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Volume 06, No.4 Pages 283 - 286

4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

構造ゲノム科学研究
-理化学研究所におけるタンパク質の構造解析の取り組み-
Structural Genomics Research : Activity of Protein Structure Analysis in RIKEN

理化学研究所 播磨研究所 播磨研究推進部 RIKEN Harima Institute Harima Research Promotion Division

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1.ポストゲノム期の構造ゲノム科学研究
 昨年6月、米国クリントン大統領は英国ブレア首相と共に、国際ヒトゲノム計画(HUGO)とセレーラ・ジェノミクス社がヒトゲノムの概要解読を終了したとの発表を行った。さらに今年2月には、”Nature”、”Science”に、それぞれ国際ヒトゲノム計画およびセレーラ社のゲノム解読に関する論文が掲載された。こうした中、世界的にはゲノムの中に含まれる遺伝情報の解明を目指すポストゲノム研究への関心が高まってきた。とくに、遺伝情報の産物であるタンパク質の構造と機能を解明することは、生命の営みを理解する上で重要なだけでなく、疾患の原因解明や診断・治療法の開発にも大いに期待されている。そのため、世界各地の大学・研究機関で大規模な構造ゲノム科学研究の計画が立案、着手されようとしており、製薬企業等においてもタンパク質の立体構造をもとにした医薬品の開発に本格的な取り組みがなされようとしている。


2.世界における動向
 昨年1月、OECDの政策委員会CSTP(Committee for Scientific and Technological Policy)において、構造ゲノム科学分野における国際協調について検討する提案がなされた。これを受け、昨年6月にイタリアのFlorenceにおいて行われたOECDグローバルサイエンスフォーラムの構造ゲノム科学ワークショップでは、各国政府が構造ゲノム科学に関心を持つ必要があることが指摘されたほか、研究者コミュニティーの取り組みを補完するために政府間の協調が必要であることなどが合意された。
 また、昨年4月に英国のHinxtonで行われた第1回国際構造ゲノム科学会議では、構造決定データの公表について、学術雑誌に掲載すると同時に公開することが合意された。また、構造決定の質を確保するための数値基準、解析対象タンパク質に関する解析進捗状況把握、解析データの登録などの技術的問題を検討するため、各課題ごとにタスクフォースが設けられ、同年11月の横浜での構造ゲノム科学会議(ICSG2000)において、タスクフォースについての議論がなされた。
 さらに、今年4月にバージニアにおいて第2回国際構造ゲノム科学会議が開催され、公的助成を受けた構造ゲノム科学プロジェクトでは構造決定完了後、そのデータをPDB(Protein Data Bank)に即時登録すること、データ公開まで最大6ヶ月の猶予期間を認めることが合意されるとともに、解析対象の重複を避けるために情報交換や解析の進捗状況を示すサイトを立ち上げることも合意がなされた。
 以上のような国際協調の流れの中で、各国の構造ゲノム科学研究における取り組みも活発なものとなってきている。
 アメリカでは、国立衛生研究所(NIH)の付属機関である国立総合医科学研究所(NIGMS)が、昨年9月より本格的かつ大規模なプロジェクトの可能性を探るためにパイロットプロジェクトをスタートさせ、7グループを認可して、10年間で10,000個のタンパク質を構造決定し、かつハイスループット解析の技術開発を促進する施策を開始した。今年は、この7グループに加え、新たに2〜3のグループが認可される予定となっている。
 またフランスでは、パスツール研究所において結核菌等の病原微生物のタンパク質構造解析を行うプロジェクト、IGBMC Illkirchにおいてヒトを中心とした真核生物を対象とした構造解析を行うプロジェクト、Universite Paris-Sudにおいて酵母のタンパク質構造解析を行うプロジェクトが、それぞれ公的資金を受けて進行中である。
 ドイツでは、公的資金のもとに、ヒトタンパク質を対象にしたハイスループット解析技術の開発を行うプロジェクトが実施されている。
 イギリスではウエルカム財団によるコンソーシアムが立ち上がり、大手製薬企業を巻き込んで研究を推進しようとしている。


3.日本における動向
 我が国は、ヒトゲノム解析における体制の立ち上げの遅れ等の理由から、解読の貢献度が6%という寂しい結果となっているが、タンパク質の構造解析は産業に直結するということもあり、ここ数年の間に世界に先駆けて構造ゲノム科学研究分野に対する支援施策を次々に立ち上げている。具体的には、文部科学省(旧文部省)は、平成12年度予算においてバイオサイエンス、ITに関連する特定の研究領域の機動的かつ効果的推進を図るため、科学研究費補助金「特定領域研究C」の強化を行い、さらに平成13年度予算において文部科学省は「日本新生プラン」の特別枠により構造ゲノム科学研究分野の強化を図った。
 さらに、経済産業省(旧通商産業省)等においても、表1のとおり様々な施策を実施し始めている。
 一方、産業界においては、とくに製薬・化学業界で構造ゲノム科学研究に関わる取り組みが活発なものとなってきている。


表1 各省庁における構造ゲノム科学関連の取り組み




 その例として、日本製薬工業協会の募集による製薬業界22社の参加企業からなるタンパク質構造解析コンソーシアムは、本年度末までにSPring-8に専用ビームライン(BL32B2:創薬産業ビームライン)を建設し、創薬の研究開発を目指そうとしている。(本件については、本誌Vol.6 No.3(2001)207に計画の詳細が記載)


4.理化学研究所の取り組み
 理化学研究所は、タンパク質構造生物学的な研究を既に各研究室において個別的に行っていたが、1990年後半のポストゲノムという世界的な潮流を先取りしたプロジェクトとして1997年から「タンパク質基本構造解明プロジェクト」(現横浜研究所ゲノム科学総合研究センター:横山プロジェクトディレクター)及び「ストラクチュロームプロジェクト」(播磨研究所ストラクチュロームプロジェクト:倉光チームリーダー)を発足させ、全所的な取り組みを始めた。
 1998年10月に開所した横浜研究所ゲノム科学総合研究センターでは、世界最高規模のNMR(Nuclear Magnetic Resonance)を40台設置し、タンパク質の立体構造解析及び機能研究を行い、一方播磨研究所ではNMRによる解析が困難なタンパク質(例えば30Kdaを超えるタンパク質)について、SPring-8を用いたX線結晶解析手法により立体構造解析及び機能研究を行う。
 ポストゲノムという国際的な研究開発競争の中で、本年4月1日よりタンパク質の大量高速構造解析を目指すハイスループットファクトリー(宮野ファクトリー長)を播磨研究所に発足させた。このハイスループットファクトリーでは、多種類のタンパク質の結晶化を行うために、横浜研究所のパイロットスクリーニングで開発した発現条件を導入して、Se-Metラベルタンパク質を大量発現し精製、結晶化条件の探索、結晶スクリーニング、結晶化を行うととともに、これらの過程を限りなく効率化(ハイスループット化)することを目指した自動結晶化ロボット等関連機器の開発を進めて行く。また大量に作成したタンパク質結晶の構造解析を行う構造ゲノム専用ビームライン(偏向電磁石ビームライン)2本は、既設の構造生物学ビームライン(BL45XU)と同様に、精度の高い回折データを短時間のX線照射で取得できるように、多波長異常分散法(MAD:Multiwavelength Anomalous Diffraction)に特化した仕様としており、さらに実験ステーションおいても自動結晶測定装置、大型高速IP(Imaging Plate)やCCD X線検出器の開発設置等ハイスループット化を図る計画である。
 ハイスループットファクトリー専用建物及び構造ゲノム専用ビームライン(BL26B1,B2)は、本年度末には完成する予定であり、これら施設・設備の完成とともに本格的にタンパク質の大量高速解析を開始する。
 また、播磨研究所及び横浜研究所ゲノム科学総合研究センターに係る構造ゲノム科学研究を円滑かつ効率的に行うため、構造プロテオミクス研究推進本部(RSGI:RIKEN Structural Genomics / Proteomics Initiative)を平成13年4月1日に設置し、構造ゲノム科学研究の総合的な取り組みを一本化した。
 構造ゲノム科学研究は熾烈な国際競争となりつつあり、その大勢はこの4〜5年で決まってくるものと推測される。
 そのため、播磨研究所では、構造ゲノム科学研究について産業界・大学・研究機関等とも積極的に連携を図りつつ推進して行く。







理化学研究所 播磨研究所 播磨研究推進部
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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