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Volume 06, No.5 Pages 400 - 402

5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

PAC2001に参加して
Report on PAC2001

大島 隆 OHSHIMA Takashi、大熊 春夫 OHKUMA Haruo

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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 Pacticle Accelerator Conference(PAC)は米国で2年に1回開かれる加速器の会議である。国際会議とは謳っていないが、参加者は世界各国から集まる。この会議の間を埋める形でやはり2年に1回、European Particle Accelerator Conference(EPAC)がヨーロッパで開催されている。1998年から、更にAsian Particle Accelerator Conference(APAC)が開かれている。第1回目は1998年に高エネルギー加速器機構(KEK)で開催され、今年の9月に第2回目が中国北京の高能研(IHEP)で開催される。今回のPACはイリノイ州シカゴで2001年6月18日から22日までの5日間、開催された。SPring-8からは8人が出席した。上坪所長も出席されていて、この会議は放射光研究所長として出席するのは最後の加速器の会議となった。この時期のシカゴの気候は日差しが強いが、湿度は高くなく、木陰に入れば過ごしやすかった。会議の期間中はおおむね良い天気であった。雨が降る日もあったが、一日のうち少なくとも1回は日が差していた。会議の開催された会場は、ホテルHyatt Regency Chicagoで、地下の広間が割り当てられていた。会場ではクーラーが強く働いていて、屋外と中での温度差が激しかった。屋外ではTシャツ短パンで過ごせるが、会場では上着がないと寒さで震えることになった。
 さて、会議の中身であるが、初日の18日午前には、Opening Plenaryとして4件の講演があった。(1)物理の結果を出し始めたRHICについて、(2)PEP-ⅡとKEKBの二つのB-Factoryの現状、(3)80nmでのSASE発振に成功したDESYのTTFと自由電子レーザー(FEL)の展望、(4)2006年の完成を目指してOak Ridge National Laboratoryに建設の始まろうとしているSpallation Neutron Source(SNS)計画、の4件であった。以後は2〜3の口頭パラレルセッションと、これら口頭発表と並行して毎日午前と午後のポスターセッションがテーマ毎に休み無く続けられた。全ての発表を見聞きする事は不可能である。筆者等が見聞きし、記憶に残ったものの幾つかについて述べる。
 SPring-8と常に比較されるESRF、APSについての状況はポスターセッションで知ることが出来た。ESRFはフランスのグルノーブルにあるエネルギー6GeV、蓄積電流200mAの第3世代の放射光源であることは多くの人がご存じであろう。ユーザー運転を開始して9年になる。ESRFからはPAC、EPACに常にoperationを含めた加速器の現状が報告されているようである。今回の報告でのESRFの最近の改善点として次のことが述べられていた。(1)エミッタンスを下げるため通常の6GeV運転ではなく、5GeVでの運転が数日間行われている。5GeVの運転ではエネルギーが下がることにより、高エネルギー領域の光量が下がるのでユーザーからの特別な要求があるときのみ運転されるようである。(2)特定のビームラインでの試料上のビームサイズを小さくするために、High Focusing Optics latticeが用いられている。(3)32台のskew磁石を用いて補正を行ったところ、エミッタンスのカップリングが1%から0.25%に改善された事が確認された。(4)電磁石ガーダーの振動振幅を抑えるためにダンピングリンクが装備され、横方向の7Hzの架台振動が1/6に抑えられた事が述べられていた。軌道の安定化にとっては重要なことであり、ESRFとは違って地盤の強固さに恵まれているSPring-8でもより高安定な軌道を実現するためには、近い将来に必要なこととして同様の議論が始まっている。ESRFでは少数バンチ運転について以前から色々と試みが成されているようであり、新しいフィリング(24*8bunch + 7mA single)が計画されていることや、2000年の夏以降20mAのシングルバンチ(寿命7時間、カップリング2%)の蓄積が可能となっていることも述べられた。シングルバンチの運転で重要となるバンチ純度の計測には、アバランシェフォトダイオードを使った高計数率に対応するバンチ純度モニターを開発しており、メインバンチの10〜20ns以降のバンチについて10の10乗のダイナミックレンジを持っているとのことであった。その他、ユーザー運転中のビームの供給率は96.4%に達しており、故障間平均時間とでも言うのであろうかmean time between failureはおよそ40時間とのことであった。
 APSはアメリカのイリノイ州にある7GeVの放射光施設である。コミッショニング開始から今年で7年目となる。APSでのµmを切る軌道安定度の達成計画についての報告が行われた。現在のAPSでのビーム軌道の安定度は、0.016Hz〜30Hzのバンド幅で2µm(rms)の安定度が水平垂直ともに達成されている。ただし、IDのギャップを動かしている最中には5µm程度のビームの動きが見られることがあるとのことであった。安定度を1µm以下にするためには、また、数日の長い時間の安定度を得るためには、IDギャップを変えるときにフィードフォワードを行うことや、早い軌道のフィードバックと遅いフィードバックとの関係の見直し、軌道補正のアルゴリズムの見直しなど、多くの項目について検討を行う必要があるとのことであった。また、別の報告ではAPSでの輝度の向上についての話があった。輝度を向上させるオプティクスの検討を行っており、IDを設置する直線部でのエネルギー分散が有限の値を取ることを許したオプティクスにより8nm-radのエミッタンスを3.5nm-radまで下げることができ、カップリングを0.5%から0.25%まで下げることができるとのことであった。この手法は既にESRFでも行われており、一般に良く知られた手法であり、目新しい方法ではない。一長一短があり、逆にID放射光の輝度という面ではマイナスにもなりかねないので、実際の導入に当たっては十分な検討が必要であろう。また、この報告ではID部の四極磁石の一部を取り除くことにより、今まで5mに制限されていたIDのための空間を7.7mに伸ばすことも検討されていた。更に、近接した2つの偏向電磁石を長さの短いものに取り替えることにより、IDのための長さを10.7mにすることも可能である。これらの解はエミッタンスを増大させてしまうという不利な要素もあるので、リングの1カ所にのみこの変更を行う場合について検討を行っているという話であった。APSではトップアップ運転が行われており、低エミッタンスでの運転(特にバンチ電流の高い少数バンチ運転)ではタウシェック効果によるビーム寿命の低減を実効的に救う運転として注目されるものである。この後、紹介するSwiss Light Source(SLS)では、設計の段階からトップアップ運転を実現するための設計が盛り込まれている。トップアップ運転では入射ビームの質が問題となり、SLSでは蓄積リングとほぼ同じ周長を持ったブースターシンクロトロンを作り、入射ビームの質を上げる方法を採っている。
 2000年の12月にビーム蓄積に成功したSwiss Light Source(SLS)のコミッショニングについての講演は当然ではあるが行われた。SPring-8とも協力関係にあるSLSはスイスのPual Scherrer Instituteにある2.4GeVの放射光施設で1997年に計画が政府に承認されたものである。SPring-8に勝るとも劣らない早さでdesign性能を達成していることが述べられた。2001年6月には400mAの蓄積に成功したとのことであった。エミッタンスの設計値は5nm-radである。ここの四極電磁石は個別の電源を持っており、ベータ関数の測定を直接的に行うことができるとのことだ。会議に参加する前から、SLSのコミッショニングの状況は耳に入っており、非常に順調との印象を持っていたが、実際にはいろいろと苦労があったようで、時にはビーム不安定が発生し、蓄積電流の一部がなくなることがあったとのことである。クロマティシティをおよそ+5に設定し、加速空洞のHOMの周波数を空洞の温度を変えることにより調整することにより、蓄積電流を増やすことに成功した。ビーム不安定または軌道の変動によって偏向電磁石からの放射光が真空チェンバーを照射し、リークが発生したこともあった。真空チェンバーに温度計を取り付けることによりこのような事態を避ける努力が成されたようである。SLSでは、更に2003年にfemtsecondのX-ray sourceを開発する予定も述べられた。
 その他の講演について簡単に触れておく。英国の新しい放射光リングDimond計画は3GeVというエネルギーにしては大きな周長560m、挿入光源設置用の直線部に分散を持たせた2nm−radのエミッタンスを考えている。Plenary Sessionでも講演のあったSNSについての発表は各セッションで多く行われており、米国での力の入れ方が感じられた。SNSでは計画推進のための人材募集も行っていた。陽子、陽電子加速器で問題となっているelectoron cloud instabilityについての実験、その対策、理論的研究についての進展が、前回のPAC99と比べて感じられた。KEKのB-Factoryが、前回のPAC99では米国の同じB-FactoryであるPEP-Ⅱに大きく水を開けられていたのが、この2年間でほぼ拮抗し、更に勝るレベルまで辿り着いたのも、electoron cloud instabilityの対策のためにsolenoid coilを設置した事が大きな要因である。また、既存の放射光加速器は目覚ましい進展は感じられなかったが、FELは着実に現実の光源として進んでいることが感じられた。将来計画としてFELと蓄積リングを組み合わせた幅広い光源加速器やエネルギー回収型の線型加速器やリングをベースにしたものがいくつか提案されていた。
 今回のPACでは中国系の人達の活躍が目立った。中国系の人達は特に米国の研究所に多く在籍して活躍している。改めて、中華民族の国際性に感心した次第である。
 その他にも興味深い報告が数多くなされている。発表の内容については例えば

http://pac2001.aps.anl.gov/conferences/PAC2001/program.html

http://pacwebserver.fnal.gov/home/websys.search.html

に見ることができるので、参照願いたい。
 23日(土)は、APSのあるArgonne National Laboratory(ANL)と巨大加速器Tevatoronを有する米国一の巨大研究所であるFermi Laboratoryへの見学ツアーに参加した。ANLではレーザーフォトカソード電子銃を用いたShort beam、high currentを目指したWakefield Accelerator、重イオンの加速ビームによる核物理実験を主とした施設ATLAS、7GeV放射光施設APSの見学が行われた。APSは運転中で制御室とビームラインがガラス越しに見られただけでちょっと残念であった。Fermi Lab.ではelectron-cooler ringのtest facility(このfacilityはロシア人を中心に構成されていた)、Tevatronなどの超伝導電磁石のコイルを作ったLab.を見学した。このLab.では、商売敵とも思えるCERNのLHC用の電磁石も引き受けているのは印象的であった。
 会議の参加申し込み、要旨、論文の投稿をWebのページから行うというのは、加速器の会議(だけでは無いかもしれないが)では一般的になってきた。しかし、今回の国際会議において、締め切り直前にWebのページが複数回にわたってaccessできない状況に陥っていた。このような状況は直前まで実験を続けていて、よりよい成果の報告を行うよう努力している(少なくとも、そういう言い訳をして直前になって準備をしている)ものにとっては辛いことである。Webページからの投稿システムをトラブル無く管理することには、大変な努力が払われているのであろうが、参加者にとってはWebページのトラブルは精神衛生にも良くない。今後の会議では改善されることを期待したい。もっとも、出国の直前にノートパソコンとプリンターを購入し、論文もポスターも現地で完成させるというような行動力のある方には、どうでも良いことかもしれないが。


大島 隆 OHSHIMA Takashi
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0860 FAX:0791-58-0850
e-mail:ohshima@spring8.or.jp

大熊 春夫 OHKUMA Haruo
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0860 FAX:0791-58-0850
e-mail:ohkuma@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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