Volume 07, No.2 Page 90
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第5回SPring-8利用技術に関するワークショップ(異常分散)
The 5th Technical Workshop for SPring-8 Utilization (Anomalous Dispersion)
多波長異常分散法(MAD)は、放射光施設の利用が絶対不可欠ではあるが、たった1種類の重原子誘導体を利用するだけで位相決定ができるという非常に有用な方法であり、今後も主たる解析法となるのは間違いない。SPring-8にある蛋白質結晶学で利用できるビームラインではMAD法のための測定が簡便に行えるようソフトウエアも整備されてきている。今回このセッションでは解析された蛋白質構造についての発表ではなく、このMAD法の現状と今後の可能性ということに注目し、各演者は、それぞれ何の原子の異常分散を利用しようとしてどうであったかという発表がなされた。各演者のタイトルが原子名だけなのはそういう理由である。
ワークショップの前半では、高エネルギー側に吸収端をもつ比較的原子番号の大きな原子であるXe (播磨研・宮武氏)、Cs(I)(播磨研・竹田氏)、Hg(京大・藤橋氏)について発表がなされた。Xeは、加圧で結晶に導入する装置が市販されているが、非常に高圧で実験した場合、また減圧の際の方法などについても議論された。一方、CsやIなどでは、イオン化合物として結晶化溶媒に添加することにより結晶内に導入しようとする試みについて発表があった。これらの原子の場合、K吸収端が非常に高エネルギー領域で通常我々が利用しているビームラインではかなり限界値に近くなるため測定も困難でハード面での改良も必要になってしまう。しかしながら現時点ではまずこれら重原子の結晶中での占有率を上げることが先決であろうということであった。Hgについては非常に多く利用される重原子であり、今回はそれらのデータの精度、あるいは利用するソフトウエアによる構造解析への影響などが発表された。
後半は低エネルギー側、Se(理研HTP 西尾氏)、Fe(横浜市大・朴氏)、Mn(北大・姚氏)、S(姫工大・須藤氏)について発表がなされた。セレノメチオニンを利用した構造決定法は現在よく使われている方法だが、その利用に際する注意点などが発表された。Feの話題では、構造解析が成功するかどうかはデータの良し悪しよりも空間群に関係するといった非常に興味ある話題がなされた。Mnの話題のところではむしろMAD法の利用というよりクライオ測定の具体的な方法についてさまざまな議論が飛び交った。最後のSの利用については、なかなか一般的な蛋白質への利用法は難しいという結論にはなったが、それを試みる過程の話は失敗談ではあるがいろいろ気をつけねばならない点を確認できた。
MAD法は放射光を利用してのみ可能な方法のため、1人のユーザーが様々な方法を試みるということはなかなか難しく、発表される論文からはなかなか細かいノウハウまでは知り得ない。今回、このセッションでは同じビームラインを使うユーザーが集まり、ネガティブデータも提示しながらMAD法の今後の可能性についていろいろ議論できた事は非常に有用であったと思う。
宮原 郁子 MIYAHARA Ikuko
大阪市立大学大学院 理学研究科 物質分子専攻
大阪市住吉区杉本3-3-138
TEL:06-6605-3130 FAX:06-6605-3131