Volume 06, No.4 Pages 287 - 292
5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
エアリー会議:第2回構造ゲノム国際会議そして播磨ワークショップ
Airlie Meeting : Second International Structural Genomics Meeting and Harima Workshop
はじめに
4月初旬のバージニアは雨模様のしっとりした穏やかな気候であった。アメリカ田園風景の典型ともいう広々としたきれいに刈り込んだ芝と所々にあるまばらなまだ芽吹きはじめた林が点在する起伏に富んだなだらかな丘陵の中にNIHのエアリーセンター(Airlie Center)はある。私のなじみのあるアメリカは、いつも乾いたサニーサイド、それとはうってかわったウェットな風景(写真)。
到着した空港で初めから予約したはずのシャトルがいっこうに現れず、適当にタクシーに分乗してエアリーセンターに向かうというなかで日本からの一行はやや緊張した空気の中で到着した。ここでの穏やかな、そしてリス、小ウサギが見え隠れするアメリカ中産階級がまさに理想とする、そしてアンドリュー・ワイエスがその画面に凝集させてきたそのままの世界を感じさせるものであった。その小規模の会議場も含めて、それぞれが宿泊するコテジ風の建物はすっかり改装しているものの、もともとこのあたりの農場の建物をそのまま改装したか、移築したもののようだ。実際、屋根の葺き替えをしている改装中のコテジもあった。ここは寝食をともにして議論するゴードン・カンファレンスの会場のひとつになっている。
一方、ここSPring-8キャンパスで開催された、エアリー会議と全く対照的な構造ゲノム科学の現状を議論した播磨ワークショップでは、具体的な科学的・技術的な中身について活発に意見が交わされた。構造ゲノム科学理解の一助として、囲み記事とした[1]。
写真 米国・バージニア州エアリーセンター(左上)。会議場の入り口(右)。会場でのスナップ(左下)、右からT.Terwilliger、横山茂之、Min Park、筆者の一人(宮野)
日本の背景
エアリー会議への、日本からの参加者が緊張していたのは、単にシャトルがこないせいばかりではなかった。会議の合意書のドラフトが第1回の会議の資金援助したNIGMS/NIHそしてウェルカムトラスト(Wellcome Trust)に続く、第3回の会議の援助機関として今回の会議を積極的に支援してきた文部科学省での事前打ち合わせの後のエアリー会議開催の直前に回覧されたからでもあった。それには、第1回の国際構造ゲノム科学会議といっている英国サンガーセンターのあるヒンクストン(Hinxton)で開かれた会議での合意に基づく、国際的協調のフレームである構造決定後の即時公開の原則が国際的合意としては困難であるという状況下、時宜を得た座標データの公表とは「3週間以内の公表である」と明記されていたからである。
ヒト全ゲノム概略の決定で日本からの寄与がわずか6%だけであったことの原因が体制整備のもたつきからという反省が、ポストゲノムの次の主要なプロジェクトである構造ゲノム科学ではなんとしてもイニシャティブを取らなければならないという科学政策目標を掲げることが必要であると強く意識されてきたからである。わずか3年前の1998年に構造ゲノム科学(Structural Genomics)が提唱され、次世代の重要な課題であるとして国際的協調の枠組みの中で継続的公的支援のもとで強力に押し進めようという機運が急速に高まり、ヒトゲノム配列決定の国際協調の時と同様、“そんなできもしない金食い虫のプロジェクトはやっと普及しはじめた構造生物の肝心の力を削いでしまうだけだ”というたぐいの批判があちこちにでてきたものの、構造ゲノム科学というものの国際的フレームづくりがこの2年間、科学的な基礎としての議論が積み重ねられて、より広い視野での位置づけと、具体的現状認識とその課題が国際的な会議の中で共有されてきた。特に構造ゲノム科学の科学的な広がりの最初の国際会議が横浜で西村善行らによってICSG2000そして播磨SPring-8キャンパスでこのサテライトミーティングとしてHarima Workshopがタンパク質のX線結晶構造解析のハイスループット技術をテーマに開かれ(囲み記事参照)、対照的な具体的科学・技術論の議論として成功裏のうちに行われた。
構造ゲノム科学の分野では、日本は幸いにして、理研・横浜GSCの横山茂之のタンパク質構造エンサイクロペディアプロジェクト、理研・播磨研究所では倉光成紀による「高度好熱菌・丸ごと1匹」の構造生物部分として“ストラクチュローム・プロジェクト”がすでに世界に先行してはじまっており、出足においてアメリカ合衆国をふくめて国際的に頭ひとつ抜きでていた。その上、タンパク質生産に必須な全長cDNA技術も松原謙一らのグループが世界で最も早く手をつけてきたこともあり、ひとつの成果として理研の林崎良英によるマウス全長cDNAクローンライブラリーの第1歩がFAMTOMクローンとして公表されるなど、タンパク質研究をゲノムベースで行う強い基盤が存在している。その上、すでにふれたプロジェクトをベースに「理研構造プロミオクス推進研究」として、横浜GSC・タンパク質グループとSPring-8のハイスループットファクトリーとしてスタートしている。日本では、それ以外の構造ゲノム科学プロジェクトもすでにはじまろうとしている(木田光春による本誌別稿参照。ヒトゲノムのこのあたりの事情については、中心的当事者である榊 佳之による「ヒトゲノム」[2](岩波新書)がこの分野の最新の情報を含み、ヒトゲノム理解としてはもちろん、この国際的プロジェクトについて日本の立場から思い入れをこめた読み物としても軽快に読めて大変役立つ)。
エアリー会議
これを書いている6月16日にこのときの最終合意文書(エアリー合意)が届いたばかりである。日本の政府として今回の会議には関係各位の努力でことさら熱が入っていたことは、冒頭の文章でもおわかりいただけるかもしれない。このエアリー会議は、米国NIGMS/NIH、ウェルカム・トラストとともにRIKEN/MEXTとして会議を全面的に支援したことである。この意気込みは、すでに述べたように坂田審議官が自ら参加して、日本で事前会議を行い、実際のエアリー会議の冒頭で構造ゲノム科学のファンディング・エージェンシーのひとつとして展望を述べた。この中で、資金提供はするが同時に産業利用を目指した権利化を視野に入れるので今の特許システムの中ではタンパク質の原子座標データの即時公開はできないと明言した。一方、ウェルカム・トラストが基本姿勢を変え、最終的にすべての座標データは公表するが、一部のターゲットはこの国際的枠組みからはずし、その進行状況は明らかにすることはしないと明言した。日本として国際的な科学政策会議において明確に強く主張して、その線に沿って合意したという極めて珍しい会議といえるかもしれない。これは、すでにふれたヒトゲノム全配列決定において、歯がゆい思いを強く抱いてきた和田昭允、榊 佳之らの経験と期待によるところが大きい。そしてその合意内容は会議に参加した20人ほどの日本人の中のひとり大牟田透記者によって会議終了直後の日曜日の朝日新聞1面トップ記事として、“「ゲノム創薬」開発のカギ タンパク質研究の輪”という見出し記事として報道され、この記事の扱いはNIGMSなどの会議参加者などからも驚きとともに好意的な反応があった。
このエアリー会議の特徴は、タンパク質構造がゲノム配列よりさらに直接産業化、特に高齢化を迎える中での医薬品開発と深く関わってくるという共通の認識のもと、アメリカ合衆国と日本、ヨーロッパなどとの根本的特許システムと特許化の要件基準の大きな違いがDNA配列の知的所有権に関する不協和音と大きな議論が生じた反省から、タンパク質立体構造の特許権利化を視野に入れた知的所有権が大きな議論の中心のひとつであったことだ。この点は、2000年6月フィレンチェで開かれたOECDグローバルサイエンスフォーラムの構造ゲノム科学ワークショップでこの問題点が共有された。
もう一つは、ヒンクストン合意での、タンパク質立体構造決定後、原子座標即時公開(immediate release)を決めたことである。これが、冒頭で触れたように、今回の会議前の合意ドラフトでは時宜を得た公開(timely release)となり、具体的に3週間以内となっていた。
エアリー合意[3]
議論の経緯はともかく、この内容は「構造ゲノム科学」として研究する上での国際的協調のフレームの第一歩となる文書であるので簡単に紹介する。まず、その導入をそのまま引用翻訳する。
ゲノム配列研究の成功とタンパク質構造決定のいくつかの大きな方法論的進歩は構造生物コミュニティーがタンパク質構造空間上へ大規模なマッピングを提案できるに至った。基礎にした構造ゲノム科学の国際的推進は、タンパク質、RNAなど自然界に存在するすべての生体巨大分子の構造の多様性を代表する3次元構造の発見、分析をめざしその成果の普及を目指す。こうした完全な知識は生物学、農学、医薬の根本的理解とともにその応用に役に立つ。3次元構造は合理的薬剤デザイン(RDD)、そしてまた化学、バイオテクノロジー分野での触媒の進歩になくてはならない。構造情報の広範な集積はそれぞれの個々の構造で得られる情報をはるかに越えた価値ある生物的情報を提供する。
これが成就する好機は関連する数種類のキーテクノロジーの劇的な発展により可能となる。これらは、放射光施設、高磁場NMR装置、MAD法による位相決定、ハイスループット化された遺伝子クローニングとそれによる組み替え体によるタンパク質発現、ゲノム配列プロジェクトからの情報の洪水、タンパク質フォールドのバイオインフォマティクス的方法、タンパク質のホモロジーモデル構築、そして立体構造による機能予測が含まれる。
以下に、この知識の地平の拡大に関わる課題を概観する。汎ゲノムスケールでの生命体の巨大分子構造の機能解析の国際的な努力において、公的及び私的機関での幅広い調和した協力関係を推進することを目的とする(筆者談)。
エアリー合意のうち科学的合意を簡単にまとめてみると、
(1)すべてのこの枠組みで決定された構造と関連情報は、公的私的を問わず科学的目的の研究には世界中の誰もが自由に入手して利用できる様にする。
(2)タンパク質構造決定を数のためにその質を犠牲にすることがあってはならない。
(3)膜タンパク質、タンパク複合体など困難な挑戦的対象も含まれる。
産業利用とも強く関連するので産業界の支援と関与が重要であり、公的構造ゲノム科学プロジェクトは構造ゲノム科学の目的を達成するために積極的に産業界でのパートナーを捜すべきであるとし、そのためにはその保障をする知的財産権の確保つまり特許化は重要であるとした。特許の有用性を強化するための努力を勧め、明確な産業上の有用性が主張できないようなタンパク質立体構造のみでの特許化に懸念を表明した。そして、特許化を認め、私企業で決定したタンパク質立体構造も公表を期待している。
平たくまとめれば、ゲノムベースの構造生物そのものである。重要な点は、より早くより簡単につまりはより安くタンパク質の立体構造を決められるようにしましょう、そのための技術開発ファシリティー整備を積極的に協調・共同して進めましょう。20種のバラエティに富んだアミノ酸がつながったタンパク質はひとつひとつがあまりにも違うので、よく似たものの4種類だけからなるDNA配列決定と同様にはいかないのは明らかなので国際的な継続的な支援が必要です。お金もかかるのでこの分野から産業上のメリットを受けるところは協力してください。意味のある権利化については否定しません。
知的財産権(IPR)と座標公開のタイミングについて
特許システムが調和していない中で、座標の即時公開は問題があるとして議論が進んできた中で、すでにふれたように原子座標の公的データベースへの寄託と公開の時期が議論の中心となった。
結論はすでに先の新聞記事にもなっているとおり、公的資金によって決定されたタンパク質の構造については、決定後すぐに必要なデータとともにPDB(Protein Data Bank)に原子座標の寄託をすることと、そして論文を出した後時宜を得た公開をする。必要なものについてはさらに検討をして追加実験、権利化などをした後に最大6ヶ月までのうちに公開することが決まった。構造決定はもっとも競争的なジャーナルに耐え得るだけの質を確保すべきで、構造解析が完了したという決定は研究者自身が決める。将来的にはコンピューターで自動的に判断できるようにするとしてそのタスクフォースがある。そして、普通の構造決定はできうる限りの構造解析をした後、十分な生物学的意味も含めた審査付きのActa Crystallogr. Cのような電子ジャーナルに短報(short report)として投稿することを勧めるとともに、それ以外のジャーナルに投稿することはもちろん可能であるとしている。
そして、タンパク質の立体構造の特許化については、基本的には認める方向であるがあくまでも限定的なもので、産業上の有用性が明確化されない立体構造だけの特許化については懸念が表明されたように、こうしたプロジェクトでの権利化を含む知的財産権の問題は、アフリカ諸国にとって高価なエイズ治療薬の物質特許問題のような国際的倫理問題ばかりでなく、最近の理研・CCFの問題などのように自由な情報・試料交換は認められないなど研究自体を妨げうる事態が生じつつあるなどますます困難な問題を生じさせることは明らかである。ゲノム科学、構造ゲノム科学のような過去の生物学的研究とは明らかに違うアプローチをする研究手法に対する根強い不信と不満は一朝一夕には解消されないだろうが、こうしたプロジェクトでの知的財産権の扱いはますます重要になるとともに関係各方面の幅広く粘り強い国際的協調への努力が求められている。
NIGMS/NIHの7つのパイロットプロジェクト[4]のうちもっとも国際的な体制ができている結核菌プロジェクトのように、最初から特許化を参加者に放棄させているプロジェクトもあり、今回のエアリー合意の底流はヒンクストンで決まったとおりであり、その結果としてのタンパク質の立体構造を含む重要な公共財としての研究リソースをいかに扱うか、もう一度考えてみる必要がある。
今後の国際的フレームづくり
構造ゲノム科学のためにプロトコル、ソフトウェアを中心とした開発途上の技術情報の開かれた交換ができるようにすること、さらにはクローン、タンパク質などの試料の自由な交換が可能になるような体制を取ることが決められ、これを実行するための国際的組織を作るために、合衆国のTom Terwilliger(LAL, U.S.A.)とUdo Heinemann(Protein Structure Factory, ドイツ)とともに日本から横山茂之の3人が選ばれ具体的な体制を策定して、ドイツのベルリンで2002年10月に第3回が開かれることになった。ここで合意された国際的合意を実現するための多くの残された個々の具体的課題については、5つのタスクフォースが継続してレポートを次の会議に向けてまとめることになっている。
おわりに
エアリー合意に達するまでの議論の経緯に深くはふれなかったが、参加人数150人ほどの会議で合衆国から100人近い参加者がある中で、構造決定後座標公開まで3週間というのが現実的でないということ、また最終的決定は民主的手続き、つまり多数決という中でドラフトから最終合意に達するまでの主催側、参加者一人一人の議論と努力の結果であることは事実である。また、構造ゲノム科学においてタンパク質立体構造決定がまだまだそのものとして研究対象であり、囲み記事あるとおり多くの努力がそれぞれの場所と立場でなされているが、現在最終的目的である自動的な構造決定までの道のりは長く険しい。これを推進するためには単純な自動化・ロボット化ではなく、学術論文として価値の高い多くの優れた研究者の創意と工夫に富んだ研究が必須であるとの思いが多くの両方の参加当事者たちにあることを感じた。このことが、現状での構造ゲノム科学で単純な数の議論より、国内はもちろんより広範な国際的共同研究体制のフレームづくりという体制づくりと同時に、決定した構造の質の確保と、たとえ困難であるとしても重要なタンパク質の構造解析を進める必要がある。
参考文献
[1]横山茂之企画・編集:特集、ポストシークエンス時代を担う構造ゲノム科学入門−タンパク質の構造・機能解析から創薬応用まで 実験医学 6(2001) 930-967.
[2]榊 佳之:「ヒトゲノム−解読から応用・人間理解へ」(岩波書店、2001).
[3]http://www.nigms.nih.gov/funding/psi.html(エアリー合意文書などの関連の情報が入手可能)
[4]http://pdb.protein.osaka-u.ac.jp/pdb/strucgen. html(現在の構造ゲノム科学のプロジェクト、関連ベンチャーなどの情報が入手できる)
ICSG2000サテライト・播磨ワークショップ
−タンパク質結晶構造解析ハイスループット化技術−
本会議は2000年11月2〜5日に横浜で行われたICSG2000(International Conference on Structural Genomics 2000)のサテライトミーティングとして、7, 8日にSPring-8の普及棟・大会議室で催された。その題目は、「Harima Workshop on Implementation for High-throughput Structure Determination by Protein Crystallography - Present Status and Future Goal -」である。構造ゲノム科学の広範な内容をカバーしたICSG2000本会議に対して、このワークショップでは、構造ゲノム科学の主要な技術であるタンパク質結晶構造解析における最近の状況を展望し、実質的な議論を目的とした。プログラムとアブストラクトはICSG2000のホームページで公開されている(http://icsg2000.riken.go.jp/spring-8.html)。
講演者には、構造ゲノム科学プロジェクトを推進している大学など公的研究機関のほか、結晶解析機器・ソフトウェアメーカー、ベンチャー企業からも名を連ねた。当日の参加者は、招待講演者23名を含む109名で、うち海外からの参加が32名、企業からの参加が33名あった。
初日は放射光とデータ収集・処理の自動化に関する4つのセッションで発表が行われた。若槻壮一(PF/KEK)は、高エネルギー加速器研究機構における構造生物学センターの構想を説明し、ARリングでのビームライン建設にも触れた。八木直人(JASRI)はSPring-8における構造生物学関連ビームライン(特に共同利用ビームライン)の建設運用状況について報告し、氏の進めているBL40XUハイフラックスビームラインの特徴とそのターゲットについて説明した。
ビームラインの自動化は、現在の人手を介したデータ収集での非効率を改善する目的がある。A. Joachimiak(APS/ANL)はAPSのStructural Biology Center(SBC)の現状について報告した。APSの高輝度ビームとCCD検出器の組み合わせで、迅速なデータ収集が可能になっていることを示し、順調に成果が得られていることを印象付けた。P.Kuhn(SSRL)はビームラインの制御ソフトウェアBLU-ICEを中心に説明した。GUIから低レベルの機器制御部分まで階層的なコーディングによって、経験の少ないユーザーも直感的に使えるソフトウェアに仕上がっている。ただし導入コストがやや高い。S.S.Hasnain(Daresbury)はNorth West Structure Genomic Centre U.K.の構想について述べた。医療に貢献することを中心的な目標に据え、Daresburyの放射光との連携でMAD法による迅速解析を目指す。J.P.Rose(U. Georgia)は、APSのSER-CATで行われている試みを紹介した。試料の自動マウントロボットなどを導入し従来のスループットの5倍の高速化を目指している。
C.Nielsen(Area Detector Systems Co.)は欠席のR. Hamlinの代理として、同社のCCD検出器システムについて述べた。山本雅貴(理研)は、開発中の高速イメージングプレート(IP)検出器について述べた。新しいIP装置は光学系の改良により、従来の5倍の読み出し速度を実現した。その有効性をSPring-8での使用例を挙げて説明した。T.Earnest(LBNL)は、ALSで開発が進められている自動化の進捗について報告した。ユーザーはCCD画像をコンピュータ上で見ながら結晶のセンタリングができるようになっている。しかし、画像を解析して全自動で行うには更に開発が必要であるようだ。B.-C. Wang(U.Georgia)は、単一波長での異常分散効果により構造解析を行うSingle Anomalous Scattering Method(SAS)による解析の可能性と、その効率の高さを指摘した。既に、氏らはこの手法に基づき解析を成功させている。先にJ.Roseによって示された人手を介さないビームライン操作による効率化を図るとともに、ビームラインでのデータ収集時間を低減させる効果を狙っている。
高輝度放射光ビームラインでは短時間に大量の回折像データが吐き出されるが、このデータ処理システムの自動化もスループットに深くかかわってくる。W.Minor(U.Virginia)はDENZOから自動化に向けた開発版であるHKL2000システムの優位性を示した。ソフトの内容については後述する。C.NielsenはADSCの検出器を用いた自動データ収集と処理のシステムについて述べた。急遽講演が決まったJ.D.Ferrara(MSC)は、現在開発中の完成度の高い自動結晶マウントシステムについて発表して、構造ゲノムの技術開発の広がりを印象づけた。
2日目は、G.Bricogne(MRC/LMB)により、最尤法を用いた位相決定についての詳細な解説がなされた。その目的で開発されたプログラムSHARPは、現在最も厳密な位相計算を行うものとして高い評価を受けている。得られる尤度関数は2次元での分布を持つが、現在はHendrickson-Lattman係数に情報を落としてデータを出力している点など、今後の展開についても説明があった。T.Terwilliger(LANL)は、回折強度データから同形置換法による位相決定を自動で行うSOLVEについて解説したほか、新たに開発中の溶媒平滑化による位相改良ソフトRESOLVEの原理について説明した。溶媒領域の弁別にベイズ理論を導入し、曖昧な電子密度からでも位相の改良が期待できる。J.Holton(UC, Berkeley)はCCP4など既存のソフトウェアを簡便に使えるようなエキスパートシステムElvesについて説明した。詳細は後述する。
C.Ogata(BNL)はMAD法のメッカとして君臨してきたBNLのビームラインでの展開と実際について触れると共に、異常分散効果の最適化と効果的な核種の選択について述べた。Z.-J.Liu(U.Georgia)はSingle-wavelength Anomalous Scattering(SAS)による位相決定の実際について触れた。複数波長でのデータ収集が不要になる分の効率化と合わせて、位相改良法の組み合わせでデータの少なさをカバーできることを実例を挙げて示した。中川 敦(阪大)は多くのMADやSADによる自らの解析の事例について触れ、迅速構造解析における異常分散効果の意味について再確認した。
D.E.McRee(Scripps/Syrrix)は氏が開発を続けている統合結晶構造解析ソフトXtalViewの現状と今後の展開について触れた。他の解析ソフトとの連携やBLU-ICEによるデータ収集と同時進行で解析を進めていく。T.Oldfield(MSI, UK)は、電子密度図から分子モデルを自動で構築するソフトウェアの開発について説明した。同社のX-POWERFITは、中分解能以下でのモデル構築を助ける。A.Perrakis(EMBL)は自動モデル構築精密化ソフトARP/wARPの開発を紹介した。2Åを超える分解能では多くの実績を持つが、これを3Å程度でも実行可能なように拡張をすすめている。
川端 猛(遺伝研)はマルコフ過程モデルを使って、タンパク質構造の比較を行う仕事を行った。
U,Müller(The Protein Structure Factory)は急遽の講演であったが、ドイツ国内の構造ゲノムの取り組みを述べた。続けて構造ゲノム科学への企業としての取り組みについて、H.Jhoti(Astex)、J.Newmann(Structural GenomiX)、R.Stevens(Syrrix/Scrrips)から紹介があった。特にSyrrixの微小培養装置などのシステムは印象的であった。
最後に、今回のようなワークショップの継続的開催が閉会の挨拶のなかで確認され、T.Terwilliger,S.Hasnain両氏が協力して次の開催を約束して閉会することができた。
また、夕食後にソフトウェアデモンストレーションの時間をとり、ElvesとHKL2000の2つのソフトウェアについて開発者の実演による説明があった。ElvesはJ. Holtonによって開発されたインタラクティブなエキスパートシステムである。既存のソフトウェアを利用して、回折像処理やスケーリング、重原子位置決定、位相計算などを連続して行うことができる。解析の過程で適切なパラメータや指示を与えてくれるため、経験の少ないユーザーにも使いやすく、C-shellで書かれているため計算機の機種依存性も少ない(必要なデータを切り出すのに使うawkの種類によっては厄介な問題もあるが)。HKL2000は結晶回折像から回折強度を求めるDENZOの改良版に使いやすいGUIを追加したソフトウェアである。W.Minorは、さまざまなデータを用いてその有効性を示した。特に、CCD検出器の補正前のデータをそのまま取りこみ処理していくことで、データ収集時の画像補正に係るオーバーヘッドを低減させられることを示した。
会議を通して、実現している技術を確認し、今後の技術開発について活発な議論がなされた。その意味でも、今回のワークショップは国際協力や企業協力といった新たな科学研究の枠組みとしての構造ゲノム科学の一側面を明らかにしたように思われる。また、この会議では対象にしなかった蛋白質の発現精製、結晶化のスケールアップと自動化についても重要性が指摘され、自動化ロボットの開発を進めているグループの報告からもハイスループット化の鍵の一つであるとの認識が得られた。
すでに理研播磨研究所でも、理研構造ゲノミクス・イニシアチブ(RSGI http : //rsgi.riken. go.jp/)の一環としてハイスループットファクトリーが本年4月よりスタートしている。この会議は参加者の過半数を占めたSPring-8サイトの研究者にとっても、意識向上と動機付けの意味があったのではないだろうか。
開催メンバーとして、この会議を幸いにして成功裡に終えることができたことを、スタッフやご参加いただいた方々を始めとする多くの方々に深く感謝いたします。
宮野 雅司 MIYANO Masashi
理化学研究所 播磨研究所
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2815 FAX:0791-58-2816
e-mail:miyano@spring8.or.jp
熊坂 崇 KUMASAKA Takashi
理化学研究所 播磨研究所
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2815 FAX:0791-58-2816
e-mail:kumasaka@postman.riken.go.jp