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Volume 06, No.3 Pages 193 - 197

2. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

分光分析ビームライン(BL37XU)の計画
Conceptual Design of BL37XU

後藤 俊治 GOTO Shunji[1]、竹下 邦和 TAKESHITA Kunikazu[1]、早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro[2]、石川 哲也 ISHIKAWA Tetsuya[3]

[1](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門 JASRI Beamline Division、[2]広島大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Hiroshima University、[3](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門、理化学研究所 播磨研究所 JASRI Beamline Division/RIKEN Harima Institute

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1.はじめに
 平成12年度補正予算により、新しい共用ビームラインとして分光分析ビームラインの建設が開始された。このビームラインは、既存のBL39XUに併設されていた分光分析実験ステーションを独立させ新たな展開を図ることを目的としたものであり、設置場所としてBL37XUが選定された。本稿は、計画段階での概要を紹介することを意図して準備されたものである。本ビームラインの基本的構成はSPring-8標準X線アンジュレータビームラインであるが、新たな試みとして一枚振り結晶分光器による高エネルギーX線利用ブランチを併設した。これは、近い将来に建設を計画している高エネルギーX線利用ビームラインのR&D的性格も持つものである。
 本稿は、各担当者が準備した原稿を石川の責任で取纏めたものである。「ビームラインの構成」を後藤、「実験エリアとユーティリティ」を竹下、「実験ステーション機器」を早川、その他の部分を石川が担当した。このため、表記等に不統一が残っていることを畏れるが、読者のご寛恕を頂きたい。

2.ビームラインの構成
 分光分析ビームラインBL37XUは標準真空封止アンジュレータ(周期長32mm、周期数140)を挿入光源とするアンジュレータビームラインで、これに続くフロントエンド部も標準アンジュレータ用フロントエンドとなる。挿入光源およびフロントエンドの概要については文献[1、2]を参照されたい。
 光学系・輸送チャンネルを中心としたビームライン構成は図1に示す通りである。このビームラインの特徴は、新たな試みとして、標準的なX線アンジュレータビームライン構成(標準ブランチ)に加えて、結晶1枚振りの高エネルギーブランチを設けたことである。
 
 
 
図1 BL37XUのビームライン構成
 
(1)標準ブランチ
 いわゆる標準型であり、標準型二結晶分光器とタンデムの水平偏向ミラー調整機構により主要光学系が構成される。これは、表面界面構造解析ビームライン[3]とほぼ同様の光学系である。
 二結晶分光器は、水冷のピンポスト結晶を回転傾斜配置において用いる標準アンジュレータビームライン用二結晶分光器を導入することになるが、今後の状況により循環型液体窒素冷却装置の導入の可能性も検討されている。
 ビームの水平方向の集光と高調波除去を目的として水平偏向のミラー調整機構が2台タンデムに設置される。これにより二結晶分光器からのストレート光およびそれに平行な反射光を選択して利用することが可能になる。ミラーは長さ700mmのもので、 視射角はおよそ2〜10mradの範囲で選択可能である。ストレート光と反射光のずれは最大で27mmと視射角に依存して変化するため、ミラー調整機構より下流はICF152規格のコンポーネントを用いてビームの平行移動に対して余裕をもたせている。場合によって実験ステーション機器はミラー視射角に依存して水平方向に追随できるような併進機構が必要になる。ミラー本体は、コーティング材としてPtとRhの2種類を塗り分けた石英平面ミラーであり、光軸に直角方向の併進機構によりコーティング材を選択し使用するエネルギーによって使い分けることができる。ミラー調整機構はベント機構を備え、水平方向の集光が可能である。
 実験ハッチは2つあり、ハッチ選択は通常のタンデムハッチの取り扱いにしたがう。輸送チャンネル終端のベリリウム窓から各実験ハッチの機器まではかなりの距離となり、真空パイプもしくはヘリウムガスのビームパスが必要になる。Heガス置換可能な真空パイプ類、カプトン窓、および架台類については基本セットを用意しているが、実験ステーション機器との取り合いに応じては、さらに専用ものを別途用意する必要がある。
 

(2)高エネルギーブランチ
 図1に示す通り、標準二結晶分光器の上流側にブラッグ角1.5度の一枚振りの高エネルギー分光器を設置し、偏向角3度にて水平方向に蓄積リング寄りに偏向し、実験ハッチ1まで導く。分光器の構造はBL04B2のものと似ており[1]、長さ700mmの水平偏向ミラー調整機構をベースにしたものになる。 当面Si 111反射が用いられ、フォトンエネルギー 75.5keVの高エネルギーX線が取り出される。アンジュレータの十数次のピークをこのエネルギーに合わせるように適当にアンジュレータギャップを調整することになる。

 標準二結晶分光器において333反射を用いて75.5 keVのX線を取り出した場合と比較してみる。単純にイントリンシックなロッキングカーブを計算し、 反射率を考慮した実効的なバンド幅を求めてみると一枚振り111反射により約16倍の強度が得られることがわかる。このことが、エネルギーは固定ながら高エネルギーX線が得られるブランチをつくる理由の一つである。
 結晶の冷却方法はR&D的要素を含むが、最初は対称反射(視射角1.5度)にし、通常の偏向電磁石ビームラインにおける白色対応のミラーと同様にサイドクーリング方式の間接冷却が採用されることになる。余分な低エネルギー成分を除去し結晶での熱負荷を低減する目的でメタルフィルターユニットを分光器の直上流に配置している。
 高エネルギー分光器の結晶の挿入/退避により実質の標準ブランチとの切り替えがおこなわれることになる。したがって、同時利用可能なブランチビームラインではない。また、このブランチについては実験ハッチ2までのビームの導入は予定しておらず、 実験ハッチ1における使用に限定している。

3.実験エリアとユーティリティ
 SPring-8における硬X線ビームラインでは、輸送チャンネル機器、試料等で散乱された放射線を法的ならびにSPring-8放射線障害予防規定によって定められた許容線量以下に遮蔽するために、ビームライン全体を放射線遮蔽ハッチで覆うことが原則となっている。隣接ビームラインとの境界条件およびハッチ自身の設計における基本的な原則は共通化されているが、個別ビームラインのハッチは、ビームラインの構成、実験ステーション機器およびビームライン周辺の実験エリアなどを考慮して設計される。
 ハッチ本体は光学ハッチ、実験ハッチ1および実験ハッチ2から構成されいずれも連結されている。実験ハッチの主な仕様は以下のとおりである。

寸法
ハッチ内寸とはハッチパネル内面からの距離を示し、補助遮蔽体、アングル材などの突起物は含まない。

実験ハッチ1長さ (内寸) 8m
実験ハッチ1幅 (内寸) 5m
実験ハッチ1高さ (内寸) 3.3m
実験ハッチ2長さ (内寸) 6m
実験ハッチ2幅 (内寸) 4m
実験ハッチ2高さ (内寸) 3.3m

 

入退室扉
ハッチ自動扉制御方法については、これは、手動操作時の必要動作力、開閉スピード調整の容易さ、および安全性などの観点から電動モーター制御を採用している。また自動扉電気錠についても、振動による実験への悪影響をさけるため、DCソレノイドを採用している。

実験ハッチ1

入退室扉組数
1組
入退室扉位置 上流側より5m地点.ホール側
上記入退室扉種類 2枚組スライド外扉.
上流側手動.下流側自動.
上記室扉開口部有効 3m幅×2.3m高以上
実験ハッチ2
入退室扉組数
1組
入退室扉位置 ハッチ中心.ホール側
上記入退室扉種類 2枚組スライド外扉.
上流側手動.下流側自動.
上記室扉開口部有効 2m幅×2.3m高以上

 

ケーブルダクト
各ハッチにつき2箇所の天井部ケーブルダクトは、安全系インターロック用ケーブル、ユーティリティ類用であるため、実験には使用できない。

実験ハッチ1天井部ケーブルダクト個数 5
実験ハッチ1側面ケーブルダクト個数 3
実験ハッチ2天井部ケーブルダクト個数 5
実験ハッチ2側面ケーブルダクト個数 3

 

電力
電気配線は、原則として実験系と光学系、制御系は独立にクラスター化させ、実験系には漏電遮断ブレーカーを使用している。

 設置場所 種   類 数量
実験ハッチ1内 200V系コンセント盤 1ヶ所
実験ハッチ1内 100V系コンセント 3ヶ所
実験ハッチ1外 100V系コンセント 2ヶ所
実験ハッチ2内 200V系コンセント盤 1ヶ所
実験ハッチ2内 100V系コンセント 3ヶ所
実験ハッチ2外 100V系コンセント 2ヶ所

 

冷却水および圧空ポート

設 置 場 所 数  量
実験ハッチ1内  1ヶ所
実験ハッチ2内  1ヶ所

 

4.実験ステーション機器
 BL37XUでは高輝度なアンジュレータ光を用いて空間分解能を持った極微量元素の化学状態分析法を開発する事、これらの手法を用いて材料や生体組織中の微量元素の挙動を調べその機能発現を明らかにする事を目標としている。
 これらの課題は既にBL39XU(生体分析BL)に設置された微小領域蛍光X線分析装置[4]、斜入射蛍光X線分析装置[5]を利用して進められており、期待した性能を実現すると共に様々な応用研究に利用されている。また、微小領域蛍光X線分析装置に設けられた光学ベンチを利用して標準型モノクロメーターからのビーム評価に加えて、蛍光X線ホログラフィー法による特定元素まわりの局所構造解析(京大・河合、東北大・林ら)[6]、KBミラーによるエネルギー可変なマイクロビーム生成(広大・早川、廣川ら)[7]、X線光音響法によるイメージング(広大・升島ら)[8]などが実施されている。さらに、ハッチ内の僅かなスペースや資産を利用して蛍光X線結像顕微鏡の開発(筑波大・青木、渡辺、山本ら)[9]、溶液表面での偏光XAFS測定(阪大・渡辺ら)[10]など新規な手法を用いた成果が報告されている。一方、利用できるエネルギー域の関係でBL39XUでは実現できなかった重元素のK殻励起蛍光X線分析についてもBL8Wにおいて基礎的な研究が進められている(東理大・中井、寺田ら)[11]
 BL37XUには既存の微小領域蛍光X線分析装置、斜入射蛍光X線分析装置を高度化した機器を移設することに加えて上述の様々な新手法に対応した装置群が新たに設置される。共用ビームラインとしての要請を考えれば、既にBL39XUで実績をあげた局所分析(微小部、表面・界面)、微量分析、X線分光、偏光制御といった測定法、測定装置を幅広いユーザーが容易に利用できるレベルに高めると同時にX線分析の極限をめざす取り組みに向けたスペースや機器を確保することにも留意されている。放射光蛍光X線分析で実現される検出限界は既にfgレベルに到達しており、環境からの汚染が無視できないレベルになりつつある。クリーンハッチの建設については今回は見送られているが、新しい装置群では各装置を簡易なクリーンブースに設置するなどして今後のありかたを探っていくことになる。
 実験ハッチはタンデムに2つ設置されるが、表1に設置を予定している装置を示す。上流の実験ハッチ1には主に常設の装置が設置される。BL37XUの特徴である高エネルギーX線を利用しての実験はハッチ内に設置される汎用架台上で進められる予定である。実験ハッチ2での実験などに際してそれぞれの装置は光軸からの待避が必要となるが、ビームに対する位置決め再現性を向上することで準備時間をできるだけ短くする事、実験の再現性を向上する事をめざしている。同様な事は顕微分析における試料位置決めについても必要である。試料中の目的とする部位の迅速な分析を実現するために試料ホルダーの取り付け再現性の向上や位置決め技術などを重視しており、試料を装着するだけで目的の部位に10µm程度の精度でビームを照射できる事をめざしている。
 
表1 BL37XU実験ステーションに設置される主な機器
 
 
 
 下流の実験ハッチ2は実験ハッチ1での実験中もハッチ内での作業を進めることができる点に特徴がある。実験ハッチ1と比べてやや小さいが、持ち込み装置や新規測定法の開発に活用される事を期待している。

5.おわりに
 本稿では、BL37XUに共用ビームラインとして建設を予定している「分光分析ビームライン」の概要を紹介した。このビームラインでは、ハッチ建設を11月中に終了し、年明けの組立調整作業を予定している。2月中には輸送チャンネル部分のハードウェアを完成させ、3月にはインターロック系、制御系、実験ステーション機器が揃う予定である。平成14年4月から試験調整運転を開始し、2002Bから利用研究に供することが出来るよう、スケジュールの調整を行っていく。
 本ビームライン建設に関わる設計・発注作業にJASRIビームライン・技術部門の光源・フロントエンドグループ、光学・輸送チャンネルグループおよび制御グループの沢山の方の御助力をいただいたことに感謝したい。

参考文献
[1]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol. 4,No.3(1999)53.
[2]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol.4,No.4(1999)7.
[3]後藤俊治他:SPring-8利用者情報Vol.5,No.2(2000)100.
[4]S.Hayakawa,S.Goto,T.Shoji, E.Yamada and Y.Gohshi:J.Synchrotron Rad. 5(1998)1114.
[5]K.Sakurai,S.Uehara and S.Goto:J.Synchrotron Rad.5(1998)554.
[6]林 好一、河合 潤、早川慎二郎、後藤俊治、二瓶好正、合志陽一:放射光 11(1998)361.
[7]S.Hayakawa,N.Ikuta M.Suzuki M.Wakatsuki and T.Hirokawa:J.Synchrotron Rad. 8(2001)328.
[8]T.Masujima et al.:SPring-8 User Experiment Report, 200B0271
[9]K.Yamamoto et al.:J.Synchrotron Rad. 7(2000)34.
[10]I.Watanabe et al.:SPring-8 User Experiment Report, 1999B 0406
[11]I.Nakai Y.Terada, M.Itou and Y.Sakurai : J.Synchrotron Rad.in press.
[12]M.Suzuki,N.Kawamura,M.Mizumaki,A.Urata,H.Maruyama,S.Goto and T.Ishikawa:Jpn.J.Appl.Phys.37(1998)L1488.

 

後藤 俊治 GOTO  Shunji
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802×3840 FAX:0791-58-0830
e-mail:yagi@spring8.or.jp

竹下 邦和 TAKESHITA  Kunikazu
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン・技術部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802×3845 FAX:0791-58-0830
e-mail:yagi@spring8.or.jp

早川 慎二郎 HAYAKAWA  Shinjiro
広島大学大学院 工学研究科 物質科学システム専攻
〒739-8527 東広島市鏡山1-4-1
TEL:0824-24-7609 FAX:0824-24-7608
e-mail:hayakawa@hiroshima-u.ac.jp


石川 哲也 ISHIKAWA  Tetsuya
理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2805 FAX:0791-58-2807
e-mail:ishikawa@spring8.or.jp



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