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Volume 06, No.6 Pages 424 - 425

所長の目線
Director’s Eye

吉良 爽 KIRA Akira

(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector

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 私は8月1日に所長に就任いたしました。以前は、放射線化学と光化学の研究をしていましたが、最近数年は、理化学研究所の理事および副理事長として、研究マネージメントのようなこと(お前がやっていた程度のことはマネージメントとは言わない、という厳しい意見があることに配慮して)をやっていました。理研にいたので、SPring-8には何かと縁はありましたが、深く関わったことはありませんでした。そのような者が、放射光研究所の所長に就任したと言うことは、研究所のスタッフや利用者の多くの方に、不審な感じを与えたであろうことは想像に難くありません。私はその点については十分承知の上でお引き受けした、とだけ申し上げておきます。

 この施設が今日のすばらしい姿になったのは、前所長の上坪先生の強い情熱に負っていることは衆目の認めるところです。それと全く同じ情熱を私は持つすべもありません。したがって、上坪先生の仕事のやり方そのまま引き継ぐ、などと言う大それたことは所詮無理なことです。しかし、このすばらしい施設が十全に利用されるように、微力ながら貢献したいと願っています。最近、高輝度光科学研究センター十年史が刊行されました。そこに先人の苦労の跡が書かれています。それを見ると、現状の問題に対する私の岡目八目的な意見などは、簡単に述べるのを躊躇せざるを得ないような気持ちになって来ますが、歴史の重みと岡目八目を天秤にかけて、必要とあれば舵を切るのが私に課せられた仕事であろうと思います。上坪先生は、本誌に「所長室から」という文章を掲載なさっていらっしゃいましたが、これは大変情報に富んでいて、私も所長になってから、いろいろと参考にさせていただきました。私の今の知識では、質的にその内容を引き継ぐことは出来ませんので、題を変えて、必要な時に、所長としての考えや思いを書いてみようと思います。

 SPring-8は現在世界一の性能を持つ施設です。昨今、施設が本格的な利用段階に入ったということで、装置の高度化が外部で軽視されそうな様子がありますが、不断の努力により常に向上を継続しない限り、折角の世界一の高性能の施設の価値は瞬く間に低下してしまいます。今、非常に重要視されている大量の蛋白構造解析のプロジェクトも、ここの施設が準備されていたからこそ可能であったのです。この施設は、その設計段階から、蛋白質の構造解析は視野に入れてきましたが、ごく初期の段階で、今日のような大規模解析のプロジェクトが動くことまでは予想していませんでした。高性能の施設を作っておいたおかげで、非常に大量の蛋白解析が実行可能になったのです。マシンの水準を常に高く保つことは、せっかく世界一を達成したマシンを将来にわたり有効に利用するために非常に重要であることを、外部によく理解してもらえるよう努力したいと考えています。

 もちろん、この優れた性能を生かして、世界に冠たる研究成果を上げる必要があります。したがって、利用の現在の段階では、この世界一のマシンの性能を十分に生かした研究を最優先で行うのが適切と思われます。同時に、研究課題の選択において、次世代を開拓するような野心的な冒険をしておく必要があります。すでに、上坪前所長が、「課題採択率を下げてもシフト充足率を上げる。」ことおよび「誰もしていないような新規性を課題選定の第一基準にすること」を提案なされています。これは、従来の日本で暗黙のうちに考えられていた共同利用という概念に一石を投じる提案で、実行には困難を伴うかもしれませんが、課題採択において部分的であれ早急に具体化されるよう強く願っています。

 ビームの供用を開始してからもう4年になります。その間に、利用上の問題解決の努力はハード、ソフトともに絶え間なくなされ、多くの改善が行われています。私が就任する少し前に、利用者に対するより良い支援が出来るようにと、研究所の体制の変更が行われています。それにもかかわらず、新しい問題は次々と起きてきます。これは、大きな発展には必然的について回ることであろうと楽天的に受けとめることにしました。今、特に支援の必要があるのは、産業利用と医学応用の面であろうと思います。

 産業利用については、放射光施設建設の当初から大きな期待が寄せられていました。事実、産業界はその基金を準備するほどに、施設の設立に貢献してくれています。産業利用の支援については、JASRIはこれまでコーディネーターを配置したりしてより強力な支援が出来るよう、いくつかの改善策を講じてきました。産業界のユーザーは大学などの研究者のユーザーとは、同じ条件で論じることは出来ないということで、施設建設に対する産業界からの要望の中に、誰にでも使えるような支援体制を整えてほしいということが述べられています。しかし一方、上述のように世界一の高性能を有効に生かすことも、現在においては非常に大切なことで、限られた人的資源をどの水準の支援にどの程度、現段階で振り向けるべきかと言うのは非常に難しい問題です。

 現在の状況で最も妥当と思われる産業利用の方法は、現在のマシンに適合した新しい課題を抱えているような産業(会社)にまず利用してもらって、良い成果を挙げてもらうことだと思います。適合する課題があるかどうかは、必ずしも産業の現場は判断しきれないので(それが分かればさっさと利用している筈)、それを掘り出す、あるいは相談に乗るのがJASRIのコーディネーターの大切な仕事です。良い問題を産業の現場から発掘することは、基礎研究者にも、刺激的な新しい課題や対象を提供することになると信じます。

 おそらく、産業利用の成果のうちのいくつかは、生産技術に大きく寄与して生産性の向上に役立ち、大きな経済効果をもたらしていると考えられます。しかし、その具体的な内容や、経済効果の大きさなどは、企業秘密との兼ね合いで十分に周知とはいえません。ただ、国全体の工業力の向上という観点から見ると、事情の許す限りそのような成功例を公表し、産業における有意義な利用をもっと刺激できないであろうかと考えています。

 最近、蛋白の構造決定の大規模プロジェクトが注目を浴びています。SPring-8もそこで重要な役割を演じることになっています。このプロジェクトは医学、創薬などへの大きな効果が期待されています。しかし、これまで、蛋白の構造決定はJASRIでは、産業利用としては扱われてきませんでした。これは、JASRIにおける産業利用の概念が、設立の際支持してくれた会社が関心を持っていた分野、すなわち材料(金属、半導体、有機物)や表面解析などに限定されていたためと思います。しかし、蛋白構造解析は産業応用の大きな柱です。したがって、これを含めた形で、産業利用の全体像を見る必要があります。

 もう一つの問題として、医学診断への利用がありますが、これについては、近々、関連する研究会等が行われる予定ですので、その結果をふまえて早急に方向を打ち出し、活動を新しい段階に持ってゆきたいと考えています。

 今回は、私が赴任して一番気にかかった産業利用に重点を置いて、着任の感想を述べさせて頂きました。もっと、きちんと事実関係を把握してすべてを理解して発言すべきかもしれないと言う気はしますが、もう原稿の時間切れですので不備を覚悟で書きました。「綸言汗の如し。」と言う言葉を知らないわけではありませんが、議論の出発点として寛容にお聞きいただければ有り難く存じます。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794