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Volume 07, No.1 Pages 49 - 52

5. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTERS FROM SPring-8 USERS

西播磨・建築ノート
L’architecture de Nishi-Harima

西村 勇人

理化学研究所播磨研究所

研究推進部

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導入、<場=都市>の弁証法について。

 多様な価値の集積する<場>であるべき<都市>。人びとの夢を醸成する<場>であるべき<都市>。<場=都市>が求心力を維持し、かつ発展してゆくには、継続的な変化を遂げるダイナミズムが必要である。そして、ダイナミズムを有する<都市>とは、ミクロな<場>における変化が、すぐさま新旧の空間におけるマクロな対話に繋がり、新たな綜合に達するという弁証法的な過程が絶えず繰り返されている<場>である。

 こうした<場=都市>の弁証法は、例えば「建築」ということに象徴的に能く現れる。<都市>のミクロな<場>における建築は、ある一定の空間と時間とを占め、人びとの用に供し、かつ審美の眼差しにさらされる。とともに、時として意図するとせざるとに関わらず、<都市>の権力や繁栄の象徴としての意味を担うこともある。(※1)そして、良きダイナミズムを有する<場=都市>とは、常に新たな命が吹き込まれながらも、<場>に積み重ねられてきた記憶が乱暴に剥ぎ取られてしまうことなく、新旧の空間が相互に刺激し合いながら、新たな綜合に達するという弁証法の成立する空間なのである。

 このノートは、<場=都市>の弁証法を踏まえ、専ら象徴性に着目して建築を語ろうとするものであるが、公開される<場>に相応しく、ここでは兵庫県西播磨地区の3カ所における建築やランドスケー プを題材とする。


『姫路文学館』、対峙する<場>の関係。

 哲学者・和辻哲郎や作家・椎名麟三など、播磨にゆかりのある著作家たちを記念する資料館として設立された『姫路文学館』。この『姫路文学館』は、資料の展示室などを内包する北館、南館、及び敷地内に残る旧華族の屋敷を一般に開放した望景亭からなる。

 『姫路文学館』の3棟の建築の周囲には、段状に静かに流れる人工の池や、緑の生い茂る庭園が配されており、屋外の空間における高い回遊性が確保されている。3棟の建築のうち北館は、ずれて重なったコンクリート打放しの立方体2つからなる。そして、一方の立方体をRのかかったコンクリート外壁が囲み、壁の内外を弧に沿ったなだらかなスロープがめぐる形となっている。また南館は、展望ラウンジとして機能するガラスの箱に対して、コンクリート打放しの立方体が斜めに貫通し、絡むつくりとなっている。

 『姫路文学館』における一括りの建築を解釈する上では、まずこの建築群の位置する<場>と、姫路城との関係を解体しなくてはならない。『姫路文学館』は、姫路の中心部・姫路城のある姫山を一望できる男山の麓に位置しており、周辺には閑静な住宅地が広がっている。この小高い男山と姫山とは対をなしており、こうした地での『姫路文学館』の建設にあたっては、明白に姫路のランドマーク・姫路城のある姫山に対峙するという関係性が重視されている。『姫路文学館』の建物に豊富に設けられた展望テラスや展望ラウンジ、北館の西側から空間に向けて張り出されたデッキ、そして敷地内の各所からは、南東の方角に姫山を望むことができる。これにより、人びとは新たな姫路城を発見することになる。

 ここでふと、建築におけるマルサス理論的状況ともいうべきものについて思いが及ぶ。即ち、「都市において建築物の間で行われる対話は幾何級数的にその数を増加させるが、そこで交わされるところのメッセージは算術級数的にしか増えない」ということである。<都市>に建築が増えるにつれ、そのメッセージは希薄かつ反復的なものとなり、その行き着く先として<都市>の建築群は退屈なものとなってゆく。とりわけ、大量生産を至上の美徳とするモダニズムの時代にあっては、周囲の<場>との関係を無視した形で、メッセージ性の希薄な建築が繰り返され、<都市>は肥満にも似た膨張を遂げてきた。

 そして、堕落したコピー的建築の横行が、マクロな<場>としての<都市>の景観に、カオス的状況をもたらしてきた。

 しかし、『姫路文学館』は、姫路城を含む周辺の建築との間で行われるコミュニケーションに向けて、自らの存在を開放することに所期の目的を置き、それに見事に成功している。そして、『姫路文学館』の無機質かつ幾何学的な形態を持つ建築群は、自らの存在よりも、むしろ双方の建築の存在する<場>を引き立たせてゆく。前述したマルサス理論的な観点で言えば、『姫路文学館』は幾何級数的に広がるメッセージ性を持つ建築とも言える。(※2)




『姫路文学館』の敷地より、姫山を望む。



『龍野市総合文化会館』、<跳梁>するアルミニウム。(※3)

 江戸期における城下町としての記憶を持つ龍野の市内には、武家屋敷や古い醤油蔵、町家などが保存されており、「播磨の小京都」というに相応しい歴史的な街並みが続いている。また、揖保川の清涼な流れや緑の色濃い山々など、美しい自然にも恵まれた土地であり、童謡「赤とんぼ」の作詞で有名な三木露風の生誕地としても知られている。

 こうした龍野市内の中心部に向かう揖保川西岸の土手の道路を北へと進んでいると、彼岸に波打つ銀色の大きな屋根が2つ並んでいるのが目に入る。龍野の山並みをモチーフとしつつも、アヴァンギャルドな形状を持つ2つの大きな屋根は、『龍野市総合文化会館(赤とんぼ文化ホール)』のものである。異彩を放つこの意匠は、「播磨の小京都」あるいは「童謡の里」を標榜する龍野という<場>に異化効果を与えるが、周囲の景観に弁証法的に能く和合している。

 『龍野市総合文化会館』を正面となる北側から眺めると、ガラス面が前傾した2つの箱が並び建ち、そのヴォイドにメインエントランスが設けられている。また、側面の外壁は、大部分に渉ってアルミニウムスパンドレルのカーテンウォールをまとっている。そして、西側の箱が手前に円形のシリンダーを孕む一方で、東側手前にはいま一つの円形のシリンダーが自立しており、東側のシリンダーと本体の建築とが、動線計画に沿った屋根でつながれている。

 この2つの大屋根を持つ建築における外装及び内装の特徴は、アルミニウムがふんだんに使われていることである。このアルミニウムこそは、ポストモダン建築あるいはネオモダン建築において、最も好んで使われる素材の一つであり、今日の建築を語る上でなくてはならない素材である。アルミニウムは、耐久性や耐腐食性といった実用性に優れているだけでなく、ほかの素材には出せない、高度に洗練された印象を与えることができる素材である。そして、あらゆる素材の中でも、アルミニウムほど高度に抽象的な印象を与える素材はない。

 抽象性の面で、アルミニウムと逆の性格を持つ素材としては、例えば木がある。素材としての木の持つ具体性には、柱や壁板といった形への加工が加えられつつも、太陽の光や、空気や、大地からの水分や養分を吸収した記憶が、年輪の内に刻み込まれているという背景がある。これに対してアルミニウムは、鉄や銅など他の金属と同様、地中から掘り起こされた鉱石から抽出されており、過去の記憶が断絶された形で利用に供される素材である。しかも、他の金属と違って、空気中にさらされても錆びず、磁性を持たず、電気も通さないという孤高なイメージが、高度に抽象的な印象に輪をかけている。

 『龍野市総合文化会館』を包み込むアルミニウムの抽象性は、<場>に冷たく静かに溶け込みつつ、周囲の質料どもの饒舌さに対して一歩退き、独自の存在感を発揮している。このようなアルミニウムの<跳梁>する<場>にたたずむ時、人間の思索は、高度な抽象性の作用によりフィジック(物理的)な次元を超越する。即ち、フィジックな思索を超越する、メタフィジック(形而上的)な思索が喚起されることとなる。そして、アルミニウムの<跳梁>する<場>において喚起されたメタフィジックな思索は、あらゆる意味での創造を促すのである。




波打つ銀色の2つの大きな屋根。



『播磨科学公園都市』、あるいは円環的形態の氾濫。

 <場=都市>の弁証法を念頭において、西播磨の2つの<場>における建築について述べてきたが、ここにはいま一つの重要な<都市>の名前が欠けている。その重要な<都市>の名前とは、言うまでもなく『播磨科学公園都市』である。

 最先端の科学と豊かな自然との共存を目論み、先端研究施設や学校、集合住宅、ユーティリティ施設等を集積させた播磨科学公園都市。この新しい都市の整備を推進する兵庫県は、都市の機能と景観の両面から、統一的な視点に基づいてデザインしてきた。とくに、都市内のところどころに、磯崎新や安藤忠雄等、有名建築家たちの設計による美しい建築やランドスケープを造ることに重点が置かれた。美しい意匠のそれぞれが、自らのレーゾンデートルを主張しあい、創造を促す<場>へのアウフヘーベンに係わっている。とは言え、ここでは個々の建築における意匠についての論を逐一積み上げることに紙幅を割いている余裕はない。そこで、一つのテーゼを示して播磨科学公園都市について論を進めたい。

 播磨科学公園都市という<場>は、私をして、至る所から放たれるアウラのようなものを意識せしめる。そのアウラは、円環的な形態から発せられ、空間へ放たれると同時に広大な世界へ向けて放射、拡散し、あるいは逆に、引力の如き力により空間に存在する多様なる価値を収束してしまう。

 例えば、播磨科学公園都市を見下ろす高台に位置する『播磨ヘリポート』の舗装面に描かれた数個の円形である。この数個の円形は、播磨科学公園都市の空の玄関とも言うべきものであるが、それらを内包する『播磨ヘリポート』には、空中輸送のための基地としての実用性に加え、明らかに象徴性も与えられている。否、『播磨ヘリポート』のレーゾンデートルは、実用性よりも、むしろ破廉恥なほどに象徴性に傾斜している。つまり、『播磨ヘリポート』には、実用的な意味と同時に、遠隔地から入ってくる多様なる価値の着陸の<場>、あるいは播磨科学公園都市の生み出す価値の離陸の<場>という、象徴性が与えられている。

 また、都市の中心部に位置するテクノ中央交差点を取り囲む形で造景された『センターサークル』も、この都市の中心としての象徴性を体現するに相応しい円環的形態を持っている。この優美なる円環的形態が、播磨科学公園都市における中心性を象ることは、昼間と夜間とを問わない。そして、四方から入り込む様々な価値を無条件に受け入れる、空(くう)のような存在を志向する『センターサークル』は、この都市において創造される価値と、外部からもたらされる価値との融合を促し、連鎖的な創造に向けた価値の臨界状態へと導くのである。




日没前の『センターサークル』。



 ところで、播磨科学公園都市においてアウラを発する建築は、必ずしも円環的な形態に象られた実態とは限らない。例えば、播磨科学公園都市の中心部に位置する『サンライフ光都』は、巨大な正方形の中心に、正方形の孔が穿たれたマッシヴな形態を持っており、一見すると、円環的な形態とは無縁のようである。ところが、この幾何的形態を正面から仰ぎ、正方形の孔を通してその遙か遠方に広がる大空が正方形に切り取られるのを目撃する時、そうした画像を光として受容するところの自らの瞳孔に意識が移る。ここで意識の移った瞳孔は、言うまでもなく円環状の形態を有している。そして、『サンライフ光都』を前に、無限の距離にある大空が正方形に切り取られるのを目撃する人間は、距離への意識を喪失する。遠近感を保証する複眼的視覚を剥ぎ取られた人間は、単眼的視覚の支配を受けるとともに、その幾何的形態と無媒介的に合一する。『サンライフ光都』において巧妙に仕組まれた形態的構造により、正方形の孔と円い瞳孔とが触れ合う時に、人間はすでに円環的形態どもの<跳梁>する<場>の一部として位置づけられている。

 そして、播磨科学公園都市の西北部には、この<都市>の最もすぐれた象徴というべき途方もない円周が存在する。その円周を持つ最先端の実験施設こそ、『SPring-8』の蓄積リングと呼ばれるものである。実際、このように途方もない円周が、播磨科学公園都市という<場>に<跳梁>している以上、氾濫する円環的形態と象徴性との関係に触れることなく、播磨科学公園都市の建築どもについて語ることなどは、想像することもできない。『SPring-8』の蓄積リングが放つアウラの凄まじさは、世界一の輝度を持つ光を産み出すという事実にも基づいている。また、光速に迫る凄まじい速度にまで加速された電子が、円軌道をとる時に向心加速を受け、接線方向に光を放つというその原理自体が、『SPring-8』が大空間に向けて放つアウラを象る。そして、このような『SPring-8』が、輝度、干渉性、エネルギーなどにおける世界最高のポテンシャルをダイナミックに顕在化させつつ、研究者たちの実験に供される限り、播磨科学公園都市のすぐれた象徴として、多様なる価値をこの地にいざなうアウラを発し続けるのである。




正方形の孔が穿たれたマッシブな形態。



(※1)建築が権力や繁栄を象ることの裏返しとして、2001年9月11日のアメリカ合衆国において起こったテロで特定の建築が標的とされたことは、まさに象徴的と言える。


(※2)『姫路文学館』の例と逆に、姫路城を内包する<場>を無視した建築が、景観を乱している例もある。姫路城の北側の公園に設けられた、悪名高き某建築家の設計による驕奢な公衆トイレ兼休憩室などは、その最たる例である。


(※3)実は、このノートは本節から書き始めている。というのも、『龍野市総合文化会館』の外装の大部分の設計は、私の大学時代からの親友・佐川氏の仕事だからである。彼は、『シューウエムラ室戸工場ミューゼアム』や、『ディアモール大阪』、『くろしおアリーナ』など、数々の建築の設計で腕を振るってきた。そして、ここに書いた『龍野市総合文化会館』は、彼の西播磨地区における唯一の仕事でもある。



西村 勇人 NISHIMURA Hayato

理化学研究所 播磨研究所 研究推進部

〒678-0031 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1

TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800

e-mail:nishimur@spring8.or.jp





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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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