Volume 06, No.4 Pages 266 - 270
1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
SPring-8の利用拡大の取組みについて
Application Promotion of SPring-8 in Many Fields
(財)高輝度光科学研究センター 所長室 産業利用グループ 参事 JASRI Industry Support Group of Director's Office, Director
1.はじめに
1997年10月、SPring-8の供用が開始され、以来、4年近くが経過し、共用ビームラインは稼動中20本、調整・建設・計画中5本となり、本格的利用が進められている。
これに対し、過去1年間(2000B、2001A)の利用研究課題は、申請総数1082件、利用実績が791件で、課題選定委員会によって採択された課題は73%である。
ところで、SPring-8は当初から産業利用を目標のひとつとして建設が始められたものであり、上記の過去1年間の利用研究課題に対して産業界からの申請数は64件で、利用実績が55件と、利用実績総数にしめる産業利用実績の割合が7%と、欧米の20~30%(産学協同課題も含めて)と言われている数字に比べて少ない。また、産業界からの申請数も申請総数の6%と少なく、量・質の両面における進展が必要である。
したがって、学術研究、産業応用研究において、より多くの課題の中から優れた課題を選び、優れた成果を上げていくためにも、さらなる利用者の拡大が必要と思われる。
ここでは、はじめに、産業利用拡大のための「産業利用ビームライン(BL19B2)の運用」について述べ、「講習会・研修会・サマースクールの開催」、「利用支援の体制」など全般的なSPring-8利用者拡大への取組みについてまとめた。これらの概要については、既に、利用者情報に書かれているが、改めて具体的な方策などについてまとめたものである。
2.産業利用ビームライン(BL19B2)の運用
国際競争力の激化に伴い、企業には真にオリジナルな製品、コンペチタブルな製品や生産技術、問題解決のための分析評価技術が要求されている。このような状況下で、放射光利用により、高度な技術が取得でき、問題解決に有効に違いないという期待があるものの、放射光および放射光利用についての理解力が不足し、高度な技術に対応できないのではないかという不安があり、経済状況の悪化から放射光利用に金や人材を投入できない、というのが企業のおかれた状況であろう。
この度建設された「産業利用ビームライン(BL19B2)」は、共用ビームラインのうちの一本であるが、上記のような産業界のSPring-8利用を促し、良い成果を上げることで産業界の活性化につながるよう、平成12年度から準備、始動を経て、現在、本格的な立上調整が行われている。
本ビームラインでは、評価手法として、産業界利用として汎用的な、「XAFS」、「X線反射率解析」、「蛍光X線分析」、「粉末X線回折」、「多軸X線回折」が実施できる機器を装備することになっている。なお、試験設備としては、図1に示すように、3つの実験ハッチがあり、各評価手法のための機器は、当面、図1に示す蓄積リング棟内のふたつのハッチに収められる。蓄積リング棟外の3つ目のハッチは、ユーザーの実験設備の持込みに対応することが考えられている。各評価手法は、習熟度が十分ではないユーザーにも使い易いように自動化などが進められる予定である。
図1 産業利用ビームライン(BL19B2)
本ビームラインの運用スケジュールは、今のところ、図2に示すようになっていて、需要の多いと思われるXAFSから、機器設置、立上調整が行われているところで、2002AからXAFSは本格使用され、通常の課題申請に対応することになる。以後、順次、各実験機器の立上調整が行われ、フル稼働は2002Bからとなる予定である。
図2 産業利用ビームラインの利用計画
本ビームラインの運用基本方針は、特に、産業利用のニーズに沿った課題を円滑に実施するため、
(1)使い易く、技術支援が十分であること
(2)タイミングよく利用できること
としている。この運用の骨子は、SPring-8産業利用促進有識者会議とそのワーキンググループであるSPring-8産業利用促進検討部会により、産業界の意見を反映して作成され、諮問委員会にはかられたものである。以下に、答申の主な項目について述べる。・対象となる利用課題
本ビームラインで実施する利用課題は、「産業界に資する」という目的から、産業界からの申請、または産官学共同の申請が主と考えている。
・申請課題の審査、選定
本ビームラインは共用ビームラインのひとつであるので、利用課題の審査は、基本的に現行の制度に準拠して行われる。そこで、産業利用の意義を明確にして課題を審査するために、課題選定委員会の中に、「産業利用分科会」が設置された。分科会委員には、産業界の事情に精通している産・学界の有識者にお願いした。
本ビームラインは、コーディネータとその技術支援グループが立上調整を行うが、立上調整に際し、協力者や立上課題を公募する予定で検討している。たとえば、XAFSについては、この8月から公募し、10月には、「産業利用分科会」で決定される予定である。
なお、通常利用の時期になれば、現行の「利用研究課題選定の基準」において、特に、
・期待される研究成果の産業基盤技術としての重要性及び発展性
・研究課題の社会的意義及び社会経済への寄与度に重点を置いた審査が行われる。
・公募回数
課題の公募は、他のビームラインと同様、2回/年を基本とするが、産業界の多様な課題を実施するため、各運転サイクル毎に留保枠を設け、その範囲内で、公募回数を増加させるなど、「産業利用分科会」が機動的、弾力的に運用することで、緊急の課題への対応やタイミング良く利用できるように考えている。
・ビームタイム配分
ビームタイムの配分は、以下の3つの枠に区分する。
①通常課題申請枠 :50%程度
(課題選定分科会での採択課題を実施)
②産業利用分科会留保枠 :30%程度
(課題選定分科会がコーディネータと協議して、
各サイクル毎に採択した課題を実施。上記、①、②の合計が全体の80%となるようにする)
③JASRI留保枠 :20%
(緊急課題、成果専有課題、成果専有時期指定課題、手法の開発、装置の高度化研究など、他の共用ビームラインと同様に実施)
①、②の枠は状況に応じて、適宜、見直すことになっている。
特に、②の産業利用分科会留保枠は本ビームラインの特徴で、タイミング良く実施しなければならない課題、試験的・予備的な実験(トライアル課題)、産業界に共通する先導的なテーマの共同研究、プロジェクト研究での継続的な利用、研修会、いくつかの実験手法を用いて多方面から評価アプローチを行う研究課題など、多用なニーズに応えることができるよう検討中である。
以上の運用のより具体的案(例えば、申請書フォーマットの一部変更など)策定や今後考えられる事態への対応にあたっては、産業利用分科会が中心となり、BL19B2を運用しつつ諮問委員会、SPring-8産業利用促進有識者会議の議論を通じて、継続的に検討、決定される。
3.講習会・研修会・サマースクール
SPring-8が利用フェーズに入ったといっても、その認識は良く使っているユーザー間でのことであり、まだまだ広く知られているわけではない。特に、大学の工学系部門や産業界においては、SPring-8を利用しうる潜在ユーザーが多いと思われる。最近では、コーディネータを含めて産業利用に関連するJASRIのメンバーが、各種学協会や研究会でSPring-8のPRを行っているが、その度に数件の問い合せがある。しかし、このような方法のみではいかにも効率が悪いので、H12年度から未知のユーザーやX線の利用経験の少ないユーザー(初心者)を対象に講習会を実施、産業界を含めた一般の潜在ユーザーの顕在化を行っている。
H12年度、H13年度は良く使われる材料分析の手法を解説することを中心に、初心者を対象として開催している。H12年度では、SPring-8利用経験者向けの講習会も含め、300人弱の参加があった。さらに、H13年度では、地域連係型とし、地域の大学、業界、SR施設(施設計画)に呼びかけ、相乗的効果を図ることにしている。各地の小規模SR施設との連係はSPring-8との機能がすみわけられ、佐賀県シンクロトロン計画との連係講習会は予想以上の関心を呼んだ。表1はH13年度の講習会予定である。
表1 SPring-8講習会の予定
表2 SPring-8研修会の予定
このようなユーザーの利用拡大は常に必要と思われるが、講習会のような施策はその性格を段階的に変えていく必要がある。H14年度からは、テーマを設定し解析実習を含む実践型講習会を中心に実施する予定で、ユーザーの自立支援、早期の成果獲得に結び付けていく。
一方、X線評価・分析のより進んだユーザーに対しては、新規の課題申請にあたって、実験設備のハンドリングを習熟させるため、実際にビームラインを使った研修会を開いている。H12年度では、蛋白質の結晶解析を中心にXAFS、CT、粉末回折など9回の研修会を開き、約140名が受講した。今後も、社会的関心が高まりつつある分野をタイミング良く取入れ、経験ユーザーを拡大していく。
表2はH13年度の研修会の予定である。実際のビームタイムを使う関係および開催を課題申請時期に合わせることで開催時期が集中している。
さらに、H13年度から、若手の研究者、特に、学生、院生を中心に、姫路工業大学の協力でサマースクールを企画している。サマースクールは、9月5日~7日に行われる予定であるが、放射光の原理から、粉末X線回折、蛍光X線分析、蛋白質構造解析、軟X線分光を中心に、講義・実習、研究者との交流が図られるようになっていて、若い研究者予備軍にSPring-8の魅力を十分に味わってもらうことになる。
このような、講習会・研修会・サマースクールの公募等に関しては、SPring-8のホームページに記載されているので、関心をお持ちのかたは、お見逃しのないようにしていただきたい。
4.利用拡大のための組織とその対応
SPring-8が利用フェーズに入り、H13年度からかなりのビームタイム増加が計画されている。これに対して、JASRIの支援を効率的に行うために、ビームライン仕様や研究分野をグループ化することで、放射光研究所組織の再編が行われたが、それに伴って、図3に示すように、産業利用促進を含めて利用拡大、支援のための体制が作られた。これによって、ユーザーと施設とのコーディネート、技術支援、企画・立案の、それぞれの部所が一体となって、これまで述べてきた諸施策を推進することが可能となった。
さらに、SPring-8の課題申請では、欧米で盛んな産学協同利用が少ないようなので、研究機関、学協会に積極的に働きかけている。たとえば、日本機械学会は産学協同で「放射光応力評価研究分科会」を立上げ、これにJASRIも加わり、産官学協同で2001Bの課題(大学からの申請であるが、企業、JASRIが共同研究者)を5件程度申請するに至った。同様の試みを電気学会や研究産業協会等に行っている。
図3 SPring-8利用支援体制
このようなJASRIの組織的な活動に加え、重要なのは、利用者とのface to faceの対応である。従来から、SPring-8のPRに対して、産業界から数件/半年くらいの個別問合せがあったが、コーディネータなど体制が整備された以後、30社からの技術問合せ、数10社からの見学希望があり、それぞれに丹念に対応して、JASRI技術支援者と共同で、10数件の2001B課題申請に至っている。
こうした新たなユーザーを生み出した背景には、H12年度の講習会・研修会開催時の利用相談会、参加者へのアンケートなどに基づき、企業、学協会、大学など50件に対し、コーディネータを中心に利用支援のチームが積極的に働きかけたという、地道な努力があった。
同じような働きかけで、次回課題申請、10数件を検討中である。
なお、産業界ユーザーは担当者がその都度変わることが多く、その支援には課題あるいはテーマ毎対応が必要である。一方、大学ユーザーにおいては、学生は変わっても、主要な研究者は変わらず研究ノウハウは蓄積していくので、初期の段階だけ支援が必要など、多様なユーザーへの対応が重要となっている。
現在、JASRI利用支援チームとユーザーとの情報交換用にSPring-8のホームページからアクセスできる利用支援のためのホームページ、さらには研究者間のネットワークを構築中である。関心のある方は問合せいただきたい。さらに、個別研究者にたいしては、SPring-8利用者懇談会に産業応用研究会を作ることが検討されている。今後の展開を期待していただきたい。
5.終わりに
以上、SPring-8の利用拡大に関わる諸施策の現状での取組み状況について述べた。
今後考えられる課題としては、産業利用ビームラインの自動化など実験効率化、競争的外部資金を導入した産官学共同プロジェクトの立上げ、受託研究などが上げられる。これらに対しても、利用支援の体制を活用し、ユーザーのニーズに添う形で支援していきたい。
ここで述べたユーザー支援の取組みは、我々が常にユーザーと接することによって、その要望を反映してきたものであるが、今後も、産業利用を含めてSPring-8を使ってもらう皆様方に優れた利用成果を上げていただくため、常にユーザーオリエンテッドのよりよいシステムを作っていく必要がある。ユーザーの皆様方の積極的なご意見を期待しています。
古池 治孝 HARUTAKA Koike
(財)高輝度光科学研究センター
放射光研究所 所長室 産業利用グループ
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