Volume 06, No.5 Pages 368 - 371
3. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES
軟X線光物性ビームラインBL17SU建設計画の概要
Conceptual Design of Soft X-ray Spectroscopy Beamline BL17SU
1.はじめに
BL17SUは、理化学研究所専用の軟X線アンジュレータビームラインとして、今年度から3年間で、建設を完了する予定である。軟X線領域の先端的な光物性を行うと同時に、物質科学の推進を目的としている。建設に際しては、これまで、SPring−8に建設された3本の軟X線ビームラインBL23,25,27で蓄積されたビームライン技術を結集すると同時に、そこで指摘された問題点を解決するための技術開発のR&Dも行う。これらの技術は次に建設予定の軟X線領域の長尺アンジュレータビームラインにとって、克服すべき課題のR&Dになっている。
これまでSPring−8で稼働中の3本の軟X線ビームラインにおいては、200eV以上のエネルギー領域においてもSPring−8が世界で最も優れた光源の1つであることが判明しつつある。5keV以上の光が結晶構造の研究に威力を発揮しているとすれば、このエネルギー帯は、特に、物質の機能性をになう軽元素、遷移金属、希土類等の電子状態を解明する上で、きわめて有用なエネルギー領域である。また、この様な物質科学にとどまらず、FELのようなコヒーレンスを利用した光科学にとってもほとんど未開拓な研究分野への可能性も秘めている。本ビームラインでは、その両方の立場から利用を進めていく方針である。
2.光源
SPring−8のアンジュレータ技術による偏光技術は、利用研究の分野において、著しい改革を起こしつつある。よく知られているように、軟X線分野ではいい偏光子がないため、アンジュレータそのものによる偏光利用がきわめて重要である。本ビームラインの大きな目的の1つは、新しいタイプのアンジュレータを開発することによって、ほとんどすべての軟X線ユーザーが望んでいるような垂直、水平、円偏光を自由にスイッチングで切り替えられるような光を開発することにある。
SPring-8において軟X線光源を設計する際に最も考慮すべき点は、光学素子に加わる熱負荷をいかに軽減するか、ということである。電子エネルギーが8GeVと大きいため、軟X線領域の光をアンジュレータによって取り出そうとすると、K値(無次元磁場)を大きくせざるを得ない。通常の平面アンジュレータを採用した場合、大きなK値は軸上における高調波強度の増大につながり、ひいては不必要な熱負荷を光学素子に与えてしまう。これを避けるためには、BL25SUで採用されたヘリカルアンジュレータ[1][1]T. Hara, T. Tanaka, T. Tanabe, X.−M. Maréchal, K. Kumagai and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)426.か、BL27SUで採用された8の字アンジュレータ[2][2]T. Tanaka and H. Kitamura:Nucl. Instrum. Methods A364(1995)368. ; J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 80(1996)441. ; J. Synchrotron Rad. 3(1996)47.を光源とすべきである。しかしながら、本ビームラインでは直線・円の両偏光を用いた実験が想定されており、いずれのアンジュレータを採用した場合でもどちらかの偏光を犠牲にしてしまう。また、いわゆる可変偏光アンジュレータを採用した場合は、直線偏光モードにおいて平面アンジュレータと同様の熱負荷の問題が発生する。
本ビームラインで採用されたアンジュレータは、上記の問題点を解決するために、ヘリカル・8の字の両アンジュレータの磁場分布を実現できる磁石構造をしている。さらに高速な円偏光の切替えを実現するために、非対称8の字アンジュレータ[3][3]T. Tanaka and H. Kitamura:Nucl. Instrum. Methods A449(2000)629.の磁場分布も発生できる。即ち、3つの運転モードがあり、以下のようにまとめることができる。
1.ヘリカルモード:左右円偏光
2.8の字モード:垂直・水平偏光
3.非対称8の字モード:円偏光高速切り替え
Fig.1にヘリカル、8の字モード時のピーク輝度と光子エネルギーの関係を示す。
Fig. 1 Peak brilliance vs. photon energy obtained by an insertion device for BL17SU.
3.基幹チャンネル
SPring-8において基幹チャンネルとは蓄積リングのフォトン・ダクト・アブソーバーから下流の領域で、通常は蓄積リング遮蔽壁の直後に設置される光学系との取り合い点までを指す。SPring-8の標準的な硬X線用ビームラインでは蓄積リングの超高真空と光学系の高真空とを仕切るベリリウム窓の直下流がその取り合い点となるが、BL17SUは軟X線アンジュレータビームラインとなるためベリリウム窓は設置されず、ビームライン・コミッショニングの最初期に基幹部XYスリット[4][4]M. Oura, Y. Sakurai and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)606.の光軸合わせや光源評価実験[5][5]T. Tanaka, M. Oura, H. Ohashi, S. Goto, Y. Suzuki and H. Kitamura:J. Appl. Phys. 88(2000)2101.などを行う汎用セクションの末端のゲートバルブまでを基幹チャンネルと呼ぶことにする。基幹チャンネルの主な役割等については文献[6,7][6]Y. Sakurai, M. Oura, H. Sakae, T. Usui, H. Kimura, Y. Oikawa, H. Kitamura, T. Konishi, H. Shiwaku, A. Nakamura, H. Amamoto and T. Harami:Rev. Sci. Instrum. 66(1995)1771.
[7]Y. Sakurai, M. Oura, S. Takahashi, Y. Hayashi, H. Aoyagi, H. Shiwaku, T. Kudo, T. Mochizuki, Y. Oikawa, M. Takahashi, K. Yoshii and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)1195.に詳しく記述されているので、ここでは既存のビームラインの基幹チャンネルとは違ったBL17SU基幹チャンネルの特徴的な点について述べることとする。
本基幹チャンネルでは、将来、長直線部への建設が想定されている長尺軟X線アンジュレータビームライン対応の基幹チャンネルを念頭に置いたR&D要素が盛り込まれる予定である。一つは、体積発熱型の除熱技術をマスク機能付き熱吸収体に適用させることで従来と同程度のスペースで2〜3倍の除熱を目指したものである。長尺軟X線アンジュレータで炭素の内殻までをも照準としたエネルギー範囲をカバーしようとすると、光学系への熱負荷を極力抑えるよう軸外へ放射パワーを分散する光源を採用したとしても、全放射パワーで30〜50kWにも及ぶ熱負荷を基幹チャンネルで処理しなければならない。先行して建設した長尺硬X線アンジュレータビームラインであるBL19LXUでは基幹チャンネル[8][8]S. Takahashi, H. Aoyagi, T. Mochizuki, M. Oura, Y. Sakurai, A. Watanabe and H. Kitamura:to be published in Nucl. Instrum. Methods A(2001).のスペースに比較的ゆとりがあったが、残りの長直線部に建設される基幹チャンネルに与えられるスペースはBL19LXUよりも3mも短いものとなる。こうした空間的な制限を克服するためには、限られたスペースでの除熱処理能力を向上するR&Dが必要となる。
もう一つは、前節にも書いているように、光源の偏光が水平・垂直偏光、左右円偏光と切り替えが可能であること、更には円偏光の高速切り替えが可能となるため、蓄積リングの電子ビーム軌道への影響をなくすよう光源のコミッショニングをしっかり行う必要がある。そのために基幹チャンネルに2台の光位置モニター[9][9]H. Aoyagi, T. Kudo and H. Kitamura:to be published in Nucl. Instrum. Methods A(2001).を設置して、光軸の変動等を逐次モニターし、必要に応じてフィードバックが掛けられるようにするためのR&Dである。これを実現するため、光源と基幹チャンネルで連携し、光学系へ安定した光の供給をしなければならない。
4.分光光学系
SPring-8におけるこれまでの軟X線ビームラインの成果は、高分解能を1keV付近で軽々と達成したところにある。一方、高強度も重要である。また、高輝度の立場から、これからの放射光利用研究を考えると、極微小スポットサイズを達成することと、コヒーレンスを保った光学系の開発が課題である。これらの分光光学系の設計にあたっては、琉球大学の石黒英治教授をはじめとする所内外の経験者の協力を仰ぐ予定である。
本ビームラインではSPring-8の軟X線ビームラインで採用されているへトリック型を基本に、入射スリットなしの分光器を採用する予定である。一般の軟X線ビームラインの光学配置は、前置集光系、分光器、後置集光系、という構成になっている。ここで、入射スリットが無く、直接放射光を分光器に導入することが可能であれば光強度の損失が少なく高強度のビームラインが可能となる。そこで本ビームラインでは、前置集光系・スリットを省略し、光源そのものをビームライン分光器の入射スリットと仮定している。一方、極微少スポットサイズを達成することも条件なので、光源から、分光器系、測定器までを一体のものとして考えるビームラインである。このようなビームラインでは、分光された光のエネルギーや分解能等が蓄積リングのビームの軌道安定性の影響を直接受けるので、そのためのR&Dはきわめて重要である。特に、光位置モニターを基幹チャンネル部に2つおいて、常にビーム位置を検知する予定である。
5.実験ステーション
以下の様ないくつかの実験ステーションを考えており、優先順位の高いものから、順次建設していく予定である。
(1)光物性開発実験ステーション
放射光のコヒーレンスを利用するようなDynamic light scattering、非線形光学、ポンププローブ分光などを開発研究する。非線形光学としては、フォトンエコー、4光波混合等を考えており、放射光のみによる非線形効果を追求すると同時に、放射光とレーザーとの組み合わせ分光も行いたい。この様な実験はこれまで、軟X線分野ではほとんどなされてきていないが、今後は光源の輝度がさらに上がれば、軟X線実験の主流の一つになると思われる。その意味では、長尺軟X線アンジュレータビームラインや、FELのR&Dとしての役目もになっている。非線形光学やDynamic light scatteringは、可視光領域のレーザーを用いた分野で著しく発展し、さらには、硬X線分野でも行われつつあるが、軟X線分野ではほとんどなされていない。これは軟X線領域独特の光学素子等の実験技術の難しさによるためである。コヒーレンスそのものは硬X線よりも遙かに高いので、光学素子利用の条件がR&Dによりクリアーできれば一気に研究が進むものと思われる。
これらの非線形現象を利用した物性研究に関しては、緩和現象を研究すると同時に、通常の軟X線分光実験では原理的に不可能な超高分解能実験を行うことが可能になるものと思われる。
(2)材料開発用光電子分光・軟X線発光分光実験ステーション
軟X線は物質の電子構造の研究に有効で、これまで材料開発等に大きな威力を発揮している。それは、軟X線領域の光を用いた測定手法が、物質の機能性を司っている電子状態を、効果的に観測する極めて重要な手段だからである。本ビームラインでは、実験手段として、光電子分光と軟X線発光分光を組み合わせた比較的conventionalな装置にして、簡便に実験を行えるようにする。特に、軟X線発光分光は試料の表面処理が不要であるために、放射光未経験者でも電子状態の研究を簡単に行える。
(3)超高分解能分光実験ステーション
これまで軟X線分野の光電子分光の分解能は10000程度、軟X線発光分光で1000程度である。更に、1桁分解能をあげるようなR&Dを行う。
(4)顕微・ナノ分光実験ステーション
半導体や金属表面のナノサイズの解析を行うために光電子顕微鏡(PEEM)や生体物質の顕微分光を行うためにゾーンプレートを用いた顕微分光を行う。軟X線におけるこの分野はSPring−8においては未開拓なところがあるので、人材育成から行いたい。
(5)原子分子科学実験ステーション
気相標的を用いた原子分子関連の研究テーマとして、各種ガス標的や金属原子等の気相標的を生成し、その内殻吸収分光の実験的な研究を行なう予定である。当面は多価イオンを標的とした内殻吸収分光を行い、多価イオンの電子構造や内殻励起状態にある多価イオンの脱励起過程に関する知見を得ることを目指した実験を行う。こうした研究は世界各地で行われ始めているが、軟X線領域の放射光を用いた研究はSPring−8の他では未だ行われていない。多価イオンという特異な状態にある元素を標的とすることで、原子物理学の基礎実験という立場の他、天体における星間プラズマや核融合プラズマの診断等といった他分野の発展にも貴重な情報を提供する。
(6)汎用実験ステーション
持ち込みの装置等による利用研究が行えるよう、汎用的なステーションを設ける。長尺アンジュレータビームラインやFELにおいて独創的な研究を展開する上で必要と思われる試験的な実験や、軟X線を利用した新しい分光法の開発研究などが行われる予定である。
6.終わりに
今後のスケジュールとしては、2001年度に基幹チャンネル及び挿入光源、2002年度に分光器の建設を予定しており、2003年初めにはFirst Beamを得たい。2003年度は、ビームラインの調整及び、実験ステーションの建設を予定している。
SPring−8における軟X線分光は、200eVより上では世界でもトップクラスである事が証明されつつある。熱負荷を克服して光源の最大の特徴を引き出すための努力を続けて来た。今後はR&Dを含めた冒険的な実験を試みたり、逆に徹底的に物質科学にこだわったりする第2世代の軟X線利用フェーズに入りつつあると感じている。このビームラインがそのようなきっかけになると同時に、SPring−8における軟X線分野の若手の人材育成の場になることを願っている。
この文章は、各担当者が書いたものを辛の責任でまとめたものである。著者以外にもSPring-8の多くの方にご協力いただいていることをこの場を借りて感謝いたします。
参考文献
[1]T. Hara, T. Tanaka, T. Tanabe, X.−M. Maréchal, K. Kumagai and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)426.
[2]T. Tanaka and H. Kitamura:Nucl. Instrum. Methods A364(1995)368. ; J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 80(1996)441. ; J. Synchrotron Rad. 3(1996)47.
[3]T. Tanaka and H. Kitamura:Nucl. Instrum. Methods A449(2000)629.
[4]M. Oura, Y. Sakurai and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)606.
[5]T. Tanaka, M. Oura, H. Ohashi, S. Goto, Y. Suzuki and H. Kitamura:J. Appl. Phys. 88(2000)2101.
[6]Y. Sakurai, M. Oura, H. Sakae, T. Usui, H. Kimura, Y. Oikawa, H. Kitamura, T. Konishi, H. Shiwaku, A. Nakamura, H. Amamoto and T. Harami:Rev. Sci. Instrum. 66(1995)1771.
[7]Y. Sakurai, M. Oura, S. Takahashi, Y. Hayashi, H. Aoyagi, H. Shiwaku, T. Kudo, T. Mochizuki, Y. Oikawa, M. Takahashi, K. Yoshii and H. Kitamura:J. Synchrotron Rad. 5(1998)1195.
[8]S. Takahashi, H. Aoyagi, T. Mochizuki, M. Oura, Y. Sakurai, A. Watanabe and H. Kitamura:to be published in Nucl. Instrum. Methods A(2001).
[9]H. Aoyagi, T. Kudo and H. Kitamura:to be published in Nucl. Instrum. Methods A(2001).
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