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Volume 06, No.3 Pages 202 - 206

3. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

構造ゲノムビームライン(BL26B1/B2)の計画
Conceptual Design of BL26B1/B2

山本 雅貴 YAMAMOTO Masaki[1]、後藤 俊治 GOTO Shunji[2]、竹下 邦和 TAKESHITA Kunikazu[2]、石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya[3]

[1]理化学研究所 播磨研究所 RIKEN Harima Institute、[2](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門 JASRI Beamline Division、理化学研究所 播磨研究所、[3](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門 RIKEN Harima Institute/JASRI Beamline Division

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1.はじめに
 平成12年度補正予算により、理化学研究所は2本のハイスループットタンパク結晶構造解析用偏向電磁石ビームラインを整備することになった。本稿は計画段階での概念設計報告書となることを意図して準備されたものである。これらのビームラインは今後のハイスループット構造解析の魁の役割を果たすべきものであり、また既に計画が進んでいる専用ビームライン(創薬産業ビームライン)[1]や、既設のタンパク結晶構造解析用ビームラインとの共通性・互換性も考慮して、SPring-8標準コンポーネントをベースとした全体設計が進められている。
 本稿は、各担当者が準備した原稿を石川の責任で繋ぎあわせたものであり、「ビームラインの構成」を後藤、「実験エリアとユーティリティ」を竹下、「実験ステーション」を山本が担当し、その他の部分と全体の平仄を合わせる作業を石川が行った。従って、各項目を各々独立な読み物として読んで頂ければ幸甚である。 
 
2.ビームラインの構成
 構造ゲノムビームラインは標準的な偏向電磁石ビームライン構成に基づいており、個々の要素に関する基本的な考え方は既に文献[2, 3]に示した通りである。フロントエンド、制御・インターロックについてはこれらを参照されたい。ここでは、光学系を中心にビームラインの構成について述べる。
実験ホール全体を見渡し偏向電磁石ビームラインが建設可能な残りわずかな候補地のなかから、光学系として全く同等の2本の偏向電磁石ビームラインを建設することが可能な場所を検討した結果、 BL26B1、B2を選択することになった。いったん場所を決めてしまうと、あとは隣接するビームライン、 すなわちBL25SU、BL27SUの2本の軟X線ビームラインにはさまれた場所において、いかにできるだけ等価な2本のビームラインをレイアウトするかが主な課題となったが、幸いR&DビームラインⅢ(BL38B1)を雛型とし、多少の修正をすることにより図1に示すように光学系として全く同等の2本のビームラインを配置することができた。図1には現れていないが、BL26B2の光学ハッチと実験ハッチの間、 および、実験ハッチの下流側からBL27SUの光学ハッチへのアクセスが可能になるようにしている。また、BL26B1の光学ハッチと実験ハッチを分離することによりBL26B2の光学ハッチへのアクセスを可能にしている。 
 
 
 
図1.BL26B1、B2のビームライン構成 
 
 光学系は標準的な偏向電磁石ビームラインのものであり、特にBL38B1と同様の光学系を採用している[4]。なお、本誌本号で別途紹介される創薬産業ビームラインBL32B2[1]もほとんど同様のビームライン構成である。
 偏向電磁石ビームライン用標準二結晶分光器においては、主としてSi 111反射により単色X線を得ることになる。
 光源から40m付近には高調波除去および集光を目的としてミラーが設置される。ミラーは、長さ1m、 サジタル曲率半径70mmのシリンドリカルミラーであり、母材は石英でコーティングはRhである。偏向方向は下向きで、湾曲機構により子午線方向に曲げ二次元的に集光する。BL38B1と同様に、約8m離れた光学ハッチと実験ハッチの間は、通常の偏向電磁石ビームラインよりひとまわり口径の大きなICF203規格のシールド真空パイプによって接続し、 真空パイプを動かすこと無しに、ミラーを退避させたストレート光から視射角5mrad(偏向角10mrad)の反射光まで通すことを可能にしている。光学系の立ち上げ調整後は、視射角を3.6mradに固定し、カットオフエネルギー18keVとして使用する予定であり、この場合焦点位置はほぼ実験ハッチの中央(光源から約52.5m)になる。
 なお、このビームラインで利用可能な最大水平取り込み角は1.5mradであるが、シリンドリカルミラーを用いた場合には、有限のミラーサイズのために水平、垂直方向ともにアクセプタンスが制限される。 簡単な見積もりにより水平方向のアクセプタンスは0.7mrad程度になる。

3.実験エリアとユーティリティ
 SPring-8における硬X線ビームラインでは、輸送チャンネル機器、試料等で散乱された放射線を法的ならびにSPring-8放射線障害予防規定によって定められた許容線量以下に遮蔽するために、ビームライン全体を放射線遮蔽ハッチで覆うことが原則となっている。隣接ビームラインとの境界条件およびハッチ自身の設計における基本的な原則は共通化されているが、個別ビームラインのハッチは、ビームラインの構成、実験ステーション機器およびビームライン周辺の実験エリアなどを考慮して設計される。
 BL26B1とBL26B2のハッチは一体化し設計され、一部の光学ハッチは共通の壁パネルを有している。共に光学ハッチと実験ハッチを分離型とし、その間から隣接ビームラインのハッチへのアクセスが可能である。
 設計、製作を容易にするためにBL26B1とBL26B2の仕様は可能な限り同等とした。以下に述べる実験ハッチの主な仕様はBL26B1とBL26B2で共通である。 
 

寸法
ハッチ内寸とはハッチパネル内面からの距離を示し、補助遮蔽体、アングル材などの突起物は含まない。 
 

実験ハッチ長さ (内寸) 5 m
実験ハッチ幅 (内寸) 3 m
実験ハッチ高さ (内寸) 3.3m

 
入退室扉

ハッチ自動扉制御方法については、これは、手動操作時の必要動作力、開閉スピード調整の容易さ、および安全性などの観点から電動モーター制御を採用している。また自動扉電気錠についても、振動による実験への悪影響をさけるため、DCソレノイドを採用している。  
 

実験ハッチ入退室扉組数 1組
入退室扉位置 ハッチ下流側、ホール側
上記入退室扉種類 2枚組スライド外扉、
上流側手動、下流側自動
上記室扉開口部有効 2m幅×2.3m高以上

 
ケーブルダクト

各ハッチにつき2箇所の天井部ケーブルダクトは、安全系インターロック用ケーブル、ユーティリティ類用であるため、実験には使用できない。 
 

実験ハッチ天井部ケーブルダクト個数 5
実験ハッチ側面ケーブルダクト個数 2

 

電力
電気配線は、原則として実験系と光学系、制御系は独立にクラスター化させ、実験系には漏電遮断ブレーカーを使用している。

設置場所 種   類 数量
実験ハッチ内 200V系コンセント盤 1ヶ所
実験ハッチ内 100V系コンセント 1ヶ所
実験ハッチ外 100V系コンセント 2ヶ所

 
冷却水および圧空ポート

設 置 場 所 数  量
実験ハッチ内 1ヶ所

 
4.実験ステーション
4-1.構造ゲノムビームラインの役割

 タンパク質は遺伝子情報をもとに作り出される生命現象の基本単位であり、その機能を解明することが生命現象を解明するためには必要不可欠である。また、ヒトゲノムやイネゲノム計画により、多くの生物種の全遺伝情報が明らかにされつつある。構造ゲノム研究では、ポストゲノム計画の一つとしてゲノム解析により得られた膨大な遺伝子情報からの最終生産物であるタンパク質の立体構造を網羅的に解析する事を目標にしている。多くのタンパク質について立体構造情報の蓄積を進めることにより、タンパク質の機能発現機構を明らかにし生命現象に対する理解を深めるだけでなく、将来的にはその機構に直接作用するような合理的な医薬品開発などを可能にする。
 構造ゲノムビームラインは、簡便に膨大なタンパク質の立体構造を解明することを目的に、最も効率よく迅速にタンパク質結晶の回折強度測定を実行可能にする。結晶構造解析法には、タンパク質サンプルの結晶化や結晶構造解析における位相問題など難関が予想される。構造ゲノム研究では迅速・簡便な結晶化スクリーニング法の適用が予定されており、今後の研究成果が期待されている。X線回折強度の位相問題では、放射光利用技術の発展に伴い、多波長異常分散法(MAD:Multiwavelength Anomalous Diffraction Method)による位相決定が一般的に利用される様になってきた。MAD法は異常散乱子を含む1個の結晶からの複数波長の回折強度データにより位相決定を行うものであり、結晶の同型性などの系統誤差を排除して高分解能での位相決定を可能にする。現在、MAD法は金属蛋白質や良質の重原子誘導体結晶を主な対象としているが、構造ゲノムビームラインではさらにセレノメチオニンを導入したタンパク質結晶との組み合わせにより、構造未知タンパク質の位相決定のルーチン化を予定している。
 図2に実験ステーションに設置する自動回折計の概念図を示した。実験ステーションには構造ゲノム研究において必要不可欠な膨大なサンプルを管理しながらハンドリングする凍結結晶サンプルチェンジャーを中心とした大量サンプル管理システムを導入する。また、回折強度データ収集の効率を最大化するために、高速検出器および結晶の測定方位を最適化することが可能なκゴニオメータを設置する。 
 
 
 
 
図2.自動回折計の概念図(詳細は本文参照)

4-2.大量サンプル管理システム
 構造ゲノム研究では、ゲノム解析により得られた遺伝子情報から生産された膨大な数のタンパク質サンプルを間違いなく管理しながら、結晶化しハンドリングして放射光ビームラインでの回折強度データ収集を行う必要がある。また、その膨大な収集済み回折強度データについても管理・保存しながら以降の解析を迅速に進めるために、データベースを基本とした大量サンプル管理システムが必要不可欠である。
 構造ゲノムビームラインでは、大量サンプル管理システムのハードウェアーの中核となる自動サンプル結晶交換用の凍結結晶サンプルチェンジャーを開発して、実験ハッチに設置する。現在凍結結晶のマウント・保存にはマグネットとクライオバイアルを使用した、クライオマウントシステムが一般的に使用されている。しかし、これはサンプルチェンジャーで使用するにはサンプル交換時の信頼性が乏しく、試料結晶毎に個別のバイアルを使用するため大量サンプル管理ではより効率的な形状を持ったマウントおよび保存用の結晶マウントピンの開発が重要である。構造ゲノムビームラインへの導入を目標として、自動結晶マウント時の信頼性向上のため、専用の結晶マウントピンの開発を進めている。その形状はクライオバイアルより小型の物とし、保存用ラックに複数個(5×5個程度)を同時にマウントした状態で保存・運搬し、自動データ収集に使用することで、大量サンプル結晶の効率的な管理・測定を可能にする。これにより、実験ハッチの入退室を行うことなくビームラインにおける大量の試料結晶の評価・検討を効率的に行うことができる。また、評価・検討結果に従って複数の結晶についてのルーチン化された自動データ収集を可能とする。

4-3.自動回折計
 自動回折計は、サンプルチェンジャーに対応した結晶試料用ゴニオメータ、入射光成型制御部、2つタイプの異なる2次元検出器と架台から構成される。本装置は、タンパク質結晶構造解析実験での振動写真法による回折イメージ撮影に使用する。結晶試料用ゴニオメータはκ-ジオメトリーを採用し、遠隔操作によりモザイク型CCD検出器および高速イメージングプレート検出器を切り換えて使用できる機構を採用する。これにより、任意の方位でマウントされたタンパク質結晶から、測定方位や使用検出器について最適な測定条件において、高分解能の回折強度イメージを記録できる。高輝度放射光下でのビームライン実験において、タンパク質結晶では放射線損傷を最低限に抑えながら、高いシグナル/ノイズ比の回折強度測定を可能にするため、任意のビームサイズに整形するための2台の4象限スリットと高速ビームシャッターを入射光成型制御部に採用する。全てのデータ収集は凍結サンプルについて100Kでの強度測定を行うため、窒素吹きつけ低温装置を設置している。MAD法による位相決定を予定している試料結晶の評価・検討用に吸収端測定用蛍光XAFS測定系も回折計に組み込まれている。
 タンパク質結晶ではそのX線回折能・格子定数・放射線損傷に対する耐性などの違いから、結晶毎に検出器に対する要求仕様が異なったものとなる。そこで、高速性を重視したモザイク型CCD検出器と高ダイナミックレンジ・大検出面積を特徴とする高速イメージングプレート検出器の2つの異なるタイプの2次元検出器を採用する。モザイク型CCD検出器は有効検出面積が210×210mm2、ピクセルサイズが51×51µm2の2×2モザイク型検出器である理学電機製のJupiter210を採用した。本検出器では、最高1時間あたり250イメージ以上の連続データ収集が可能である。また、高速イメージングプレート検出器には、有効検出面積400×400mm2、ピクセルサイズ100×100µm2を1分以下で読み出し可能な理学電機製のR-AXIS Vを採用した。両検出器ともに画素数は4000×4000pixelsを標準としており、1イメージあたりのデータ量は32MBと巨大なものであり、最終的な自動データ収集結果の保存およびデータ処理は構造ゲノムビームラインと高速ネットワーク接続されたハイスループットファクトリーの大規模高速データ処理システムによって行われる予定である。
 本ビームラインの実験ステーションは、最終的に膨大な数のタンパク質結晶を、最高の効率で迅速に回折強度測定可能にする。平成13年度中に大量サンプル管理システムや自動回折計の開発・製作を行い、平成14年度からの試験運転開始をめざしている。

5.おわりに
 ここで紹介した構造ゲノムビームラインは、基本構成として既存のBL40B2およびBL38B1と殆ど同等なものである。また、BL32B2に建設が計画されている専用ビームライン(創薬産業ビームライン)も基本的には同一の構造を持つ。本ビームラインでは、SPring-8に於けるビームラインオートメーションの端緒となるべく、実験ステーションでの試料まわりに新機軸を打ち出している。このことによって、大量のタンパク質結晶のハイスループット解析を可能とする。
 本ビームラインのハッチ建設は夏のシャットダウン中に開始し、11月中に終了する予定である。また、コンポーネント類は全て年内には揃い、年明けから組立作業を開始し、2月中にメカニカルな部分は全て完成する。3月に、インターロック系、制御系、実験ステーション装置が完成し、年度明けからの試験調整運転を予定している。

参考文献
[1]西島和三他:SPring-8利用者情報Vol.6,No.3(2001).
[2]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol.4,No.3(1999)53〜64.
[3]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol.4,No.4(1999)7〜15.
[4]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol.5,No.2(2000)104〜107. 
 

山本 雅貴 YAMAMOTO  Masaki
理化学研究所 播磨研究所
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2815 FAX:0791-58-2816

後藤 俊治 GOTO  Shunji
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802×3840 FAX:0791-58-0830

竹下 邦和 TAKESHITA  Kunikazu
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802×3845 FAX:0791-58-0830

石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya
理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
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e-mail:ishikawa@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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