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Volume 07, No.1 Pages 47 -48

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SPring-8医学利用研究発表会
Workshop Report : Medical Researches at SPring-8

八木 直人 YAGI Naoto

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用研究促進部門Ⅱ JASRI Life & Environment Division

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 SPring-8ではその建設の当初から,医学分野での利用を重要視してきた。1999年に偏向電磁石中尺ビームラインBL20B2が完成して以来、これを利用してさまざまな医学分野で多くの実験が行われてきた。本研究発表会はSPring-8で行われている医学分野の利用実験についての、初めてのまとまった成果発表の場であった。開催地を新大阪ワシントンホテルという医学関係者が集まりやすい場所に設定し、関西地域の医学部や医学関係の研究所に広く開催を通知したため、SPring-8の利用経験の無い広い範囲の医学関係者が聴衆として参加した。

 最初に高輝度光科学研究センターの上坪宏道副会長と、兵庫県立粒子線医療センターの阿部光幸名誉院長から、医学分野は社会的な期待が大きく、SPring-8の医学利用研究に期待するという趣旨の挨拶があった。
 この後、8題の講演が行われた。
 神戸大学大学院循環動態医学の山下智也博士は、遺伝子改変したマウスの微小血管造影実験を紹介した。血管の太さは血圧に大きく影響するが、この血管径の変化には血管壁における一酸化窒素(NO)の産生が関与していることが知られている。山下らは、遺伝子組換によってマウスの血管内皮細胞に一酸化窒素を合成する酵素(eNOS)を過剰に発現させた。このようなマウスは基礎レベルでは血管径が正常マウスよりも大きいが、アセチルコリンというNOを産生して血管を拡張する薬を与えた時の反応は正常マウスよりも小さく、NOの過剰産生によって逆にNOへの反応が弱くなっていることが明らかとなった。SPring-8の微小血管造影の技術が循環器内科学の研究に生かされた例である。
 川崎医科大学放射線科の今井茂樹助教授は、ウサギの耳に作った癌組織の周辺の血管を、BL20B2を用いて高分解能CTと血管造影法によって観察した。癌組織の作る新生血管は屈曲蛇行しており、これを25ミクロン程度の分解能で観察可能であった。この太さの血管は、従来の血管造影法では観察不可能なものであり、SPring-8の利用が有効であった。
 川崎医科大学医用工学の小笠原康夫助教授は、高分解能CTを用いて肝臓の三次元構造を高分解能で観察した例を示した。画素サイズ3ミクロンのCTで得られた立体像では、腎臓の糸球体(血液を濾過する毛細血管の集まり)が明瞭に描出されており、個々の糸球体の三次元形態と空間的な分布を観察することができた。糖尿病モデルラットでは、正常ラットに比べて糸球体の体積が大きいことが明らかとなった。
 大阪大学大学院放射線医学の上甲 剛助手は、高分解能CTによる肺の微細構造の研究について講演した。肺は肺胞という直径200から300ミクロンの小部屋から成り、この部屋の壁で空気と血液の間のガス交換が行われる。ヒトの肺の病理標本において肺胞の体積を測ると、医療用CTでうっすらと影がついて見える部分では肺胞の径が小さくなっている場合があった。この影のつき方は、診断時には「スリガラス状」と呼ばれるが、この像の原因に肺胞の容積減少が関与している場合があると結論した。
 京都大学国際融合創造センターの井出亜里教授は、放射光を用いた微量元素のイメージング技法について紹介した。これはBL39XUなどで行われている実験で、主に組織切片や培養細胞を対象とするが、医学の分野でも微量金属元素への関心は高い。マイクロビームを試料に照射して生じた蛍光X線を測定することにより、微量の元素の分布を10ミクロン以上の高分解能で観察することが可能である。しかも蛍光X線スペクトルを測定することによって細胞内での元素の化学状態を調べることができる。井出教授は脳の疾患の例をいくつか挙げて、神経細胞内の金属元素の状態が疾患と関係している可能性を示した。
 兵庫県立成人病センターの河野通雄院長は、X線屈折コントラスト法を用いて行ったヒトの肺固定標本の観察結果について講演した。屈折コントラスト像と光学顕微鏡による病理画像を比較し、良い相関があることを確認した。この方法は一般のレントゲン写真に使われているX線の吸収を用いた撮影方法に比べて輪郭が強調された高コントラストの像が得られるが、臨床利用にはまだ多くの困難があると指摘した。
 茨城県立医療大学放射線技術学科の森 浩一助教授は、X線屈折コントラスト法による骨の撮影について講演した。微小骨折はシャープなエッジを持つので、屈折コントラスト法で明瞭に描出される。医療用の微小焦点X線管では観察不可能な細かな骨折まで観察可能であり、医療応用の可能性を示唆した。
 東京大学大学院工学系研究科の百生 敦助教授は、X線干渉計を用いたイメージングの手法について講演した。吸収コントラストによる観察ではまったく見えない、脳の部位による密度の違いが、位相差を利用したイメージングでは明瞭に観察可能である。さらにこの手法をCTに応用することにより、三次元構造を高いコントラストで観察可能である。筑波のフォトンファクトリーでは現在大型のX線干渉計を開発しており、視野10cmを目指しているが、SPring-8はむしろ高分解能のCTに適しており、アンジュレータ中尺ビームラインであるBL20XUでX線干渉計を開発中とのことであった。

 放射光の医学利用は、世界的に見ても決して広く行われているとは言い難い。特に医学者による利用は数が少なく、SPring-8のように多くの大学の医学部から研究者が集まって実験を行っている施設は他には無い。したがって、これらの研究の中から臨床利用を含めた多くの新たな発展の可能性が生まれて来ると思われる。本発表会は、SPring-8の医学利用が今後大きく進展するであろうという期待を抱かせるのに十分な内容であった。



八木 直人 YAGI  Naoto
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用研究促進部門Ⅱ
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0908 FAX:0791-58-0830
e-mail:yagi@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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