解を入れて話された。ウイルス結晶構造解析に基づいてリード化合物を製品にまで高めた開発が、企業の有機化学者との共同によって完成された。一般にも名前の上では良く知られているウイルスがどのような形をしていて、どのようにして病気を起こすのかが理解し易い話でもあった。Rossmann教授は万人が認める蛋白質結晶学のパイオニアであり、基礎研究に邁進して来られた研究者である。今でも研究の圧倒的部分はウイルスの構造と機能に関する基礎科学研究である。それにもかかわらず、自らの研究に基づいて、近く発売が予定されるところまで来た薬の開発をやり遂げる能力の高さには驚嘆せざるを得ない。製薬関係の専門家からは蛋白質の立体構造を利用した薬品開発の戦略について突っ込んだ質問も有り、密度の高い講演会であった。
月原 冨武 TSUKIHARA Tomitake
大阪大学 蛋白質研究所 物理構造部門
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