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Volume 06, No.2 Pages 84 - 85

1. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

−生命科学分科会−
– Life Science Division –

田中 勲 TANAKA Isao

北海道大学大学院 理学研究科 Graduate School of Science, Hokkaido University

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 生命科学分野、特に蛋白質結晶構造解析分野では、この2年間に課題選定方式についていくつかの変革を試みてきた。それらは、申請書のフォーマット化にはじまり、グループ採択の運用、そして留保ビームタイムの設定である。このような変革は、これまでの課題選定方式が生命科学分野にとって必ずしも現実的でないことから、生命科学分科会として現行の制度の中でできる限りの対応をしてきたものである。任期を終えるにあたって課題選定にかかわる問題点をまとめておきたい。


結晶が用意できてすぐにビームを使える制度でなければ国際競争に勝てない。
 現在の課題選定制度の抱えている問題の一つは課題申請から実験まで時間がかかりすぎることである。言い換えれば、半年に一回の課題選定方式は、生命科学分野では既に現実的でなくなっている。課題選定委員会では、申請された課題に対し、採択不採択を決定し、採択された課題に対してビームタイムを配分することになっている。生命科学、特に蛋白質構造解析の分野では、課題とは、一般に一つの蛋白質の立体構造解析をいう。しかし、構造ゲノム科学という新しい分野が誕生していることからも分かるように、この分野は非常なスピードで進歩しており、今や、一蛋白質のために申請し、半年に一回の選定作業を行い、ビームタイムを配分し、やっと実験という図式では国際競争を勝ち抜くことができなくなっている。Se-Met置換蛋白質利用により位相問題がほぼ解消した今日、蛋白質構造解析分野の研究はプロジェクトの設定とサンプルの調製(結晶化)勝負となってきている。結晶化が律速段階であるならば、結晶ができたら即座に解析できるような制度を構築しておくべきである。
 急ぎの研究のためには、従来より緊急課題制度が用意されている。しかし、緊急課題の採択は、少々敷居が高く設定してあり、こうした目的にはそぐわない。そこで2000Aより留保ビームタイムが登場することになった。留保ビームタイムは、単に結晶チェックのためだけではなく迅速な構造解析のためにある。すなわち、敷居を低くした緊急課題制度として運用されてきた。2001Aでは、BL41XU、BL40B2それぞれに30シフトの留保ビームタイムが 設定されている(SPring-8利用者情報2001年1月号)。ユーザーの方々にはこの制度を有効に利用して、国際競争に打ち勝っていただけるよう願っている。


採択数を下げてシフト採択率を上げるのは現実的ではない。
 生命科学の分野では、応募課題が多く配分可能なビームタイムが少ないために、ビームタイムの細切れ配分と批判される状態が続いた。これは、「採択率を下げ、個々の課題の配分シフト数を増やし、半年で課題を終了させる」というJASRIの方針とは相容れないものである。実際、2000Aの課題申請では継続課題が50%を超えるという事態も起こった。しかし、配分シフト数が少ないために半年で課題が終了せず、継続課題が増えるというJASRIの見解は生命科学分野には必ずしもあてはまらないと判断した。生命科学では、上述したようにサンプルの調製が研究の主要な部分を占める。研究が半年で終わらないのは、ビームタイム不足というよりは、サンプルの調製に問題があることによる場合も多い。確かに、「あと少しシフトがあれば半年早く解析が終了したのに」ということもあり得るだろう。しかし、一方で、半年で終えることを期待して多大なシフト数を配分しても、現実にはサンプルが用意できずにビームタイムが無駄になる場合もあり得る。こうした事情を考慮して、生命科学分野では1999年からグループ採択を開始した。これは同一グループから提案のあった複数の課題について、配分ビームタイムが不足する場合、特に重要な課題一つを採択するのではなく、すべてを同時採択し、実験時には申請者の判断で最も急を要するサンプルについて適宜測定を実行してもらおうとするものである。これにより、見かけの採択率は上昇しシフト採択率は減少することになるが、ビームの無駄は省けると判断した。しかし、この制度(と呼べるものにはなっていないが)には問題が残っている。まず、小さなグループの場合、申請数が一つであればグループ採択しようにもできない。また、シフト数が足らなくて実験できない課題があったとしても、今の制度では、グループ採択されたすべての課題について報告書を書かなければならないことなどである。こうした問題点に配慮しながら、今後、ぜひ制度として定着させていただきたいと考えている。


半年の課題有効期間は蛋白質結晶構造解析研究には短すぎる。
 課題の有効期間を長くすることは、先に述べた迅速構造解析の現実とは一見符合しないようにも思える。しかし、蛋白質単結晶ユーザーグループに対して1999年11月に行ったアンケート調査の結果では、約7割のユーザーが「課題の有効期間が半年であることは、一般的な蛋白質単結晶構造解析の課題を実行するのに適当とは思えないので改良が必要」と回答しており、2年以上の有効期限を希望するユーザーの数が半数に達した。これをどう考えるべきであろうか。
 先に述べた迅速構造解析の現実は、「問題のない蛋白質結晶」の場合であり必ずしもすべての蛋白質構造解析にあてはまるのではないことを強調しておきたい。もちろん膜蛋白質等の超分子複合体の場合についてはあてはまらない。そのような研究では、サンプルの調製からデータ収集に多大な時間がかかる。こうした課題に対しては、半年では短すぎるのは明確である。JASRIでは、「SPring-8の長期的な利用によって傑出した成果を生み出す研究」に対して3年以内の長期にわたってSPring-8を利用できる特定利用研究課題を設定した。生命科学分野ではまだ一度も申請がないが、今後、特に重要な課題については、この制度をぜひ有効に利用すべきである。


もっといいやり方を模索すべきである。
 半年に一度の審査は、応募する方にとっても審査する方にとっても、かなりの負担である。こうした負担をできるだけ軽減し、有効な課題選定ができるような制度を確立していく努力は、今後とも続けられるべきである。前述のアンケート調査では必ずしも支持されなかったが、実績あるユーザーに対してはあらかじめビームタイムを配分し、その配分の中では自由にビームを使用してもらうというのも一つのアイデアであろう。そのようなグループを果たして公平に選べるのかというような問題はあるにしても、半年に一度の大変な課題選定に携わったものとして、また、半年に一度の課題申請を続けてきたユーザーの一人としても、ESRFが採用しているというこの制度をSPring-8でも検討する時期が来ていると思う。
 現行の選定委員会の一つの問題点は、ビームタイムがどのように使われたかの審査が行われず、次回の課題選定に反映されないことである。ユーザーによるWebへの成果報告を義務づけるなどして、それを判定会議で利用することは公平な配分に役立つだろう。また、理研ビームラインを使うことのできる理研関係者から共用ビームラインへの申請をどう扱うかということも毎回議論になったが、現在でも統一見解はない。PFとの同時申請もあたりまえのこととして行われているが、これもおかしな話であることは明瞭である。PF、SPring-8共通の選定委員会を早期に誕生させるべきである。


おわりに
 生命科学分科会では、生物系の試料の持つ特殊性を主張して、課題選定委員長、JASRIの方々にともすれば無理なお願いを強いてきた。例外的なルールを事務的に排除するのではなく、特殊性を理解して下さり、新しい制度を導入することにご尽力賜りました課題選定委員長、JASRIスタッフの方々にお礼申し上げます。



田中 勲 TANAKA Isao
北海道大学大学院 理学研究科
〒060-0810 札幌市北区北10条西8丁目
TEL:011-706-3221 FAX:011-706-4905
e-mail:tanaka@castor.sci.hokudai.ac.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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