Volume 07, No.2 Pages 88 - 89
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第5回SPring-8利用技術に関するワークショップ(内殻励起)
The 5th Technical Workshop for SPring-8 Utilization (Inner Shell Excitation)
「第三世代高輝度光源を用いた内殻励起dynamics計測技術最前線」と題した会は約50名の参加者を得て定刻通り始まった。筆頭は佐々木泰三先生であった。先生は、1950年代から最近までの原子物理学の発展の牽引役であったU. Fano先生の思い出話を交えながら、内殻励起の世界の面白さについて語られた。第一に電子相関が本質的に主要な役割を果たす世界でありその面白さは電子配置の決まった世界とは比べ物にならない、第二に固体の内殻はバンド幅が極めて狭く(回転群に対する)対称性も定まるので原子物理学と共通の世界が開かれる、との指摘をされた。これらの見解を踏まえて、BF3のスペクトルが気体と固体で変わらないこと等、ご自身の研究の中から実例を示して解説をされた。大いに勇気付けられるお話であった。2番手に産総研の鈴木 功氏が立ち、「第3世代光源の利用技術に関するサーベイを行いたい」等、このワークショップの主旨を説明した。次に、LASRIの為則雄祐氏が軟X線ビームラインBL27SUの仕様について述べ、アンジュレーター側で偏光面を切り替えることができることを強調した。
その後、2日間にわたり多彩なプレゼンテーションがなされたが、会の趣旨に照らして強い感銘を受けたことがひとつある。それは、光源の単色性や分光系の分解能が内殻空孔の寿命幅(lifetime width、自然幅(natural width))を既に超えたということである。光電子分光は既に寿命幅の中の構造を見るようになっている。散乱理論の観点からは内殻励起“状態”は散乱行列のoff the axisに現れる特異点に過ぎない。始状態と終状態のエネルギーの内訳を高分解能で押さえれば系の構造を任意の細かさで知ることができるということに疑問は無い。しかし、内殻励起過程と内殻励起“状態”の崩壊過程が順を追って起こるとする二段階モデルは、プリミティブな形では存在できない。内殻励起“状態”ができて、その後にこれの“崩壊”が起こるのであれば、“状態”の寿命の長さを超える時間相関は系には存在しないので、寿命幅より細かい構造は観測されない筈である。しかるに、実際には見えるのだから、ansatzは棄却されねばならない。その意味で「内殻励起dynamics」の研究は高輝度光源を得て新たな段階に入ったのだと言える。
2日目の午前中には、この、寿命幅を超えた電子分光の話題がいくつか提供された。広大院理の吉田啓晃氏がNeonおよびXenonの自然幅より狭い高分解能共鳴オージェ電子分光の実験を示し、直接電離との干渉効果について議論した。東北大学のAlberto de Fanis氏は自然幅より狭い高分解能オージェ電子分光を多原子分子に適用し、内殻励起によって平衡から外れた原子核間距離にある分子の強い振電結合(vibronic coupling)を調べることを提唱した。物構研の伊藤健二氏はしきい光電子(thresholdphoto-electron)とオージェ電子との同時測定による新しいオージェ電子分光を提唱し、自然幅より狭い分解能で計測を行うことにより、3電子放出のPCI(post-collision interaction)等が調べられることについて議論をした。
ワークショップでは、上記のほかに、原子、分子、表面、の広い分野にわたる話題が提供された。分子研の繁政英治氏は窒素分子の対称性を分離したK殻励起XANES測定の議論をし、SPring-8において開発要素の強い研究用ビームタイムを確保する必要性を強調した。理研の山岡人志氏はビーム混合(merged beam)法による原子イオンの内殻電離の測定について述べた。上智大の北島昌史氏の代わりに立った東北大の上田 潔氏は、XenonとKryptonのオージェカスケードに対する角度分解オージェ分光測定の話題を提供し、カスケードに際しての内殻励起状態の整列(alignment)移行について議論した。他にも、分子の話題(大浦正樹氏(理研)、平谷篤也氏(広大院理)、齋藤則夫氏(産総研))、表面の話題(寺岡有殿氏(原研)、高田恭孝氏(理研))が提供された。理論の話題もいくつか提供されたが、科技団の渡部 力氏は密度汎関数法を多電子原子(イオン)の光吸収過程に適用し、簡単な方法にもかかわらず重いイオンの内殻イオン化等、広い範囲で適用可能であることを強調した。
小池 文博 KOIKE Fumihiro
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